1-1 あるハッカー
筆箱くらいの大きさの小型のパソコン。普通に使うならば画面が小さいという理由で購入の候補からはもれるようなマニアむけのパソコンだ。しかしある少女はそんな使いづらいパソコンを枕のとなりに置いて、仰向けでベッドの上に横たわっている。小型のパソコンの見づらい画面はそこにはなく、取り外された画面との接続部からはコードが延びている。そのコードはハンダで別のコードに接続されている。そのコードはVRゴーグルに繋がっていて、少女の小さい頭が収まっている。ピンク色で光沢のある塗装。
少女はゴロンと横向けになって、片方のひざを抱えた。
「このIPアドレスって・・・」
少女はつぶやいた。ピンク色のVRゴーグルはにマイクが付いて、少女の声を拾う。ネットワークはその声を別の者の元へ転送する。するとピンク色のVRゴーグルは、少女の耳に男の声を届ける。
「情報省のアドレスだね。ふーん、彼らって自分の座席から色々やってるってことだね。お役人が監視してますよって、脅し、かな」
「ネロさんも調べられてるの?」
「僕は『レモンブラック』の一員だという自覚はあるけど、あまり『レモンブラック』とは名乗らないからね。それに僕がやった事は捜査の対象にはなっていると思うけど、なかなか僕のハンドルの『ネロ』という名前を認識するまで、お役人はたどり着かないだろうねぇ」
やさしい口調。少女と会話しているこの男は少女に気を使っているのかもしれない。
少女は冷静な口調で「情報省はやっぱり無能?」と男にきいた。
男は「ふっ」と笑った。「僕達の敵としてふさわしくないからと言って、だから『彼らは無能だ』とは言えないよ。ハッキングはやるよりかは、捕まえる方が困難だからね」と、男はお役人の代弁をした。
「ネロさんは情報省の事しらべてるの?」
男は「えっ、うーん」と少し考えて、「多少は」と答え、言葉を続けた。
「情報省に桐野という奴がいるが、かなりキレるらしい」
「元ハッカー?」
男は少し驚いた口調で「え、よく解ったね。なんか心当たりでもあるの?」と質問を返した。
「捜査の手口がハッカーそのもの」
少女はそう言った後に「ふふ」と笑った。
「レモンブラックに成りすまして、私の情報を得ようとしてるみたい」
「こっち側の人間ってことだね」
個人によって『できる人』と『できない人』に分かれてしまう。特にハッキングという行為は、そういう傾向をもたらす。『人間の種類はどこかの境界線によって分かれてしまう』と言い切ってしまった方が正しい。古い人間はそういった現象に対して『勘が良い人と悪い人がいる』だとか『センスが良い人と悪い人がいる』だとか、現象を比較することで捉えてしまいがちである。本当はそういった違いではない。