Episode 30
--イベントフィールド【決闘者の廃都】 屋上エリア
■【食人鬼A】CNVL
耳を澄ませば、聞こえてくるのは屋上に吹く風の音が主で。
しかしながらその中に、それ以外の音も混ざっているのが少しだけ分かる。
何か足音のような、カツンカツンという靴らしき音。
何かが風を切り、近づいてくるような音。
そして、何かの息遣い。
私の正面から右側へと移動するように、微かに聞こえるそれを見るために目を開けてみれば。
そこには何もいないように見えるが……。しかし、何かが居る。
……自己強化バフのおかげかな、聞こえてるの。
【アントロポファジー】によって全体的に強化されている身体能力に、その効果を上げる【暴食本能】の組み合わせ。
それに加え、耳に意識を集中することによって初めて聞こえる程度まで物音を抑えている【隠蔽】というバフは人によってはかなり有用なものだろう。
特にステルスアクションが好きな人とか。
兎にも角にも、場所は割れた。
残る問題としては彼女の持つハサミが見えていない事くらいだが、まぁなんとかなるだろう。
場所さえ分かってしまえば、あとはこちらのものなのだから。
私はハロウのいない方向を頻りに気にするように顔を振りながら、インベントリからソルジャーゾンビの腕を1本左手に取り出して。
即座にそれを喰らい、スキルのコストにして剣を出現させ、姿勢を低くした。
完全にハロウの居ない方向に飛び込もうとするその姿をみたからか、彼女のものらしき足音は進路をこちらへ一直線へ行けるように変え。
そしてそのまま駆け出し近づいてきた。
このまま場所がわかっていないのならば、私の頭が潰され試合が終わるだろうが……そうはならない。
ハロウがこちらへと走ってくる音を聞きながら。
私はハロウの居ない方向へと飛び出しつつも、左手に持つ剣を彼女へと投擲する。
詳しい位置は分かっていないため、あくまでこの辺りにいるだろうなぁという希望的観測で投げられたそれは、音のしていた方向にまっすぐと進み。
瞬間、火花が散る。
剣は突然キーンという音を立てながら、まるで何かに弾かれたかのようにその場へと落ちていく。
それを横目で見た私は頰を大きく歪ませた。
「なっ?!」
「あはッ!」
私はそのままの勢いでUターンするように弧を描きながら、ハロウが居るであろう場所へと攻撃を仕掛けるために走る。
右手に持つのはマグロ包丁。左手には新たに取り出したゾンビスポーナーの肉塊を持ち、一足飛びでその場所へと近づいて。
上から振り下ろすように、マグロ包丁を振るう。
それと同時に肉塊を食うことによってスキルを発動させ、赤黒い何かの人型を3体生み出していく。
「何よ!見えてるとか流石にずるくない!?」
「いや、消える方がずるいぜ?」
手応えはなく。
代わりに生み出した3体の内の1体……私の正面に居た個体の頭が突然潰され、その場に彼女の姿が出現した。
「……予選にも居たのよね、1人。ある程度の位置分かったように動く人。もしかして知り合いだったりする?」
「あは、どうだろうね?でも君の【隠蔽】は意外とプレイヤー相手に使うには向かないんじゃあないかなッ!」
言葉を交わすのは少なめに。
姿が見えたことによって、改めて行動を開始していた残りの2体と共に、私はハロウへと攻撃を仕掛ける。
跳ね上げ、動画で見たことがあるだけの見様見真似ですらない袈裟斬りに、左から右に払うようにマグロ包丁を振れば。
この位置では不利だと思ったのか、彼女はハサミを仕舞いナイフを改めて使い、直撃コースのものだけを器用に受け流していく。
頭のネジが飛んでいても、腐ってもウチのパーティのアタッカー。
普通の攻撃ならば防がれてしまうし、私の攻撃に合わせた形で近づいていっていた人型も片手間に破壊していっているために、そこまで効果があるようには見えない。
焦る気持ちを必死に抑えながらも、彼女の隙を探しマグロ包丁を振るっていくものの、彼女の身体には届かない。
今の打ち合いで一撃もダメージを与えられなかったというのは、正直な話頭が痛い。
彼女と違い、私のスキルはほぼ全てコストをキーにして発動するものだ。
それこそ、メインで使っている【祖の身を我に】や【アントロポファジー】、【暴食本能】なんてそれだろう。
そして、そのスキル達のために使えるアイテムは後残り少ない。
それこそ、今さっき使ったスポーナーの肉塊は残り0になってしまったし、ナイトゾンビの腕も残り1。
数が多いからと使っていた腐った肉片やソルジャーゾンビの腕に関しても、既に残りが10を切っているために余裕はない。
どんなものにも強い部分があれば、弱い部分も存在する。
今回の場合、それが強く表に出ているのだろう。
私の【食人鬼】という【犯罪者】は、敵性モブや食べられる相手、物があるならば戦闘を続けられるが、それが無くなれば途端に弱体化する。
私が『暴食』という名前のスキルを得たのは割と『らしい』のかもしれないな、と苦笑いが浮かんでしまった。
一度深呼吸をしても、どうするべきかが頭の中に浮かばない。
ここにきて、改めてその欠点を認識するとは思わなかったために。
早め早めの決着を付けなければならないという、焦りが出てきてしまうのだ。




