第6話 魔物
今回も主人公視点ではありません
「どんなやつだ?」
「分からない…狼みたいのが1匹だけ見えたけど黒い靄みたいなものに覆われていて細部までは見えなかった」
「ふむ…対象はその獣で間違いなさそうですね。
前の現場にあった死骸の噛み傷も狼くらいのサイズのものでした」
ようやく対象を見つけることが出来たようだ。
早いところ討伐して帰りたい所だがさすがにこのまま突っ込むような馬鹿な真似は出来ない。
まずは相手の状況を確認して作戦を練ろう。
「それで今はどんな感じなの?」
「寝ているみたい」
「なるほど、絶好のチャンスというわけですか。
それならば奇襲から一気に制圧してしまうのが最善手でしょう。
相手が狼タイプで数は1匹です。
罠の可能性は低いのでここは正攻法で行きましょう。
まずはシアの弓による攻撃、その直後に私が魔法で攻撃します。
相手の動きが鈍った所にクリフくんとカレンさんでとどめという流れでお願いします。
奇襲が失敗した場合はカレンさんが足止めをしつつ私とクリフくんで攻撃をかけます。
そうなったらシアには精霊魔法による援護をお願いします」
変に奇をてらったりしてない良い作戦だ。
複雑な作戦を組まれてもどうせ上手くいく保障は無いのだ。
ならこれくらいシンプルな方が不測の事態にも対処しやすいというものだ。
「よっしゃ、作戦は決まったし気合入れていくぜ!」
「空回りしないように気をつけなさいよ」
「攻撃開始の合図は私が出します。
各自準備が出来たら知らせて下さい」
「ん、分かった」
配置は正面後方にシア、その前にレノン、俺とカレンは対象を左右から挟撃出来る位置に移動する。
とりあえずは相手の姿を捉えない事には攻撃する事も出来ないからな。
寝ているようだが慎重に接近して相手の姿を見てみる。
…なんだあれは。
狼…と言う以外に言い様は無い気もするがどう見てもまともな個体とは思えない。
頭部からは用途の分からない謎の突起が複数生えていた。
背中から尻尾の付け根にまでは裂けており、中から触手のようなものが10本近く伸びている。
本体は眠っているはずなのにその触手だけが獲物を探すように蠢いており、生理的な嫌悪感を抱かせる異形となっていた。
カレンとレノンの方を見てみると俺と同じように目の前の異常な存在に驚きを隠せないようだった。
今なら出発前にギルド長が言っていた言葉の意味が理解出来る。
魔物というのは悪意の魔力を取り込んだ存在でありこの世に生きる全ての者を仇なす存在だ…と。
何かの比喩かと思ったが目の前の存在を見てしまうとそんな言葉だけでは言い表せていないようにすら思えた。
だがいくら凶悪な存在だとて、ここですごすごと逃げるわけにはいかない。
そんな事をすればミルス村の住人が…ハンスやララがこの魔物の餌食になる事も十分にあり得る。
それにこの仕事を受けると決めたのは俺だ。
受けた仕事を途中で投げ出すような半端者にだけはなりたくなかった。
俺はレノンに準備OKの合図を出した。
そんな俺の様子を見てカレンとレノンも覚悟を決めたようで同じ合図を出してくれた。
シアは最初からあまり動じていなかったようだがある意味大物だな…
全員の準備が終わった所でレノンが攻撃開始の合図を開始した。
対象を視界に収めつつレノンの合図の終わりを待つ…そして、
5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・シュンッッッ
シアの居る所から矢が放たれた。
風の魔法を付与された矢はけっこうな距離があるにもかかわらず真っ直ぐに獲物へ向かって行く。
動かない相手に外すわけもなく矢は魔物の左目を綺麗に貫いた。
ギエアァァァァ
魔物の異常な叫びが上がったがこれだけではない。
すぐに次の攻撃、レノンの氷魔法が放たれた。
魔物の上方から地面に縫い留めるように無数の氷の矢が降りそそいだ。
矢は魔物に傷を負わせながらすべての足を地面に縫い留めるように凍らせていった。
ガァァッァァァ
矢を受けながらも魔物は威嚇するような咆哮をあげている。
相変わらずすげーなあの魔法…と思うと同時に俺とカレンも飛び出した。
シアやレノンの攻撃は有効ではあるがどちらも致命傷にはなりにくいので、動きを止めた後は俺とカレンの攻撃で仕留めなければならないのだ。
俺は無骨な両手用剣で頭部に、カレンは愛用の槍で心臓へそれぞれ致命傷になるだろう一撃を放った。
グシャッという鈍い感触とズグッという音で両方の攻撃が決まった事が分かった。
魔物も動きを完全に止めており、さすがにもう動けまい…そう思ったのだが、
背中に残った数本の触手が鞭のようにしなり、一番近くに居たカレンを横薙ぎ弾き飛ばして近くにあった木に叩きつけたのだ。
「ぐっ、かはっ、げほっ、げほっ」
「カレン!おい、大丈夫か!」
木に叩きつけられたカレンは咳き込んでいる。
大きな外傷は無いようだが内臓にダメージが入っているのかすぐには動けない様子だ。
くそっ、足止めは俺がやるしかないか。
両手剣を敵に向かって投げつけて腰に下げてあるショートソードと小型のバックラーを手に取った。
体制を立て直して改めて魔物の様子を見る。
頭部は完全に粉砕されており心臓まで貫かれた痕も残っている。生物であれば間違いなく死んでいるはずなのにそれはなおも敵意を向けてきていた。
「おいおい冗談だろ、あれでもまだ生きてるってのかよ」
冗談のような光景だったがその攻撃は冗談で済まされるような物ではなかった。
頭部を失った魔物は残った触手をこちらに伸ばしてくる。
鞭のようにしなるが金属の様に硬いその触手は盾で防いでもかなりの衝撃が来る。
シアの弓や精霊魔法による援護を受けながら防いでいたが、そもそも手数が違い過ぎて防ぎきれるものでもなかった。
身に着けている革鎧のおかげで致命的な攻撃は受けずに済んでいるが、身体中に無数の切り傷や打撲を受けて徐々に追い詰められていった。
やべえ、早い所なんとかしないと持たないぞこれは。
…そんな事を考えた直後にレノンから合図が来た。
「クリフくん下がってください!」
何をするつもりかまでは分からないが現状の打開になるだろう事を信じ盾で一当てしてから一気に距離を取った。
「任せた!」
「はい! はぁっ!!」
レノンの気迫のこもった声と共に構えた杖の先端から不可視の衝撃が放たれた。
もちろん見えているわけでは無いがその衝撃は魔物へ一直線へ向かっていったのだろう。
魔物に到達したと思った瞬間、背中から生えていた触手を全て切り落としていた。
「よっしゃ!あれさえ無ければ後は俺だけでも…ん?なんだ?」
触手を切り落とされた魔物は急に動揺したような素振りを見せ、こちらを警戒しながら一気に距離を取り始めた。
その理由はすぐに分かった。
こちらから離れると同時に背中の触手の断面が蠢き触手が再生を始めたのだ。
「くそっ再生するのかよ!させねえ!」
一気に接近してトドメをさしたいところだが距離を取られたのが痛手だった。
この距離だと再生の方が先に終わってしまうだろう。
間に合わねえ!…そう思った…が、
「はーーーっ!!」
魔物の横手から飛び込んできたカレンが触手の根本があるだろう箇所を槍で貫いていた。
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その瞬間、確かにそれは聞こえた。
この世界全てを恨む怨嗟の声。
動物や植物だけでなくこの世に存在するありとあらゆるものを破壊し尽くそうという悪意を持った声だった。
耳を塞いでいても脳に直接響いてくるようなその声は自分の知っているどんな音よりも不快で、長く聞いていると自分までその悪意に染まってしまいそうな気がした。