第8話 治療
※12月7日誤字修正
改めてシアさんの容体を見るが外傷の類は一切なく内臓を痛めた様子もないとの事だ。
症状を見る限りただの風邪にしか見えないがそんな唐突になるような病気でもないだろう。
となると原因は別にあると思うべきだ。
だが先生が診察しても分からなかった原因を僕が見つけるのは難しいだろう。
そんな事を考えながらとりあえず脈を測ってみようと手を取った瞬間だった。
ゾクッッ!?
シアさんに触れた部分から身震いするような悪寒と異常なまでに高まった魔力を感じて思わず手を離してしまった。
なんだ…今のは?
もう一度シアさんの手を取ってみた。
先ほどと同様の悪寒と魔力を感じたが今度は手を離すような事はしなかった。
この異様は感覚はなんだ?魔力もまっとうな人間の物とは思えない。
「クリフさん、シアさんがこうなった原因を聞いていませんでしたが何があったのですか?」
「え?ああ、魔物を倒した後にその死骸が破裂してな、すぐ傍で直撃を受けちまったんだよ。
飛び散ったのはお前が言ってたあの黒い液体だと思う」
あれが原因か。
あの黒い液体、魔物の体液だって話だが確かに高い魔力が込められていた。
「魔力…魔力か…もしかして…」
思い付いた事があったのでさっそく試してみることにした。
シアさんの右手のひらに指を当てて魔力を流す。
錬金の抽出時のやり方と一緒だ。
続けて段階抽出の時と同じように指を増やしていき、3段階目を流した所でそれは反応した。
右腕の見えている部分に6か所、黒い痣のようなものが浮かび同じ部分に微かな光が漏れ出ていた。
反応はかなり微弱でよく見ないと見逃がしそうなくらいだった。
「先生、レイカ草の粉末とか置いていませんか?」
「ん?そりゃあるが何に使うんだ?」
先生は疑問を挟みつつも粉末の入った瓶を渡してくれた。
瓶から粉末を少量取り出し、先ほどの6か所のうち赤い光を出している所の上に落とした。
そしてその上から火の属性の魔力を徐々に徐々に注いでいった。
しばらくしてレイカ草の粉が反応したところで魔力の注入を止めた。
一度反応したレイカ草はこちらからの魔力の注入を止めても魔力を吸い続け、腕にあった黒い痣のような物を吸い取っていた。
「お、おい、今の何をやったんだよ?」
「体内にあった異常な魔力を抜いてみました、もしかしたらこれが原因かもしれません」
クリフさんが恐る恐るという感じで聞いて来たので今やったことを説明した。
「ほんとか!じゃあ助かるのか?」
「絶対とは言えませんが…可能性はあると思います」
「それでも良い、シアの事を助けてやってくれ!」
「出来る限りはやってみます」
クリフさんに頷いてから再度シアさんの状況を確認する。
息は未だに荒いままだが先ほどまでとは違い顔が若干青ざめてきている気がする。
まずいな、これは僕一人じゃとても間に合わない。
手伝える人物は…リリナはいけるな…後はレノンさんも魔導士だからお願いしよう。
あの様子だとシアさんの事がよっぽど大切そうだしな。
「クリフさん、先生、僕だけだと間に合わないので手伝いをお願いします。
先生はレイカ草の粉を、これだけだと量が足りません、あと3瓶分用意して下さい。
クリフさんは僕の家まで行ってリリナを…あー…妹を連れてきて下さい。
ごねるようなら無理やり連れて来ても良いです」
「分かった」
「妹?よく分からんがとにかく連れてくれば良いんだな?」
そう言って二人はすぐに行動を開始した。
僕もまずはレノンさんを連れて来ないとな。
待合室まで来たところで外の様子が見えた。
先ほどまでは風が強いくらいだったが今はもう台風と言ってもいいくらいには荒れていた。
レノンさんは待合室でうなだれていたが、先生やクリフさんがばたばたとし始めた事でこちらの様子に気付いたようだ。
「ララさん、何かあったのですか?」
「レノンさん、シアさんを救う為に力を貸して下さい」
「えっ…?
シアを…シアを助けられるのですか?」
「まだ分かりません。
ですが可能性はあります」
「お願いします!シアを!シアを助けてやって下さい!あの子は私にとって何よりも…」
僕の言葉を聞いて一気に詰め寄ってきた。
やはりレノンさんにとってシアさんはとても大切な人なのだろう。
「その為にもレノンさんの力が必要です。
時間がないので後で説明しますが手を貸して下さい」
「分かりました。
シアを助けられるならどんな事でも手伝います」
「お願いします」
レノンさんを連れてすぐに診察室に戻る。
シアさんの容体を見て悲しそうな顔を一瞬だけ見せたレノンさんだったがすぐにこちらに向き直り、
「それでララさん、私は何をしたら…
バァァーーーン!!
レノンさんの言葉を遮るように大きな音が響いた。
音からして診療所の扉が開けられたのだろうがかなり乱暴だった。
「はっなっせーーー!この野蛮人が!」
聞きなれた罵声と乱暴な足音はすぐに診察室に近づいて来た。
「ララ!連れてきたぞ!こいつで良いんだよな?」
「ええ、間違いありません。
リリナ、こっちで手伝ってくれ」
クリフさんの小脇に抱えられていたリリナはそのまま床に放り出された。
「ぐえっ」
「あっすまん」
「もお!兄さん!これは一体何事なの!?
事と次第によってはいくら私でも…」
そこまで言った所で診察台の上に居るシアさんに気付いたようだ。
先ほどまでとは違った真剣な顔付きになってこちらを見た。
「兄さん、説明して」
「この娘を助けたい、手伝ってくれ」
「おっけー、手順を教えて」
こういう時はリリナのような存在はすごく助かる。
こちらの意図をすぐに組んでくれるし何も言わずに手伝ってくれる。
これが終わったら感謝の気持ちを込めてケーキでも焼いてやろう。
「やる事は単純だ。
体内に籠っている異質な魔力を取り除く、それだけだ」
診察台の前で二人に説明を始める。
レイカ草の粉末を用意してくれた先生とクリフさんは邪魔にならないように待合室の方に行っている。
「それだけって…。
体内の魔力を抜くなんてどうやって?…魔力…魔力か…あっそういうことね!」
「そうだ、難しく考える必要なんてない。
要はいつもやっている段階抽出の応用だ」
「りょーかい」
「すみません、お二人のやろうとしている事が私にはよく…」
リリナはいつもやっている事なのですぐに理解出来たようだが、錬金の経験が無いのだろうレノンさんは概要を掴めないようだった。
「レノンさんはどの属性の魔法が使えますか?」
「私が使えるのは風、水、氷、土です」
「分かりました。
では僕とリリナで処置が必要な箇所を特定します。
そこにレイカ草の粉末を置いてから同じ属性の魔力を注いでください。
一気に注いではいけません。徐々に徐々に注いでレイカ草の粉末が反応したところで止めて下さい」
「分かりました、理屈は理解出来ていませんが今は説明を聞いている時間すら惜しいでしょう」
説明を終えたのでさっそく処置に入る。
僕は右手から、リリナは左手から、先ほどと同じように3段階で魔力を注いでいった。
「すごい…こんな精密な操作が出来るものなのですね…」
レノンさんが感嘆の声を上げているが僕は一つ失念していたことに気付いた。
クリフさんの話では至近距離で破裂した魔物の体液を全身で受けていたはずだ。
ならば当然の事ながら全身に患部が有るはず。
…少し躊躇してしまったが言わないわけにもいかないのでレノンさんにお願いすることにした。
「レノンさん、シアさんの服を脱がせて下さい」
「えっ…と上を脱がせれば良いのですか?」
「すみません、全て脱がせて下さい」
先ほど魔力を流した時にも見たが患部の反応はかなり微弱だ。
肌着を着けているだけでも隠れてしまう程度のものなので残しておくわけにはいかなかった。
レノンさんは僕という男の目に晒す事に躊躇があるようだったが命に代えられるようなものではないのですぐにシアさんの服を脱がしていった。
「…兄さん」
リリナの口調はなんだか僕を責めているだった。
必要な事だと分かったのか止めるような事はしないがなんだか蔑んだような視線を感じた。
そんな目で見ないで欲しい、僕としても気が咎めているのだ。
レノンさんが服を全て脱がし終わり改めてシアさんの様子が晒されると少し緩んでいた空気が一気に張り詰めた。
全部で何か所あるだろうか?
さっきは片腕だけで6か所だったが全身を見ると50を超える箇所に黒い痣が浮かんでいた。
これらが全てシアさんを苛んでいるのだとしたらシアさんの苦しみはどれほどのものだろう。
「レノンさん先ほど説明した通りです。
出来る箇所だけで良いので処置をお願いします」
「はい」
短い返事一つでレノンさんはすぐに処置に入った。
僕とリリナも片手が塞がった状態ではあるが一つずつ魔力溜まりを消していった。
片手からは常に魔力を流し続けているような状態だがこちらの消費は現状それほど多くない。
というのもリリナが7割くらいをカバーしてくれているので僕の方は比較的少量で済んでいるのだ。
患部の処置についてもリリナの方が上手い。
僕が3つ消している間に5つは消している。
ただレノンさんはやはりこの手の操作には慣れていないようで同じ時間で1つ消せるくらいだった。
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8割くらいを消したあたりでシアさんの呼吸は大分安定してきて顔色も徐々に良くなってきた。
未だに意識が戻らないのは気がかりだが峠は越えたと思って良いだろう。
残りの魔力溜まりも6…5箇所まで減っている。
「んー…もう大丈夫っぽいかな?」
「そうだな、とりあえず命の危険はもう無いだろう。
でもな…この3箇所どうしたものかな…」
そう言ったところで丁度リリナとレノンさんも一つずつ消し終えて残りは3箇所となった。
「この3箇所は…雷の属性ですか?」
シアさんの容体が落ち着いた事でレノンさんもようやく落ち着きを取り戻していた。
「ええ、ですが僕もリリナも雷の属性は持っていないので核でも使わない事には…
一応当てはあるのですがレノンさんは誰か使える人を知りませんか?」
「あいにくと…雷の属性を持っている人は見たことがありませんね。
勇者として召喚された人は例外なく所持しているようですがそれ以外だと1国に1人いるかどうかくらいと聞きます」
雷の属性を持っている人間は稀だ。
なので基本的には核を用いて使用する事になるのだがその核自体も産出量が少ない。
使用する場合も消費魔力が高すぎてコストパフォーマンスが悪いのが雷属性の特徴だ。
エネルギーとしての利用価値は高いが武器以外で実際に使用されている例は聞いた事が無かった。
「しょうがない、あれを使うか」
「何もったいぶってるのよ。
あんな玩具1つが壊れた所で困る事なんて無いでしょ」
「玩具ってお前な…あれを作るのに僕がどれだけ苦労し「はいはい、この娘を助ける事の方が重要でしょ」
「そりゃそうだが…。あーもう良いよ持ってくるから」
僕は先日使ったアレを取りに行くため診察室をでた、
「ララ!シアは大丈夫なのか!」
が、すぐにクリフさんに捕まってしまった。
そういえばまだクリフさん達には何も言ってなかったな。
「ええ、まだ全ての処置が終わったわけではないですが峠は越えました。
命の心配はもう無いと見て良いでしょう」
「そうか…はぁ…良かった」
クリフさんは余程心配だったのかその場にへたり込んでしまった。
安心した様子で喜んでいるその姿は情けない姿にも見えるが僕の目には格好良く映った。
「なあシアの様子を見に行っても良いか?」
「えっ…あー…すみません。
今は服を全て脱がしているので後にしていただいた方が…」
「服を全てって……お前変な事してないよな?」
「してませんよ!」
失礼な!さっき格好良いと思ったのは取り消してしまおう。
「ララくん、私にはよく分からないけどあの娘の命を救ってくれてありがとう。
私も長いこと医者をやってきたが今回は特に力不足を感じたよ」
「いえそんな、先生やクリフさんも手伝ってくれましたしリリナやレノンさんが頑張ったからこそ成功したのであって僕がやった事なんて特には…」
「謙遜するな。
君が原因を発見し君が指揮を執って治療を行ったのだ、あの娘を救う事が出来たのは間違いなく君の頑張りによるものだ」
「そうだぜ、俺なんて大声出すばっかりで何もしてやれなかったからな。
そんなひょろっちい見た目してるくせにすごいやつだよお前は」
あまりに褒められすぎてすごく照れくさかったが誰かの役に立てる事は嬉しくもあった。
「で?そのすごい兄さんはいつまでそんな所で油を売っているの?」
あ、やば…
クリフさんや先生と話した事でまだ治療途中だった事を失念してしまっていた。
こちらの声が聞こえたのかリリナ…とレノンさんが診察室からこちらを覗いていた。
レノンさんは苦笑いをしているだけだがリリナの方は何してるんだ!と言わんばかりの怒り顔だった。
「いや、今から行くところで「早く行って来なさい!シアちゃんは今も苦しんでるんだからね!」
「はい!」
すぐさま店に向けて駆けだした。
外はまだ雨が降っていたが山場は越えたようで風は穏やかなものになっていた。




