Episode 20
必要以上の言葉は要らなかった。
当然だ、言葉を交わす余裕などお互いにないのだから。
【食人礼賛】によって生み出した異形の肉の腕を縦横無尽に振り回し、広場を……そして木蓮の傍にある【偽神体】を破壊しようとする。
【偽神体】さえ破壊してしまえば、【式紙】を始めとした使役系のスキルなどが弱体化するだろうと考えたからだ。
しかしながら、相手も相手で自分のウィークポイント程度は理解している。
木蓮は器用に【式紙】を扱い、私の動きを制限していく。
人型を操るのではなく、紙のまま。時に水流のように、時に紙自体を使い剣のように私の腕を、そして私自身を近づけないように牽制している。
……【フードレイン】は……使ってもあんまり意味ないか。あんなに大量に紙があったら中まで血が染みないもんねぇ。
一度、彼の【式紙】を実質的な無力化した時は、【フードレイン】を使っていた。
しかしながら、今回はそうもいかない。
単純に人型の【式紙】を相手にするのならばそれでよかったのだが、今木蓮が行使しているような大量の紙を行使されていると、逆に悪手になりかねないからだ。
血は紙に染みる。それは即ち、血の分の重さが紙に乗せられてしまうということだ。
「……チッ」
【食人礼賛】を解除し、私は自ら悪手と考えた【フードレイン】を発動させる準備を開始した。
今もなお、私を飲み込もうと迫ってきている大量の紙を正面に見据える。
諦めたわけじゃない。当然、何とかなるという自信があるからこそこうやって立っている。
次に私は『犯歴』を開き、【フードレイン】の項目を選択して――紙に呑まれた。
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■【狂信者T】木蓮
……とったッ!
CNVLが僕の操る【式紙】に呑まれていく。
紙は脆い。脆いが、鋭い素材でもある。
きちんと条件さえ満たしてやれば、木材すらも切断できるほどには鋭い素材だ。
単純に相手にぶつけるのではなく、それぞれを手裏剣のように回転させながら。
そして喉や臓器などが固まっている胴体等に重点的にぶつかるように操っていく。
勝った。慢心ではなく、状況からそう考え思わず笑みを浮かべてしまう。
他の区画、それも決闘コンテンツやこの前のイベントに参加したプレイヤーから、色々な意味で畏れられたCNVLに対して勝つことが出来た。
最悪、相打ちになることを想定していたためにこの結果は嬉しい想定外だった。
しかしながら、そんな思いも数秒と続かない。
始めは気のせいかと思った。
ぽつり、ぽつりと雨が降ってきたのだ。
FiCは稀ではあるものの、雨は降る。偶然、CNVLを倒したタイミングでそれがきたのだと考えた。
しかしながら……近くで聞こえた大きな水音によってそれが気のせいだと思う事が出来なくなった。
ぎぎぎ、と錆びついてしまった機械のようにそちらへと視線を向ければ、そこには。
血に濡れた人の死体がそこにはあった。
僕がそれを認識した瞬間。雨の勢いが、真っ赤な鮮血の雨の勢いが一気に激しくなっていく。
「嘘、でしょう……ッ?!」
【フードレイン】と彼女が言っていたスキル。
血と肉塊を降らせることが出来るだろうと予想出来るそのスキルが、今までにない勢いでこの広場へと降り注いでいる。
その勢いは次第に集中豪雨のようにと変わっていく。
今まで見た事のないその勢いに、まともに空気が吸えずにただ口をパクパクとさせてしまう。
徐々に血で濡れ、地に落ちていく紙をただ愕然と見ることしかできない僕に対して、彼女は優雅に目の前まで歩いてくる。
所々切り傷がありながら、徐々にそれらが治っていく彼女は笑みを浮かべ、僕に優しく語り掛けるように口を開いた。
「……っ!……!!…………ッ?!」
激しい雨音の所為で何も聞こえなかった。
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■【食人鬼A】CNVL
紙に呑まれ、身体が切り刻まれていく。
それに伴い、私のHPも急速に減っていくのが見えているがこの後の操作を間違えてはいけない。
口の中に腐った肉片を放り込み、【あなたを糧に生きていく】と【暴食本能】を発動させる事で、無理やりにHPを回復させていく。
そうして操作するは、『犯歴』での【フードレイン】の項目。
弄るのは勿論、『攻撃性能』と『コスト』を。使うコストは、いつの間にかまた最大まで溜まっていたゲージを。
一気に最大まで上げ、そして最後の在庫となったシェイクスピアの腕を使いスキルを発動させた。
瞬間、赤い豪雨が降り始める。
今までにない勢いと共に、血と共に降ってくる肉塊が人型の……恐らく死体となっている以外は特に変わりがないものの。
この勢いのおかげで、次第に周囲の紙が地へと落ちていく。
視界が晴れていき……否。
視界が白から赤へと変わっていき、道が拓けていく。
その先にはこちらを驚いたような表情で見つめる木蓮が1人、立ちすくんでいた。
そんな彼の前までゆったりと。
回復を優先しつつ歩いていき、口を開く。
「……っ!……!!…………ッ?!」
雨の所為で自分でも何言ってるか分からなかった。