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第2話 発端

 今日はハンスと近所の森に来ている。

 以前約束をした狩りに来ているのだ。


 ここの森は人間を襲うような危険な動物はいない。

 追い詰めた獲物から反撃を受けるような事はあるが基本的には臆病な動物しかいなかった。


 獲物も多く危険も少ない。

 狩りをするには絶好の場所と言えるだろう。


 僕らが今日狩りに来ているのは食糧調達という目的もあるのだが、狩の当番に当たっているというのもあった。


 外敵が居ないこの森では猪や鹿等の害獣が増え過ぎてしまうことが多い。

 森の食糧は豊富だがあまりにも増えすぎてしまうと田畑を荒らすやつが出てきてしまうのだ。

 その為村では持ち回りで狩りを行う事になっており、現在の当番の中にうちとハンスの家が含まれていた。


 正直狩りはそれほど上手くない。

 森の中は移動するだけでも体力を削られるし、いざ獲物を見つけたとしても運動神経の悪い僕では近づくまでに気付かれてしまう事の方が多い。

 ハンスはそのあたり器用にこなすので基本的にはハンスの指示にしたがって行動するようにしている。



「ララ、ストップ」



 獲物を見つけたようでハンスからの指示が来た。


 立ち止まって周囲を見渡してみたが、僕の目では獲物の姿を捉える事は出来なかった。

 そんな僕の様子に気づいたハンスが左側前方を指さしてくれた。



 そちらの方をじっと見てみたが……居るのか?



 ハンスが見つけたと言うなら居るのだろうが僕には普通の森の姿にしか見えなかった。


 そのままじっとその位置を見つめていると…

 あっ何か動いた。


 僕の位置からでは豆粒サイズにしか見えないそれが微かに動いているのにようやく気付けた。

 さらに動いた物をよくよく見てみると鹿である事も分かった。



 あんな遠いのによく気付けるな…



 ハンスの目の良さに感心していたが、早くしないと気付かれる可能性が上がってしまうのでさっそく移動を開始した。

 

 少し先を行くハンスが、前方の少し高くなった所を指差しながら合図を送ってきた。

 どうやらあの位置から射掛けるらしい。

 弓の腕も並でしかない僕ではちょっときびしい距離だった。


 

 位置に着くとハンスと同時に弓を構える。



 鹿の方はまだ気付いていないようだがこの位置だと相手からも見つかる可能性がある。

 この一発を撃てば間違いなく気付かれるので慎重に狙いをつけた。



 ハンスも準備が出来たようでこちらに合図を送ってくる。

 こっちもOKという合図を返すとお互い獲物の方に視線を戻した。

 後はハンスがタイミングを見計らって合図を出してくれるのでそれを待つ。




「チッ……チッ……



 合図が来た。

 五つ目で同時に射掛ける手はずだ。




「チッ……チッ……チッ!!」




 合図に合わせて矢を放つ。


 ハンスの弓からも同時に放たれ、一直線に獲物に向かって行った。


 瞬きをする間に矢は獲物へ到達し…命中!したが…



 2本の矢は両方とも獲物に命中したが、僕の矢は足の方に一応当たっただけだった。

 ハンスの方は狙い通りなのだろう、心臓に綺麗に当てていた。


 矢を受けた鹿はそれでも逃げようとしていた。

 だが心臓だけでなく足にまで矢を受けているのだ。

 さすがにほとんど移動出来ずに倒れこんだ。


 止めを刺すべく二人で近づいた。

 

 逃げられる可能性はもう無いが苦しませない為にも早めに止めを刺してやったほうが良いだろう。

 近づいて鹿の様子を確認するとまだ息があるようだった。



 ピュリィィィィ!!



 近づいてくる僕たちに対して最後の力を振り絞った威嚇をしてきたが、少し怯んでしまった僕の代わりにハンスが手早く止めを刺してくれた。


 絶命した鹿を前に少し複雑な気持ちになったが、早く処理をしてしまわないとせっかくの命を無駄にしてしまう。

 近くに川でもあればそちらで冷やしても良かったが、今回は距離がある場所だったので先に血抜きをすることにした。


 二人がかりで木に吊るしてから喉元を切って血を抜く。

 血抜きが終わったら内臓を全て取り除く。

 そこまでやったらあとは村まで運んで解体の担当者に任せる事となる。



「それにしてもハンスやっぱりすごいね。

 あの距離で心臓に当てるなんて」


「今回は上手いこといったが毎回当てられるわけじゃねえよ。

 それにララだって当ててたじゃんか」


「僕のは心臓を狙ってたのがたまたま足に当たっただけだよ」


「それで十分だって。

 心臓に当てただけだと少し逃げるやつもいるからな。

 足にも当てておけば確実に動きを止められるってもんだ」



 ハンスなりに励ましてくれているのだろう。

 少しは役に立っていたのなら何よりだが、やっぱりもうちょっと上手くなりたいな。



「それにララは罠仕掛けるの上手いじゃん。

 俺はああいうちまちました作業は苦手だから任せるぜ」


「ああ、そっちの方は任せてよ」



 さっきの鹿を見つける前に罠を仕掛けておいたので、獲物がかかっていないか確認に向かった。


 熟練の狩人であれば獲物の動きを把握しどの足にかけるかまでを想定していると言うが、さすがにそんな経験も知識も無いので出来る事は限られる。

 罠の基本を守り、仕上げに香水を使って罠を仕掛けた痕跡を消していくだけだ。

 人間の匂いを残すと警戒されやすいので、罠猟道具として作ってみたが重宝している。


 罠を仕掛けた場所の二つ目までは何もかかっていなかったが、最後の一つには大物がかかっていた。


 猪だ。


 罠にかかっているので自由には動けないが、こちらに気付くとひどく興奮した様子で睨みつけてきた。



「こりゃまたえらくでかいのが掛かったな…

 止めをさすだけでも結構苦労しそうだぜ」



 罠を仕掛けてたのが今朝なのでまだほとんど時間は経っていない。

 正直こんな短時間で掛かるとは思っていなかったが掛かっている以上は獲らせてもらおう。

 だがこの短時間では猪も弱ったりはしておらず、下手に近づけば間違いなく返り討ちにあうだろう。

 


「どうする?多少肉は痛むが弱るまで刺すか?」



「待ってハンス、丁度使えそうな物があるからそれでやってみるよ」



 荷物の中から細長い木製の筒とそれの先端に取り付けられるように細工した槍の穂先を取り出す。

 穂先と根本に付いているカバーを外してから筒に取り付けると槍の様になる。


 軽く魔力を流してやると先端に魔力が吸われていくような感覚はあるが見た目には何も変わっていない。


 そのまま猪の頭部に突き刺すと一瞬ビクッとしたがさらに暴れ始めてしまった。



「うわっ」

 慌てて猪から離れた。



 命の危険を感じたのだろう。

 フゴッ フゴッ プギィー とすごい剣幕で威嚇をし始めた。



「おい!大丈夫かララ?」


「ごめんごめん、ちょっと弱すぎたみたいだ」



 今度はかなり強めに魔力を流す。

 ものすごい勢いで魔力が吸われていくがこれなら大丈夫なはずだ。


 再度暴れている猪に向けて槍を突き刺す。


 プギィー プギィー プギィー と今度は槍から逃れようとしている。

 心臓を狙えればもっと苦しませずにとどめを刺せるのだが暴れている猪相手に僕の腕では無理な話だった。


 少しの間槍を当てていると次第に弱っていくのが見てとれた。

 倒れこんでほとんど動かなくなったので、最後に鼻先に槍を当ててとどめを刺した。



「なるほどな、雷の魔法ってやつか。

 話には聞いた事があるけれどこんなに効果があるものなんだな」



 感心した様子で猪を見ていたが何をしたのか見当がついたのだろう。


 ハンスの言う通りこの槍は電気を流す仕組みになっている。

 雷石を穂先の根本に仕込んであり、木筒を通して魔力を送り込んだら電気が流れるようになっている。

 雷の核はそのままだと微弱な電気を発するだけでほとんど意味をなさないが、任意で強い魔力を流してやれば今回のように武器として使用することも出来るようになる。

 ただし魔力効率がかなり悪いので連続使用はほぼ出来ない。

 さらには狙って採掘する事が出来ない為他の核よりも割高になってしまうという欠点もあった。



「そうだね、僕も初めて使ってみたけどこれなら1人でも獲物を捕れるね」



 出力の調整がちょっと大変だけど肉を傷めないで済みそうだ。



「よし!それじゃせっかくララが頑張ったんだしぱぱっと処理して持って帰ろうぜ」


「うん」



 今回は川に近い位置で仕留めているので内臓を抜いてから川まで運び、内側と外側から十分に冷やしておく。

 冷やしながら血抜きも行い、処理が終わった物は先ほどと同様に解体の担当に任せる事にする。



「2匹か、1日の収穫としては十分かな?」


「だな、狩りはこれくらいにして後はキノコや木の実でも探そうかね」



 狩りの装備から採取の装備に変えさっそく必要な物を集めていく。


 まずはポポの草だな。

 ポポの草は一般的には雑草と同じような扱いでそこらじゅうに生えており、集めるのは容易だった。

 ハンスも手伝ってくれたので予定量を採取するのにほとんど時間は掛からなかった。


 後はキノコや木の実の類、興味を惹かれるような物を適当に持ち帰る事にする。

 香辛料や香水の材料になるものがあるかもしれないのでそのあたりを重点的に探しておいた。



 _______________________




 しばらく森の中を探していたら()()を見つけた。


 最初に見たときは獣か何かの糞かと思ったが、近づいて確認してみるとそんな生易しい物ではない事が分かる。



「なんだ・・これ・・?」

 ハンスの呟きが聞こえたがこちらも同じような気持ちだった。


 嫌な感じがする。

 臭いもそうなのだが()()からは寒気を覚えるほどの恐怖を感じた。

 本能が「あれはやばい、早くここから逃げよう」と言っているが、このまま逃げ出しても不安が残るだけで何の解決にもならないだろう。


 一見すると鹿の死骸だった。

 何らかの肉食獣に襲われたと思われる噛み傷、肉も内蔵もかまわず食い散らかされており原型をほとんど保っていない。

 だが本当にまずいのは死骸やその周囲から感じられる獣臭とは別の臭いだ。


 10分も嗅いでいたら頭が溶けてしまいそうな悪臭で、その臭いの元と思われるどす黒い液体が至る所に付着している。



「これ…なんだと思う?」


「分かんねえよ。

 でもやばい物だって事だけは分かる。

 お前だってそうだろ?」


「うん…とりあえずビレムさんに報告したほうが良いねこれは」


「ああ、俺たちだけじゃどうにもならねーよこれは」


「じゃあ少しだけ調べてみるね。

 報告するにしても少しは情報を持ち帰らないと」


「分かった、俺は周りの様子を探っているから早めに頼むぜ」



 あまり長居すると危険だと思われるが、報告もしないといけないので軽く調べてみることにした。


 悪臭を出している黒い液体を直接触れないように注意しながら採取する。

 油よりもさらにドロッとしている粘り気のある液体だった。


 死骸の様子ももう少し詳しく調べる。

 鋭い牙で噛み千切られているのが見て取れる。


 爪による傷はほぼ無いな…


 周囲の足跡からしてもそれほど大型のやつではなさそうだ。

 おそらく狼のような生き物にやられたと思われる。



 うん…これくらいにしておいたほうが良いな。

 時間が経つほどに嫌な予感が増していくので時間は掛けずに調査を切り上げる。



「ハンス、行こう」


「おう、急いだほうが良いかもしれん。

 森の奥の方からどうにも嫌なものを感じるぜ」



 僕とハンスはそのまま森を駆けて行く。

 背後から何かが迫ってくるようなプレッシャーを感じながら森の入り口に向けて走った。



 ほどなくして森の入り口についたが、そこで背筋が凍るような感覚に足が止まり思わず振り返った。


 何かに見られている…

 その姿を捉える事が出来ないが確実にこちらの事を狙っている事を肌で感じた。



「ララ!

 何やってんだ早く行くぞ!」


「あっ、ごめんすぐに行く」



 ハンスの言葉で再び足が動きだし森から離れる事が出来た。

 




 森の外までは追って来ないようだったが危機が去ったとはとても思えなかった。

 姿は確認出来なかったが捕まったら確実に殺されていただろう。

 

 しばらく森には近づけないな…


 そんな事を考えながら足早にビレムさんの家へ報告に行くことにした。

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