勇者と王女の物語 おまけ
エレノア
「はぁ…どうにか乗り切ったわね」
今日は十二ノ月末日、ある意味1年で最も忙しいこの日を乗り切った私は自室へ戻るなりベッドへ倒れ込んでいた。
暖かい…。
大分暖かくなってきたとは言えまだ肌寒いこの季節、いつもふんわりと体を包んでくれる暖かな布団がすぐに私を眠りの世界へと誘い始める。
さすがにこのまま寝たら風邪を引くかもしれないが…でもそれならそれでしばらく休めるかもしれないな、うん、悪い考えだ。
先月の祭儀を乗り切った後も忙しい日常は変わらず、改善された点と言えば勇者に関する事くらいだろうか。
あれ以降皆のユキノを見る目は優しくなったし、転移魔道具についてもレオンリバーの街限定だが私やユキノの一存で使用出来るというルールを作る事も出来た。
まあ転移魔道具に関してはユキノの相手を特定しようという輪花メンバーの意図が含まれたものなのだが…。
「災い転じて福となす…って所かしら」
ちなみにあの時の3人は今私の下でありとあらゆる雑用に奔走してもらっている。
雑用と呼ぶにはいささか膨大過ぎる仕事を強要しているが、それでも貴族位をはく奪されなかっただけまだましではないだろうか。
ネリアだけは神官見習いに落ちるというダメージを受けたものの、このまま10年20年と真面目に働くのであれば私も鬼ではない、神官に返り咲く道を用意してやるくらいはしてやっても良いかもしれない。
「でも、これでようやく激務から解放されそうね」
そしてついに次の宰相も決定した。
ロシュム・バラナインと言う名の男性で、これまでは各ギルドや商人組合との折衝等を行っていた人物である。周囲からの評判は良く、次期宰相への任命も順当だろうとこれと言った反対意見も……本人以外の反対意見はなかったので半ば強引に決定としたのだ。
その職務からある程度察してはいたものの、予想通りの苦労人で40手前という年齢にも係わらず頭髪が…これ以上言うのは気の毒だろうか。
だがそういった人間であれば厄介な野心は持たないだろうし、仕事に関しても幅広い知識やノウハウを持っているので間違いなく重宝するはずだ。
あれの後釜という事もあり相当な苦労を強いる事になりそうだが、周囲が引くくらい愛娘を溺愛している彼であればきっと、王都の平和を維持するためにどのような困難が訪れても頑張ってくれる事だろう。
コンコンコン
「エルー、私だけど居るー?」
「…あ」
と、少々黒い思考に浸っているとユキノがやってくる、
そう言えば今晩一緒に休もうと私の方から誘ったのだった。あまりにも忙し過ぎてこんな重大な事を忘れていたとは不覚である。
「居るわよー、入ってー」
―――――――――――――――――――――――
「ねえユキノ、あなたララと結婚しない?」
「ひゃわっ!」
今日ユキノを誘ったのはララとの結婚話を進めて良いかを聞くためだ。
「い、いきなりどうしたのよユキノ?」
「どうしたって、それはこっちのセリフだよ!?」
そんないきなり転ぶほどにおかしい事を聞いただろうか? あの兄妹を王都に迎えたいという私の意図はあれど、親友の想いを叶える提案をしただけなのだが。
「ララの事が好きなんじゃないの?」
「そ、それはそう…だけど…」
私の権限ならあの2人を無理やり王都へ移住させることも可能だが、そんな事をして彼に嫌われるのは……得策ではない、なのでユキノの伴侶として自発的に来てもらおうという訳だ。
私の見立てではララは異性との距離感に少々独特な感性を持っているけれど、少なくともユキノの事を異性としてまったく意識していないという事はないだろう。
「じゃあ良いじゃない、夫婦になって一緒に王都で暮らして…」
なによりこんな可愛いユキノに想われて断れる男がいるだろうか?
結婚はともかくとして恋仲になるくらいならちょっと押せば行けるはずだ。
「子供だって沢山作りましょうよ」
「こ、子供!? む、無理無理無理! そんなのまだ早すぎるよ!」
「そうかしら? 私たちの年齢ならもう子供が居てもおかしくないでしょ?」
「それは…こっちならそうなんだろうけど…」
「ああ、ユキノの世界だともっと遅いんだっけ? 早いほうが良いと思うけれど」
ちなみにユキノが暮らしていたニホンという国の話も聞いたが私にとってはやはり別世界、異世界の事でありその常識はいまいちピンと来ないものであった。
「むー、じゃあエルもじゃないの? 私と歳は一緒でしょ?」
「可愛い…え、私?」
少しむくれたユキノの愛らしさに相好を崩したが、そのユキノから返された意外な質問に私はきょとんとしてしまう。
「うーん、まあ一応考えてはいるのよ?」
ただ、これは嘘ではないのだがなんというか…成人を迎えてからずっと、相応しい相手が見つかればすぐにでもと考えているのだがこれがなかなかに難しいのだ。
「ふーん、やっぱり王族の結婚って難しいものなの?」
「それはそうよ、王族に迎え入れるんだし国政に関わるのよ」
王女の婚姻は基本的に国王が、お父様が相応しい相手を選びそのまま結婚となるのが通例だ。
政略的なものである事は当然で、国を発展させるためなら外部と、国を守るためなら内部でとなる場合が多い。
「好きな人との結婚は…やっぱり出来ないの?」
「恋した相手とって意味なら無理ね、選べるだけまだましだけれど」
しかし私はその相手を自分で選ぶようにとお父様から申し付かっている。
ヴェルガンド王国の益となる人物を自分で見つけないといけないのだ。
「へー、じゃあさじゃあさ、エルはどんな人だったらOKなの? 格好良い人? 頭の良い人? それとも強い人とか?」
「な、なんか珍しくぐいぐい来るわねユキノ。でもそうね、私が結婚相手に求めているものってなるとまず容姿は除外するわ」
意外な展開になってしまったがどうせいつかは決めないといけない事、今後の相手探しの参考になるかもしれないし楽しそうなユキノに少しだけ付き合ってあげよう。
「なるほどなるほど、見た目よりも中身って事か、分かるなー」
「楽しそうねユキノ…。えーと、私が基準にしてるのは能力と人格の2つよ」
「能力? はなんとなく分かるけど人格? 性格って事?」
「近いけれど少し違うかしら、王族としてどれだけ民に寄り添えるかって感じで…そうね、少し例をあげましょうか」
「あ、なんか面白そう」
すごい活き活きしてるわねーユキノ、私はその相手で結構悩んでるのよ?
「まずは悪い例をあげましょうか…レイクス元宰相」
「え? あの人…?」
そう、あれだ。
「そ、まず能力は80点」
「い、意外と高い点数だ…」
あんなのでも宰相だったのでやはり能力は高い、交渉ごとなどは特に強いので敵に回すとなかなか厄介な奴なのだ。
「そして人格は0点」
「だよねー」
しかし、自分の事しか考えていないあれに国政を任せることは絶対に出来ない。もしあれと結婚せざるを得なくなったら刺し違えてでも止めなければならないだろう。
「じゃあじゃあ次は、レクタントさんとかはどう?」
「アルス・レクタント? そうね…」
例を出した事で興が乗ったのだろうか、いつもは大人しいユキノが凄く楽しそうで可愛い。
「能力は40点、人格は60点」
「うーん、普通だね」
とりあえずアルス・レクタントだが、彼の能力は騎士という職業柄戦う事に偏っており、行き過ぎではないが自信家なので高い地位に就くと腐る可能性が高い。
それに私に心酔しているのもマイナス点である。
「それじゃあ…バルダットさんは?」
「オスラン・バルダットか…60点に30点ね」
次にオスラン・バルダットだが、彼は仕事は並以上に出来るものの信心深過ぎる点がマイナスだ。
それがプラスに働く面もなくはないが、行き過ぎれば王制を崩壊させかねない毒となるだろう
「じゃあ次はリオン君」
「リオン? あの子はさすがに…まあ評価だけで良いならそうね、60点と50点かしら」
リオンは内政も出来るし有能ではあるものの、アルス・レクタントと同じく物事を私中心で考えてしまう所はマイナス評価である。今現在私のサポートをしてくれている様に上に立つよりは宰相などの地位に就くべき人材だろう。
「それじゃあ…」
「まだやるの?」
「…だめ?」
「うぐっ、そ、その上目遣いはずるいわよユキノ」
…仕方ないわね、今日はユキノのおもちゃになりましょうか。
正直私にとってはあまり続けたい話題ではないが、ユキノがここまで楽しそうにしているのはとても珍しい事である。
これを面と向かって言う事はないけれど、彼女がこうやって心穏やかで居られるようにする事も王女としての…ハァ、嫌だわこんな事考えるの。
「ふふっ、ありがとエル、じゃあ次にロックさんはどう?」
「ちょ、ちょっと、私にアレの評価をしろと?」
「変かな? 結構相性が良さそうに見えたけど?」
「そんな訳ないでしょ…うーんそうね、まず能力は80点かしら」
次はあいつか、正直アレを結婚相手にとか考えたくもないが評価をするとしたら…でも人心を操り組織を動かす能力は配下になら欲しいかもしれない。
「お、高得点だね、それじゃあ…」
「でも人格は20点ね」
「ありゃ、そっちは低評価なんだね」
だがこちらの評価は当然である、あの手の組織の人間は他人を切り捨てる事に躊躇がない。
人の命を取捨選択するという点は王族も同じなのだが、彼らの場合はそれを最低限にしようという考えがなく単純に味方か敵かでしか見ていないのだ。
レイクスの様に単純な悪人ではないが国政を任せるのはあまりにも危険が過ぎる、あの手の者とは一定の距離を保って交流すべきだろう。
「もう終わりで良いかしら?」
「うん……じゃあ次が最後ね」
「…ユキノ?」
そして、そろそろ満足したかと思ったけれど最後と口にしたユキノは少しだけ真剣な表情をしていた。
「ララさんはどうかな?」
「え? ララ? いやあいつはあなたの…」
どういうつもりなのだろう? 結婚相手の話だと言うのにどうして自分の想い人を私に評価させる必要があるのか。
「どうかな?」
「…」
特に深い意味はないのだろうか…まあここはユキノの話に乗っておくか。
「能力は70点ね」
「…結構高いんだね? でもララさん国政とかは分からないんじゃない?」
「あいつの能力って魔導技術に偏っているけれどそれがずば抜けているじゃない、それの評価って所」
「ふーん…」
なんだろう? ユキノの目がなんというか…すごく本気だ。
「じゃあ人格の方は?」
「そっちは…90点」
「わ、かなり高得点だね」
「他意はないのよ?」
実際あいつの人格は統治者として悪いものではない。悪事を働く度胸はなく生真面目で、誰かに頼られたら自分に出来る範囲で真摯に対応しようとする。
もちろんあの性格では苦労が耐えないと思うが、上に立つ者としての資質だけなら持っているようにも思うのだ…もちろん周囲に支えられて初めて成り立つ統治になるだろうが。
「争いごとは極力避けようとするし私とは違う民の目線も知っている。それに不思議と…」
それに、あいつは不思議と私が一番望んでいる言葉をくれるのだ。
「…な、何よユキノ、なんでそんなニヤニヤしてるのよ?」
と、私があいつの事を考えていると目の前のユキノがにんまりとした顔で私を見ていた。
「べつにー? エルもララさんの事をちゃんと見ていたんだなーって?」
「わ、私はあくまで客観的に見た評価を…」
ユキノ? どうしてそんなに嬉しそうなの?
「そっかー、うんうん、ララさん良い人だよねー」
「もう! ユキノ!」
ユキノの真意は分からないがやはり今日のおもちゃ役は私で間違いないようだ。
性格上あまりからかわれる事は好きではないのだが、私の反応に嬉しそうな笑顔を見せてくれるユキノを見ているとそれだけで…。
「また今度ララさんに会いに行こうね!」
「…ええ、そうね」
私はとても幸せな気持ちになれるのだ。




