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1-4 ハッカーの足跡

 週一回行われる会議。お偉方はこの週一の会議だけで全てを把握できると思っているらしい。桐野はこのお偉方を吐き気が覚えるほど嫌っているが、そういった感情を表には出さない。桐野は外見では『大人』を演じる事ができる。ハッカーをやって『小銭』を稼いでいた時とは違う。

 二十人程が囲むテーブル。その一番奥の椅子、四十代の男が座る。

「で、桐野くん、君は、レモンブラックの正体をつかめなかったと?」

 会議室は緊張感に包まれている。そういった雰囲気を全員が演じていると言った方がよい。その雰囲気に似つかわしく、課長は不満そうな顔をしている。この課長、今流行りの成果主義を好む。桐野は舌打ちしたくなる気持ちを抑えて、「はい、申し訳ございません」と短く答えた。

「全く、いくら金をかけて対ハッカーの組織を維持していると思っているんだ?」

 実状は酷いものだ。年間一万を超える被害届、潜在的にはその何十倍にも達するハッカーの魔の手。それに対して、桐野が属する個別通信課(国や工作機関などに属さないハッカーの取り締まりを行う課)の能力はどぼしい。情報省は、内閣調査室とNSCを併せて、さらに、桐野のような『野良』のハッカーを加えて、創立されたが、桐野が属する個別通信課の人数は百人もいない。警察の情報通信局とも縦割り行政のおかげで、あまりやりとりもない。こんな組織では、たまたま見つけたハッカーを見せしめに捕まえる事くらいしか出来ない。

 課長はため息をまじりに、「まったく・・・」と言ったあと、

「省内のセキュリティ担当は?」ときいた。

「あっ、はい、私です」

 水原は返事した。この場に似つかわしくない水原の容姿。むさくるしい男ばかりの空間に水原だけが浮きだっている。会議室の男達は水原が声を発すると、注目した。ここぞとばかりに『どんな女か』という男性的な感情を視線に含ませている。水原は今日の会議のために紺色のスーツを着ていた。左手の薬指にはプラチナの指輪が光っている。その指輪が彼氏からの送りものではなく、自分で買ったものらしい。男よけに付けているだとか。視線を向けた男達はその指輪を見て意味のない残念さを感じているのかもしれない。しかし桐野は違った。ネコの絵のスウェットを着ていた水原の姿を思い出して、笑いだしそうになった。

 課長はいやらしい目で水原を見つめて、「水原さんといったかな?」と、いやらしい声をかけた。水原は淡々と「はい、そうです」と答えた。いつもの無邪気なな口調ではなく、スマホのAIのような口調だ。

「報告書には・・・ ファイヤーウォールの・・・ サーバには『クラッキングの痕跡は残されていなかった』とあるが」

「はい、そうです」

「外部からアクセスした者が使っていたIPアドレス、それは省内のサーバに記録されているだろ?」

「はい・・・しかしレモンブラックは世界各地のサーバを経由して、ここのサーバにアクセスしていました」

 警視は「プロキシの事を言っているのか?」と言った後に、また、ため息をついて「追えばいいだろ?」と言った。

 インターネット上でプロキシーサーバを用いずにサーバにアクセスすると、アクセスしたサーバはアクセスした者が使っているIPアドレスを認識する事ができる。しかしプロキシーサーバを経由されてしまうと、アクセスされたサーバは相手のIPアドレスではなく、プロキシーサーバのIPアドレスを認識することとなる。よって、アクセスされたサーバの所有者は、自分のサーバが記憶しているプロキシーサーバのIPアドレスからプロキシーサーバの所有者を調べて、プロキシーサーバの所有者にアタックした者が使っているIPアドレスを教えてもらうしかない。

「それが・・・追ったんですけど・・・」

 水原は桐野の方を見た。ハッカーを追跡するのは正攻法のみでは行えない。追う側も非合法な事を行う場合もある。桐野はうなずいて、『何か問題になっても自分が責任をとる』と無言の返事をした。それを見て水原は「ハッカーはロシア、中国と経由して・・・」と言葉を続けた。

 プロキシーサーバから別のプロキシーサーバを経由する事もある。こうして迂回してアタックされると一般の企業などではアタックした者の特定する事がほぼ不可能になる。調べるのがお役人であったとしても、プロキシーサーバの所有者が協力してくれないと、やはり特定することはできない。

 課長は得意げに「中国? 裏では協力体制がある。サーバのアドレスを教えろ」と言って、水原にいやらしい視線を向けた。

「いえ、中国のサーバを管理している会社に事情を話して協力していただいたのですが・・・」

 課長は「中国の次はどこだ?」と水原にきいた。

「北朝鮮です」

 その国の名を聞いたとたんに会議室が静まり返った。つまり『ビビッた』のだ。『宗教団体』『北朝鮮』『政治家』こういった単語が発せられるたびに、お役人の追跡はとどこおる。ハッカー達もそれをよくわかっているのだろう。

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