第19話 レオンリバーの街3
レオンリバーの街に着いて一晩が過ぎた。
慣れない環境もあってか疲れは完全に取れなかったがしばらくは仕方ない事だろう。
今日の予定はとりあえず職人ギルドからだ。
登録をしないと店を開く事すら出来ないので最初に済ませたほうが良いだろう。
その後は市場の確認がてら街を散策し、最後に買い出しを済ませる事にした。
「リリナ、準備は出来たか?」
「んーまあ大丈夫だと思うけどどうかな?」
今日のリリナはいつものローブ姿とは違って普通の洋服を着ていた。
出来れば昨日の領主への挨拶の時にも着替えてから行きたかったのだが時間も無かったので諦めた。
今日も街を見て回るだけならいつもの格好で良かったのだが、職人ギルドに顔を出した時に印象が良くなれば、という思惑で着てもらう事にした。
とは言ってもそんな上等な物では無い。
いつも着ているローブと同じ草色の服とロングスカートだ。
母さんのお下がりだって話だからかなり古い物じゃないかな?物持ちが良いのは悪い事では無いのだが…まあ似合ってるけどさ。
「良いと思うぞ。
リリナは身長が高いからそういう格好が似合うなやっぱり」
「そう?まあそう言われたら悪い気はしないね」
「…後はそのボサボサの髪をどうにかして来い。
服装だけ正してもそれじゃあ人前には出られないぞ」
起きたばかりなうえ着なれない服を着たことで髪の毛がものすごい事になっていた。
「めんどくさー…兄さんやってよー」
「はぁ…、お前そんな事までめんどくさがってたら何も出来なくなるぞ。
…まあ今日は時間も無いからやってやるよ、そこに座ってくれ」
リリナの髪を梳いてやる。
普段はぼさぼさのまま生活しているが何回かやってやった事がある。
切ってやった事もあるのだが美容師ではない僕ではうまくいかず、そのうち伸びるがままになってしまったのだ。
この辺りなら美容師とかも居るだろうし機会があったら頼んでみるのも良いかもしれないな。
「こんなもんかな、それじゃあもう出るから準備が出来たら行くぞ」
「はーい」
―――――――――――――――――――――――
職人ギルド。
昨日も外観だけは見たのだがけっこう大きな建物だ。
石造りの重厚な建物で各所には細工が施されており、さすがは職人のギルドだと思わせるだけの技術力が窺えた。
内装はシンプルな造りになっているがおそらく清潔感を出すためにあえてこういう造りにしているのだろう。
圧倒されるなこれは…僕みたいなのが登録しても大丈夫だろうか…。
多少不安にも思ったがとりあえず受付を済ませしまう事にした。
受付のカウンターを探してみると2箇所あるようで、それぞれ若い男女が受付をしているようだった。
だが、女性の方は順番待ちの人もいるのに男性の方は誰も並んでいないという状況だった。
お客は男性ばっかりだしな…気持ちは分からなくもないがさすがにこれはひどい…。
という事で僕は男性の受付の方に行くことにした。
「やあ!こんにちは、職人ギルドへようこそ!今日はどういった用件かな?」
テンション高っ!もしかして男性ってだけじゃなくてこういう人だって皆知ってて避けていたのかもしれないな。
リリナもビクっとして固まっちゃってるよ…。
「あ、はい、お店を出すので登録をお願いします」
「おっ、新規の登録者なんて珍しいね、レオンリバーには来たばかりかな?」
「はい、昨日来た所です」
「おーけーおーけー、それじゃあ簡単に説明してあげよう!」
職員の人はテンションが高いままに職人ギルドの立ち位置と登録証について教えてくれた。
簡単に言うと職人ギルドは商売人専用の行政機関と言った所だろう。
商売の許可、取消し、揉め事の仲裁、違反者の取締り、さらには仕事の斡旋なんかも行っているとの事だ。
そして登録証は商売を行う為の免許であり職人の技量を示す証明書の様な役割を持っているらしい。
「現物を見て貰った方が分かりやすいかな?それじゃあさっそく登録してみようか!」
「はい、お願いします」
「おーけー!それじゃあまずは職を設定して貰おうか、鍛冶師、とか料理人、とかだね」
「えーっと…魔工技師と錬金術師の二つの設定は可能ですか?」
「問題無いよ、多才な人なら5個くらい登録している人もいるからね」
なるほど、複数登録は可能なのか…なら登録出来そうな物はしておいた方が良いのかもしれないな。
仮に使わなかったとしても無駄にはなるまい。
「それなら鍛冶師も追加して良いですか?仕事を受けるかは決めていませんが基礎的は事は一通り出来るので」
「君もけっこう多才だねー、それじゃあ君が魔工技師と錬金術師と鍛冶師ね、そっちのお嬢ちゃんはどうするんだい?」
「わ、私は錬金術師だけでお願いします…」
「はいよ、それじゃあ準備するからちょっと待ってておくれ」
登録ってどんな風にやるんだろうな?
建物の奥の方から魔力の流れを感じるし魔法的な物なのかな?
「おまたせ、登録にはこれを使うよ」
少しだけ待っていると職員の人はノートくらいのサイズの板をカウンターに持ってきた。
板からは奥の方に置いてある大きな装置?魔道具?に向けて一本のコードが伸びていた。
「もうお兄さんの職は設定してあるからね。
後はこの右側の枠に名前を書いてから魔力を流すだけさ」
「分かりました」
ペンを手に取ってさっそくやってみる。
名前を書いてー…っとこれで良いのかな?後は魔力を流すっと…。
魔力を籠めるとコードから奥にある装置に向かって流れていくのが見えた。
魔道具まで魔力が到達するとギー、ギー、という音が数回してから最後にビーーーと長い音がしてから止まった。
職員の人が装置についているフタを開けると中から手帳サイズの紙を取り出していた。
「はいおまたせ!これが君の登録証だよ」
「これが…」
渡された登録証を見てみる。
一番上には名前が書いてあった、続きの部分が空欄になっているのはおそらく家名が有る人の為だろう。
そしてその下には職業欄、さっきお願いした3つの職業が記載されていた。
随分枠が広いな…10個くらいは登録出来そうな感じだ。
「裏面を見てごらん」
裏側を見てみると…ん?枠はたくさんあるのだが何も記載されていないな。
「ここには何か入るのですか?」
「うん!そこには技能レベルが入る事になるんだ」
「レベル…ですか?」
「そう!それこそが技術力の証明!職人としての力を示すものさ!」
職員の人が熱く語ってくれているがいまいちピンと来ない。
レベルってあれか?冒険者とか軍人が持ってたりするやつだよね?
あれって簡単には手に入らない物じゃなかったっけ?
「あれ?技能レベルって知らない?職人は大体これを目安にしているんだけどね」
「すみません、レベルって言われると冒険者とかの持っているものくらいしか…」
「あーなるほど。
うん、確かにレベルって名前がついているけれどその[レベル]とは別のものだね」
職員の人は技能レベルについての説明もしてくれた。
さっきも言っていたがそのまま技術力を数字で表現したものらしい。
鍛冶師だったら鍛冶、錬金術師だったら錬金術、とそれぞれどのくらいの技術を持っているかが一目で分かるようになっている。
冒険者とかの持つ[レベル]と違って身体能力が上がる訳ではないが、種類によっては魔力総量が上がったりもするらしい。
「大体5レベルで一人前、6レベルでベテランと言われてるよ。
看板に書くのなら5レベルは欲しいところだね」
「なるほど、…ちなみにこれって6レベルが一番良いって事ですか?」
「あー…一番では無いかな…?実は技能レベルってどこまで上がるかが分かっていないんだよね。
レベル7以降は新たな製品や技術の開発に成功した人がなれるって言われているけれど実際になっている人はほとんど居ないんだ。
そういう人は独自の組織を持っていたり貴族や王族のお抱えだったりするからあまり人目につかないしね…まあ例外はいるんだけどね…。
あと先代勇者のパーティーにレベル9の錬金術を持っている人が居たって話もあったみたいだよ、信憑性は薄いって言われてるけどね」
ふーむ…とりあえずその技術レベルってのを上げないと職人として認めて貰えないという事だけは分かった。だが…
「あの、僕の登録証に何も書かれていないって事は何の技術も無いって事ですか?」
空欄って事は技術は無いって事だよね?
さすがにそれはショックだ…魔道具の研究や錬金もそれなりには出来ると思っていたのに…。
「いや、そういう訳じゃないよ。
ここだけは冒険者の[レベル]と同じなんだけれど、職人として一定の成果を上げるまではそこには何も表示されないんだ。
でも冒険者のものほど条件は厳しくないみたいだよ。
2、3仕事をこなすだけで大半の職人は表示されるようになるみたいだからね。
それに魔法の技能レベルも表示されるから何も表示されないって人はまずいないと思うよ」
なるほどな…とりあえずいくつか仕事をしてみない事には自分の能力すら分からないって事か。
「分かりました、色々と教えてくださってありがとうございます」
「ははっ、良いんだよ、これが僕の仕事だからね。
それじゃあそっちのお嬢ちゃんの登録も済ませちゃおうね」
その後も色々な話を聞きながらリリナの登録を滞りなく済ませた。
リリナの登録証も僕と同じで錬金術師である事以外の記載はなかった。
まあリリナならレベル5くらいは持ってるんじゃないかな?
「ああそうだ!最後にこれだけは気を付けて欲しいんだ。
お客さんからのクレームがあまりにも多いようだと登録証の取消しもありえるからね。
半端な仕事はするな!これ、うちのギルド長の口癖なんだ。
まあ君たち真面目そうだし大丈夫だと思うけれど信用を失わないようにだけは気を付けてね」
「はい、迷惑をかけないようにがんばります!」
「ます…」
登録を終え職人ギルドを出た。
これでとりあえずお店を開くことは出来るようになったけれど最初はここで仕事を斡旋して貰う事になる気がする。
うちの店はとにかく場所が悪いからな…ある程度名前が売れるまではこちらから仕事を探しに行かないとお客だって付かないだろう。
名前が売れて技能レベルも分かればそれを看板にする事も出来るようになるかもしれないな。
―――――――――――――――――――――――
さて、次の予定は…近い所でまずは冒険者ギルドかな?クリフ達に新居の場所を教えるって約束だしな。
「ごめん兄さん、私ちょっと行きたい所があるから別行動するけど良いかな?」
職人ギルドを出た所で唐突にリリナが切り出してきた。
「えっ?どこに行くんだ?急ぎの用事はないから一緒に行こうか?」
「あー…良いよ、私一人で行くから、兄さんは兄さんの用事を済ませちゃって」
「…分かった。それじゃあ僕の方で買い物は済ませちゃうからお前もあんまり遅くなるなよ」
「うん、ごめん。それじゃあ行って来るね」
そう言ってリリナは雑踏にまぎれていった。
うーん…用事って何だろうな?
まあリリナも女の子なんだし秘密の用事の一つや二つあってもおかしくはないのだろうが…。
…ちょっと過保護過ぎだな。
リリナもいつかは独り立ちするだろうしもうちょっと距離を取った方が良いのかもしれない。
さて、僕の方も早く用事を済ませちゃおう。
冒険者ギルドでの用事は特に問題なく終わった。
というのもまだ早い時間だからなのか窓口が開いているだけでお客さんは数える程も居なかったからだ。
職人ギルドに所属している人とはやはり主な活動時間が違うのかもしれない。
まあ今日はやる事も多いから助かるけどね。
―――――――――――――――――――――――
そして次にやって来たのは裏通りにある大手の錬金術師のお店だ。
どうやらここのオーナーはレベル7の錬金術を持っているらしい(さっきの職員の人に教えて貰った。)
ここにやって来た目的は市場の調査だ。
先日レオーネさんが言っていた魔法薬1個が銀貨2枚もしたというのが気になったので、まずはどんな物なのかを見てみる事にしたのだ。
はー…大きいな…僕たちの新居の20倍以上はあるぞこれ…
まだお店に入る前だと言うのに圧倒されてしまった。
お店の幅が10倍近く、奥行きも2、3倍はあるだろう。
従業員も多数居るようで宣伝のビラを配っている人が周りに何人も居た。
なになに…。
―――――――――――――――――――――――
あなたにピッタリなお薬が必ず見つかる!!
一流を超えた超一流、レベル7の錬金術による効能を是非試してください!!
お薬だけじゃない!!あなたの悩みに答える1本がここにある!!
魔法薬も受け付けています(受注生産になる為早めの申し込みをお願いします)
錬金術、指導します!!
初めてでも安心!優しい指導員が基礎から丁寧に教えてくれます。
相談は窓口で。
錬金魔法薬店『プリン・ファム』
―――――――――――――――――――――――
…なんか色々とすごいな。
実際に効果はあるのかもしれないけれどここまで自信満々な宣伝は僕には出来そうもない。
悩みに答える1本ってフレーズもすごいな…だれが考えたんだこれ?
それに錬金術の指導までするのか…この辺はさすがレベル7ってことなのかな?
技術職の世界では後進の育成が常に課題になるからな、こういった大手がそれを担ってくれているのは良いことだと思う。
それじゃあ肝心の商品も見てみますか。
お店の中に入って商品を確認してみる。
種類が豊富なのでじっくり見ようとすると何日も掛かってしまうので効能ごとでざっと流して見てみることにした。
うーん…これ高すぎじゃないか?
一通り商品を見て回って最初に驚いたのがその値段だ。
比較的安価な栄養剤ですら銅貨6枚とうちで出している物の3倍の値段だ。
他の薬に至っては十倍以上する物もあった。
これなら魔法薬が銀貨2枚ってのも分からなくはないが…この値段で売れるってのが信じられないな。
カウンターにはお客さんが並んでいるし窓口でも冒険者っぽい人が魔法薬を注文している様子が窺えたので、値段は高くてもそれだけ良い品なのかもしれないが…。
おっ新商品のお試しコーナーだ、ちょっとどんな物か見せて貰おうかな。
値段について考えている時に見つけた新商品コーナーに、物珍しさに惹かれて近づいたがそこで声を掛けられた。
「あら?試してみるの?どんな薬が好みかしら?」




