第18話 レオンリバーの街2
「そこの二人!ちょっと待ちなさいっ!」
玄関ホールにはつらつとした声が響き渡った。
言葉は乱暴なものだったがその声自体はえらく可愛らしい物でなんともちぐはぐな印象を受けた。
玄関ホールにはアンナさんを除けば僕とリリナしか居なかったので呼び止められたのは間違いなく僕たちだろう。
嫌な予感がしつつも声の方向に顔を向けるとそこに居たのは10歳くらいに見える女の子だった。
動きやすさを重視してかスカートは短めになっているが、全身を見ると貴族が着るような高級感漂う服装だ
赤を基調とした服装で全身を固めているが単調にはなっておらず、赤い帽子から伸びる金髪とのコントラストがとても鮮やかに見えた。
だが彼女のその姿を見ても僕はすぐに視線を逸らすしかなかった。
「こら!私が呼び止めているのだから無視するな!ちゃんと私の事を見なさい!」
いや…そんな事言われても…。
「あの、お嬢様、短いスカートでその位置から話しかけられると…その…見えてしまいますよ」
そう、僕たちはホールに入った所で2階部分、ほぼ真上に近い位置から声を掛けられていたのだ。
つまり位置関係から見て当然そうなってしまう。
「見えるって何が…………あっ!?っとっわっひゃああ!!」
アンナさんの言葉で自分の状態に気付いたのだろう。
慌ててスカートを押さえて後ずさったのだが慌てていた為そのまま転倒してしまったようだ。
「あの…大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫よ。
大丈夫だからちょっとそこで待っていなさい」
見えない位置から返事が返って来たが大丈夫そうだ。
しばらく待っていたら痛そうにお尻を押さえながらホールまでゆっくりと下りて来た。
顔付きは幼いが整っており、可愛いと綺麗の中間のような顔立ちだ。
意外と身長があり僕の肩よりは高く、もし最初の印象通りの年齢ならかなり高い方だろう。
肩口よりも少しだけ長く伸びた金髪はよく手入れされているのだろう、灯りを反射してきらきらと光って見えた。
「…あなた、名前は?」
僕の前まで来た女の子は若干涙目になりつつもぶっきらぼうに尋ねてきた。
この子多分だけどここの娘さんだよな、さっきアンナさんがお嬢様って言っていたし。
僕に何の用事があるかは分からないがまずは話してみるべきかな?
「初めまして、僕はララと申します。
本日ミルス村よりこちら、レオンリバーの街に越して来る事になりました。
これからよろしくお願いします」
子供相手ではあるが僕は出来るだけ丁寧な挨拶をした。
貴族だったらこれくらいの年齢から社交界に出ている可能性は十分に考えられる。
子供扱いをして不況を買うような事は避けた方が無難だろう。
「ふふんっ、分かってるじゃない!それじゃ私も名乗らせて貰うわ。
私はミゼリア・ウォーレット。
ここの領主の娘で軍に所属する魔導士でもあるわ。
…それでそちらは?」
僕の後ろでこそこそしていたリリナだったがさすがに隠れられるはずもなかった。
前に出してやると渋々とだが自己紹介をした。が、
「ララの妹でリリナです、よろしくお願いします」
それだけを言ってまた僕の後ろに隠れてしまった。
まあこういった人物はリリナが一番苦手なタイプだしな。
それなら良いのか?と言われると良くはないのだが人見知りなんて一朝一夕で直るものでもないだろう。
それにしても軍に所属してるのか…どう見ても10歳くらいにしか見えないが…。
領主の権限で無理やり所属させたのかな?とも思ったが、先ほどのベネギアさんの感じから言って不正をするような人には見えなかった。
となるとこの子はそれなりに腕の良い魔導士という事になるのだが…
この子供っぽくない自身に溢れた態度もそれが起因しているのかもしれないな。
「すみません、妹は人見知りが激しいもので…。
それでミゼリア様、私どもにどのようなご用向きでしょうか?」
あまりリリナに意識を向けられるのも不味いかと思い少々不躾ではあったが話を進めてもらう事にした。
「むぅ…まあ良いわ。
用件はさっきお父様と面会をしていた件よ。
さっきお父様と会った時に変な機械を持っていたわ。
それで何があったのか聞いてみたらあの機械…魔道具はあなたが渡した物だって言うじゃない」
「はい、僕が作った物で間違いありません」
「へえ、あなたが作った物だったの…魔工技師なのね。
見たことがない物だったしそれなりに腕が立つのかしら…?」
ミゼリアさんはそういって僕を値踏みしている。
まあ見ただけで何が分かるって訳でも無いのだろうがその仕草は案外様になっていた。
「僕個人としては魔工技師というよりは道具屋のつもりですがね。
魔道具も商品として扱ってはいますがどちらかというと趣味で作っている面が強いです。
お客さんの要望を聞いて可能な物を揃えるのが仕事ですね」
「ふーん…なら私の頼みも聞いてくれるのかしら?」
「それは内容を聞いてみてからになりますね」
うーん…どう考えても無茶ぶりされる未来しか見えないな。
出来ればこのまま何事もなかったものとして帰りたい所だが…無理だろうな…。
「OK、それじゃあ一度あなたのお店を見せて頂戴。
あなたの腕前を見てから依頼をするかどうかを決めるわ」
そう来るかー…だがまあ確定していないとは言ってもお客さんだ。
お客である以上はこちらもきちんと対応をしないとな。
「分かりました。
ですがすみません、先ほども申した通り本日越して来たばかりでしてまだお店になる予定の新居も確認出来ていない状態です。
急ぎ準備はしますがお店としての形が出来上がるまで数日は掛かると思いますのでそれまでお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
お店の掃除、改装、商品の仕入れ…はまだ未定だな、後は職人ギルドへの届出もある。
準備にどれくらい掛かるか分からないのでとりあえずは待ってもらうよりないだろう。
「別に良いわよ、そんな急ぎの依頼って訳じゃないし。
でも準備が出来たら必ず連絡しなさい、どちらかのギルドか軍の窓口を通してくれればすぐに連絡がつくから」
「はい、分かりました、必ず連絡します」
「なら今日の所はもう良いわ。
アンナ、しっかりと案内してあげて頂戴」
「はい、かしこまりました」
話は終わりという事でミゼリアさんはそのまま踵を返して2階に上がって行った。
だが階段を途中まで上がった所で一度振り返った。
「それと!さっき見たことは忘れなさい!良いわね!」
さっきの事…あれの事だよな。
見えていなかったと嘘を言っても納得しないだろうなきっと。
ミゼリアさんは少しだけ顔を赤くしてこちらを睨んでいる。
「出来るだけ忘れるようにはします」
「…ふんっ!」
確約出来るようなものでは無いから微妙な言い回しになってしまったがこれで勘弁して欲しい。
ミゼリアさんも納得した訳では無いだろうがこれ以上言っても意味が無い事は分かっているのだろう。
それ以上は何も言わずに僕たちの前から去って行った。
ミゼリアさんが居なくなってから僕たちはようやく新居へ案内して貰う事になった。
道中は特に何事も無かったので街の様子を少しだけ観察してみる事にした。
暗くなり始める時間になっていたので先ほどよりも中央通りの人は少なくなっている。
その分酒場や宿、食事所は賑わうのだろうが中央通りにはそういったお店はあまり無かった。
中央通りは大きな事務所の様な建物がメインで冒険者ギルドや職人ギルドなんかもこの通りに建っていた。
ハンスが来ているであろう野菜の市場も入口付近にあった。
中央は大手の建物がメインみたいだな…。
露店なんかはあるけどこっちも夜はやってないのかな?
食事所の多い脇の道はまだまだ賑わっているがその分余計に寂しく見えた。
「アンナさん、この時間になるとこんなに人通りが減るものなのですか?」
「はい、これは領主様の方針でして。
1箇所に人や店が集中し過ぎないようにする為に中央通りでは色々な制限があるようです。
不便に思われるかもしれませんがこうして広い範囲に活気を広げる事によって治安の向上にもなっているようです。
人気の少ない場所が増えるとどうしても犯罪が起こりやすくなりますからね」
なるほどな…昼間は中央通りを、そして夜間は別の通りが賑わうようになれば人は分散するだろう。
効率は多少悪くなるだろうがその分のメリットもあるわけだ。
これなら多少奥まった場所に店があったとしても集客が見込めるかな?
と安易に考えていたのだが、角を曲がるたびにどんどん人通りは減っていった。
「お疲れ様です、こちらが本日よりララ様たちのお住まいになります」
ついた場所は…まあ確かにお店には向かない場所だな。
大雑把に言うと裏通りからさらに脇道へ曲がったような場所だ。
中央通りまで距離としては近いのだがここで看板を出してもまず見えないだろう。
ベネギアさんの言う通り店を出す場所では無く民家を建てるのに適した土地だと言えた。
でも建物は悪くないな、小さいながらも頑丈そうだしなによりかなり新しい。
「思っていたよりも良い建物ですね。
二人で生活するには立派過ぎるくらいですよ、こんなに新しい家を頂いても本当に大丈夫なのでしょうか?」
「はい、大丈夫です。
以前ここを建てられた方が数年で王都に移る事になりまして、領主様に引き取って頂いたようなのですがなかなか買い手が付かなかったようです。
それで先日ガーネリフ様が来られた際に丁度良い、という事でララ様に贈呈される事になりました」
なるほど、だからこんなに新しい建物なんだな。
前の持ち主には悪いがありがたく使わせて貰う事にしよう。
「では私はこれで失礼しますね。
お嬢様が来られた際にはよろしくお願いします」
「はい、今日はありがとうございました」
そうしてアンナさんは家の鍵を僕に渡して来た道を戻って行った。
送って行ってあげたいところだが案内された僕が送るというのも変だしなにより仕事中だと逆に迷惑になりそうなのでやめておいた。
「早く入ろうよ兄さん」
さっきまで黙っていたリリナも急かしてきたのでさっそく家の中を見てみる事にした。
家の中の様子は…まあ普通だった。
新しい分頑丈そうな造りになっているがそれ以外の部分は話に聞いていた通り一般の民家という感じだ。
数年放置されていた事もありかなりホコリが溜まっているが傷んでいる部分は無さそうに見えた。
「うーん…やっぱり商品を置くようなスペースはほとんど無いな」
「それはそうでしょ、ただの民家なんだからここ」
予想通りではあったがお店として使うにはけっこう手を加えないといけなくなりそうだ。
でも改装してもやっぱり狭いなこれは…前の店と同じ物は置けないな。
「やっぱり雑貨は置けそうにないな」
「良いんじゃない?
これだけ大きい街なら専門店だってあるだろうし無理にこんな小さな所に買いに来る人も居ないでしょ」
「だよな、なら予定通りリリナの薬と僕の魔道具だけ並べることにするか」
一応街に来る前に商品については話し合っている。
ミルス村の店と違ってかなり手狭になる事は予想出来たので日用品などの雑貨は置けないだろうと思われた。
先ほどリリナが言っていた通り日用品の専門店もあるだろう事からこの店では取り扱わない事に決めていたのだ。
「後は…魔法薬とかも売れそうだなここだと。
魔力が抜けるから受注生産になっちゃうけど問題ないだろ?」
「前みたいに30本程度だったら良いよ。
あんまり数が多い当日注文だと対応出来ないかもしれないけど」
まあそうだよな…リリナなら多分100や200くらいはいけるだろうけどそもそも材料や魔法薬用の瓶が足りない場合だってあるんだ。
そんな注文滅多に無いだろうけれど一応注文を受ける時には気を付けておこう。
「それじゃあ本格的な準備は明日からしよう、
今日はもう遅くなってきたし簡単に掃除だけしてから休もうか」
「うん、お腹も空いたけどお風呂入りたいよ私は。
そういえばここってお風呂場はどうなってるの?」
そういえばまだ全体の間取りを見てなかったな、確認してみよう。
―――――――――――――――――――――――
ぱぱっと一通り見て回った。
入口辺りが玄関と応接になっていたがここは一つにまとめて接客兼商品スペースになる予定だ。
後は個室が3つにキッチン、トイレ、お風呂と必要な物は全部揃っていた。
新しいからなのか前の持ち主の好みなのかは分からないが、お風呂がお湯を溜められるタイプになっていたのでさっそくリリナがお湯を用意している。
個室は1つ余るが…まあ物置にでもすれば良いだろう。
リリナがお湯を沸かしている間に食事の用意を済ませておく。
今日は素材もほとんど無いので荷物の中にあった保存食を簡単に調理するだけの物だ。
キッチンも軽く掃除をしてから使っているが本格的な掃除がやはり必要そうだ。
明日はギルドの方にも行きたいからな…本格的な改装や掃除は明後日からになるかな。
「ふぅ…お湯は出来たけどやっぱりこれって魔力消費が大きすぎるなー」
ぼやきながらリリナが戻ってきた。
僕がやったら消費が大きいとか以前に沸かしきるまでに魔力が尽きるんだけどね…。
だがせっかく湯舟があるのだから是非とも使いたい、何か良い方法が無いか考えてみるのも良いだろう。
「お疲れさま、一応食事の用意は出来てるけど先に食べるか?」
「んー…そうだね。
今日はお風呂あがったらそのまま寝ちゃいたいから先に食べようかな」
「保存食ばっかりで悪いが我慢してくれよ」
「そこまで贅沢言わないって」
食事を済ませた後リリナはすぐにお風呂に入った。
その間に僕はそれぞれの個室を簡単に掃除して寝るだけの場所を確保しておく事にした。
うーん…もういっその事家全体を水洗いしたいくらいだな。
掃除用の魔道具なんかも作れないだろうか?案外悪くないような気がする。
「…あれ?兄さん…掃除しておいてくれたの…?」
お風呂から上がったリリナが来ていたがその声は大分眠そうなものになっていた。
まあ眠くもなるだろうな。
朝早くから馬車で移動だったし着いてからも色々あった、普段引きこもっているリリナにとってはきつい1日だっただろう。
さらに魔力を消費したうえで食事とお風呂で体を暖めたので一気に眠気が来たようだ。
「リリナ、今日はもう良いから早く寝なさい」
「う…ん……ありがとね兄さん…おやすみなさい」
リリナはそのままベッドに沈み込んですぐに眠ってしまった。
明日もまたやる事は多いからな、しっかりと休ませてやろう。
さて、僕もお風呂を済ませたらもう休もうかな。
リリナのおかげで久しぶりに湯舟にゆっくりと浸かれるし、疲れをしっかりと取っておかないと明日からもきつそうだ。
色々と考えないといけない事は多いが、それも明日からで良いだろう。




