第4話 冒険者
魔物の痕跡を見つけてから10日程経った。
森に入れない以外は今の所大きな変化はないが、やはり色々と不便な部分はあった。
その中でも大きいのは森で採れる食糧だろう。
狩りによる獣肉はもちろんだが木の実やきのこ等森で採れていた食材は思ったよりも多かった。
飢える程ではないが毎食ちょっと物足りなさを感じていた。
仕事の方も材料として使っているポポの草が森で採れなくなってしまったが、こちらは森以外でも採取可能なので大した影響はなかった。
全体的に見て生活面では不便だがなんとかやっていけてるといった感じだ。
しかし森に入れない事、そして近くに自分達を害する化物が居るかもという不安は皆の心に陰を落としていた。
「おっす、ララ」
「ああ、いらっしゃいハンス」
ハンスの声もいつもより若干元気が無い感じだった。
無理もないだろう。
僕らが持ち帰った情報が元で森への出入りが禁止されたのだ。
集会から通達された事項とは言っても森に入れなくなったのはお前らのせいだという無言の圧力を受ける事もあった。
実害が出ていればまた反応も違ったかもしれないがさすがにそれを望む事は出来ない。
僕らに出来る事は早く魔物が退治される事を祈るだけだった。
「ようやく今回の依頼を引き受けてくれる冒険者が決まったらしいぜ」
「やっと決まったんだ…まあ魔物なんて余り知られていないものの討伐だからね。
命がけの職業である冒険者なら警戒するのも仕方ないかもね」
あの集会の翌日、ビレムさんはさっそく街まで行って冒険者ギルドへの依頼と領主への報告をしてきたらしい。
領主の方は報告は受けたが基本的には動いてくれないみたいだった。
対処の為に資金を提供してくれたが逆を言えば後はお前達でどうにかしろってことだろう。
冒険者ギルドの方は魔物が出たという言葉に受付の人は何の事が分からないようだったが、さすがに上の人間は知っていた。
預かってもらった小瓶の液体を鑑定して魔物で間違いないという確信を得たらしく依頼の手配はすぐにしてくれた。
だが冒険者達がその依頼を見ても受けようという人がなかなか現れなかった。
報酬はけっこう奮発しているのだが魔物という未知の存在に挑むリスクには見合わないようだった。
それから何日も経過してもう領主を通して軍に依頼をしてもらうしかないだろうかと思っていた時にようやく依頼を受けてくれる冒険者パーティーが現れたそうだ。
「依頼を受けてくれた冒険者なんだけどさ、どうやらレベル持ちみたいなんだよ」
「へー、そんな強い人がよく受けてくれたもんだね。
いや逆か…それくらい強いからこそ魔物なんて未知の化物の討伐も受ける事が出来るんだね」
レベル持ち。
この呼び方は1000年くらい前、魔王と呼ばれる存在が居た頃に出来た物らしい。
戦う事を生業とする者、冒険者もそうだが軍属の人なんかもこれに当てはまる。
それらに該当する者が一定の功績をあげた時にこの[レベル]と呼ばれるものが付与されるらしい。
らしい、と言うのも誰かが付与してくれるという訳ではなくいつの間にか付与されているものだからだ。
付与されてすぐは1レベルらしいがその後も功績を重ねていくごとに数字が上がっていき数字が上がるごとに強くなるという話だ。
だが強くなると言ってもいきなり剣の達人になったり各種魔法が使えるようになったりするわけではなく、あくまで力が強くなったり足が速くなったり、魔法を使った時の効果が上がったりするだけらしい。
どんなにレベルが高い人でもレベルを持たない達人に負ける事も多いという話だ。
さらにこの一定の功績というのが曲者で、基準が明確でないため長年冒険者をやっている人でもレベルを得る事すら出来ない人が多いようだった。
その為レベルを持っているという事は一定以上の実績があるという証明にも使われたりしている。
冒険者ギルドが証明書の発行も行っているらしいがそんな目に見えない物をどうやって証明しているのだろうか…?
「でもこれでようやく安心出来るね。
いつ来てくれるかとかも聞いてる?」
「色々と準備があるみたいで今日明日ってわけにはいかないみたいだな。
数日中には来るって話だから次の狩り当番までには解決してくれると思うぜ」
「そっか、ようやく森に入れるようになるんだね。
普段はあまり意識していなかったけどやっぱり森に入れないのは不便だったよ」
後数日、それだけ我慢すればいつもの生活に戻れる。
そう考えると重くなっていた心が少しだけ軽くなった気がした。
「それにしても冒険者か…どんな人たちなんだろうね。
レベル持ちって言うくらいだからやっぱり熟練の狩人みたいな人かな?」
「いやいや、きっと立派な剣を持った剣士だぜ。
こう一太刀で魔物をズバっと両断してくれるぜきっと」
剣を構えて敵に切りつけるような動きをしながら楽しそうにハンスは話してくれた。
ハンスなりに楽しい話題で盛り上げようとしてくれているのだろう。
だが僕としてあれがそんな簡単な相手なのだろうか…という不安がどうしても拭えなかった。
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それから数日の間は特に何事も起こらなかった。
僕らに対する無言の圧力もこれから来る冒険者に対する興味で上書きされ、前までと変わらない平穏な日常に戻ったかのようだった。
そしてハンスの話から五日後の夕刻、4人の冒険者が村に到着した。
「ララ!来たみたいだぞ」
配達を終えてお店を閉めているとハンスがやってきた。
おそらく野次馬にでも行こうという誘いなのだろうが。
「んー…でも今から家事とかしないといけないからな…」
「たまには良いじゃん。
村にとっても大事な事なんだからリリナちゃんも分かってくれるって」
いやー多分わかってくれないな、怒られると思う。
でも僕もやっぱり興味があったので怒られるのを覚悟で行ってみる事にした。
どうやらビレムさんが馬車で迎えに行ったらしい。
宿泊用の施設にも使える集会所の周りには僕らと同じような野次馬が少しだけ来ていた。
「では明日の朝からさっそく森の調査に向かいます。
状況によっては戦闘になる可能性もあるので森の周囲には決して近寄らないようにお願いします」
「はいよろしくお願いします」
ビレムさんが冒険者の代表者っぽい人と話をしていた。
見た感じは僕やハンスと同じくらいの歳に見えるけれど随分と落ち着いた話し方をする人だ。
その人の周囲には3人の人物がおり馬車から荷物を降ろしているいるようだった。
手伝おうかとも思ったがそのあまりにも機敏な動きにかえって邪魔になりそうだったのでそのまま野次馬を続ける事にした。
男性が2名に女性…というか女の子だな、が2名の4人だった。
代表者っぽい男性は多分魔導士だな。
短剣で武装はしているが比較的軽装で、魔法を発動させやすいように杖も持っていた。
もう一人の男性はいかにもって感じの剣士だった。
こちらも代表者の男性と同様僕らと同じくらいの歳に見える。
ワイルドという言葉がぴったりな見た目だが好奇心の強そうな目はどこかハンスに似ている部分もあった。
後の女の子二人は武装をしていないのでよく分からなかったが、荷物を機敏に運ぶ姿はやはり冒険者なんだなと思えた。
うーん…男性二人もちょっと若いかなと思ったけど女の子の方は…
1人は多分リリナと同じくらいだしもう1人はどう見てもリリナより年下だった。
イメージしていた熟練のハンターとあまりにもかけ離れており少し不安に思ってしまった。
「おっ、じいさんばあさんばかりかと思ったけど若いやつもちゃんといるじゃねえか」
剣士風の男が僕達の姿をみて近づいてきた。
「よっ、お前らこの村の住人だろ?
俺の名前はクリフ、見ての通り冒険者をやってるぜ。
今回は森に出た魔物の討伐って事で依頼を受けたんだが何か聞いてないか?
あ、ちなみに何日か滞在することになると思うからその間よろしくな」
そんな風に一気に捲し立ててきた。
急な事でハンスも驚いていたが相手は一応自己紹介もしているので黙ったままなのも失礼だろう。
「お、おう。俺はハンス、農家をやってる
こっちこそよろしくな
魔物自体は見てないがそれに喰われたと思われる死骸の事だったら分かるぜ。な、ララ?」
「うん。
あ、僕はララ、道具屋をやってるから必要な物があれば手配するよ。よろしくね」
クリフさんの印象はほとんど見た目そのままだった。
格好良く言えばワイルドなのだろうけど悪く言ったらがさつだ。
でもそんな所も憎めないくらいに明るく、こいつが居れば大丈夫だと思わせる頼もしさも感じた。
「ハンスにララね。
んー…なんだか女の子みたいな名前だな?
背もあんまり高くないし顔付きもちょっと…」
「まあそれはよく言われるけど男だよちゃんと」
「そっか、まあいいや。
それでさっき言ってた死骸を見つけたって話を聞かせてくれないか?」
「ならララの方がいいな。
俺は周囲を見張っていただけだからララの方が詳しく分かるだろ」
「そうだね、それじゃ僕から話すよ」
僕は森であって事を一通り説明した。
特に黒い液体、魔物の体液については危険度が高そうだったので用心してほしい旨を念入りに伝えた。
「黒い液体か…魔物ってやつは俺たちもまだ見たことはない。
だが通常のやつに比べてかなり厄介だって話だけはギルド長からも聞かされたよ。
でも心配すんなって。
俺だってプロの端くれなんだから油断はしないさ。
数日中には退治してきてやるからその時には一杯やろうぜ」
最初は不安に感じていたが、クリフさんの人柄もあって彼なら大丈夫だと思えるようになってきた。
楽観しすぎるのは危険だが、彼はその辺りの事を理解しているようで適度な緊張感をもって仕事に当たってくれそうだった。
「なーにが油断はしない、よ、あんた前回の失敗をもう忘れたの?」
クリフさんの後方から声がかけられた。
声をかけてきたのは2人いた女の子のうち年上の方だった。
身長は僕よりもけっこう低いが、冒険者らしく引き締まった体つきをしている。
肩ぐらいまでの長さの髪を後ろで括って短いポニーテールにしており、元気いっぱいなその表情は可愛らしい彼女の顔立ちにとても似合っていた。
「何が言いたいんだよ」
「何ってあんた…前回の大ガエル退治で最後粘液まみれになったのもう忘れたの!?」
「いやあれは最後にあいつが「言い訳しないの!
あの時のあんたすっごい臭いしてたんだからね。
レノンさんもシアちゃんも優しいから言わないけど絶対に臭いって思ってたよ。
街の中でだってすごい目で見られてたんだから一緒にいる人の事も少しは考えなさい!」
ものすごい剣幕でクリフさんが責められていた。
クリフさん自身も身に覚えがあるようで反論らしい反論は出来ず、こちらに助けを求めるような視線を送ってきた。
「あのー…」
「え?あっごめんなさい急にうるさくしちゃって」
クリフさんに突っかかっていた剣幕とはうってかわって普通の女の子のような笑顔でこちらに向き直った。
「初めまして、私の名前はカレン、こいつと同じ冒険者をやっています。
ベテランって程ではないけれどそれなりに仕事をこなして来たので一応レベルも持っています。
魔物の討伐というのは初めてですが一生懸命やりますのでよろしくお願いします」
初対面なので頑張って敬語で話そうとしているようだけど所々ボロが出ているあたり苦手なのだろう。
無理をさせるのもなんなので早めに言ってあげたほうがいいかな。
「僕の名前はララ、村では道具屋をやっています。
依頼を受けて貰っているとはいえ元々は僕らの村の問題です。
可能な限りのお手伝いはしますので遠慮せず何でも言ってください。
あと僕らには無理に敬語で話さなくても良いですよ」
「そうだな、俺はハンス。
農家をやっているだけだから手伝える事は無いかもしれんが道案内くらいなら引き受けるぜ」
僕らの言葉に少し逡巡する様子をみせたがやはり窮屈だったのだろう。
少しだけ考えた様子の後改めて話しだした。
「ララさんとハンスさんね、ありがと。
私もやっぱりこの方が好きだな。
レノンさんから初対面の人には敬語でって言われてたけどなんか疲れちゃうもん」
さっきまでの少し硬い笑顔から明るさがにじみ出るようないたずらっぽい表情に変わった。
こっちが本来の彼女なのだろう、クリフさんに突っかかっていた時みたいに活き活きとしていた。
「俺との初対面の時に敬語なんて使ってたか?
たしかいきなり引っ叩かれた気がするんだが」
「なんであんたみたいながさつなやつに敬語を使わないといけないのよ。
あれでも手加減してあげたんだから感謝して欲しいくらいよ」
クリフさんとカレンさんはお互いに遠慮が無くまさに気心のしれた仲間という感じだった。
そんな二人の様子を見て僕とリリナのような関係に近いのかもと思った。
「二人は仲が良いんだな」
「どこがだよ!」「どこがよ!」
ハンスも僕と同じような印象を持ったみたいで二人の事を茶化していた。
うん、やっぱりただの仲良しさんだな。
「おや、クリフくんとカレンさんはもう村の人と仲良くなれたんですね」
いつの間にか後の二人もこちらの近くまで来ていた。
ビレムさんとの話が終わりこちらの様子が気になったのだろう。
ビレムさんや他の村人は話が終わったらすぐに帰宅の途についたようで僕たち以外は誰も居なくなっていた。
「おうよ、さっきもこの仕事が終わったら一杯やろうって話をしていたとこさ」
「初対面の人相手によくそこまでずけずけと言えるわね」
「なんだよ、酒くらいその場の勢いでぱーっとやる事あるだろ」
「あんたの場合は遠慮がなさすぎなの!」
元気な方の二人がまた言い合いを始めた所、先ほどの男性がこちら話しかけてきた。
「初めまして、私のこのパーティーのまとめ役兼交渉役を務めているレノンと申します。
リーダーはクリフくんがやっていますが彼は交渉事とかは苦手なようなのでその代行をさせてもらっています。
短い間だとは思いますがよろしくお願いします」
先ほどのビレムさんとの会話も聞いたが見た目通りとても丁寧な人だった。
やはり僕達と同じくらいの歳にしか見えないが年上なのかもしれない。
黒い色のローブを着ており魔法使いであることはほぼ間違いなかった。
なんか苦労性っぽい感じの人だな…。
こちらも同じように挨拶を返しているともう一人の子がこちらを見ていた。
まったく日に焼けていない白い肌に青い瞳。
人形のような雰囲気を持ちその表情からは感情を感じ取る事が出来なかった。
長めの銀髪を肩口あたりでまとめており、その神秘的な容貌は普段着であろうワンピース姿であってもどこかの令嬢や神殿の巫女様のような雰囲気を醸し出していた。
レノンさんに「ほら、シアも」と促されてこちらの前にやってきた。
「シア…です。よろしくお願いします」
と言葉少なにそれだけを告げるとすぐに僕たちから離れていった。
「すみません、彼女は少々無口なもので…。
仕事の方はちゃんとやりますので責めないでやって下さい」
雰囲気の通り実際苦労性のようだった。
シアって子は面倒がかかりそうなところなんかがリリナとちょっと似ているかもと思った。
そんな彼女の面倒をみているレノンさんに親近感を覚えたのはないしょだ。
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その後、明日の事で少しだけ話をした。
どうやらビレムさんに案内役を誰かつけて欲しいと頼んだところ僕かハンスをと言われたようだ。
まあ現場を見てきたのは僕らだけなのでしょうがないだろう。
二人で話し合った結果今回はハンスが行くことになった。
まあ運動神経の悪い僕では足手まといになる可能性が高いので妥当だろう。
明日1日で解決するかは分からないが、誰もケガをしないように祈っておいた。




