6章幕間8 準備期間
シア
「ララお兄ちゃん帰ってこないねー」
「……うん…」
王城からの帰り道、ある目的のためララは1人西区画へ向かったのだがそろそろ日付が変わろうという時間になってもまだ帰って来ていなかった。ララの事だからまた時間を忘れて熱中しているのだと思うけれど…。
「…ララ…すごい…頑張ってる…」
ララはいま王女様を助けるために必死で頑張っている、私の知る彼はそういう人なので多分相手がクリフやカレンであってもきっと同じように頑張ってくれるのだろう。
もちろん私だって彼女がこのまま断罪される事は望んでいないし助けられるのなら助けたいと思っている。そのための協力だって惜しむつもりはないし…だから、この感情を今は抑え込むしかないのだ。
これって嫉妬なのかな? …嫉妬だよね?
ミルス村で私を救ってくれたあの時ララは私を助けるためにと必死で頑張ってくれた。私の事を強く思ってくれたあの感情、私が彼に惹かれたのはそんな所なのかもしれない。
でもその感情はいま王女様へと向けられている。彼女を助けたいと思っているのだから当たり前なのだが、私は…その感情をいつも私の向けて欲しいと思っているのだ。
「シアちゃん……シアちゃん?」
「…ごめん…何?」
ララにはあの時の事は忘れた方が良いと言われたがそんなのは無理だし嫌だ。私の…初恋、大事な気持ち、絶対に忘れたくない大切なものだから。
「今回の件が全部終わったらさ、ララお兄ちゃんをデートに誘ってみようよ」
「………え…?」
しかしカレンの提案は恋愛初心者の私にはいささかハードルが高すぎるだろう。
「エレノア様の気持ちは分からないけどさ、そんなの関係ないってくらい好きな気持ちをぶつけたら良いんだよ」
「………え…? え…?」
カレンくらいに思い切りが良ければ出来るかもしれないが、私がそんなカレンみたいに…あんな風に抱き着いたりとか…?
「む、無理! ……絶対…無理!」
昨日見たカレンがララに抱き着いていた光景、そこに自分を入れ替えてみたのだがそれだけで頭が沸騰しそうになってしまった。
「えー、1人じゃ無理って事なら私も一緒に行くからさ、少しだけ勇気出してみようよ」
「…それ…なら…でも…うぅ…」
応援してくれるカレンには悪いがそこまでの勇気ですら私には難しいのだ。デートに付いてきて貰うなんてあまりにも情けなくて…。
「…じゃあ…一緒に…来てくれる…?」
やはり私はまだまだ子供なのかもしれない。
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エレノア
ふんっ、今さらどういうつもりよ。
アリシアから受け取った資料を確認しながらも私の怒りはいまだ冷めやらぬままである。謝りに来たララは私の事を『エル』と呼んでくれたがその程度の事で彼を許す事は出来なかった。
ララが見つけて来たというこの資料は強力な武器となりそうだが…それならばどうしてあの時味方をしてくれなかったのか。
「いかがされましたか殿下?」
「…なんでもないわよ」
だがララの事が許せなくともこの証拠品自体はありがたかった、これまでもリオンに集めて貰っていたのだがあまり成果は出ていなかったのだ。
今はシオンにも行かせてギリギリまで当たって貰っているがこれを超える品が出てくる可能性は低いだろう。どこで手に入れたのかは聞けなかったがこちらにとって最強最大の手札となるのは間違いなかった。
「…ねえアルス、あなたは私が正しいと信じているのかしら?」
それが悔しかったのだろうか? 私はとても情けない問いをアルスに投げかけてしまう。
「もちろんです、殿下のなさる事に間違いなどありません」
返って来る答えは分かり切っていたのにどうして私はこんな事を聞いてしまったのか。アルスの分かりやすい返答は彼の感情に依るところが大きく、もしかするとその感情を利用してでも私を肯定して欲しかったのかもしれない。
「…そう、ごめんなさいね変な事を聞いて」
しかしそんな代替の言葉に意味はないし、一応は私を想ってくれているのだろうアルスに対してもかなり失礼である。謝罪と共に気持ちを切り替えた私は現状を打開するためにもまずはこの窮地と向き合う事とした。
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リリナ
「…はー…めちゃくちゃ寒い」
王女様の窮地を知った日の翌朝、幾重にも重ね着した私は宿の前で白い息を吐いている。刺すような冷気から守るように顔を押さえ、見上げる空にはようやく太陽の日差しが見え始めていた。
まだほとんど真っ暗じゃん、こんな時間からもう出かけたんだ…。
現在時刻は五ノ刻を回ったあたりで、翌朝とは言ったものの今の時期だとまだ朝と言うには微妙な時間である。人の姿はそれなりに見えるものの普通に考えればまだ起きるには早い時間、私はもちろんだがそれは兄さんにも言える事なのだ。
「兄さん…無理してないかな…?」
昨晩は何時ごろに帰って来たのか分からないし、つい先ほど部屋を訪ねた時には既に出発しているようだった。綺麗に畳まれた布団には微かな温もりが残っていたが食事や睡眠をまともにとっていない事は明らかだろう。
行先は分かっているのでそんなに心配はいらないと思うが、それでも心配になるのが…家族というものなのだ。
お姫様を助けるため…か、そんなの兄さんには似合わないけどね。
兄さんがいま頑張っているのは王女様を窮地から救い出すためであり、その作戦に必要な魔道具を作るため西区画にある工房で作業を続けている。以前ユキノさんに守られていたお姫様が今度は本物のお姫様を助けようとしているのだ。
その頑張り自体は格好良いと思わなくもないけれど…でも…やっぱり私の兄さんには似合わないと思う。
「囚われのお姫様…か」
通りの先にある王城を見上げるとその先端には僅かながら朝日が差していた。お城に囚われているお姫様というのも変な話だが、昨日の王城の雰囲気を見る限り間違いはないのだろう。
もちろん私だって助けたいとは思っている。苦手なタイプではあるけど裏表がないし、なにより初日に甘味を心行くまで堪能させてもらったという恩もある。
協力を惜しむつもりはないので…。
「…あ、だからなのかな?」
そこで私はある人物の事を思い出す。物心ついた頃には一緒に遊んでいた幼馴染グループ、その中でリーダーのような役割をしていた女の子がいたのだ。
体の弱かった私にも優しくしてくれて、よく彼女の作ったお菓子を一緒に食べていたのを覚えている。こうして思い出してみると彼女の性格はあの王女様とよく似ているような気がするのだ。
もしかして彼女と似ているから兄さんは……いや、あの事はもう吹っ切っているだろうし関係ないかな、もう4年も前の事だし今さら…。
「あれ? もしかしてリリナさんですか?」
「ひゃあ!」
そんな過去の記憶に思いをはせていると不意に掛かった声に驚いてしまう。聞き覚えのある声に聞き覚えのある問い掛け、朝焼けを背に現れたその人は…これでもう3度目となる奇妙な縁であった。
「…オランさん?」
「はい、おはようございますリリナさん」




