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6章幕間11 影響

 シオン




 私とリオンはいわゆる孤児というやつだ。

 8年前、当時10歳だったエレノア様は帝都で開かれていた式典に参加しておりその時に捨てられていた私たちを見つけたと聞いている。

 拾った場所や身なりからしておそらく貴族の子弟だろうと当たりが付けられ、そして調査の結果…もぬけの殻になった貴族の屋敷へたどり着いたという顛末であった。


 理由はなんだったっけ? 権力闘争か何かで負けたって話だったかな?


 だが、今の私たちにとってそれはもうどうでもいい話だ。

 当時2歳だった私たちでは両親の記憶などほぼないし、そもそも自分たちを捨てた親など慕う事が出来るはずもない。今の私たちにとっては親身になって面倒をみてくれたエレノア様が全てであり、それ以外の人間など殿下の敵か味方かでしかないのだ。



「リオン、あなた最近変わったわね」



 しかし、私の弟役であるリオンに最近変化があった。



「そう? 僕は僕だよ。これまでもこれからもエレノア様のためだけにある存在さ」



 エレノア様への忠誠に揺るぎはないが、どうも先日訪れた殿下のご友人から強い影響を受けてしまったようなのだ。



「嘘ね、あなたこれまで魔導技術になんてほとんど興味を示さなかったじゃない」



 本人は否定しているがその手に持っているのが魔導技術の教本では説得力がない。仕事にも必要な物だし基礎知識程度であれば分かるが、つい先日にはファルエス技師の工房にまで足を運んでいたりとかなり本格的に学んでいる様子なのだ。



「それは…別にララ様は関係な…「はいこれ、あなたに届いていたわ」



 さらに先ほど届いたこの本は錬金術の教本であった。

 彼が『高レベル』で会得していた2つの技術をこのタイミングで学び始めた事、これを関係ないなどと言われてもそんなの誰が信じると言うのか。



「…ありがとうシオン」


「どういたしまして」



 でも、私はこの変化を悪い事だとは思っていなかった。

 エレノア様もいずれは誰かの下へ嫁ぐ事になるだろうしその先でも私たちが側にいられるとは限らない。どのような形でお仕えする事になるかは分からないが、色々な事を学んでおいた方がより殿下のお役に立てるという訳だ。


 リオンがララ様に執心している事についても同じ、殿下のご友人との関係は良好である方が望ましいし、優先順位さえ間違えなければリオンの憧れは歓迎すべき事と言えるだろう。




 ―――――――――――――――――――――――

 リオン




 まったく意地の悪い事を言う姉だ。


 僕の姉役であるシオンは…そう、あくまで役と言うだけで姉なのか妹なのかは分からない。拾われてから1年が経過したころにどちらが上なのかという話があり、シオンがお姉ちゃんが良いと言ったのでこうなったというだけだ。

 僕からすると別にどちらでも良いんじゃないかと思うが…まあ、引き受けた以上姉を立てるのが弟の役割なのかもしれない。



「…ありがとうシオン」


「どういたしまして」



 姉の言う通り魔導技術と錬金術はララ様に影響を受けて始めたものだ。殿下の窮地を救う一手となった彼の技術は素晴らしいもので…しかし、これはあくまで殿下のお役に立つために始めたものでありそれ以上の意味はない。

 僕たちにとっては殿下の存在こそが全てであり、それ以外の人間など殿下の役に立つか立たないかでしかないのだ。



「でもさ、それを言うならシオンだって変わったんじゃない?」


「私が?」



 ただ…もし殿下に対しての不満があるとしたら完璧過ぎる所だろうか。日常生活はもとより、王女としての振る舞いからその業務に至るまで僕たちがお世話をする余地がほとんどないのだ。

 護衛に就こうにも勇者様(ユキノ様)に敵うはずもなく、彼女が仕事で殿下の側を離れている時にしか僕たちの出番はなかった。



「クリフ様の事を随分と気に掛けていたから」


「それは…彼があまりにもだらしないからで…」



 だからシオンはクリフ様の事が気に入ったのかもしれない。

 姉役を取った事からもシオンは誰かの世話を焼く事が好きなようで、殿下と違いお世話のし甲斐があるクリフ様は姉にとって理想的な相手だったのだろう…まあ、弟としては少し心配になる嗜好だが。



 …そうか、どうやらシオンも僕も随分と彼らの影響を受けてしまったみたいだね。



「何よリオン、そんなにおかしいの?」



 でも、僕がそんなシオンを前に笑顔で居られたのは姉の、そして自身の変化を悪くないと受け入れられたからだ。



「ごめん、別にシオンの事を笑った訳じゃないんだ」



 カレン様達とも打ち解けていたシオンはそれが影響してか表情や物腰が以前より柔らかくなったし、僕の方も魔導技術を学ぶ過程で工房の方たちと交流持ちこれまで知らなかった知識や感情に触れる機会を得た。



「ただ、僕も姉さんみたいにもっと頑張ろうかなと思っただけさ」


「…何よそれ?」




 だから今はこの変化を受け入れそして楽しみたいと僕は思う。

 これまでは殿下の傍で殿下の事だけを考えていれば良かったが、これから先も殿下の傍で働き続けるのであればそれだけではきっと足りなくなるはずだ。

 殿下へお仕えするという生き方を変える事は出来ないが、色々な人と出会い興味を持つことはきっと、僕たちにとっても悪い経験にはならないと思うから。




 ―――――――――――――――――――――――

 ファルエス




「師の、ララの存在を公のものとして欲しい」



 師がレオンリバーに帰ってしまってから2日、あたしは先日の褒章での願いを伝えるべく王女殿下の下へ訪れていた。



「ダメ」



 しかしあたしの願いに返って来たのはたった一言の拒絶の言葉だけ、予想はしていたもののさすがにこれだけで引き下がる訳にはいかない。



「それはあれですか、師の技術を独占利用したいという考えで?」


「意地の悪い事を言わないで頂戴ファルエス、あなたなら分かっているでしょ?」


「…」



 もちろん分かっている。師の存在に限った話ではないが、他者よりも極端に優れた存在は必ずと言って良いほど大きな混乱を生んでしまう。

 古代の魔道具を再現する程の技術となればおそらく王国内だけの騒ぎでは済まない。帝国やその他の小国を含め様々な陰謀に発展する恐れがあるので為政者としては特に慎重にならざるを得ないという訳だ。



「見なさい、こんな危険な存在はおいそれと公表出来ないのよ」


「これは…」


「ララとリリナさんの登録証を写した物よ、どう、非常識にも程があるでしょ?」


 …なるほど、これは確かに驚きだが…ある意味()()()()でもあるな。


「殿下、これを見て欲しい」



 だがそれを押してでもあたしはこの願いを聞き入れて欲しいと思っている、わざわざこれを持って来たのはそのためだ。



「っと、何よ急に? これってあなたの登録証じゃ…え?」



 魔導技術を学び始め、2年でレベル7に到達したあたしはかなりの才能に恵まれていたと言える。周囲からは神童と持て囃されていたし、あたし自身も次代の魔導技術を切り開いていくんだと躍起になっていたのを覚えている。


 だがそこからレベル8になるまでには20年近くの歳月が掛かり、さらに10年以上の研鑽を積んできて…40代も半ばを過ぎたあたしはどこかで諦めていたのかもしれない、今の技術ではここまでが限界なのだと。



「どう思いますか?」


「どうって、あなたいつの間にレベル9になっていたの?」



 しかし、驚くべき事に私の魔導技術は現在レベル9に到達していた。


「確認したのは昨日の事ですが、古代魔道具の再現をしたあの2日の間に上がったものと考えています」


 久しく忘れていたあの五感が研ぎ澄まされるような感覚に、もしやと思い放置していた登録証を確認してみたという訳だ。



「ララの影響を受けたって言いたいの?」


「上がったのはあたしだけではない、あの場にいた他の者も全員がレベル7になっていました。たったの1晩で2つ上がった者までいたのですよ」


「…」



 あの日の参加者で最年少だったのは人族のパルニャという者、彼女も2年でレベル5になった才能の持ち主だったがあの晩だけで一足飛びに7レベルへと到達していた。戸惑うあまり登録証が破損したと相談に来たくらいで、それだけ我々技術者にとってのレベル1は大きいという事でもある。




「…リリナさんの方もやはり只者ではなかったようですね、確かにこのレベルの者からすれば23レベルの師を『上手くない』と評するのも無理からぬ事でしょうか」



 あたしが比較的冷静でいられるのは師の技術が9レベルに収まるものではないと事前に考えていたからだ。真実はそれを大幅に超えるものであったが…30や40というレベルに現実味がないのも理由かもしれない。



「彼らの技術力があればこの国の魔導技術と錬金術は飛躍的な発展を遂げるでしょう。確かに大きな混乱は起きますがそれを押してでも公表する価値はあると考えます」


「ファルエス、お願いだから少しだけ待って頂戴。褒章としてそれを望むのであれば叶えてあげたいけれど物事には段取りというものがあるの」


「では…?」


「こちらの準備が整い次第…2,3年以内には情報規制を解くつもり、いずれはユキノの相手として周知する必要もあるしね」



 ふむ、それが約束されるのであればここまでにしておくか。


 あたしも今日の願いですぐに事が運ぶとは思っていなかったしここで王女殿下と真っ向からぶつかるような馬鹿な真似をする気はない。これまで耐えて来た日々に比べれば数年くらいは短いものである。



「分かりました、それまではあたしの方も気を付けておきます」








 褒章の話を終えたあたし達はその後雑談の様なものに興じていた。



「でも少し意外ね、あなたがここまで暴走するなんて」



 すでに用事は済んでいるがこういう会話も組織をまとめる者として疎かにする事は出来ない。王族が相手であればなおの事、仲良くしておくに越したことはないのだ。



「それは…殿下も魔導技術を学べば分かるかもしれません。師の技は本当に素晴らしいものですよ」


「そう? ま、34なんてレベルを持っているんだから当然よね」



 それは相手にとっても同じことなのだが…しかし今の王女殿下は友人の事を褒められて喜ぶ普通の少女であった。先日の別れの時にも歳相応な姿を見せていたしいつもこうであれば可愛げもあるのにと思ってしまう。



「なによその顔?」


「いえ、殿下がとても嬉しそうに見えたもので」



 先は王族という立場上あたしの願いを拒否したが、


「…否定はしないわ、個人的な感情だけなら私の友達にすごいやつがいるんだって自慢したいくらいだしね」


 師の友人としての考えは別物であるという訳だ。



 なるほど、それはあたしにも理解出来るな。


 あたしも個人的な感情で動くならすでにレオンリバーに向けて発っているだろう。あたしに残された人生でどこまで行けるかは分からないが、可能な限り師の下で学び魔導技術の神髄をこの目で見たいと思っている…ブラックの奴だけに独占されるのも癪だしね。


 それをしないのは工房主という立場があるからだ。

 魔導技術は軍事にも係わる国の力を示す物の1つなので、帝国に差を付けられない事はもとより王国内にある別の『組織』にも侮られる訳にはいかない。後継を決めて自由になりたいという気持ちはあるが、ラキュアもテテも、他の候補者もまだまだ経験不足なので今しばらくはあたしが指揮を執らなければならないのだ。



「はははっ」



 しかし、そんな状況だと言うのにあたしの口からは笑い声が漏れる。



「何よ急に?」


「失礼を。ただ、殿下があたしと同じ気持ちで居てくれた事を嬉しく思いまして」



 今すぐとはいかずともこれからの魔導技術の発展を考えるとワクワクする気持ちが止まらない。師の存在が公表されたら何から始めよう、とりあえず師の言っていた転移魔道具の制作から始めるか? あの本に載っている魔道具を総なめしてみるのも面白いか? ブラックやあいつと協力すれば世界一の工房を起ち上げる事だって夢じゃないだろう。


 …ああ忘れていた、あいつにも次の定例会で教えてやらないとな。



「あたしも自慢してやりたいと思っていますよ。あたしは『本物』の魔工技師と一緒に仕事をしたんだって」


「はぁ…くれぐれも気を付けてよね、帝国(あっち)に知られたら本当に面倒な事になりそうなんだから」



 その時が来るまでに色々と準備を整えておかねばならない。とりあえずはそうだな…この面倒な工房主(おもに)を押し付ける奴を育てる所から始めようか。

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