第17話 レオンリバーの街1
前に来たのは3年くらい前だったかな?
街並みはけっこう変わっているけど人の多さは相変わらずだな。
僕は今レオンリバーの街に来ている。
魔物騒動でミルス村の店を失ってしまったが、その時に少し手伝いをした功績によってこのレオンリバーにある空き家を提供して貰える事になったのだ。
ミルス村に行く前はここに住む予定だった事もあり僕はその提案を受ける事にした。
そして今、引っ越し兼新居を用意してくれた領主への挨拶の為レオンリバーの街に到着した所だった。
レオンリバー
ミルス村の南方に位置するこの街は、王都であるヴェルガンドに比べると小さいと言われているがそれでも大きな街だ。
街路は綺麗な石畳がひかれており建物もその道に沿って整然と並んでいる。
往来する人も多く見える範囲だけでも数百人はいるだろう。
故郷やミルス村の風景に馴染みが深い僕から見るとまさに大都会といった様相だ。
「そういやここには一度来た事があるんだったか?」
「うん、3年くらい前に数日だけだったけどね。
でも主要な施設の場所だけはなんとなく覚えてるね」
「ララさん記憶力も良さそうだしねー」
今回はクリフとカレンさんも一緒に来てくれていた。
護衛というわけではないが同じ場所に向かうのだからと一緒の馬車で来たのだ。
「人混みで酔いそう…行くなら早く行こうよ」
「この程度で酔ってたらこの先ここで暮らせないぞ」
「家の中に籠ってれば平気だから」
それもどうなんだ?
リリナは結局僕について来る事になった。
もうちょっと悩むと思ってたんだがな…案外あっさりと結論を出したもんだ。
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「という訳で僕はレオンリバーの街に行く事にした。
お前はどうする?実家に帰るんだったら先に港まで送ってやるぞ?」
「レオンリバーの街か…良いよ、私も行くから」
「…良いのか? あの事なら僕はもう大丈夫だし、久しぶりに父さんや母さんに会いたいんだろ?」
「だっ、だからそれはもう良いんだって!良いから!私も行くから!これはもう決定事項なの!」
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特に無理をしている様子も無かったし本人が望んでいる事なら断る理由も無いだろう。
だが、やはり人の多い場所は苦手なようだった。
「それじゃ俺らは冒険者ギルドに行くけど領主の館の場所は分かるか?」
「うん、それは大丈夫」
領主の館は街の一番奥にあるとの事だ。
中央通りを真っ直ぐ行くだけで着くらしいので迷う事はないだろう。
「それじゃリリナさん、住む場所が分かったら絶対教えて下さいね!」
「あ、うん…それは構わないんだけど…やっぱり来るんだね…」
カレンさんとリリナは女の子同士というのもあって仲が良さそうだ…うん、仲が良いだけなのだろうきっと。
「冒険者ギルドで俺たち宛てって事で伝言を残してくれれば伝わるから。
何か困った事があったらいつでも相談してくれよな」
「うん、その時にはお願いするよ」
そうしてクリフ達と別れた。
カレンさんも名残惜しそうにしていたがクリフに引っ張られて泣く泣く冒険者ギルドに向かっていった。
クリフ達と別れてから僕とリリナは領主の館へ向けて中央通りを進んだ。
この辺りもやはり3年前とは違っている気がする。
古い建物が壊されて新しい建物が建つ、まだまだ発展途上のこの街では毎日のように行われている事だろう。
裏通りもゆっくり見て回りたい所なのだがもう日も大分傾いてきている。
散策は明日以降の楽しみとして今日の所は寄り道せずに領主の館へ向かう事にした。
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領主の住んでいる場所にはかなり広大な敷地があった。
外からなので実際の広さは分からないが僕が頑張って走っても1週するのに5分はかかりそうな広さだった。
「そこのお二人さん、領主様に用があるのかい?用があるんだったらこっちで受け付けを済ませておくれ」
僕が敷地の広さに驚いていると横合いから声を掛けられた。
いかにも受付といった小さな小屋から小太りのおばちゃんがこちらを見ていた。
「あっ、すみません、領主様に用件があって来ました」
「約束はあるのかい?名前は?」
「はい、名前はララで、こっちは妹のリリナです。
空き家の件で本日こちらにという話で伺いました」
「名前はララで空き家の件ね、ちょっと待っておくれ」
おばちゃんは小屋の奥の方で何か筒の様な物を操作して何かを言っている。
伝声管みたいな物かな?
館まではけっこう距離はあるが風魔法を使えば簡単に出来るはずだ。
…面白そうだし僕も今度作ってみようかな?
「確認が取れたよ、門を開けるからちょっと待っておくれ」
そう言ってまた別の機械を操作して門を開けてくれた。
「道に沿って進んでいけば館に着くから、寄り道するんじゃないよ」
「はい、ありがとうございます」
「…ありがとうございます」
リリナもお礼を言っていたがやはり声が小さい、人見知りももうちょっと直していかないとな。
クリフとはわりと普通に話せてるんだがな…まああれは出会いが特殊だったからな…あれで遠慮がなくなったというのもあるのだろう。
敷地に入って少し歩くと館が見えて来た。
敷地の広さに比べると小ぢんまりした印象を受けるがそれでも大きな建物だ。
2階建てで奥行きもけっこうあり、領主の館として文句の付けようがないくらいには立派な建物だった。
館の入口に着くと1人のメイドさんが居た。
年齢は僕と同じくらいかな、綺麗な赤髪を頭の帽子?みたいな物に収めているがけっこう長そうだ。
可愛らしい感じで元気そうな印象を受ける。
リリナよりも少し背は低いかな?それでもけっこう高い方かもしれないが。
メイドさんって実在するんだな…初めてみたよ。
メイドさんは僕たち二人を見て、
「初めまして、当家の使用人を務めているアンナと申します。
ララ様でよろしいでしょうか?」
と、後ろに居るリリナに問いかけていた。
まあこれはしょうがないよな…ララって名前を聞いたら普通は女性だと思うだろうし。
「あ、すみません、ララは僕です」
「えっ?、あっ、申し訳ありません!
お客様のお名前を間違えるなんて大変失礼な事を、本当に申し訳ございません」
アンナさんは見ていてこっちが申し訳なくなる程にぺこぺこしていた。
さすがにこのままだとかわいそうなので出来る限りフォローをしてみる事にした。
「いえいえ、お気になさらず。
この名前って女の子みたいでしょ?昔からララちゃんララちゃんって呼ばれていたから小さい頃は僕自身女の子なのかも?って思ったりしましたよ」
わざとおちゃらけた感じで言ってみたが微妙だったかな?
「…ふふっ、気を遣っていただいてありがとうございます」
アンナさんは僕の言葉を聞いてしばらくぽかーんとしてしまったが、すぐに可愛らしい笑みを見せてくれた。
「それでは応接室ご案内します」
そう言ってアンナさんは僕たちを館の中に通してくれた。
館の中は思ったよりも質素な感じだったが、全体的に見るととてもバランス良くまとまっていた。
装飾品は置かれているが華美にならない程度に適度に配置されており、手入れもしっかりと行き届いているのだろう、入口のホールから廊下までで汚れている部分はまったくなかった。
これはすごいな、さすがは領主の館なだけある。
美的センスがまったく無い僕は素直にすごいと思えた。
「兄さん、兄さんはああいった人がタイプなの?」
「え?どういう意味だ?」
応接室に向かう途中でリリナが話しかけてきた。
「そのままの意味だよ。
兄さんがあんな風にフォローするなんて珍しいからさ、好みのタイプなのかなーと?」
「うーん…まあ年齢は近そうだし可愛らしい人だとは思うけど…いきなりそんな事を言われてもな…」
「兄さんもいい歳なんだしそろそろ結婚を考えても良いんじゃない?
アンナさん優しそうだし悪くないと思うけどね」
「いや、だからそんな急に言われてもだな…そもそもアンナさんだって相手がいるかもしれないだろ」
「どうかなさいましたか?」
僕たちが小声で話しているのが気になったのだろう、アンナさんが振り返って聞いて来た。
「いえ、なんでもありません、お気になさらずに」
「?はい、わかりました」
そう言って小首を傾げる仕草も様になっていた。
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「ではこちらでお待ちください」
アンナさんに案内をされて応接室に入った。
こちらも廊下やホールと同じように華美にならない程度の装飾に抑えてあるが、やはり来客用の部屋という事もあって少しだけ力が入っているように感じられた。
僕とリリナは中央にある接客スペースの前で待つことにした。
マナーなんて分からないので下手に動かずに相手に合わせた方が良いだろうという結論だった。
「兄さん、分かってると思うけど私にまともな対応を求めないでよ」
「分かってるよ。
でも僕だってこういった場に慣れているわけじゃないんだからフォロー出来るところは頼むぞ」
「えー…私に出来る事なんて隅っこで固まってる事くらいだよ」
「少しは頑張ってくれよ…」
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「領主様がおいでになりました」
5分くらい経った頃だろうか、アンナさんが扉を開けてその人物を招き入れた。
入って来たのは年のころ40くらいの男性だった。
濃い目の茶系の色の髪に僕よりも少し高い身長。
一見すると優しそうに見える顔付きだが眼光はけっこう鋭い。
「やあ、待たせたね。
私がレオンリバーの領主を務めているベネギア・ウォーレットだ。
さあ、そんな所に立っていないでこちらに掛けなさい」
領主、ベネギアさんはそう言って応援スペースの上座に座ってくれた。
こちらが動きやすいように気を遣ってくれたのかもしれないな。
僕とリリナはベネギアさんの対面、下座の方で自己紹介をする。
「初めまして、ミルス村から来たララと申します」
「妹のリリナです」
「本日はお招きいただきありがとうございます」
失礼の無いように出来るだけ無難な挨拶をした…と思うがベネギアさんはあまり気に入らなかったようだ。
「ふむ…硬いな、若いのだからそこまでかしこまらずにもっと自分の言葉で話しても良いのだぞ」
どうもありきたりな挨拶が気に入らなかったらしい。
そんな事急に言われても…うーん緊張してうまく言葉が出ない…でも何か返さないと…。
「すみません、こういった場に不慣れなもので…なんと言ったら良いのか…」
「そうか、まあ急にこんな事を言われても困惑するだけだろうな。
その辺りはおいおい慣れて行けば良い、ではさっそくだが本題に入ろう」
ベネギアさんは僕の困った様子を見て話を進めてくれた。
この時の僕は気付いていなかったがこれも話術の一種だったらしい。
僕の対応を試すと同時に、僕に助かった、ありがたいと思わせるものらしい。
当の本人が困らせた事など考える余裕すらなかった。
「ガーネリフから話は聞いた。
なんでも森に発生した魔物を生み出していた核、魔核と呼ばれる物を排除してくれたそうだね」
「はい、排除、と言って良い物かは分かりませんがガーネリフ隊長の指揮の元で手伝いをさせていただきました」
「そうか、私は魔物については軍の者程詳しくはないがやっかいな相手だと聞いている。
最初に魔物が現れたという報告を受けた時も軍の者を向かわせたかったのだがな…被害も出ていない、状況も良く分かっていない状態で軍を派遣するのはミルス村だけを贔屓していると取られかねないからね。
結果として被害が出てしまった事は申し訳なく思うが私の立場としても資金面での援助が精一杯だったよ」
なるほどな…あの時はお金だけ出して後はなんとかしろと言われてると思ってしまったがこうして話を聞くと納得出来る内容でもあった。
対処する為の資金も提供してくれていたのだから逆にありがたいと思うべきだったのかもしれない。
「いえ、確かに被害が出てしまった事は残念ですが領主様のおかげで魔物の問題も解決出来たのですから」
「問題を解決する事自体は私の仕事だからな。
だが今回の件を早期に解決出来たのは君の働きもあるだろう、感謝している」
「恐縮です」
「それで今回君に提供する家についてなのだが。
君はミルス村で道具屋を営んでいたと聞いたが間違いないかね?」
「はい、間違いありません。
今日は店で扱う商品をいくつかお持ちしました」
僕は荷物の中から1つの魔道具と薬の入った小さなケースを取り出した。
お土産用に用意したもので、中身はリリナの作った薬の一式と新作の魔道具だ。
「ほう…これは錬金で作った物か」
「はい、効能や使い方はそれぞれ書いてある通りです」
「ん?この夜の薬と書いてあるのはなんだね?」
「あー…それはあれです、いわゆる男性が元気になる薬ですね」
「そうか…そんな物まで扱っているのだな。
とりあえずこちらは預かっておいてうちの錬金術師に一度見てもらうとしよう。
それでだ…こっちの品は見たことがない物だが何かの魔道具なのかね?」
ベネギアさんは新作の魔道具に興味を惹かれたようで先ほどよりも少し楽し気な口調になっていた。
やっぱ男ならこういう物を見るとわくわくするよね! 僕だけが特殊なわけじゃないはずだ。
「これは僕が作った新作の魔道具でしてこのスイッチを入れると…」
「おおー、涼しいぞ!なんだねこれは!?ただの風魔法ではこうはならんだろう?」
「はい、風と氷の組み合わせてで作った物です。
回路は少し複雑になりましたがここのツマミを回すと…こんな風に強さの調整も出来るようになっています。
これからの暑い季節にはぴったりな魔道具だと思いますよ」
「これは素晴らしい…。
職業柄暑い室内で延々と書類仕事をする事も多いからな、これがあれば快適な環境で仕事が出来そうだよ」
「そう言って貰えると作った甲斐があります」
どうやら気に入ってくれたようだ。
僕自身作りながら自分用にも1個欲しいなと思ったくらいだしね。
「うーむ…これだけ素晴らしい物を貰っておいて申し訳ないのだが…
君に提供する空き家は元々一般の家族が暮らしていただけの普通の民家だ。
表通りに面しているわけでも無いし店として造られた物でもないので商売をするのに向いた物件とは言えない。
もちろん君の気に入るように改装をするのは自由だがその為の資金を提供する事は出来ない」
それはもちろん覚悟していた。
タダで貰えるだけでもありがたいのにわがままを言えるはずもない。
「はい、問題ありません。
住める場所を提供して頂いただけで十分すぎる程です」
「そう言って貰えると助かるよ。
では早速案内させよう。
アンナ、二人を前に話した空き家まで案内しなさい」
「はい、かしこまりました」
どうやら空き家への案内もアンナさんがしてくれるみたいだ。
リリナがなんだか嬉しそうにしているが僕にその気はないぞ…今のところは。
そもそもなんでリリナは初対面のアンナさんをここまで気に入っているのだろうか?
「そうだ、この街で店を経営するのなら職人ギルドの許可がいるのは知っているかね?
この街では無許可での経営は禁止されているので必ず先に手続きを済ませておいてくれ。
無許可での経営は最悪追放処分になりかねないからね」
「なるほど、それは知りませんでした。
明日にでもさっそく伺ってみる事にします」
「そうしてくれ。
では、私はまだ仕事があるので先に失礼させてもらうよ」
そう言って領主は応接室を出て行った…さっきの新作の魔道具を持って。
それにしても店を出すのは許可制だったのか…
教えて貰えなかったら危ない所だったな…引っ越してきてすぐに街を追い出されるとか勘弁だもんね。
「それでは今度はお住いの方に案内しますね」
「はい、お願いします」
ベネギアさんの退室後、僕達ははさっそく新居に案内して貰うことになったのだが、
「そこの二人!ちょっと待ちなさいっ!」
玄関ホールまで戻って来た所で一つの声に呼び止められた。




