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彼に声をかけられたのは、わたしが本屋で立ち読みをしているときだった。肩を軽く叩かれて振り返ってみると、そこには葛岡くんが立っていた。
「にし、かわ、さん、だよね?」
と、彼は少し遠慮がちにわたしの名前を呼んだ。わたしが無言で頷いてみせると、彼はほっとしたような表情を浮かべて、
「俺、くずおか、覚えてる?」
と、言った。
「うん、覚えてるよ」
と、わたしは簡単に答えた。
彼は歩美の恋人だったひとだ。高校のときに同じクラスだったこともある。それほど親しかったわけではないけれど、歩美の恋人だったということもあって、何度か口を交わしたことはあった。
「久しぶりだよね」
と、彼は言った。
「そうだよね」
と、わたしは少しぎこちなく口元を笑みの形に変えて答えた。そして手にしていた雑誌をもとの棚に戻す。
葛岡くんはどう言葉を続けたものか迷うように少し間をあけてから、
「夏休みでこっちに戻ってきてるの?」
と、訊いてきた。
わたしはそうだというように軽く頷いて見せた。
わたしたは高校を卒業してから東京の大学に進学した。そして大学が夏休みに入り、東京にいてもすることがなくなったので、久しぶりに地元に帰ってきたのだ。わたしの田舎は周りを山と海に囲まれた小さな町だ。
「葛岡くんもこっちに帰ってきてるの?」
と、わたしはなんとなく尋ねてみた。すると、彼は軽く首を振って、
「いや、俺は地元のセンモンだから、ずっとこっちにいるんだけど」
と、答えた。
「そっか」
と、わたしは相槌を打った。
数秒間の沈黙があった。何か話さなきゃとわたしが頭のなかで共通の話題を探していると、
「西川さん、今、暇?」
と、葛岡くんが尋ねてきた。
「暇だけど?」
と、わたしは少し怪訝に思って訊き返した。
「あのさ、良かったら、どっか喫茶店にでも行って少し話さない?」
「べつにいいけど・・・」
わたしは葛岡くんの誘いが唐突だっので戸惑ってしまった。すると、葛岡くんはそんなわたしの困惑を察したように、
「大丈夫。べつにへんな意味で誘ってるんじゃないから」
と、軽く笑って弁解するように言った。
「西川さん、歩美と仲良かったからさ、ちょっと話したいこととかあって」
そう付け加えるように続けた葛岡くんの顔は、ほんの少し哀しそうにも映った。