第3話 対策
キリを良くする為今回はちょっと短め
「だからあれは絶対普通の獣じゃないって!」
ハンスの声が会議室に響いた。
僕たちは今、村長宅の近くにある村の集会所でビレムさんと他数人のまとめ役を相手に先ほどあった出来事を報告していた。
村の安全にかかわる事なのでなんらかの対処をしてもらわないといつ村人が襲われるか分からない。
だがビレムさん以外のまとめ役の反応は芳しくなかった。
「確かに何かが出たってのは間違いないんだろうがこの辺りに怪物が出たのなんて聞いたことが無いぞ」
「そうだな、わしも長年森には入っているが狼や熊の類が出た事ですら数える程しか無かったぞ」
「まあそう言うな。
初めて見る人を襲いそうな獣の痕跡に驚いているのじゃろう。
わしらだって最初は警戒しとったじゃろ」
概ねこのような反応であり僕らが見た物はただの獣に喰われた死骸だろうというのがまとめ役達の考えだった。
僕の持ち帰った獣の体液を見ても臭いに顔をしかめるくらいで腐敗した内臓かなにかだろうと言われた。
「すまないなハンス、ララ。
安全を考えればおまえ達の言う通り冒険者ギルドに依頼をするのが良いとわしも思う。
だが皆の意見がこうもまとまってしまってはわし一人が反対する訳にもいかん。
もちろん村の者で討伐には向かうが冒険者ギルドへの依頼は諦めてくれ」
ビレムさん自身は村の代表として危険の少ない冒険者ギルドへの依頼に賛成してくれていた。
だが他のまとめ役の意見を全て無視してまで自分の考えを通す事は出来ないようだった。
だがそれも仕方のない事かもしれない。
そんな独断をしていれば当然他のまとめ役からの不評を買う。
それに冒険者ギルドへの依頼は当然ながらお金がかかる。
あまり裕福とは言えないこの村ではその資金を捻出するのも簡単な事ではなかった。
「それじゃあさっそく討伐のメンバーを決めよう。
ララの話じゃそれほど大型のやつじゃないって事だからおそらく狼とかだろう。
討伐の経験者は確か……
と、進行役の人が話を進めようとした時だった。
「こんにちは皆さん。
この時間なら誰も居ないかと思ったけど何か大事なお話でもしてたのかしら?
あら?ハンスくんとララちゃんも来てたのね」
うちのお店にも良く来てくれるミリアさんだった。
花を持って来ているのはおそらく集会所の飾られている花の交換に来たのだろう。
「ミリアさん、今はちょっと…
ほらハンスとララも今日はもう良いから。
後はわしらで対策をとろう」
「でもビレムさん!」
ハンスが尚も食い下がろうとしているが取り合ってもらえない。
僕としてもあんな化物を僕らでどうこう出来るのか?と思ったが、村ではまだまだ新参者であるので強く意見を言う事も出来なかった。
「何かあったのかしら?
若い子が相手だからと言ってあまり邪険に扱うのは感心しないわよ」
僕らとまとめ役との間に流れる若干険悪な雰囲気を悟ったミリアさんが話に入ってきた。
いつものミリアさんの優し気なものとは違い悪い子を叱る母親のような強い口調だった。
その雰囲気に逆らえなかったのかビレムさん含むまとめ役の人達もしぶしぶと状況を説明した。
ミリアさんはうちの村の中では歳が高い方で、助産婦もやっているのでビレムさん達もかなりお世話になっている。
さらに言うと皆の恥ずかしいエピソード等も知っているそうなので正面切って反抗出来る人はいないらしい。
村長のエピソードを聞かせてもらった事があるが…うん…
逆らえないって気持ちはすごい分かった。
「子供の言葉を信じられないようになったら大人としてだめよ」
ハンスは20を超えており僕は今19だ。
子供と呼ばれる歳ではさすがに無いとは思うがミリアさんにとってはあまり変わらないのかもしれない。
「ハンスくんもララちゃんも怖かったでしょうに。よく頑張ったわね」
「いえ、そんな、ミリアさんに褒めてもらうような事は…」
ハンスもミリアさんには頭が上がらない。
ハンスが生まれた時に取り上げたのもミリアさんだったらしい。
「僕も出来る事をやっただけですよ。
あとやっぱりララちゃんって呼び方は…あー…まあ良いです」
そんな感じでミリアさんの言葉に照れていたが、ミリアさんが僕の持っている小瓶を見て急に詰め寄ってきた。
「ララちゃん!その小瓶の中身はどこで採ってきたものなの!?」
「え…?さっきの話にあった死骸の周りに落ちていたものですよ」
「よく見せて頂戴!ちょっと蓋を開けるわよ!」
「あ…はい」
急変したミリアさんに戸惑いつつも瓶を渡した。
しばらく色を確認したり中の臭いを嗅いだりしていたが次第に先ほどまでの覇気が消沈していった。
「また…現れたのね」
ひどく悲し気な表情でそう呟いた。
話しかけずらい雰囲気ではあったがこのままでは何も分からないままなので思い切って聞いてみた。
「ミリアさん、その液体の事を知っているのですか?」
「これはね…魔物の体液なの」
「魔物?」
聞きなれない単語だった。
いや、一度だけ聞いたことがあったな、あれは僕達がこの村に来て1年くらいの頃だったと思う。
両親の話になった時にミリアさんの家族の事を少し聞いたのだが、自分が小さい頃に魔物に殺されてしまったという話だった。
その頃は魔物というものが何なのかは分からなかったがそれに関係する話だろう。
「魔物っていうのはね、悪意を帯びた魔力を取り込んでしまった生き物の事を言うの」
「悪意…ですか?」
「そう、人間だけじゃなくて動物とかの恨みや憎しみもね。
そういったものが集まって塊になる事が稀にあるらしいの。
動物や怪物はその塊を食べてしまう事があるらしくそこから生まれるのが魔物という生き物」
「そんなものが…」
ハンスやビレムさん達は半信半疑といった様子だ。
ミリアさんの言う事なので嘘はないのだろうがあまりにも自分の常識とかけ離れた話の内容に信じる事が出来ないでいるようだった。
僕自身先の経験が無ければ信じ切れなかっただろう。
だがミリアさんの話の通りこの黒い液体からは高い魔力を感じていた。
話を聞く前には魔道具の素材に使えるのではと思ったほどだ。
「それでミリアさん、その魔物ってのはわしらだけでも退治出来るものかい?」
どれほどの脅威であろうと野放しにすることは出来ない。
村の代表としての矜持もあり重苦しい雰囲気の中ビレムさんが話を促した。
「やめておきなさい。
戦う術を持たない私たちでは殺されに行くようなものよ」
「…分かりました。
皆、聞いての通りだ。
この件はわしらだけで対処するには危険過ぎると判断する。
冒険者ギルドへ討伐の依頼を出し安全の確認が出来るまでは森への出入りは禁止する。
異論はないか?」
ビレムさんが依頼に賛成の意を見せると他のまとめ役もしぶしぶとではあるが同意した。
魔物の存在を完全に信じた訳ではないようだがもしかしたら…という気持ちもあったのだろう。
話が本当であれば下手をすると家族の命に係わってくる。
お金は大事だがそれを家族の命と天秤にかけることはさすがに出来ないようだった。
「よし、それじゃララ。
その小瓶は預からせてもらっていいか?
依頼に出す時にそれがあれば少しは信憑性も増すだろうし場合によっては軍が動いてくれるかもしれん」
「はい、ではよろしくお願いします」
ビレムさんに魔物の体液が入った小瓶を渡した。
ただこのままだと魔力が抜けてしまうので専用の瓶へ移しかえてからだ。
明日街の方へ持って行き、冒険者ギルドへの依頼と領主への報告を行う事になるだろう。
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集会はそこで解散となった。
急な招集であった為仕事が終わっていない人も居りすぐに自分の持ち場へと戻って行った。
「ありがとうございますミリアさん。
ミリアさんが来てくれなかったら俺たちだけで討伐に行くことになってました。
もしそうなっていたら…きっと村に大きな被害が出てたと思います。」
「良いのよ。
皆に私と同じような目にあって欲しくないもの。
あんな思いをするのは私だけで十分よ」
小さなころに家族を失う気持ちを分かるとはとても言えない。
離れて暮らしているとはいえ両親はまだまだ元気だしリリナとは今も一緒だ。
でも両親が、もしくはリリナが理不尽な暴力によって殺されてしまったら…と考えると怒りとも悲しみとも言えない黒い感情を抱いてしまう。
「ララちゃんは本当に優しい子ね。
でも、あなたがそんな顔をする必要はないわ。
あなたはあなたの大切な人達を守ってあげなさい、それだけで十分よ」
「ミリアさん…」
ミリアさんに頭を撫でられた。
この歳で、とも思ったが不思議と嫌な気はしない。
母に撫でられていた小さな頃の事を思い出して少しだけ懐かしい気持ちになった。
余談
自宅にて。
「リリナ、お前の事は僕が絶対に守ってやるからな!」
「…頭でも打ったの?」
本気で心配しないで欲しい、なんだか悲しくなるから。
こら!熱を測ろうとするな。
次から登場人物が増えていきます