第131話 続・迷子の救済者追記 好奇心は…
な、なんだろ? 見覚えはないけど何かしたっけ?
歳はおそらく10歳前後、なかなかに整った顔立ちをしたその男の子はなぜか私の方をじっと見つめていた。
お店までは一緒に帰るというフローラさんを待っている時の事だ。カレンとシアちゃんは先ほど遊んでいた子たちに囲まれているのだが、それを眺めていた私が何気なく入口の方へ視線を向けるとその子はいた。
あんな子いたっけな…。
服装は孤児院の子たちと同じだが先ほど遊んでいる時には見なかったように思う。好意も敵意も感じられない鋭い目つきはまるで私を監視しているかのようで、正直言ってかなり居心地の悪いものであった。
んー…?
もしかして私じゃないのかなと思い振り返ると遠くにトッシュさんとフローラさんの姿が見える。まだ準備は終わっていないようだが2人を見ているのだろうか…あれ?
「居なくなっちゃった」
しかし2人から視線を戻すといつの間にか男の子がいなくなっていた。
敷地内に隠れる場所はないので外に出たのだと思うが…視線から解放されたのは良いが勝手に外に出ても良いのだろうか?
「どうしよ…」
フローラさんはもうちょっと時間が掛かりそうだしカレンとシアちゃんは子供に囲まれている、気付いているのもすぐに動けそうなのも私だけだ。
もちろん孤児院の先生に伝えて終わりでも良いしそうするのが一番正しいのだが、
「…どっこいしょっと」
のっそりと立ち上がった私は鈍重な歩みで男の子を追いかけたのである。
―――――――――――――――――――――――
うーん…まだ道は分かるけどこれ以上いくとまたまた迷子になるかも。
なぜか男の子を追いかけた私は2,3角を曲がり閑散とした通路に出ていた。なんとなく追いかけて来たが、彼がこっちに来たのかすらもう分からないし馬鹿な事はやめてそろそろ引き返した方が良いかもしれない。
「んー…うぇ?」
しかしそこで私は変なものを見つけてしまった。
「隠し通路…? 部屋?」
ぱっと見ただの集合住宅の壁面なのだが、妙な違和感からよくよく「視て」みると光と闇の魔法で偽装されている事が分かる。そこには人ひとりがぎりぎり通れそうな入口が開いており、先は見えないが何かがあるのは間違いなさそうだった。
私の足はすぐにその路へ向けて歩き出して…、
え? 入るのここに?
どうしてこんな変な所に私は入ろうと思ったのだろう? どう考えてもまともな場所には見えないし、特に用事もないのに危険な場所に飛び込むような理由1つも…。
…いや、これってただの好奇心だよ、男の子を追いかけたのもだしなんとなく気になっただけでしょ。
そんな感じて、頭では冷静に自分を見ているのに馬鹿な私はその隠された部屋へと踏み入ったのである。
しかしあれだね、何度も迷子になった子猫が好奇心を出すというのはあのことわざ通りである。好奇心は猫をってやつね、好奇心に負けた猫がどうなるかなんて言うまでもないって事だよほんと。
「動かないでね」
と、首筋に当てられた刃物の感触に私の思考は暴走気味な結論を出していた。
―――――――――――――――――――――――
「ぐげ…ぐげ…ぐげ…」
そのまま地面に引き倒された私は潰れかけのカエルのようにジタバタともがいていた。この程度の抵抗ではどうにも出来ないのだが、訳も分からないまま殺されるのを待つほど私は達観していないのだ。
「動かないでって言ったよね、別に殺しはしないから…あれ?」
ぐげ?
しかし、私を押さえつけていた人物はそのまま私の顔を覗き込んでくる。声にはなんとなく覚えがあり、確か最近聞いたような?
「君は確かララの妹さんだったよね、どうしてこんな所に?」
そうだこの人は確か2日前にあった、
「ぐげ…ぐげ」
ロックさんと言いたかったが漏れ出た声はやはり潰されたカエルのものであった。
「いや済まなかったね、まさかここに気付く人がいるとは思わなかったよ」
「いえ、私も勝手に入ったので…」
私の事は覚えていたようですぐに解放してもらえた。いきなり地面に押さえつけられたのはあれだが私も他人の家に勝手に入ったようなもの、文句を言うのは筋違いだろう。
ロックさんは笑顔でずっとこちらを見ており…笑っているけれどかなり怖い、だってこっちから一度も目を逸らさないんだもん。
「それで、どうやってここを見つけたんだい?」
「えと…やっぱり隠されていたんですね、変な魔法が掛かっていたからちょっと気になってしまって」
「……えぇ…」
しかしロックさんは私の言葉を聞いてなぜかドン引きしている。
「…はぁ、そうだよ隠していたんだよめちゃくちゃ高度な複合魔法を使ってね。費用だってかなり掛かっているし今の今まで誰一人見つける事がなかったのに…君たち兄妹はほんと異常だよ」
そして言いたいことを一気にまくし立ててから頭を抱えてしまう、よく分からないが私がここを見つけてしまった事が気に入らないようだった。
「あ、親分が女の人を連れ込んでるー!」
「わー、やらしーんだ」
そんな話をしていると奥の部屋から数人の子供が現れる。
歳は8~10歳くらい、男の子3人と女の子2人、そして全員が孤児院の服を着ており、
「あ…さっき来ていた天使様…」
その中の1人は私が先ほど追いかけていた男の子だった…で、天使様って何?
しかし、こう言うのはどこの子供も一緒なんだね。
「おいこらガキども、人聞きの悪い事言ってんじゃねえぞ」
「えー、親分のコレじゃないんですかー?」
一体どこで覚えて来たのやら男の子の1人が小指を立ててロックさんをからかおうとしている。男女の違いを認識し始めるなかなかに多感な時期の子供たちだ、男と女が一緒にいるだけでからかって遊ぼうとするのはしょうがないのかもしれない。
まったく、私がこんな美形と釣り合う訳ないじゃんか。
特に私はこんな身長なのでこの手の遊びに巻き込まれる事が多い。ミルス村にいた時もハンスさん辺りと何度かあったし、兄妹だと知らない子は兄さん相手ですらからかおうとしてくる始末だった。
ロックさんの場合も年齢はおそらく倍以上、下手をすると親子と言えるくらいの差だが子供たちにとっては些細な問題であるようだ。
「まったく、そんな事より今日の報告をするんだ」
「「はーい」」
おや?
だがそのロックさんが少し強めに号令をかけると遊んでいた子たちがぱっと彼の前に整列した。親分とか言われているくらいだしそれなりに慕われてもいるようだ。
そして始まったのは…報告会だろうか? 聞こえて来る情報を繋げていくとどうやらこの子たちは各々別の孤児院から来たようで、それぞれの場所で起こった事を報告しているようだった。
さらにロックさんの組織は孤児院への支援を行っているようで、不足しているものを資金や物資という形でまとめさせていたのだ。
義賊ってやつ? いや、とてもそうは見えないけど…。
裏では間違いなく犯罪まが…いや、犯罪そのものを行っているはず。孤児院に支援をするのは優秀な人材を見つけるため? もしくは情報収集の一環だろうか?
ま、なんだろうと私には別に関係な…、
「第六教会、報告します」
…いや、関係おおありじゃん。
―――――――――――――――――――――――
「リリナさん」
「知らない」
全力で顔を逸らしているが部屋の中にいる全員の視線が集まっているのが分かる。
「リリナさん」
だから知らないってば。
「はぁ…別に悪い事をした訳じゃないだろうに」
まあ…そりゃそうなんだけどさ。
始まった男の子の報告の中で私はどういう訳か天使様という事にされていた。
曰く、子供たちへ甘美な恵みを施してくれた。
曰く、衰弱していた赤子に母なる愛を与えた。
曰く、死の淵にあった子に救済をもたらした。
あの栄養剤の事はまだしも、赤ちゃん用に作ったものやクラムくんにした事までもがやたらと壮大に語られてしまったのだ。
一体どこで見てたの? 私1回もこの子の事見てないよ? もうめちゃくちゃ優秀な諜報員じゃん?
「うぅ、穴があったら入って蓋をして引きこもりたい…」
ここに兄さんがいたらそれはいつも通りじゃないか? と突っ込まれそうだが、とにかくそれくらいには恥ずかしいという事が言いたかった。いくらなんでも天使様はないでしょ。
「はは、じゃあ穴を用意してあげるから代わりに話を聞かせてくれないかな? ま、嫌だって言ってもこのまま帰す気はないけどね」
「うえぇ…手短にお願いします…」
「ああ、お連れのお嬢さん方が心配しない程度にしておくさ」
こうして好奇心に負けた猫は悪い人に捕まってしまいました。可哀そうな猫ちゃんは激しい(羞恥)責めの末(精神的)に殺されてしまい、飼い主の元に届いたのは……事態解決の切っ掛けとなる情報であった。




