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17.子供

 裕子にとって、刑務所での一年はまるで何もなかったかのようにすぐに過ぎ去った。

 出所する時、彼氏だったSと叔父が迎えに来てくれた。

 Sは祐子に言った。


 「君への気持ちは変わらなかった。むしろ君を支えたい、結婚しよう」


 「私は人殺しよ。化け物のようなIも人間だった。復讐した時、赤い血が流れたわ。貴方は人殺しの夫。貴方はそれでいいの?」


 「構うものか。それでいい。君を愛している」

 

 Sは真っすぐとした瞳で、裕子を抱きしめた。

 祐子は、初めて嬉しさから泣いた。


 ◇◇◇


 祐子は結婚した。身内だけの静かな式だった。

 それから数年、祐子は身もごった。夫のSは泣いて喜んだ。

 

 結婚生活は祐子にとって幸せなものだった。夫は甲斐甲斐しく仕事をし、祐子を一人にさせなかった。Sの両親も素晴らしい人で、祐子の事を可愛がってくれた。


 裕子にとって、子供ができた事は父や母の死に匹敵するほどの大きな出来事に感じられた。

 お腹を撫でると、確かな命の脈動を感じ、それはまるで奇跡のような出来事だった。


 祐子は、子供が産まれるまでにやらねばならないことがあると思った。

 産まれてくる子供のために、過去の清算をしなければいけないと思った。

 祐子の人生は祐子のものではなくなった。

 もしかしたら、憧れた奪われたあの日を取り戻せると思った。

 

 だが、それはこれからの話だ。


 そして裕子は、一冊の本を書くことにした。二つの事件を回顧して、その人生を著すことにした。

 それがこの話だ。


 ようやく裕子は前を向いても良いと思えるようになった。裕子は生き残ったことを怨んだ日もあった。でも生まれてくる子供を考えると、感謝の念が沸いた。亡くなった両親に見せてあげたかったけど、それでもこの子を愛してくれる人はたくさんいる。


 今でも、本当の所、祐子の心の奥底には、へばりついた黒いドロドロとした塊がうごめいている。それは誤魔化しようのない、確実にあるモノだった。

 

 裕子は知っていた。

 あの事故の後は、Iという汚物を除けば、裕子が恵まれていた事を。

 亡くなった父と母は確かな愛情を残してくれた。

 優しい叔父と叔母が父と母の変わりになってくれた。

 夫のSも裕子には勿体ないぐらいの出来た人だった。


 それでも、そんな優しさが裕子に注がれても、裕子は心のそれを落としたいとは思わなかった。それに救われたのは確かだったが、でも不幸を埋め合わすには足りなかった。

 皆の優しさは、思いやりは、Iという悪意に勝てなかった。すべて踏みにじられた。

 それは事実です。


 これを読んで、貴方がどう思われたか分かりません。


 ただ裕子は知っています。

 世の中は狂っています。

 人の形をした化け物のような「何か」がいます。


 裕子にとって不幸は、突如やってきました。

 貴方がソレに遭遇しない事を願っています。


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