6章幕間12 暗躍
コビ
『おお、まさかこのような事まで出来るとは!』
「ちっ、うるせえから終わるまで黙ってろ」
目の前で揺蕩う黒い靄を前にして俺の中に居る魔核の意思が歓声を上げる。内側から響いてくるこの声は煩わしいものであるがしかし、この実験は中々に面白いものを生み出してくれたようだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
現在俺たちは王国の帝国の間にある山の1つ、通称国境山脈と呼ばれている連峰の中で最も高い山の山嶺に隠れ潜んでいる。
ここは名前の通りの国境付近だが、実際に国境として使われているのは北に位置する港町だけで、こんな高い場所までやって来るような物好きもそうはいないので簡単には見つからないであろう場所であった。
『ふむ、現状3割と言った所か、これでもかなり早いペースだが…』
ここに来たのはレオンリバーでの敗戦で失った魔力を回復させるためだったが、王国と帝国に挟まれたこの場所は今の俺たちにとっては最適な療養場所でもあった。近くには港町が1つ、そして少し西方には小さな公国までもがありと俺たちのエネルギー源となる負の感情が多量に溢れているのだ。
「はぁ!? まだ3割だ! 一体いつまでこんな所に引きこもってりゃ良いんだよ!」
だが俺はいつまでもこんな所で安穏としているのには耐えられなかった。今すぐにでもレオンリバーに戻りあの街の連中を皆殺しにして…、
『焦るな、次に勇者の襲撃を受ければ今度こそ逃げ切れぬぞ』
「…ま、そうだな、あれと真っ向からやり合うのはまだ無理だ」
しかし現状ではそれが不可能な事も理解出来る。限界まで魔物を準備したとしてもその数は前回の半分以下であり、レオンリバーの現況を鑑みても戦力は良いとこ五分五分と言った所か。
そこに勇者までもが現れたらもう勝ち目はない。前回は全てのプログラムを終えてから現れたが、次もそうだと考えるのはさすがに楽観が過ぎるだろう。
…だから、俺は暇つぶしを兼ねてある実験をしてみる事にした。
『どうした? ここには魔物に出来るような生き物はおらぬぞ』
俺が手のひらに生み出したこの結晶、これは埋め込んだ生物を魔物に変貌させる事が出来るものだ。さすがに魔核を作り出す事は出来なかったが、これを用いれば魔力の続く限りいくらでも魔物を生み出す事が可能となる。
そしてこれを用いて俺がどんな実験をするのかだが…。
「なに、これで『精霊魔法』を魔物にしたらどうなるかと思ってな」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
俺がイメージしたのはレオンリバーの街を蹂躙する化物の姿だ。
強大な力で建物を崩して逃げ惑う住民を一人残さず焼き尽くす、典型的だが恐怖の象徴となるそんな魔物の姿を思い描いて…それで出て来たのがこれという訳だ。
「…なんだこいつは?」
靄が晴れるとそこには成人前くらいの男…? か女なのかも判別が付かない奴がいた。そもそも精霊に性別があるのかも俺は知らないが、とにかく子供の様な見た目のよく分からないやつが現れたという感じだ。
『これは…我らと同じモノだ』
言われてみると目の前のガキの魔力は俺の中にあるものと似ているようにも見える。しかも魔核から生まれた訳でもないのに俺の中にいる意思と同等か、もしくはそれ以上の『負』を内包しているのが感じられた。
「…父上?」
「は?」
さらにこの『意思』は言葉まで発する、同じと言うならそれくらいの事は出来てもおかしくないが…。
「父上ってなんだよ、ふざけてんのか?」
「…いえ、ですが僕を生み出したのは間違いなく父上なので」
おいおいなんだよこれ、俺にはこんな得体のしれないものを飼う趣味はないぞ。
呼び方についてはこの際どうでも良いが俺にはこんなガキのお守をする気はさらさらない。自身がこうなる前にも思っていたが、ガキなんてのは生きていく上ではただの重石でしかなく、どれだけ金と手間を掛けてもそれに見合ったリターンを得る事は不可能な役立た…。
…いやまてよ、こいつはどう考えてもただのガキじゃねえ。保有している魔力も高いしなにより単独行動だって出来そうだ。
「そうか、だったらそ俺の役に立つ所を見せてみろ」
『おい、どうするつもりだ?』
どうするだ? そんなの決まっているだろうが。
「あの国が見えるか?」
「はい」
「あそこを使って俺に面白いものを見せろ」
どうせこのまま動けないのだから退屈を紛らわせるのにこいつを使って遊ぼうというだけだ。
『まて、あまり派手に動くと気取られるぞ』
「うるせえっ! こんな所に引きこもっているのはもううんざりなんだよ! …ま、安心しろよ、あそこで騒ぎを起こせば『負』の感情だってたんまり頂けるんだぜ?」
ターゲットは帝国領にあるマイヤー公国、田舎にある辺境国と聞くと牧歌的なイメージだが、なぜかあそこから流れ込んで来る『負』は異常な程に多く、一体どんな奴が治めているのかと少し気になっていたのだ。
『…どうなっても知らんぞ』
上手くいけば回復が早まるかもしれないし失敗してもこのガキが居なくなるだけなので損はない。こいつが役に立つかを確かめるのにも使えるし暇つぶしにはちょうど良い見世物となるだろう。
「ん? どうした?」
「いえ、あちらからも同胞の気配がするので」
『ああ、あれはもうダメだ。ハイエルフの子供に中核を握られ意思も薄弱になっている、役には立たぬから捨て置け』
「…そうですか、分かりました」
このガキが何を考えているのかは分からないが、レオンリバーの方角に向けた顔は仮面を被っているかの様に無表情だ。強風でなびく長髪を気にした様子もなく…。
とりあえず何か着る物を用意してやるか。
こんな事を考えてしまうあたり、俺にもまだ人間らしい思考が残っているという事なのかもしれない。
―――――――――――――――――――――――
---
彼が私の領域に入って来たのは初めての事だ。
精霊と繋がりを持つのも初めの事であり、それはこれまで数えきれない程に干渉を繰り返してきた結果なのだろうが…しかし、私はこの千載一遇の好機を活かす事が出来なかった。
彼との繋がりがすぐに絶たれたのはあの子達が、精霊と呼ばれているあの子達が彼を介して私の下へ還ろうとしていたからなのだが…。
うぅ…失敗したよ。
精霊とはこの世界を形造るもので私が生み出した言わば子供のようなもの。定着して世界の一部となった子は大丈夫なのだが、未熟な子達は生みの親である私の所に還ろうとしてしまうのだ。
彼はそんな子供たちの前で私の領域に入ってしまい、その結果としてあの子達に引っ張られる形で繋がりを絶ってしまう。悪気がない事は分かっているけれど、このような形で邪魔をされるとは考えもしなかった事だ。
話しておきたい事がたくさんあるのに…。
彼には伝えたい事、そしてお願いしたい事があるのだが今の状態ではほとんど言葉を届ける事が出来ない。無理をすれば一度戻る事になってしまうし、微かに届いた程度ではすぐに掻き消えてしまうようなのだ。
だから私の領域に入って来たあの時がチャンスだった……のだが、話を聞いてくれたとして彼は私に味方してくれるだろうか? 事情を理解すれば協力してくれるだろうが、彼からはあまり良い感情を持たれていないようだし信じてくれるかどうか…。
…あんな目に会わせているんだから当然だよね。
記憶には残っていないだろうがあの苦しみを、恐怖を幾度となく刻み付けたのは間違いなく私なのだ。必要な事ではあるのだが、だから許して? と言っても間違いなく怒られてしまう、私を模した彫像を見ていた時のあの蔑む様な感情も当然の反応である。
「はぁ…あんな感情を向けられたのは初めてだったよ…」
しかし、この度の王都での顛末は私の記憶とは少し異なるものとなった。証拠品を発見する所まで同じなのだがこの度は精霊魔法を扱う事で完全な勝利を手にする事が出来たのだ。
これがどのような意味を持つ事になるかはまだ分からないが…もしかするとこの度の結末は大きく変わるのではないだろうか。
手をこまねく事すら出来ない今の私だが、そんな一縷の望みに期待して…それでも、やはり見守る事しか出来ないのであった。




