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6章幕間10 父親

 ラフス




「お前よくそんなに頑張れるな」



 そう話しかけて来たのはガラの悪い仕事仲間、いや、罪人仲間と言った方が正確だろうか。



「頑張れる理由があるってだけさ」



 ここは王都のさらに南方に位置する鉱山で現在の私はそこで強制労働の(えき)に就いている。肉体労働なので貴族の…元貴族の身には辛いものだが、それでも今の私にはこの仕事を頑張れるだけの理由があった。



「理由? 女とかか?」


「家族だよ、大切な人って意味でなら合ってるけど」



 あれだけの罪を犯したので死罪は免れないと思っていたが、意外にも私に科せられたのは強制労働10年という比較的軽い刑罰だけであった。もちろん財産は全て没収され貴族位も剥奪となったが、こうして生きてさえいれば私に唯一残された宝、家族と会う事は出来るのだ。


 20年か、ようやく私が本当に求めていたものに気付けたな。




 齢10を過ぎた頃に私は両親を亡くした、事故死だ。まさに悪夢として言いようのない出来事で、しかし悪夢が本当に始まったのはそれからであった。

 残された私とブレグラン家は存命の祖父母が管理する事になったのだが、両親とも折り合いの悪かった彼らは私に残すものはないと言わんばかりにブレグラン家を食い潰していったのだ。


 兄弟も居なかった私は1人耐え、成人した15の頃にどうにか祖父母を排除したのだがその頃にはもうブレグラン家は破産寸前にまで追い込まれていた。もはや立て直しは不可能で、ブレグランの名を捨てた方がと周囲も、そして私自身も考え…。


 しかし、私はかつての栄華を取り戻すべくブレグラン家を存続させる道を選んだ。


 楽な道ではなかったが、幸いな事に私は貴族としての才に恵まれておりおおよそ五年ほどで財政を回復させる事に成功した。そして21歳の時に父の後に学舎運営を継いでいたアルバス家の娘、ホリーを妻に迎え、その3年後には運営の全てを任させる事となりブレグラン家の復興は完遂したのである。


 その後、さらにブレグラン家を発展させようと躍起になり、そこでレイクス宰相に付け込まれる事となった訳だが…いや、付け込まれたなんて言い訳にもならないな。権力や財に溺れ犯罪の手を染めたのは間違いなく私の意思なのだから。



「家族ねー、あんなん(ろく)なもんじゃねーと思うけどな」


「家族なら誰でもって訳じゃないさ。ただ、お前にも誰か居たんじゃないか?」



 そんな私に大切な事を気付かせてくれたのが妻のホリーだ。

 こんな事になった以上アルバス家に帰ってしまうと思っていたのだが、彼女は実家へ帰らず子供たちと共に私を待つと言ってくれた。ホリーとの婚姻はブレグラン家を復興するための政略的なものでしかなかったのに、それでも彼女は私を愛してくれると言ったのだ。


 私には人を見る目がなかったという事だな、でも…そのおかげで気付けたよ。


 レイクス宰相には悪い意味で騙されていたがホリーにも良い意味で騙されていたのかもしれない。

 気の弱い女性だと思っていた彼女の深い愛情に触れて私は気付けたのだ、私がなんとしてもブレグラン家を復興しようと思ったのは、大好きだった両親との絆を守りたかったからなのだと。



「…かもな、両親はクソだったが叔父貴は俺に色々教えてくれたっけか」


「そうか、ならその恩に報いるために頑張っても良いんじゃないか?」



 10年という期間は長いが私はきっと、いや必ず頑張れる。殿下が色々とサポートしてくれているようだがそれでもホリー達の生活は楽なものではない、1日も早く家族の下へ帰り今度こそ大切なものを守らなければならないのだ。



「ははっ、面白い事いうじゃねーかお前! っしゃ! それじゃあ続きをやっか!」


「ああ、今日中にこの区画は片付けるぞ!」




 ―――――――――――――――――――――――

 オラン




「あなた、今日も遅くなるの?」



 十一ノ月初頭、レイクス元宰相の不正騒動がようやく過去の事になり始めた頃、しかし私は毎日夜遅くまでの働き詰めな日々を送っていた。



「ああ、まだしばらくは忙しいな。済まないがロミの事を頼む」



 レイクスに与していた者たちをリストにまとめ今後の監視体制を確立していく。言葉にするとそれだけだがその人数が数百人と聞けばどれだけの大仕事であるか分かってもらえるだろうか。



「良いのよ、私はいつも一所懸命なあなたを好きになったんだから」


「うん! 私もお父さん大好きー!」


「アイネ…ロミ…」



 それでも今の私は世界一幸福な男だと自負する事が出来る。2度と会う事は出来ないと思っていた2人とこうして暖かい団欒を過ごす事が出来るのだ。どれだけ忙しかろうと無限に気力が湧いて来るというものである。





 しかしレイクスの処遇は…今後はどうなるのだろうか?


 彼はいま王城地下の牢へ収監されているのだが、あれだけの罪科を重ねたにも係わらず未だに何の刑罰も科す事が出来ないでいる。と言うのも、彼はいつの間にか帝国の貴族位までをも手に入れており、先方から身柄を引き渡すようにと再三にわたる要請が届いているのだ。

 もちろんこれは機密事項で立場上たまたま知っただけの私が悩む事ではないのだが…王国と帝国の関係を考えるとどうしても気になってしまうのだ。



「この要請はどちらを選んでも禍根が残るな…」



 帝国の国力は王国のおおよそ10倍ほどなのだが、それでも帝国が攻めて来る可能性はほぼ0だと言える。それはヴェルガンドの王都がルディエスカ様降臨の地とされているからで、帝国の人間も大半がルディエスカ教の信者でありその全てを敵に回すような馬鹿な真似は出来ないというのが理由だ。


 下手に戦争をしかけても致命的な士気の低下と共に軍は瓦解、各所で大規模なクーデターが発生したりと、いかに帝国の国力が高かろうと自滅するだけの結果になるだろう。


 そう、普通に考えればそんな馬鹿な事は出来ない。


 しかし、この要請を断った場合レイクスの息がかかった一部の者たちが動く可能性がありそれがどんな規模になるのかが分からない。そしてレイクスを引き渡した場合も今度は帝国で暗躍する事となり、それはそれでどんな悪影響が出来るのか分からないとどちらを選んでも茨の道となる可能性が高いのだ。



「…まずは帝国の内情を調べる所からか」



 そもそもこの要請は誰が出したのか? 大元は()()なんだ?

 皇帝本人という可能性は低いと思うが、大小様々な国で構成されている帝国ではどこの誰がこの要請を出したのかも見当が付かない。あれを引き取るなんて輩がまともな人間であるはずもないし私がしっかり調査しないと…。







『オラン、真面目なのは良い事だけれど過ぎると周りを不幸にするわよ、ほどほどにしておきなさい』



 …そうでした、私は私に出来る事を、後は力ある者にお願いすべきですね。


 それは先日王女殿下とお会いした時に聞いた言葉、免罪の事実を確認した時に殿下が私に告げたものだ。

 全てを失う覚悟で罪を告白した私の行いは正当なものかもしれないが、それは同時にアイネとロミの人生を不幸にしてしまうものであった。

 これからも国を守るために働き続けるつもりではあるが、最も大切にすべきものが何であるかは二度と間違えないようにしようと思う。

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