なろう作家の楽園レポート
長い時間を費やし、丹精込めて書いた作品が評価されずに落ち込んだとき、どんなに頭を捻っても良いアイディアが浮かばないとき、胸を深く抉ってくる辛辣な感想を受け取ったとき、私はその楽園を訪れることにしています。
何の変哲もない、とある高層ビルの3階、入り口のドアを開けるとすぐ目の前にシンプルな受付が設えてあります。今回は奮発して、メニューの中で上から二番目のプラチナコースを選びました。支払いを済ませ、窓口に持参したUSBメモリを差し出します。中に入っているのは、今まで書いてきた中で選りすぐりの自信作。
いくつかの質問に従い自分の要望を伝えた後は、控室での待ち時間。この期待と興奮で胸の中がいっぱいになるひとときも、お気に入りです。
私の順番が来ると、係の案内に従い廊下を移動します。おそらく出番を終えたであろう作家さんとすれ違いました。恍惚として満面の笑みを浮かべ、歩き方にも自信が満ち溢れている彼の様子を目にすると、更に高揚感が増していきます。
扉を開け、大きく深呼吸をして、私は若干緊張しながらステージの上に向かいました。舞台上に二脚用意されている椅子の内、下手の方には既に一人の男性が腰かけています。
(あっ……今日は佐藤さんだ!!……よっしゃ!!)
心の中で飛び跳ねガッツポーズを取る私。彼の深みのある甘くて脳髄が痺れるような素敵な声で、これから私の書いた小説が一語一句丁寧に読み上げてもらえるのかと思うと、想像しただけで全身がゾクゾクしてしまいます。
観客席は様々な年齢層の男女で埋め尽くされており、舞台に一歩足を踏み入れた瞬間、拍手喝采で出迎えられました。正面に深くお辞儀をして、佐藤さんに軽く一礼したのち、自分の椅子に腰かけます。
彼とアイコンタクトを交わすと、朗読が始まります。私の紡いだ物語が、豊かな感情を込められた声により、押し寄せるような臨場感とともに形作られていきます。あまりにも夢中になって感動していたせいか、知らぬ間に私は二筋の涙を流していました。
一つ目の短編が最後まで読み上げられると、それまで清聴を貫いていた観客席から次々に威勢のいい掛け声が投げかけられます。
「いいね!! 仕上がってるよ!!」
「発想がバリバリに切れてるね!! 作家界の妖刀村正!!」
「頭にでっかいスパコン載せてんのかい!!」
「そこまで練るには眠れない夜もあっただろう!!」
「面白過ぎて笑費税かかりそうだな!! 増税待ったなし!!」
「逆駄作!! 凡才の反対!!」
「彫刻みたいな小説!! まさに三面六臂の国宝阿修羅像!!」
「どんどん迫って来てVRかと思ったぞ!! 8Kってレベルじゃねえ!!」
「構成の緻密さが布袋のギターみたいになってんな!!」
「脳みそ何個あんの!? ヤマタノオロチかよ!! 容量6LDK!!」
「親の書いた短編小説が見てみたい!!」
「泣く子も黙読するわ!! お母さんの味方!!」
「ひとり国立国会図書館!! このkindlee泣かせ!!」
「よっ筆柱!! 発想力の無限列車!!」
「出たな超大型詩人!! 想像の限界のウォールマソアぶっ壊すなよ!!」
熱い声援に乗せられて、ついつい決めポーズまで披露してしまいそうになるのを何とか堪えました。ですが、我慢できずだらしのない笑みは零れてしまいます。
永遠に続くかと思われた掛け声が止むと、一斉に割れんばかりの拍手が送られ、小休止を挟んだあと、次の作品の朗読が始まりました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
全ての作品の朗誦が終わり、存分に熱い掛け声のシャワーを浴びた後、蕩けるような幸福感と心地の良い疲労感が混ざりあってクラクラとしていた私は、舞台袖でほっと一息つきました。でも、まだこれで終わりではありません。指定されたブースまで歩いていくと、既にそこには長蛇の列ができていました。
「それでは今から先生のサイン&握手会を行います!! 一人当たり1分ずつでお願いしま~す!!」
この時のために、寝る間を惜しんでサインも考えて来たのです!! 宴はまだ始まったばかり!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……存分に英気を養い、自宅に帰り着いた私は、再びペンを握る勇気と自信を取り戻し、今日も机に向かいます。
なろう作家のパラダイス、孤独な物書きのオアシスは、確かにあの場所に存在していました。