第1話 特に何事も無いそんな1日
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チッ チッ チッ…
わずかな光が差し込む室内に規則正しい音だけが響いている。
木造のけして上質とは言えない造りの建物だが、室内は綺麗に整理されていた。
チッ チッ チッ…
なんらかの店であることはカウンターの存在といたる所に置かれている品物から推察する事が出来た。
室内と同様に手入れが行き届いており、商品を大事にしている事はここを訪れた全ての人に伝わるだろう。
チッ チッ チッ…
しかし、始めて訪れた人は皆こう思うだろう。
ここは何の店なのだろうか?…と
ボーーンッ ボーーンッ ボーーンッ
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「ん…もう、朝か?」
作業途中だった机で目を覚ます。
どうやらまた仕事中に眠ってしまったらしい。
まあ仕事中と言ってもほとんど趣味に近い作業だ。
なので遅れても別に問題は無く休むのであればきちんと部屋に戻るべきだっただろう。
…うーん? 何か夢を見ていたような気がするんだけどな…思い出せない。
まあいいか、お店の準備をしよう。
少しだけ気に掛かる事はあったが気持ちを切り替え開店の準備を始めることにする。
眠気もあるが開店までにやることは多い。
まずは店内の掃除からだな。
カーテンや窓を開けて掃除の準備にかかった。
掃除は毎日しているので目に見えて汚れている所は無いが、店内は常に綺麗にしておきたい。
とりあえず商品を納めているケースは全て拭いていく。
ここに収められている品は売り物ではあるが買い手が付く事はほぼ無いような商品だ。
値段もそうだがそもそも需要があまり無いものばかりである。
例えばこの商品、スイッチ一つで火が付く魔道具だ。
便利な道具だが火をつけるだけなら魔法を使う方が早い。
火の魔法が苦手な人であっても火をつける道具は他にもあるのでわざわざ高価な魔道具を買う人はいない。
次はこの商品、水を入れておくと氷が出来る魔道具。
これも同様に魔法を使えば簡単に氷は出来てしまう。
全員が出来るという訳ではないが、出来る人が居るのだからわざわざ出来ない人が道具を使ってまで作る必要はない。
他にも色々あるが…どれも似たような品であり売れた事はほとんどなかった。
魔法を使うのと違って使用者の魔力は消費しないし道具自体の魔力も自然回復する為何回でも使える。
製作コストをもう少し抑えられれば需要もあると思うんだがな…
完成した魔道具を展示してみても珍しがる人が居るだけで欲しいと言ってくれたのは小さな子供だけだった。
…おもちゃか何かだと思われたらしい。
研究は進んだから無駄ではなかったと思うか…うん。
掃除をしながらそんな事を考えていたら壁に掛かった時計が目に入った。
この時計も魔道具であり最近作った物だ。
「やばっもう1刻も経ってる!」
掃除に時間をかけ過ぎていたことに気づき急いで朝食の準備を始める。
いつも通り二人分の朝食を用意し一つは運べるようにするのだが、片方だけピーマンを抜いて作っておいた。
「さて…さっさと持っていかないと準備が間に合わなくなるな」
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ピーマンを抜いた方の朝食を持って店の一番奥の部屋に向かう。
近づくにつれて独特な甘い匂いがしてくる。
トントントン。 …やっぱり反応は無いか。
「おーい、起きてるかー?」
声もかけて見たがやはり反応は無かった。
が、いつもの事なので気にせずに入ることにする。
ドアを開けて中に入ると甘い匂いがさらに強くなった。
部屋の中はカーテンを閉め切っていたが、魔法で付けた明かりがいくつか設置されており部屋の外より明るいくらいだった。
全体的に雑然とした感じで部屋の主の物臭な性格が良く出ていた。
部屋の真ん中に大きな作業机を置いており、その上には所せましと様々な器材が置かれている。
家具もほとんど置かれておらず、ベッドの他には小さめの机と戸棚があるくらいだ。
仮にも女の子の部屋としてこれはどうなんだろうな…。
それにこの強烈な甘い匂い…本人はこれが好きなのかもしれないがさすがにきつい。
部屋の主は…と、昨日と同じで机に突っ伏して眠っていた。
こんな所は似ないで欲しかったな… とりあえず起こすか。
「おーい! もう朝食出来てるぞ! さっさと起きて飯食ってくれ!」
カーテンを開けながら声をかける。
窓から差し込んだ朝日がまぶしかったのかようやく反応を見せた。
「んあ…まぶし…ねむい…おやすみ…」
「こら、二度寝するんじゃない」
おそらく明け方まで起きていたのだろう、二度寝に入ろうとするが今寝られると困る。
「飯も食って欲しいが今日追加で出す商品の用意出来てるよな?」
「んー…いつものとこにあるからもってってよ…」
っはぁー…説教してやりたいところだが時間も押しているので準備を優先することにした。
いつものところ。
机の横にある戸棚の中に液体の入った瓶がたくさん並んでいる。
うちの商品の一つ…というか一番の売れ筋と言っていい各種薬品だ。
ケガに効く傷薬のような基本的な物から疲れに効く栄養剤まである。
持ってきた朝食を机の空いた所に置いて戸棚の横に置いてあるカゴに薬を詰めていく。
肉体労働が多いうちの村では栄養剤の需要が一番多い、次点で傷薬等。
病気に効果のある薬は有事には重宝されるが普段はそれ程売れたりはしない。
今日の追加分はやはり栄養剤がほとんどで後の薬は少量だった。
割れ物なので慎重に、時間がないからそれでも急いで全てを詰め込んだ。
「それじゃ持っていくからお前も早く飯食ってくれよ」
「わかったー」
絶対に分かってないな…あれはもう一度寝る気だ。
これ以上相手していても仕方ないのでさっさと店の方に持っていくことにした。
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持ってきた薬を専用に用意したケースに入れていく。
このケースも自作したもので内部は冷たくなっている。
保冷庫の小型版として作ってみたがこのサイズでも冷たさを維持するのは難しかった。
核を際限なく使えるなら簡単なのだが高価な物なのでそうもいかない。
足りない出力は魔法で氷を作って代用しているが、氷のみよりは長持ちするので助かっている。
薬の補充をして、日用品の陳列をして、店内の掃除も終わり!
準備が終わった所で時計を見ると丁度店を開ける時間になっていた。
窓だけは閉めてから店の戸を開けに行く。
店の戸は営業中は基本開けっぱなしにしている。
もちろん天気の悪い日や風の強い日はその限りではないが、今日は快晴と言って良い程にいい天気だった。
[栄養剤補充しました]と書いた立て看板を表に出しているとよく知った人物から声がかかった。
「よっす!おはよーララ」
声をかけてきたのは自分と同年代のよく知った青年だ。
「おまようハンス。その様子だともう一仕事してきたみたいだね」
「おう!今日から収穫が始まったからまたしばらくは早起きしないといけないな」
青年の名はハンス。
近所の農家の1人息子だ。
がっしりした体格をしており、身長も平均よりは高めだろう。
いたずらっぽい表情が良く似合う好青年だ。
僕たちがこの村に住むようになって一番最初に仲良くなったのがハンスだ。
どちらかというと小柄で引きこもりがちな自分とは対照的な人物だが不思議と気が合った。
普段はこうして店まで来てくれる事が多いが、店を休む日はハンスの家に行ったり森や川の方まで狩りや釣りに出かけたりもしていた。
「今日からってことはナスだっけ?」
「だな。今年もでかいのが採れたからまた持ってきてやるよ」
「ありがたい。煮ても焼いても良いがやっぱ揚げたのが僕は好きだな」
「そう言ってもらえると作り甲斐があるってもんだ」
ハンスの一家から貰える野菜は実際かなり助かっている。
維持の難しい大型の保冷庫を用意できないため収穫された野菜はすぐに街の方に出荷してしまうのが普通だが、自家用に取り分ける時にうちの分も合わせて取ってくれているのだ。
お世辞にも裕福とは言えないうちの家計では好意に甘える形になっているが、この恩は必ず形にして返すつもりだ。
「おっ、栄養剤追加入ったか」
ハンスが保冷ケースの中を見ながら楽しげに聞いてきた。
「ああ、さっき入れたばかりだからまだちゃんと冷えてないぞ」
「いいっていいって、ちょうど喉渇いてたから一本貰うよ、ほら銅貨2枚」
「いいよ、いつも野菜貰ってるしそれくらいはサービスするさ。どれにする?」
「うーん…見た目だけじゃよくわかんねーんだよなこれ、この黒っぽいのなんてもう飲み物なのかすら怪しいレベルだしな」
「さすがに飲めない物は作らないと思う…が味に関しては前科があるから擁護出来んな」
「あれやばかったよなー…味はピーマンっぽくてすっごい甘かったやつ」
「苦手な物を食べやすく出来ないかって事でやってみたらしいがなんでも甘くするのはあいつの悪いクセだな」
結局ハンスは無難な柑橘系っぽいオレンジ色のを選び、腰に手をあててぐーーっと一気に飲み干した。
「ぷはーーっ!うまいなこれ!柑橘っぽいのかと思ったがもっと甘い果物だなこりゃ」
「ほう。また新しいの作ったのか」
最近はやってなかったが何か新しい素材でも手に入ったのかな?
「やっぱここのはうまいな、街に売ってるのも疲れは取れるんだが不味いんだよなあれ」
「僕は飲んだ事無いけど栄養剤って本来そういうものらしいね」
「まあそうなんだろうけど…効果は同じでもあっちのは高いし不味いから飲む気にならんよ」
そりゃそうだ、僕だってどうせ飲むならおいしい方が良いに決まっている。
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「おーいハンス、そろそろ出るぞー」
仕事をこなしつつハンスの話相手になっていると店の外から声がかかった。
声の主はハンスの父親だ、街に行く準備が出来たので呼びに来たのだろう。
「おっ、もう準備終わったか。それじゃそろそろ行きますかね」
「おじさん達にもこれ持って行ってあげてよ」
栄養剤の入った瓶を3個籠に入れて渡す。
安物で悪いがちょっとしたお礼だ。
「悪いな。明日の晩までには帰るけど何か買ってくるものとかあるか?」
「そうだな…錬金用の触媒が減ってたからついでに頼もうかな」
メモを用意してっと…
「これに書いてある物をいつものお店でお願い、銀貨5枚を超えるようだったら今回はやめておくよ」
「おっけー、それじゃ行ってくるぜ!」
メモと籠を受け取り変な決めポーズをしてからハンスは帰っていった。
街、レオンリバーという名の街だが、そこまでは荷馬車を使っても半日かかるので今日は向こうに着いたらそのまま泊まりになる。
明日の朝の市が終わった後に色々と仕入をしてから帰ってくる予定だが、荷物は減っていてもやはり帰りは夕刻くらいになるだろう。
「さて…こっちも仕事しないとな」
店番が主な仕事ではあるが小物の修繕等も請け負っているのでそちらの作業もある。
一番多いのは包丁の砥ぎ作業だ。
料理に使うのはもちろんだが野菜の収穫等仕事にも使うので多いのだろう。
施設や材料があれば新しいのを作る事も出来るがこの村に鍛冶場はなかった。
街が比較的近くにあるのでそちらで購入する方が簡単な為いらなかったのだろう。
「こんにちはララちゃん、また包丁お願い出来るかしら?」
「こんにちはミリアさん、大丈夫ですよ。
今はあまり忙しくないから晩には届けられます。
…でもララちゃんはやめて欲しいな、これでも男なんだからさ」
「あらあらごめんなさいね。とっても可愛らしいお名前だからついね」
「にーちゃんにーちゃん、ジュースちょうだいジュース」
「ジュースじゃなくて栄養剤な」
「これだけうまいんだからジュースでいいじゃんか」
この時間帯は力仕事が難しくなった老人や、家の仕事の手伝いを終えた小さな子供が良く来る。
家の仕事をあまり手伝えない代わりに買い物含む雑用をこなし、少しでも家族の為になろうと頑張っているのだ。
まあ子供の方は栄養剤目当てな子も居る。
子供のお駄賃でもなんとか買えるくらいの値段に設定しているので結構ファンは多い。
「ここのお薬はとっても良く効くから助かるわ、
家事やお仕事でケガをしてもこれ一つですぐに治っちゃうもの」
薬類も結構ファンが居る。
ケガをして何日も仕事を休む事になると家族にも迷惑がかかるし当人も気を遣う事になる。
若い人なら治りも早いが老人にとってこの手の薬はどうしても必要なものだった。
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暫くはそんなお客がちらほら来ていたが、お昼を過ぎる頃には一段落する。
この時間から夕刻まではほとんどお客は来ない。
仕事や家事で皆が忙しい時間だが、逆にこちらとしては一番暇になる時間だ。
なので基本的に昼休憩はこの時間から取ることになる。
まったく来ない訳ではないので一応店の方に気を配りつつお昼の用意をする
用意をするのは自分用、一人分だけでいい。 なぜなら…
「おはよう兄さん、今日のお昼もおいしかったよ」
キッチンのテーブルで冷たくなった朝食を食べているやつがいた。
まだ完全に目が覚めていないのか喋り方もなんだが幼い感じになっている。
「お昼じゃねーよ!朝食だからなそれ!」
「まあまあ、いつ食べたっておいしいんだからいいじゃない」
このふてぶてしい態度のやつはリリナ、今年で15になる妹だ。
僕と同じ栗色の髪が腰のあたりまで伸びている。
身長は僕よりは少し低いがほとんど変わらないくらいなので、女の子にしてはけっこう高い方だろう。
小食でちょっと痩せすぎな所もあるので食事には特に気を遣っている。
「お前はもうちょっとちゃんと出来ないのかね…
髪はボサボサだし服だって…ちゃんと着替えてるのかそれ?」
「失礼な、ちゃんと毎日体は洗ってるし服だって着替えてるよ」
服装はゆったりとした草色のローブだが、長い事着ている為大分傷んできている。
同じような服は他にもあるが状態は大差ないだろう、そろそろ新しい服を用意してやらないとな…
「そ・ん・な・こ・と・よ・り兄さん!ポポの草をまた取ってきてくれない?」
露骨な話題転換だな…だがどうせ言っても無駄だろう。
「あれ?もうなくなったのか?」
「うん、あれってどの薬の材料としても使えるからさ?昨日作った分で半分以上使っちゃったの」
「そうか…取りに行くのはかまわないがすぐそこの森で取れるんだし自分で行った方が早くないか?」
「んー…まあそうなんだけどさ…ほら最近は暑くなってきたでしょ。
私体力も無いから肉体労働はやめておこうかな~と♪」
目線を逸らしつつなんとも情けないことを言わないで欲しいな…
しかし最近暑くなってきたのもリリナの体力が無いのも事実なので僕が行った方が良いという意見には納得出来た。
「分かった分かった、ただ今日明日ですぐにって訳にはいかないぞ。
次の休みにハンスと狩りに行くからその時で良いだろ?」
「うん、それまでに無くなることはないから大丈夫だよ。でもちょっと多めにお願いね」
「はいよ、それじゃそろそろ仕事に戻るから洗い物は水につけといてくれ。
あと洗濯物あったら店を閉めるまでには出しといてくれよ。
それと、さっき部屋の様子も見たけどたまには掃除もするんだぞ」
「はーい、わかりましたー。
…ったく最近ほんと父さんに似てきたな…」
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最後に何か言っていたようだが今はお店の方に集中しよう。
農作業は夕刻の少し前くらいには終わるので仕事終わりに寄る人がそろそろ来始める。
この時間帯で売れる物は栄養剤か傷薬がほとんどだ
日用品の買い物はお昼までに済ませてしまうので、訪れる客は主に二つのパターンだ。
栄養剤 お酒が苦手な人が仕事終わりの一杯の代わりとして飲んでいく
傷薬 仕事中にケガをした人だ、巻いてある包帯がちょっと痛々しい
他にも明日の出荷の準備ということで色々と買い込む人も居るがそれは少数派だ。
「おーいララ、栄養剤の原液無いか?」
「ありますよ、今日出た新作の分でも良いです?」
「新作?どんな味だ?」
「ハンスが言うには柑橘の物よりもっと甘かったみたいですよ」
「ふむ…じゃあそれといつもの紫のやつを二つずつくれ」
「はいありがとうございます、四つで大銅貨6枚になります」
今日最後のお客さんは農家のまとめ役もやっている村長のビレムさんだった。
僕たちの住んでいる村は元々レオンリバーの街に納める野菜を作る為に出来た小さなグループだったらしい。
街が大きくなると同時に村も大きくなっていって今のような規模になったということを、店にくる老人に何度か聞かされたことがある。
そんな経緯もあってかまとめ役になった人を村長として村の代表にするのがここの習わしだ。
村の名前は100年くらい前、当時村長をしていた人の名前を取ってミルス村と付けられたそうだ。
とまあ村の来歴は良いとして、最後のお客さんが帰ったのでお店を閉める事にする。
夏も近いので外はまだ明るいが、これ以降お客が来ることはほぼ無い。
稀に急病で薬を買いに来る事もあるがその時はもちろん対応している。
外に出してあった立て看板をお店の中にしまい、戸締りをしてからカーテンを全部閉めていく。
お店を閉めたらまずは配達に行かなけばならない。
配達と言っても商品を配達するわけではなく、修理や砥ぎの終わったものを依頼人に持っていくだけだ。
お昼前に来たミリアさんの物も仕上がっているのでそれを含め配達に出た。
この村はそれ程広くはない。
北から南にかけて真ん中に一本の大きな道があり、その両脇に民家や商店、宿や食事所等がぽつぽつと建っている程度だ。
僕たちのお店もそんな中の一つで村の北端に近い所にあるため、この大きな道を1往復するだけで配達は終わりになる。
運動神経の良いハンスが全力で走って片道1分ちょっとくらいの距離なので、僕がゆっくり歩いて配達したとしてもほとんど時間はかからなかった。
配達して少量の代金を受け取る。
今日はなかったがたまに採れたての野菜を貰える事もあった。
配達を終えてお店に戻ったら次は掃除だ。
農作業帰りということもあり土汚れがかなりついているが、この手の汚れは時間が経つ前に拭いてしまえばすぐに落ちるので最初にやってしまう。
小さな店なのですぐに終わるが、建物自体が古い為どうしてもきれいにならない部分が出てくる。
ちょっとしたシミや変色程度なら直せる薬は作れるが、傷や木材そのものが傷んでいる部分の修繕は簡単に出来ない。
それでも出来る限りの部分はきれいにして掃除を終わらせた。
掃除の次はお風呂だ。
もちろんお湯を溜めたお風呂に入るなんて贅沢な事は出来ないので、まずは大き目の桶に川から汲んだ水を溜める。
そこに熱を出す魔道具を入れて、魔力を通すことでお湯を沸かす事が出来る。
後で魔力を使うので温存しておきたいが、薪を使ったりすると結構お金がかかるので我慢する。
お風呂はキッチンの横に専用のスペースを作ってある。
基本的に僕がこの時間でリリナは晩御飯の後に使う。
特に決めている訳ではないが、お互いの生活スタイルから自然とそうなったのだ。
お風呂場は特に何かが有るわけでは無い。
排水用の管を通してあるので洗うのに使ったお湯を外に流すだけの簡単な設計だ。
この村のお風呂はどこも同じような作りになっている。
村長…ビレムさんの家だけは浴槽がついていて入る事も出来るようだが、毎日使ったりはしていないようだ。
普通はお湯を使い体を拭いて流すだけだが、うちには良い物がある。
僕とリリナが協力して作った洗剤だ。
材料が少ないのでお店に出すほどの量は作れないが、二人で使うくらいの量ならなんとか確保出来ている。
洗剤を使って髪や体を洗ってしまい、お湯で流してから手早くお風呂を終わらせる。
お風呂が終わったら次は洗濯をする。
二人分の肌着と服、後はタオルが数枚程度なのであまり時間はかからない。
以前はリリナが数日分溜め込んだりしていたが、最近はちゃんと毎日出すようになった。
自分の分くらいは洗って欲しいものだが、これ以上うるさく言っても喧嘩になる(経験談)だけなので最近は言わないようにしている。
その分お店の仕事はこなしてくれているし、人気商品はほとんどリリナの作った物なので文句が言い辛いというのもあった。
洗濯を手早く済ませて外に干しに行く。
出来ればお日様の下に干したい所だが、僕は朝から忙しくリリナはお昼までに起きて来る事はないしそもそも頼んでもやってくれない。
お店を閉める日であれば朝方にやってしまうが普段はどうしてもこんな時間になってしまう。
幸い今日はほど良い風が吹いてくれているので良い感じに乾いてくれる事だろう。
洗濯が終わったら次は洗い物と夕食の準備をする。
洗い物はお昼の食器と回収した薬品の瓶がある。
瓶はそれなりの数を用意しているが、毎日出しているとすぐになくなってしまう。
村の人にお願いして極力返してもらうようにしているが、戻ってこない物は結構多くなる。
簡単な蓋が付いているだけの物なので洗ってしまえば何度でも使う事が出来るが、割ってしまう事もあるしヒビが入っているような物は使えないので減った分は随時購入するようにしている。
キッチンに入ってすぐ、お昼に使った食器がすでに洗ってある事に気づいた。
「リリナ…洗っておいてくれたのか…」
普段は言ってもやってくれないのに何か思う所があったのか?それともただの気まぐれだろうか?
どちらだとしてもありがたい。
妹の厚意に感謝しつつ薬瓶の方だけを済ませていく。
お風呂や洗濯の残りのお湯を使って出来るだけ丁寧に洗っていく。
割れやすい物なのもあるが、塗り薬が入っていた瓶はなかなか汚れが落ちにくい。
数はあまりないのでそれ程時間はかからないが、汚れが残らないようにしっかりとやっておかないといけない。
洗い物を済ませてからようやく夕食の準備だ。
とは言っても材料が豊富にあるわけではないので凝った料理を作ることは出来ない。
干し肉ときざんだ野菜を煮た物に村で作られたパン、後は比較的保存の効く豆類とキノコを茹でた物を付けるくらいだ。
新鮮な野菜を貰った時や狩りに行った日なんかはもうちょっと豪華な物を用意出来るが、今日は保存の効く類の物しか残っていなかった為質素な食事となった。
もちろん野菜は煮る前に炒めたり塩だけでなく香辛料を使ったりして出来るだけおいしい物になるようには心掛けている。
こうしておかないとただでさえ小食なリリナはほとんど食べてくれないのだ。
今日の献立にはリリナの苦手な物は入っていないのでそのまま二人分に分けていく。
ピーマンに限らず苦い物全般が苦手なので献立には苦労させられている。
肉や魚の類は問題無いようだが好みなのはやはり甘い物みたいだ。
卵がある時ならケーキの様な物も作れなくはないが、さすがに毎食そんな献立は嫌だし体にだって良くない。
身長の割に痩せ気味な体系なのもあってリリナは体力が無い。
たまには外にでて運動して欲しい所だがそれは多分無理だ。
なのでこうして食事だけは体に良い物をバランス良く食べさせるようにしている。
さて・・用意は出来たので呼びに行くかな。
朝や昼は二人の時間が合わない為別々に食事をとっているが、夜だけは一緒に食べるようにしている。
実家に居た頃は、朝や昼も出来る限り家族でとるようにしていたのでその名残だ。
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朝と同様お店の一番奥の部屋に向かう。
おそらく作業中なのだろうか朝よりも甘い匂いが強くなっている。
「おーい、夕食出来たぞー、さっさと食べくれー」
ノックをしながら中に声をかける。
「はーい、すぐ行くからちょっと待っててー」
すぐに返事が返ってきた。
朝や昼に比べて大分しっかりした口調だ。
問題なさそうなのでそのままキッチンに戻って待つことにする。
リリナは主にこの時間に仕事をしている。
錬金術師として様々な薬品を作りながら趣味でも色々作っているようだ。
最初は病気や怪我に効く薬のみを販売していたが、村人の要望もあり色々な薬品を作るようになった。
栄養剤もそうだがあとは…いわゆる夜に元気になる薬などもあった。
僕も薬を作ったりは出来るが腕前は格段にリリナの方が上だ。
同じ素材から同じ器具を使い同じ薬品を生成しても効果に顕著な差が出てしまうのだ。
リリナは僕と違って魔力が豊富にあるようなのでそれも影響しているのかもしれない。
そんな事を考えていると、すぐにリリナがやってきた。
「おまたせ兄さん、今日の夕食はー…と普通だね」
「しょうがないだろ、材料だって豊富にあるわけじゃないんだから」
「いやいや文句があるわけじゃないよもちろん。
兄さんがいつも頑張って作ってくれてるのは知ってるしさ」
「それならたまには感謝の言葉をもらってもばちは当たらないと思うんだがな」
いつものちょっとした軽口なのは分っているのでこちらもちょっとした意地悪を言ってみた。
「はいはい、いつもおいしい食事をありがとうございますお兄様」
こちらの意図が分かっているのか少し甘い感じの声で意趣返しをされてしまった。
「きもちわる…」
「ひどいなー、かわいい妹がせっかく感謝してあげてるのにそういうこと言うんだ」
「本当にかわいい妹なら自分の事をかわいいだなんて言いません」
「ちぇっ、でも感謝しているのは本当だからね」
「分かってるさ、ちょっと意地悪だったなすまん。
さあ、冷めないうちに食おうぜ」
「はーい、いただきます」
二人揃って食事を始める。
「にしても兄さんほんと料理上手になったよね、ここに来たばかりの頃とは比べ物にならないよ」
「そんなに変わったかね…?
まあ味付けとかは多少凝るようにはなったけど基本的には切って焼くか煮るだけだぞ」
「それで思ったんだけどこの豆とキノコにかかってるのって…何?」
豆とキノコにかかっている香辛料が気になったのだろうか?
少量の塩と先日新しく作った香辛料で味付けをしてみたのだがけっこうおいしく出来たと思う。
「それか、森で見つけたやつなんだけど名前は知らないな…
香りが良かったから使えないかなと思って試しに持って帰ってみたんだ。
調べてみて毒性はなかったから香辛料にしてみたんだが思ったよりも料理と相性が良かったな」
「ふーん、このタイプのだと香水とかには使えなさそうだけど…良かったら少し分けてくれない?」
「良いけど何か使い道あるのか?」
「どうかな…分からないけど一度じっくり調べてみたいの」
「そうか、お前がそう言うのならやってみれくれ、薬効とかもあるなら次は多めに取ってくるよ」
「うん、お願いするかも」
リリナとの会話は大体がこんな物だ。
お互い目標がありそれに向けて研究をしているのだから関連した話題が自然と多くなる。
「そうだ!錬金用の新しい器具がもうすぐ完成しそうなんだ。
動作の確認が終わったらまた試してみてくれないか?」
「また新しいの作ったんだ…
まあ前のやつも便利だから使わせて貰っているけど今度はどんなの作ったの?」
リリナは呆れたような…実際呆れているのだろうが
そんな声色で聞いてきた。
「うむ、お前の意見を参考に作ったやつだ。
段階抽出を行う時に自動的に分別してくれる機能を追加してみたぞ」
「ほんと!それ良いなー
あれ手作業でやるのすっごい面倒くさかったんだよね。
それに混ざっちゃう事も多いから困ってたんだ。
…でも自動で分けるってどんな風にやってるの?」
内容を聞いた途端にすごい喰い付いてきたな。
確かにあれは面倒な作業だから仕方ないと言えるかもしれない。
「それはだな、段階抽出した直後の薬液はそれぞれ含有している魔力量に差が出るんだ。
それに反応するように通路を組んで流す先を変更してやるだけで良いのさ」
「へー…原理だけを聞いてみると簡単そうだけどそんなの良く見つけたね
抽出した薬液の魔力なんてすぐに抜けちゃうのに。」
「見つけたのはほとんど偶然だったけどな。
特定属性の魔力を込める事で何か反応があるんじゃないかって試した時なんだが、
失敗した薬液を魔力抵抗板にこぼしちゃってさ。
その時の反応の差が思った以上に大きかったからもしかして…と思って試したらすんなりとうまくいったんだ。」
「なるほどね、実験大好きな兄さんらしいよほんと。
それじゃ完成したらさっそく使わせても貰う事にするからその時にまた教えてね」
「ああ」
先に食事を終えたのですぐに洗い場に持って行く。
汚れものはとにかく早く洗う、そうしないと乾いてすぐに落ちにくくなってしまうからだ。
「ごちそうさま。
それじゃあ私は作業の続きがあるから、さっきの素材は明日にでもちょうだい」
リリナも食べ終わり食器を持ってきたので一緒に洗ってやる。
「はいよ、明日の朝にでも持って行くよ」
「うん、ありがと」
お礼を言いつつリリナは自室へ戻って行った。
先ほどまでしていた作業の続きに入るのだろう。
リリナはこの時間から翌日の昼まではほとんど自室から出てこない。
深夜前にお風呂を済ませたりトイレに行くくらいで、後はひたすら仕事や趣味の作業に没頭しているのだ。
朝方まで作業をしてそのあたりで力尽きて寝ているようだった。
体の為にもあんまり夜更かしを続けて欲しくはないが、
リリナ曰く、夜が一番集中できる。
ということらしい。
その気持ちは僕も分かるのでこれに関しても言わないようにしている。
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二人分だけなので食器洗いはすぐに終わった。
僕の方もこの後自分の仕事兼趣味の作業があるので、片づけを終えてさっそく作業場に入ることにする。
作業場は店の一角にあり、修繕や砥ぎの作業も全てここで行っている。
昼の作業は完全に仕事だが、夜のこの作業をする時が一日の中で一番好きな時間だ。
今日は先ほどリリナに話をした段階抽出機の作業から進める事にした。
本体の方はほとんど完成しているので分離部分の仕掛けの続きを作成していく。
大がかりな物を作るのは難しいし現状は必要もないので、とりあえず3種まで分離が出来るようにすれば良いだろう。
まずは小さな魔力抵抗板に網状の目を開けていく。
細長い先端を持つ工具に魔力を通し抵抗板に当てるとその部分が徐々に削られていく。
そのまま当てていると穴が開くのでそれを繰り返して網目状に穴を開けていく。
これを2枚作ることになるが、網の目のサイズがそれぞれ違う物を作る。
この部分のサイズを間違えるとうまく機能しなくなるので慎重に作業をしていく。
2枚の網板が出来たらそれを本体に取り付けていく。
抽出口の真下に2枚とも設置することになるが上側に目の大きい物を、下側に目の小さい物を配置する。
分離の機構はこれだけなので一度試してみる。
ポポの草を素材ケースに入れて魔力を流す。
これだけで裁断や磨り潰しを自動的に行ってくれる。
素材によってはこの工程を行わない場合もあるが、ポポの草はこれをやっておかないと薬効を取り出すことが出来ない。
粉状になったポポの草と触媒を錬金容器に入れてきれいな水を注ぐ。
触媒は魔力を集め吸収しやすい素材となるが自然に発生することはほとんどない。
今回はレイカ草という朝方ハンスにも頼んだ触媒を使う。
天然物の方が質は良くなるが普通に使うなら栽培された物で十分だ。
材料をすべて入れた錬金容器にさっそく魔力を注いでいく。
今回は段階でやるため左手で2か所、右手で1か所と順番に魔力を込めていくことになるが、最初は左手の親指で1か所だけに魔力を込める。
容器の中がぐつぐつと沸騰しているような反応を示すが別段熱いわけではない。
薬効に使えない不純物が飛んでいくのがそのように見えているだけらしい。
しばらくするとレイカ草から緑色の液体がにじみ出て来る。
水とは混ざらずに容器の下部まで下りてくると、抽出口から微量の液体を落とし始めた。
落ちた液体は先ほど作った網の上側を滑るように流れて網の横につけてある管をを通り薬瓶の方に流れて行った。
通常の抽出であればこのまま薬効を取り出すだけで終わりだが、今回は段階で行う為これだけでは終わらない。
まずは左手の親指はそのままにして、中指も合わせて魔力を込める。
少し待つとレイカ草から先ほどとは違う色の液体が出始める。
今度の液体は薄い赤色だ。
最初の液体と同様に抽出口から落ちて来るが、こちらの液体は1枚目の網を抜けて2枚目の網の上を滑ってから薬瓶の方に流れて行った。
1枚目は問題なさそうだな…2枚目も多分大丈夫だろうけどもちろん試しておく。
2段階目と同じく今度は右手の指2本を使って強めに魔力を込める。
しばらく待つと先ほどまでぐつぐつと気泡を出していた錬金容器が静かになった。
それと同時にレイカ草からきれいな青色の液体が出てくる。
ほんのりと光を放つその液体は、先の2種の液体と同様に抽出口を通り落ちて来る。
そのまま2枚の網に阻まれる事なく下部の容器に溜まっていった。
2枚目も問題無しっと! …一応最後まで試しておくかないとな。
3種の液体が分離されていくのをそのまま観察していく。
動作に問題はないようだがなんらかの不備があるかもしれないので、一連の作業は試しておく必要がある。
数分経ったあたりで抽出が終わりそうになっていた。
最初に青色の液体、続いて赤色、緑と出始めたのとは逆の順番に抽出は止まっていった。
これで一連の抽出作業は終わりだ。
ここからそれぞれ栄養剤や薬等に加工して行くのだがそれは今は良いだろう。
試験は終わり動作も問題は無かったので後は全体を組んで各部の調整をするだけだ。
続きは明日の晩にでもやってそれで完成といった所かな。
とりあえず次の作業に移る為にこちらは片付ける事にする。
「ふう…大分魔力使っちゃったな」
錬金その物の消費も大きいのだが、加工の方も時間が掛かる分どうしても消費が多くなってしまう。
魔力は枯渇しても死ぬような事は特にないが、半分を切ったくらいから徐々に眠くなってくる。
作業効率も落ちるし枯渇してしまうとほとんど気絶に近い形で眠ってしまう。
今朝工場で目を覚ましたのも魔力が切れかけて寝落ちしてしまったのが原因だった。
僕に比べてリリナは魔力の量がかなり多いので長時間の作業も行えるようだが、やはり消費の多い錬金を朝までやっていると枯渇するようだった。
錬金具の方の片づけを終えて、次は魔道具の改良に入る。
僕はこちらの作業の方が得意だし好きだ。
錬金はリリナの得意分野なのだがこの手の道具制作は出来ない為、道具だけは僕が作って実際に作業をするのはリリナという分担になっている。
新しい物も基本的にはリリナの意見を聞いてから作業に当たっているので自由に出来るわけではない。
魔道具の方は分からなくは無いけどなんだが苦手との事で、自分の好きなように出来て一番楽しかった。
今日改良をするのは栄養剤等を入れている保冷庫だ。
すでに何度か行っているのだが核の効率をさらに突き詰められないかを模索中だった。
効率を上げる事でコストダウンが出来れば僕の作った商品も少しは売れるのでは…と思う。
保冷庫に使われている核は氷石と呼ばれる冷気を出すタイプの中では最も一般的な物だ。
寒い地方の山で採れる物らしいが厳しい環境の中で採掘を行わなければならないのでそれなりに値段も張る。
氷属性の核、氷石等の場合は特に手を加えてなければ普通の石と大差無い。
触れば少しの冷たさを感じるが自然に吸収する魔力量だけでは氷が出来たりはしない。
この保冷庫には現在2個の核が使用されている。
僕の見立てではこのサイズの保冷庫なら2個で十分な効果を発揮することが出来ると見ている。
出力が足りていないのは核の利用効率が悪いせいに他ならない。
保冷庫の構造としては魔力を吸収する側と吸収した魔力を冷気に変えて放出する側とに分かれる。
放出する側は現状ではもう手の付け所が無いくらいまでに改良しつくしているので、今日は吸収側の回路に手を加えてみる。
現状は核に対して魔力を通しやすい道を複数配置しているような状態だ。
これだけでも吸収効率は上がるのだが、保冷庫として欲しい出力にはまったく届いていない。
今回試す改良は上手くいかないと保冷庫が機能しない可能性がある為、既存の回路に手を加えるのではなく別に作ることにした。
まずは木板を用意して既存の回路と同じ物を作る。
先ほど錬金具の時にも使用した工具と似たような先端が丸い物を使って木板の表面を削っていく。
新しい物や複雑な物ではないのでこれはそれ程時間はかからない。
元の回路はこれだけで完成という粗末な物だったが、今回はこれに一工夫加える事にする。
先ほど錬金で使用した触媒。
今回はレイカ草になるがそれを磨り潰した物を染料と混ぜ合わせる。
完成した塗料?を回路の吸収側の道に塗っていく。
なじみやすいように回路に魔力を流しながら徐々に徐々に重ねていく。
やばい…眠くなってきた…
魔力の残量が残り少ないのだろう。
気を抜くとすぐにでも寝落ちしてしまいそうだが結果だけでも確認をしておきたいので気合を入れて我慢する。
回路に塗料を塗り終わったので一応今回はこれで完成となる。
錬金の触媒が持っている[魔力を吸収する]という性質を利用できないかというのが今回の実験のコンセプトだ。
もちろん吸収されたら核まで魔力が届かないんじゃないか?という可能性も高かったので新しく回路を作っての実験となった。
さっそく保冷庫の回路と交換してみる。
結果はと…これはうまくいったかな?
2か所の放出側の回路を見ると、今回改良した方は明らかに冷たくなっていた。…これ下手すると凍りそうだな。
触媒が多少魔力を吸収してしまっているようだが染料に混ぜる事でその性質が弱くなっており、周囲から魔力を集める性質だけが強く表に出てきたようだった。
新たな課題は見つかったが出力を上げることは出来たようだ。
目標としている出力に届いたわけではないが、今後も改良も続けていけばいつかは届くことだろう。
久しぶりに進捗があったので良い気分だが、さすがに魔力も眠気も限界に来ている。
このまますぐにでも寝てしまいたい所だがさすがに実験の途中で寝るわけにはいかない。
新しい回路もまだ塗料が完全に乾いていないし、放出側の回路も凍ってもいけないので元の回路に今は戻さないといけない。
っぐ…寝落ちしそうだが昨日もしちゃったし今日はちゃんと部屋のベッドで…
保冷庫のカバーを閉めてから工場の方を整理し自室に向かう。
部屋の前まで来るとリリナの部屋から若干の明かりが漏れているのが見えた。
おそらくまた朝方まで作業を続けるのだろう
僕もリリナ並の魔力があればもっと出来るんだがな…羨ましい…
そんな事を思いつつ自室に入った。
リリナの部屋と広さはほぼ変わらないだろう。
簡素な机とベッド、後は大き目の本棚があるくらいだ。
錬金や魔法、魔道具の専門書や研究ノート等、僕にとっての宝物が収められている。
今日の分の成果を記録しておきたいが…無理だ…こんな状態じゃまず出来ない。
諦めて布団に潜り込んだ。
明日は店番しながら記録をまとめておかないとな…あー…帳簿もまだだったな…
そんな事を考えていたが意識の方もすぐに眠りに落ちて行った。
明日も良い1日になりますように…
僕の名前はララ。
こんな名前だけど立派な男だ。
とある目標の為に妹と共に毎日研究を続けている。
先の見えない研究ではあるが好きでやっている事なので毎日楽しくやっていた。
先の事はまだまだ分からないが、こんな毎日をこれからも過ごしていくのだろう。
この時はまだそう思っていた。
最初なので長くなってしまいましたが通常はこの3分の1か4分の1くらいの長さを予定しています