表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

1-5 ハッカーの言葉

「物理的につながっている? ・・・ハハハ。そういった議論は、なんか、なつかしいですね。先輩にきいたことありますよ。住基ネットの時にさんざん騒がれたって」

 桐野は直接電話で経済産業省に連絡し、打ち合わせの時間をとってもらった。といっても会議室でもなく、近場の喫茶店で話す事になった。ようするに相手は桐野の話を本気にしてないのである。現れた人間も30代の男が一人。桑原という。桑原は楽観視しているようだ。タバコをくわえながら、核融合炉の発電所のある一機を例にとってネットワークの説明をしはじめた。核融合炉の発電システムのネットワーク、そのつながりを示した図を桐野に見せた。核融合炉のシステムを制御するコンピュータは、確かにインターネットと『物理的に』つながっている。その線を桑原は指でなぞって「つながっていると言ってもねぇ」と言って微笑み、「物理的につながっていたとしても、核融合炉を管理しているサーバには『絶対に』アクセスできないでしょうね」と自信ありげに答えた。

 桐野は「なぜそう言えます?」ときいた。

「もちろんファイアウォールがしっかりしているから、なんですけど、仮に侵入できたとしても核融合炉のシステムで情報を受け渡す場合、必ず強力な暗号をかけていますので」

「システムの入り口に、ではなく、すべてのサーバで?」

「ええ ・・・ようするに論理的には絶対に侵入できない、というわけですよ」

 たくさんのサーバがあると思うが、互いに『鍵』をかけあって、各サーバにその『鍵』もっていれば、『鍵』をもっていない外部の者は決してサーバにアクセスできない。確かに、ここまでセキュリティの高いシステムはあまりない。核融合炉の技術は日本が先行できたので、その技術を盗まれたくない。強固なセキュリティを敷いているのだろう。

「でも・・・」

 桐野は相手を見つめて、

「開発にたずさわっていた者がハッカーになったとしたら?」とたずねた。レモンブラックの言葉をそまま口にした。桑原は多少戸惑う表情をみせながらも、ずぐに言葉を返した。

「そのレモンなんとってハッカーが言ってたんですよね。物理的にはって発言」

「ええ」

「で、情報を盗むと?」

「いえ、壊れるか ・・・最悪は爆発と」

「爆発?」

 桑原は煙を口から出しながら笑い出した。

「フフフ、それはないですよ。冷却システムが仮に止まったとしても発電が中止するだけ。原発とは違う。加熱をとめれば、核融合反応もとまる。サイバーテロじゃなくたって故障する確率は少ないながらもあるんですから」

 確かにそうかもしれない。普通に考えればそうだ。しかし桐野は質問を続けた。

「では、言い方を変えます。調査してください」

 桐野は真剣な眼差しで桑原を見つめた。桑原も桐野の強い意志を感じて、少したじろいだ。

「そ、そんな、たかが一人のハッカーの言うことを真に受けて調査だなんて。そんなことしていたら、キリがないですよ」

「レモンブラックは・・・」

 桐野は言いかけて言葉をとめた。自分は何を言おうとしたのだろうか。自分でもそれが解らなかった。桑原は桐野を見つめて、その答えを待った。

「レモンブラックは単なるハッカーではありません」

「え?」

 では、なんなのか? 桐野もその答えを明確には得ていなかった。自分が感じたレモンブラックの力、それをどのように伝えればよいのか・・・桐野は本意ではないが「レモンブラックはFBIもマークしている程の危険人物です」と説明した。桑原は言い返さなかった。『FBI』という単語をきいて信憑性を感じたのか、それとも『だからどうした?』と思っているのか、それともその中間か・・・ 桐野はさらに言葉を重ねた。

「レモンブラックの能力は私の分析からも証明されています。ネットワークだけではなくOSにもかなり精通しています。そしてハッキングを行うためのソフトを自分で作っているようです。独創的なサイバーアタック、そして侵入、ハッカーとしての待つべき能力を全て持っています。経済や時事的な知識も多いと思われます」

 なぜ自分はレモンブラックを絶賛しているのか。しかし『ある予想』や『ある警告』に信憑性があるのかを、『裏づけ』という観点で評価するのなら、やはりそれは発言者の能力に依存するだろう。普通に考えればハッカーがネットワーク上で発した言葉に信憑性など一切あるわけもない。桑原もそう思ったようで「そのハッカーの個人的な能力が高い低いに関係なく、そのハッカーが悪ふざけをしているとも考えられませんか?」と桐野に言い返した。桑原は言葉を続けた。

「そもそも一番解らないのは、なぜそのハッカーが一人のお役人に、いや『桐野さんに』と言った方がいいかな・・・なぜそんな情報を伝えたのか、それが解らない。だから悪ふざけでガセネタを流したんじゃないかと、そう思うのが普通じゃないですか?」

 当然といえば当然だ。しかし桐野にはなぜかそうは思えない。

「私はネット上でレモンブラックと対話しましたが、そういった人物ではないと思いました。情報は必ずしも確実ではないかもしれない。それは本人もそういう口調でした。ですが、決して悪ふざけではないと私は思っています」

「なぜそう言い切れるんですか?」

 桐野は考えもせずこう答えた。

「勘です」

 桐野はどのように『伝える』か、それを考えていたが、とっさに出た言葉は真逆だった。桑原も『バカげている』と思っただろうか。笑いもせず数秒黙った。そして、

「なるほど」と、つぶやいた後、「はぁ」とため息と付いた。

「解りました。一応、上に話を挙げてみますよ。私からも『調査すべきだ』と言えば、上もOKするかもしれません。ようは核融合炉のシステムに外部から操作できるような仕組みが無い事を証明すればいいんですよね?」

「はい」

 桑原は軽くうなずいた。

「あなたのこと、多少調べましたよ。元ハッカーだったと」

「ええ」

 桑原が笑いながら「刑務所にいてもおかしくないくらい、ハデにやっていたそうで」と言った。

「おどされて・・・情報省に?」ときかれたので、桐野は「半分は」と答えた。

「情報省がポイントを挙げて、ここ数年、予算を増やしているのも、あなたが入省したおかげじゃないかって、噂。うちの省まで広まるくらい、噂になっています」

「利用されているのはわかってますが、自分には利用されるだけの価値はあるんだろうなって、思うだけですけど」

 桑原は桐野の名刺を見る。肩書や階級が書かれていない。

 桑原は名刺を渡す。

「何かそちらで、待遇でも悪かったら、連絡ください。少なくても現状よりは有利な条件を出しますから」

「経産省でも、対ハッカーの組織を別に作ると?」

 桑原をクビを横にふる。

「何かと、そっち方面の人材が必要で」

「面倒かもしれませんが、情報省に依頼すれば良いかと。レスポンスは悪いと思いますが」

 桑原は「ふふ」と苦笑する。

「頼めないことも、ありますからね」

 桑原は立ち上がり、すぐにレジの方に歩くと、桐野の分の支払いも済ませた。桐野は軽く頭をさげた。

 歩きながら1分ほど話した。

「それにして、もし桐野さんが言っていることが正しいとして・・・レモンブラックはどんな目的があって、桐野さんに接触したんでしょうかね。仮にそのハッカーの行為が『善行』に分類されたとしても、やはり、愉快犯みたいな、ものなのかな」

 『目的』・・・色々と考えていくと必ずその単語が頭に浮かぶ。

「レモンブラックは私を『利用する』と言っていました。サイバーテロを防止する事でレモンブラックにとってなんらかの利益があるのかもしれません」

「株、とかですかね。核融合炉を狙っている奴らが、電力会社の株を空売りしていたとして、その逆にはる、とか」

「金儲け、ではないでしょうね」

「なぜ?」

「あれだけの技術があるのなら、金なんか、いくらでも」

「なるほど」

 たまたま、電力会社のビルが見えた。

「利益ねぇ・・・ハッカーなんだからパソコンが好きなんでしょうね。単純に電気が止まったら困るって思ったんじゃないですかね。ハハハ」



 四日後。上司の岩村が桐野の席にやってきた。桐野がパソコンに向かっていると、岩村の顔よりも先に、でっぱった腹が視界にはいる。この男の肩書は『室長』。桐野が所属する個別通信課は4つのオフィスに分かれていて、実際にハッキングをして情報を得ているのは、桐野達がいるこの部屋だけだ。なので岩村は、まさに室長なのである。大きな問題がおきたとしても、この男の首を飛ばしてしまえばいいと、あのいけすかない課長は思っているだろう。岩村もそんなことはわかっているかと思うが、いつもニコニコしている。若い時に鬱になって、一年間仕事にならなかったらしいが、その時点で出世コースからは落ちたのだろう。まともな仕事も与えらず、そろそろ40才になる。敗北意識が根付いてしまったのだろうか。

「桐野くーん」

 桐野はパソコンに目を向けたまま、キーボードを打ちながら、「はい」と気のない返事した。

「な、なんか、経産省からメールきたんだけど」

「え?」

 桐野が経済産業省に出向いたときも、一応岩村にもメールで知らせていた。岩村が深く考えていたら、正式な手続きにこだわって、出向いた時期が遅れたかもしれない。桐野はわざと当日に報告した。そうすると当然、『断った』場合のリスクも発生する。岩村は迷って、結果、『何も言わない』だろうと、桐野の予想は当たった。

「これ」

 メールを印刷したものだった。転送してはいけないと思ったのだろう。送信者には『桑原』とある。

『経済産業省・資源エネルギー庁の桑原です。先日はご忠告ありがとうございました。調査した結果、桐野様のご忠告が正しい事が解りました。既にアタックできないように対策を打ちました。セキュリティに穴を開けたソフトウェアの技術者を特定しました。明日の午後二時に本省の六階の会議室で会議を行う事になりました。突然のことで申し訳ありませんが、大臣出席の会議なので、御省の個別通信課からもご参加していただきたいと思っております。その時に詳細をお伝えします。あと、会議にてこちらから(大臣から)質問することもあるかと思いますので、情報を取得した経緯、提供者であるレモンブラックについて、ご説明をしていただきたいと思っております。誠に勝手ながら、よろしくお願いします』

 桐野は読み終わると、「明日、室長も、よろしくお願いします」と言った。

「あ、あ、うん。会議に政治家が出てくるなんて、大事だったの?」

「まぁ、経産大臣はそう捉えたのでしょうね」

「あぁ、うん。じゃ、明日、いっしょに行こうね」

「はい」

 岩村はノシノシと自分の席へ戻っていった。

 セキュリティに穴を開けたのがソフトウェアの技術者だと考えてみると、外部から核融合炉に対してコマンドを撃つことはできても、実際にどのように故障するかはわからないだろう。桐野は桑原に言った言葉を思い出して、『爆発』というのは言い過ぎだったかもしれない、と思った。

「そうか・・・」

 なるほど、レモンブラックも故障するところまでは予想していて、桐野を動かすためにわざと大げさに言ったのだ。

「ふっ」

 思わず苦笑してしまった。結果、桐野も同じようなことを桑原に言っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ