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第130話 続・迷子の救済者⑤

 もうこんな時間か、早く終わらせちゃおう。


 孤児院に戻って来た私はさっそくクラムくんの治療を始める事になる。時刻はすでに十三ノ刻を回り、お腹も空いて来たのでこれが終わったらカレン達と何か甘いものでも食べに行くことにしよう。



「リリナさん、あなたを疑っているという訳ではないのですが本当にクラムくんは病気なのですか?」


「病気…とは少し違います、けどこのままだと良くないです」



 でもその前に主治医であるトッシュさんの許可だけは得ないといけない。断られたらかなり困るがさすがに無断でやるわけにはいかないだろう…やり方については黙っておくけれど。



「お父さん…」


「……分かりました、オランさんのご家族の件もあります、信じましょう」



 …少し罪悪感はあるけどちゃんと助けるから怒らないでくれると嬉しいな。



 さて、まずは準備からだ。


 先は病状を診ただけだったので正確は場所はまだ確認していない。やること自体はシアちゃんを治療した時の方法に近いのでまずは服を脱がせていくことにする。


 さすがにこの時期だと寒そうだな…あ、保温の魔道具がある、これを使おう。


 続けてベッド脇に備えてあった保温用の魔道具を10個ほど手に取りささっと魔力を籠めてからクラムくんの体にぺたぺたと貼っていく、プラーナは入っていたがこの方が手っ取り早いのだ。



「…すごい」



 次は患部、魔毒が融合してしまっている箇所の確認をしていく。場所によっては負担がかなり大きくなってしまうのだが…腕と足の2箇所はともかくお腹のがかなり大きい、ここは最後にしたほうが良さそうだ。


 それじゃあ次はこれの出番だね。


 ここから先はシアちゃんの治療の時とはやり方が少し異なる。あの時はまだ魔毒に侵された直後だったから処置出来たが、ここまでがっちり融合したものを取り除くにはレイカ草だけでは足りないのだ。

 そこで作ったのがこの薬、ベースとなっているのは魔毒用のものなのだが浄化する効果よりも魔毒とより強く結びつくようにしたものである。


 念のため栄養剤も少し飲ませてっと…これで準備は良いかな。


 持ってきた薬を3箇所の患部へ塗布しさらに自分の手にもべったりと塗り付けておく。ここから私が直接処置をするのだが…でもその前に、



「カレン、シアちゃん、お願い」



 手伝ってもらおうと一緒に来てもらった2人を呼ぶ、そしてカレンにはクラムくんが動かないように押さえる役を、シアちゃんには…周囲に聞こえないようにお願いをしておいた。



「はい、しっかり押さえておきます」


「…? うん…分かった…」



 これで大丈夫、後は私が失敗しなければ良いだけだ。




 ―――――――――――――――――――――――




「これで良いですか?」



 カレンはクラムくんを上に乗せたままベッドへ寝転び背後からクラムくんの四肢をがっちりと押さえつけている。裸の男の子に対してはなんとも酷い絵面だが、これは治療のためと割り切るしかないだろう。



「うん、そのままでお願い」



 私の方は一番小さい左腕にある患部へと触れ塗布しか錬金薬を介して融合した魔毒への繋がりを構築していく。体内なので目では見えないが、この薬を介せば必ず魔毒と繋がるのでそれをどんどん太くしていくのだ。


 そして十分な太さになった所で……今回のこの治療、融合している魔毒を体から取り除く必要があるのだが、その方法はレイカ草だけでは足りない吸収効果をこの薬と私の手で補い…最後は強引に引きはがすというものである。



「あぁっ!!」



 ビクンッ! と大きな反応と共に悲痛な声が漏れる、相当な痛みを感じているはずなので意識がほとんどないのは幸いかもしれない。


 融合している箇所を取り除くというのは言うなれば結合している神経を引き裂くようなもの、意識がある状態でやると痛みでショック死するかもしれないしトラウマを残す可能性もある。肉体的なものではないので痛みを抑える薬も効果がなく…お医者さんが近くにいなければ採れない方法であった。



 よし、取れた。


 引きはがした魔毒は小石サイズの歪な黒い塊、大きさはそれほどでもないが感じる不快感はかなり強く、すぐに薬と一緒に拭って…横によけておく。



「がぁっ!!」



 続けて右足の少し大きなものを引きはがすと先よりも大きな反応が返ってくる。はがしているのはあくまで魔力だが痛みだけは感じてしまうのだ、これから最後の大物に挑まなければならないしあまり時間は掛けないほうが良いだろう。



「リリナさん、クラムくん大丈夫?」


「大丈夫、失敗はしないから」



 フローラさんの心配そうな声に答えつつ残った薬を両手に塗って最後の患部であるお腹に触れる。この時点で右足にあったものの3倍くらいの大きさな事は分かるが、時間を置けば置くほど融合は進んでいくはずなのでここで完全に取り除かないといけない。



「カレン、しっかり押さえておいて」


「はい!」



 カレンに合図をしてから最後の一押し、両手で腹部に融合した卵サイズの魔力を掴み取りってそのまま…思い切り引きはがす。



「ああああ!!! 痛い痛い痛いーー!!」



 この大きさとなると凄まじい激痛が走っているはずで、クラムくんもさすがに目を覚ましてしまいあらん限りに声でその苦痛を訴えて来る。しかし逃れようと暴れてもそれはカレンが押さえつけているのでほとんど動けない、早く終わらせてあげないと可哀そうだ。



「クラムくん!」


「や、やめて下さいリリナさん、クラムくんが死んでしまいます!」



 悲鳴を上げるクラムくんが見て院長先生たちとトッシュさんが止めようとするが、


「ひっ!!」


「…近づいちゃ…ダメ」


 先にお願いしておいた通り精霊魔法を顕現させたシアちゃんがそれを阻む、もちろん軽く脅す程度ではあるがこれで終わるまで邪魔は出来ないだろう。



 だがもちろんそんな時間を掛けるつもりはない。時間を掛けても苦しませるだけ、一気に終わらせてしまうのだ。




 ―――――――――――――――――――――――




 うへー…つーかーれーたー。



「お疲れ様ですリリナさん」


「…うん…頑張った…」



 院長先生たちがクラムくんの様子を見ている横で私はイスに腰かけてぐったりとしている、時間にすれば短いが疲労はかなり大きかったようだ。



「良かった、呼吸は穏やかだし顔色も良くなってる」


「こんな物がクラムくんの中に…」


「これが毒なの? 確かに体に悪そうだけれど…」



 というかもう十四ノ刻過ぎてるじゃん、甘いものがほしー。


 やるべきことはやったので本気モードは終了、後は甘いもの食べて寝るだけ、前に行ったビュッフェのお店でも良いかもー、いっぱい食べて朝まで惰眠を…。



「リリナさん、これは一体どのようなものなのですか?」


 むさぼって…。


「クラムくんにした事も気になります、表情は穏やかになりましたが…」


 ごはん食べて惰眠を…。


「説明していただけますよね、リリナさん」


 やだー。







「なるほど、これが噂に聞く魔物という存在の持つ毒なのですか」


「まあ、正確には少し違うものですが…似たようなものです」



 成り行きとは言えあれだけの事をしたのだ、さすがにもう知らぬ存ぜぬという訳にはいかないようだ。私も全てを理解しているという訳ではないが、どうしてこの子がこのような状態になってしまったのかを掻い摘んで説明していった。




 第一に、私も魔物の存在を知るまで気が付かなかったのだがこの魔毒…というか魔物の持つ魔力は微量ながら空気中にも漂っている、兄さんは気付いていないようだったが『目』を使ってよくよく見るとどこにでも存在しているものなのだ。


 そしてこれの発生源である悪意、負の感情か、これは人が多い場所ほど濃くなるのでその最たる場所である王都にはたくさんの魔物の素が漂っている事になる。

 これが結晶化したものを生物が取り込めば魔物になるようだが、この魔物の素自体だって当然ながら体に良いものではない…小さな子供にとっては特にだ。



「そんなものがクラムくんの体に?」



 大人であれば自然な浄化で体調を崩すほどの影響は出ないだろうが、抵抗力の低い子供だと消しきれないものが蓄積し、今回のような事態を招いてしまう事があるのだろう。



「珍しいケースだと思いますけど…」



 今回のクラムくんの症状は蓄積した魔力が肉体と融合しそのまま成長してしまった事が原因だ。彼だけが発症したのは魔力、魔法の適正が高い事によるもので、オランさんの家族同様に才能が弊害をもたらしてしまったという訳である。

 変調の原因はほぼ取り切ったので、本人の頑張り次第では今後優秀な魔導士として大成するかもしれない…が、



「申し訳ない!」



 そんな話をしているとトッシュさんが唐突に頭を下げてきた。



「こんなものがあるのに気付けないなんて…私は医者失格だ…」


「え…あ、いえ…」



 これはしょうがないと思う。クラムくんの症状は病気じゃないので医者であるトッシュさんでは…こう言ってはなんだが分からないのが普通なのだ。分かるとしたら私や兄さんか、後はどうやらシアちゃんもそうらしいが魔力が見えなければ難しいだろう。



「そんな事はありませんよトッシュ先生、ここの子供たちが元気でいられるのは先生がいつも診てくれているからですよ」


「院長先生…」



 まあ、私にそんなフォローが出来るはずもないので固まっているだけだったが。



「これはどうするの?」


「ん、出来れば持って帰りたい、今は無理だけど帰ってから研究したいし」


「そっか…うん、私じゃきっと無理だしリリナさんなら役立ててくれるよね」



 こうして孤児院で起きていた一連の問題は解決となった。

 私に残ったのは多大な疲労感と新たな研究材料、これをどうするのかはまだ決めていないが…今はとりあえずご飯を食べに行く事としよう。

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