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第21話 レオンリバーの街5

※3/5誤字脱字修正

 とりあえず情報収集はこれくらいで良いだろう。



 工房から出て次の予定を頭に思い浮かべたが、後はお店の準備に必要な資材を集める事くらいだった。


 ただ準備と言っても作業に使うような器材を新たに用意する必要は無い。

 リリナの部屋に置いてあった錬金具の類は結界に守られていたので無事だからだ。


 僕の部屋や工場に置いてあった工具の類なんかはそもそも大きな物ではないし丈夫な物がほとんどなので、魔物が多少暴れただけで使えなくなるような物でもなかった。


 量が多かったので業者に運搬を頼んだが、予定では明日に届くことになっている。


 つまり必要な物はお店の改装に使う資材だけって事だな。


 商品の材料なんかも追々必要にはなってくるだろうが今日の市場調査の結果もあって先に商品を決めてしまうのはまずいと思った。


 リリナと…後はギルドの職員にも一度相談した方が良いかもしれないな。

 特にギルドでは仕事の斡旋も行っているという話だし下手に自分の考えだけで動くのはやめておこう。


 さてと、資材のお店も場所は聞いておいたしちゃちゃっと済ませますか。




 ―――――――――――――――――――――――




「ありがとうございました」



 資材店で買い物を済ませてからお店を出た。


 木材等の大きな物もいくつか購入したため後で僕のお店まで持って来てくれるらしい。

 他にも色々な小物、飾りつけやショーケースの類もいくつか注文したのでけっこうお金が掛かってしまった。


 前にレオーネさんから受け取った魔法薬代金のおかげでどうにかなったが仕事が安定するまでは支出を抑えていかないとちょっときびしいかもしれない。

 




「よぉ兄ちゃん、随分と羽振りが良さそうじゃないか、俺たちにもちーっと分けちゃ貰えないかねー」



 寂しくなった財布の中身を見ながら資材店を出ると、すぐに声を掛けられた。

 声のした方を見るとあからさまにガラの悪い3人組が僕を値踏みするように近づいてきていた。


 うわっ、こういう連中も居るのか、でもこんな人通りの多い場所で…あー、そりゃそうだよな。


 周囲の通行人を見てみたが皆あからさまに視線を逸らしてこちらと関わり合いにならないようにしていた。


 こんな揉め事に好き好んで関わり合いになろうなんて人がいるわけないよな、僕だってそうするだろうし。それにしても羽振りが良さそうって…大量に買い物をしている様子でも見ていたのかもしれないが的外れも良い所だ。



 そんなことを考えている間にも3人は僕を取り囲んでいる。


 仕方ない、僕じゃこいつらから逃げるのなんて無理だし大人しく出すものを出した方が良いだろう。不幸中の幸いか買い物を済ませたばかりで銀貨2枚くらいしか残っていないし…まあそれでも痛い出費だが。



「すみません、今買い物を済ませたばかりなのでこれしか…」



 他に持っていないという事を示す為に財布ごと差し出す。

 3人組の一人はそれをかっさらうと中身を検めてすぐにちっと舌打ちをした。



「こいつとんだ貧乏人だぜ、まあ見た目からしてみすぼらしいやつだしな」


「どれ、他に持っていないか一応調べてやろうか?」



 と、別の一人がこちらに手を伸ばした時だ。





「ちょっと! そこの人達何をやっているんですか!」



 横合いから凛とした声が響き、3人組と一緒に僕の視線も自然とその声がしたほうに吸い寄せられた。


 そこに居たのは僕と同じくらいの歳の女性だ。

 冒険者が着ているような軽鎧を身にまとっているが武器は持っておらず、こちらに向かってずんずんと歩いて来ている。

 そしてそのまま僕たちの前まで来ると…



「そこの3人! 今その男性からお金を巻き上げましたね! すぐに返してあげなさい!」



 と言い放った。


 僕もそうだが暴漢の3人もあまりにも唐突な出来事にしばらく固まってしまっていた。

 無理もない、遠目に見た時から小さいとは思っていたが、近づいてきた女性?女の子?どうみても子供にしか見えないのだ。

 シアさんとかもけっこう低い方なのだがそれ以上である。



「なんだこのガキ?」


「さあな、でもけっこうな上玉だしついでに連れて行っちまおうぜ」



 しかし、そう言って暴漢の一人が手を伸ばした瞬間である。

 最初、僕の目には少女が突然消えたように映ったのだが、それと同時にドンッ!!という鈍い音が響き少女に手を伸ばした暴漢が2件先の家の前まではじき飛ばされていた。


 少女は吹き飛ばされた暴漢が居た位置で腰を落とし手のひらを前に突き出すような体制で立っていた。


 ん? あれはもしかして…。



「は? えっ? き、きさま! 何をしやがった!」


「そちらから手を出してきたのだから当然です」



 暴漢たちに何を言われても少女は気にした様子も無く、体制を戻すとすぐに残った二人に向けて構えをとった。



「くそが!! ガキになめられたままおめおめと引き下がれるか!!」


「仲間の仇だ! くたばりやがれ!!」



 仲間が一瞬でやられたというのに残った暴漢たちは実力差も考えずに少女に襲い掛かった。冷静に考えれば勝ち目が無い事は分かるはずだが頭に血が昇っていたのだろう。



「仇って…そんな酷い事しないのに…」



 それに比べて少女の方は冷静…というか暴漢の言葉の方がショックだったようだ。

 だがショックを受けつつも襲い掛かって来る暴漢からは目を離しておらず、眼差しは冷静なまま二人の暴漢を見据えたままであり…。




 その後に事は僕にはよく分からなかった。

 瞬く間に二人の暴漢が倒された事は分かるのだが、何をされて倒されたのかがまったく見えなかったのだ。

 一人目の時もそうだったが、少女の姿が掻き消えたと思った次の瞬間には暴漢がはじき飛ばされており、そのあまりにも早い動きは僕の目ではほとんど捉える事が出来なかったのである。



「はぁ…治安が良い街だと思ったんだけどな…こういうのはどこにでも居るんだなやっぱり」



 少女の方はと言うと特に疲れた様子も見せずに愚痴の様な物をこぼしているだけだった。

 あれだけの事をしたのに害虫を駆除した、程度にしか感じていないようだ。


 とりあえず助けて貰ったのだしお礼を言わないとな。



「あの…助けて頂いてありがとうございます」



 ビクッ!!


 普通に声を掛けただけだと思う。

 だが目の前の少女は僕の言葉にひどく怯えた様子でゆっくりとこちらに振り返った。



「あ、あはは! いやー変な人が多くて困っちゃいますよね。

 あ、これお財布です、お返ししますね」



 こちらに振り返った少女は突然明るい口調で語りかけて来る。だがその口調も、表情も、ひどく不自然なもので無理をしているのが一目瞭然であった。



「は、はあ、助かります」


「あ…」



 僕が困惑しながらも財布を受け取ると急に少女は悲しそうな表情になったが、僕の視線に気づくとすぐに表情を戻した。



「で、では私はこれで…」


「あっ、待ってください」



 少女は今にも駆けだしそうになっていたので慌てて呼び止めた。

 恩人にあんな辛そうな顔をさせたまま返したくはなかったし何よりちゃんとしたお礼もしたかった。


 少女は僕の言葉で立ち止まりはしたが振り返らなかった。



「僕の名前はララと言います、あなたのお名前を教えて貰ってもよろしいでしょうか?」


「私の…名前?」


「はい」



 迷っているようだった。

 このまま去るべきか、僕の話を聞くべきか。

 さすがにこのまま去るようだったらこれ以上引き留めるつもりはない、お礼をするつもりで逆に迷惑を掛けてしまっては意味がないだろうし。


 だがそんな僕の考えは杞憂だった。

 少女はゆっくりとこちらに向き直るとおずおずと口を開いた。



「私の名前、ユキノって言います」


「ユキノさん…ですか、不思議な響きの名前ですね。

 改めまして、助けていただいてありがとうございます」


「いえ…あれぐらいの事。

 …あの…あなたは…ララさんは怖くないのですか?」



 怖い?怖いってなにがだ?


 僕がそれについて疑問に思っているとユキノさんは周囲に視線を送っていた。

 それにつられて僕も周囲に視線を向けて様子が変わっている事に気付いた。


 なんだ?さっきまでの遠巻きに見ているだけの視線とは違って何かに怯えているような…。



「みんな、私の事が怖いみたいです、あははっ…」



 そう言ってユキノさんは力なく笑って見せたがもちろん無理をしているだけだろう。


 怖い…か、おそらく先ほどの戦闘とも言えない一方的な制圧を見ての反応なのだろうが…。


 改めてユキノさんの姿を確認するが、先ほども思った通りかなり小柄で華奢な体躯をしている。

 そして今になって気付いたが今までに見た事の無い髪と瞳をしていた。


 こんな黒い瞳、黒い髪の人を見たのは初めてだな…でも…すごく綺麗だ。


 確かに先ほどの動きは人間のものとは思えなかったが目の前の少女から怖い、という印象はまったく受けなかった。むしろ…



「僕はあなたの事が怖いとは思いませんよ」


「そんなの嘘ですよ、だって…だって…」


「うーん…小さくてとても可愛らしいと思いますけどね僕は」


「か、可愛い!? …え? …ちいさくて?」



 あっ、つい本音が出てしまった。


 僕の言葉に最初は照れた反応を見せたが小さいという単語がやはりお気に召さなかったようだ。

 怒った表情になって僕の事をじーっと睨み始めてしまった。

 まあそれでも全然怖くないのだが。



「むーーーっ、ララさんのお歳は知りませんが私はこう見えても18ですよ! もう立派な大人なんですから!」


「え! じ、18ですか!?」



 だが、この身長で一つ下というのはとても信じられなかった。

 昨日会ったミゼリアさんよりも一回りは小さいし…だがそんな事を言ったらさらに怒らせるだけだしここは素直に謝っておいた方が良いだろう。



「聞いているんですかララさん!」


「すみません、失言でした。でも…怖くないって言葉に嘘はありませんよ」


「あっ…うー、分かりました! …信じますよ」



 ユキノさんの態度はしょうがないから許してあげようみたいな感じだったが、その表情は嬉しそうなものだった。



「すみません。

 では…そうですね、今度お時間がある時にでも僕のお店に来ませんか。

 失言のお詫びもですが助けて頂いたお礼として何でも良いです。

 ユキノさんが望む商品をプレゼントしますよ」


「ララさんのお店に…ですか? 是非! …あっ、でも私明日にはこの街を離れる予定なので…次にこちらに来るのはいつになるか分からないもので」



 そうなのか…まあこちらもこれから本格的な準備になるしな。

 ユキノさんを待たせるくらいならその次の機会にでも良いかもしれないな。



「ではこの約束は次にユキノさんがこの街を訪れた時という事にしましょう。

 いつでも来てください、お待ちしていますので」


「ララさん…はい! 必ず行きます! また…会いに行きます」



 名残惜しいがユキノさんとはそこで別れた。

 僕のお店の場所を書いたメモを渡したら大事そうにしまっていたので喜んでは貰えたのかな?


 ちなみに最初に襲ってきた暴漢3人なのだが自警団の人が来て連れて行った。

 これから取り調べをして罪に沿った罰が与えられると言うがどんなものなのかは想像がつかなかった。




 ―――――――――――――――――――――――




 ふう…これで今日の予定は終わりかな。

 資材店からの資材の搬入を終えてようやく人心地ついた。


 二つのギルドを回ってからファムさん、ブラックさん、ピッセルさんとの出会い、そして最後は先ほどの暴漢騒ぎだ。

 たった1日の間なのに色々な事が起こり過ぎだと思う。


 その分面白い事も色々あったけどね。

 魔道具作りの良い参考になりそうだったしブラックさんの工房はもうちょっと見てみたかったな。


 まあそのうち行く機会もあるだろう。

 新作が出来たらブラックさん達に見てもらっても良いだろうし。



「あれ?兄さん帰ってたんだ」



 搬入された資材の整理をしているとリリナが帰ってきた。

 この時期だからまだ外は明るいがそれでもけっこう遅い時間だ。



「リリナ、遅いぞ。

 もうちょっと早く帰るようにしてくれ」


「えー、大丈夫だよ。

 確かに成人はまだだけどそこまで子供なつもりはないよ?」



 うーん…まあリリナの言い分も分からなくはないが…。


 普段は物臭でダメなやつだがやる気になったら大抵の事はすぐに出来るようになる。

 あまり子供扱いしすぎるのもこいつの成長を阻害する事になりかねないしもうちょっと信じてやっても良いのかもしれないが…。



「大事な家族なんだ、心配くらいさせてくれよ。

 それに…だ、実はついさっき変な3人組に絡まれてさ、危うくお金を取られる所だったんだ」


「え…?それって兄さんの方こそ大丈夫なの?見た感じケガはしてないみたいだけど…」



 僕の言葉で途端にリリナは心配顔になった。

 こうなるだろうと思ったので言わないつもりだったがリリナに注意を促す為にも話しておいた方が良いだろう。だが、



「大丈夫、どこにもケガは無いよ。

 たまたま通りがかった女の子が助けてくれてね、3人組をあっという間に倒してくれたんだ」


「…女の子が?」


「ああ」


「暴漢を倒して助けてくれた?」


「そうだな」


「えーっと…3人の暴漢に絡まれていた兄さんをたまたま通りがかった女の子が助けてくれたって事で良い?」


「だからそう言ってるだろ」



 リリナも最初は心配してくれていたが、僕の話を確認する毎にどんどんと呆れた表情へと変わっていった。

 僕自身も話しているうちにあれ?これって…と思い始めていたくらいだ。



「…うーん…なんて言ったらいいんだろう…。

 まあ兄さんには無理だと思うけど普通は逆じゃない?

 女の子とピンチに颯爽と駆けつける!なら分かるけど逆に助けられるって…。

 ある意味兄さんらしいとは思うけどさ」


「ま、まあそれはそうだが!

 何が言いたいかっていうと外には危険があるんだから危ない事はするなよって事だ!」



 かなり苦しいがもうこのまま押し切るしかないだろう。



「はいはい、お姫様な兄さんがそう言うなら気を付けるよ。

 …私も兄さんに心配かけたいわけじゃないからさ、兄さんも無理しないでね」


「…ああ、気を付けるよ」



 途中で脱線してしまったが一応僕の言いたいことは分かって貰えたようだ。



 でも僕もリリナに心配かけないように気を付けないといけないな。

 今日のような出来事を確実に避ける術は無いだろうがせめて逃げられるくらいには体を鍛えておいたほうが良いかもしれない。

 レオンリバーの街での二日目はそんな感想と共に過ぎて行った。

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