Episode 37
先程とは違い、近接攻撃主体へと変わったボスに対して、私達は攻撃を仕掛けていく。
神酒が攻撃をその身で受け動きを止め、出来た隙を縫うように近接アタッカーであるCNVLと酔鴉がそれぞれ攻撃を行う。
マグロ包丁を持ったCNVLはそれをむやみやたらに振っているが、それでもスキルによって強化されたステータスのおかげか、その速度は【反海星 マリア・ステラ】の振るう光の剣よりも早い。
そして酔鴉はCNVLとは対照的に、あくまで攻撃を当てられる時にだけ当て、それ以外は下がっているという堅実な戦い方をしていた。
ボスと戦うならば彼女の戦い方の方が正しいのだが……普段の彼女のプレイを知っていると何故か可笑しく見えてきてしまい、少しだけ笑みが零れてしまう。
そんな彼女達……所謂前衛の後ろで戦闘に参加しているのは私とソーマの中衛2人だ。
私はボスの速度にギリギリでしか対応できないため、嫌がらせのように【印器乱舞】によるバフとデバフのばら撒きを。
ソーマは彼の持つスキルによって様々な武器を作り出し、距離をとりながらもダメージを与えている。
……うーん、遠距離攻撃が今後の課題ねぇ……CNVLは兎も角、近づかないと攻撃手段がないってのはまずいわ。
区画順位戦が終わった後の強化を考えながら、ボスのHPを確認する。
現在、約5割。半分ほどが削れ、しかしながら減れば減るほどに【反海星 マリア・ステラ】の攻撃速度とその威力が上がっていっていると、直接攻撃を受けている神酒から報告は受けている。
一種の背水効果のようなものなのだろう。後半になるにつれこちらが辛くなっていくのには変わりない。
だが、何もこの戦闘に参加しているのは私達5人だけではない。
今まで【反海星 マリア・ステラ】の光の槍によって私同様近づけなかったプレイヤー達も、準備を整え徐々にこちらへと近づいてきているのが分かっている。
スキニットを筆頭に、タンクが出来るプレイヤーが増えれば増えるだけこちらが攻撃出来る隙が増える。
それに加え、今も少しずつではあるものの他のプレイヤーが放った遠距離攻撃の類が【反海星 マリア・ステラ】へと命中し始めていた。
中には見覚えのあるクロスボウの矢や、どこからか現れた人型の液体などそれぞれの【犯罪者】の特色に合わせた攻撃スキルが見ることができ、楽しもうと思えば見るだけでも楽しめそうだった。
「……って、あれメアリーとマギのスキルじゃない」
【印器乱舞】によるバフ、デバフの延長を行いながら私は後ろを振り返る。
すると、何人かの見知った顔と共にこちらへと近づいてくるメアリーとマギの姿があった。
「マギ!ちょっと強化くれる?反応速度系がいいのだけど!」
「どっかの先輩みたいに人使いが荒い……!ありますけどねッ!」
丁度いいと、マギに強化してもらう。
私の持っているバフ系の印章ではどうやっても【反海星 マリア・ステラ】の剣の速度には対応できないし……そも、彼女をあのような状態にした時に使っていた【強欲性質】の効果は既に切れている。
こういうところもイベント後にはなるが改善していかねばならないだろう。
「はい、強化完了です!丁度いいので周りのデンスとオリエンス所属のプレイヤーには一緒の効果を付与しておきました!」
「ナイスマギ!じゃあ私も行ってくるわ!こっからデンス側の指揮はそのまま任せるわよ」
「はぁ!?」
何やら心外そうな声を出しているものの、パーティにしか指示が通らないメアリーよりもマギの方が指示が出しやすいというのがあるし……割と彼は彼でデンスの中では有名な方のプレイヤーなのだ。
それが良い意味か、悪い意味かは置いておいて。
有名というだけでは人は耳を貸さないが、それに実績さえ伴えばある程度の人間はその意見に耳を貸すようになる。
マギは私達のパーティということで、実績自体はあるのだから問題なくある程度のプレイヤーがその指示を聞いてくれることだろう。
……まぁ、パーティ単位の連携ならそれぞれのリーダーに任せた方が早いんだけどね。
そんな事を考えながら、私は【反海星 マリア・ステラ】へと向かって走り出す。
包帯によって固定されている双剣を走りながら構え、周囲には【洋墨生成】によって生成されたインクが私を追従するように移動する。
マギによって施された強化によってか、身体の速度とは反比例するように周囲の景色は遅く流れていく。
見れば、【思考加速】という見た事のないバフが乗っているのが見えた。
【反海星 マリア・ステラ】との距離はそこまで遠くはない。
それこそ、全力で走ればすぐにでも辿り着く距離だ。
しかしながら、【思考加速】のおかげか今も目の前で戦っているCNVL達の動きがよく見え、それに対処しようとするボスの姿もはっきりと確認できた。
ボスが剣を振り下ろし、神酒がその身をもって防御しようとした時。
私はそこに割り込み、両の剣を使って無理やり光の剣を跳ね上げた。
ボスの目が大きく見開かれ、驚きに染まるのを見て私は笑みを浮かべる。
それが気に入らなかったのか、剣を何度も振るってくるボスに対し、私も両手の剣を使い応戦した。
「よーし、反応速度も上々。いけるわね」
「おぉー!凄いじゃん!タンク変わる?」
「バフのお陰だから無理よ。後続のタンクたちも来てるから楽になるわよ」
「それはありがたい!こっちもこっちでコストがさぁ……」
【反海星 マリア・ステラ】の剣を、自分だけで捌けるのか確かめるように双剣を振るう。
多少手に衝撃が来るものの、その身一つで光の槍を弾いていた時に比べればなんら問題ない程度のものだ。
バフや、対人戦の経験も相まって何とか1人で対応できているレベル。
これが長時間続くとなると問題だが、短時間ならば問題ない。
残りHPは約4割。ここからが大詰めだ。