第128話 続・迷子の救済者③
「ここは…教会?」
「ええ、ここはルディエスカ教の第六教会。広場にある第一教会以外はどれも孤児院を兼ねていて、ここには身寄りのない子供が沢山暮らしているの」
お店から徒歩で数分ほどの所、お願いがある、そう言い出したフローラさんによって私は半ば強引にここまで連れて来られてしまった。お願いを聞くような恩義は特にないのだが、正面から来られると嫌とは言いづらく見学をお願いするつもりだった事もあり…要は断り切れなかった訳だ。
父親のトッシュさんも用事があるからと一緒に来ており、じゃあお店はどうするんだと思ったらなぜかオランさんが留守番を引き受けてくれる事となった。
オランさん曰く「お二人には大恩があるのでこのくらいは当然です」との事。じゃあついでと言う事で、カレン達が来たらこちらに来るように言付けをお願いしたのだがこちらも二つ返事でOKしてくれた。上手くいけばここで合流する事が出来るだろう。
「じゃあ先の話は…」
「うん、ここで出している栄養剤の事だね」
フローラさんのお願いとは私が先ほど飲んでいた栄養剤について、話としては簡単で栄養剤を美味しく出来ないかという相談である。
現状孤児院の運営は国からの補助があっても余裕があるとは言えず、たくさんの栄養を必要としている成長期の子供達に十分な食事を与えられていないとの事。
そこでフローラさんのお店を始めとする錬金薬店が栄養剤を納品しているのだが…どうやら子供達が飲むのを嫌がってしまうようなのだ。
「ここの子供達には絶対に必要な物なんだけど…私もあの味はちょっと遠慮したいしね」
それでも必要だからと飲ませているが、小さな子供…特に赤ちゃんなんかは吐き出してしまう事も多く、そこでフローラさんが栄養剤の改良に乗り出したようなのだが…。
「私も色々と研究してみたけど上手くいかなくて…」
「なるほど、そういう事ですか…」
同じ錬金術師としてフローラさんの悩みは私にも良く分かる、なぜなら錬金薬というのは基本的に別の何かを混ぜる事が出来ないからだ。
完成した錬金薬に別の物を混ぜると薬効が消える事があり、悪い場合では毒性が発現したりする事もあるので下手をすれば大惨事になってしまう。そもそも上手くいっても大したメリットはないので普通に考えれば誰もやらない事なのだ。
だからそんな研究をするのはきっと、余程の善人か…余程の暇人くらいだろう。
「…良かった、そういう話なら力になれそう」
「え?」
しかし彼女は運が良い、前回は私の知っている素材が出てきたし今回は私が何年も研究してきた内容そのままである。この仕事は私にとって簡単なものだし、後でいっぱいサービスしてもらっても良いかもしれない。
「美味しいの、いっぱい作ります」
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やっぱりサービスは遠慮しておこうと思う。
「うぅ…私の研究って一体…」
なぜならフローラさんのこんな姿を前に要求するほど私は鬼畜ではないからだ。
「みんなー! お姉ちゃん達にお礼を言おうねー」
「「「ありがとうございます!」」」
「はは…良かったねみんな…」
一斉にお礼を言う子供達を前にしてもその顔は晴れない。孤児院の先生もどうしたのだろうと気にしている様子だがこれに関しては同じ研究者にしか理解出来ない事だろう。
彼女がこのような状態になってしまった理由は私にある、色々研究をしているという話だったのでその結果がこれでは仕方ないかもしれないが…私だったら多分すねてるし。
「リリナさん…もう一度教えてもらっても良いかな?」
栄養剤を美味しそうに飲む子供たちを後目に若干項垂れた様子のフローラさんが問いかけて来た。
栄養剤を美味しくするために何を加えたら良いのか? これは私もかなり悩んだ事なのだが、1つ目の答えが出てからは比較的簡単に研究が進んだ。
先ほどと同じだがフローラさんにした説明はこれだけ、
「果汁を使って香草を抽出するだけです」
本当にこれだけである。
水で薄めるタイプの原液はもう少し工程が増えるのだが、あれは持ち運びが出来るようにと考えた物なのでここで出すだけならいらないだろう。
まあ正確な事を言えば分類とか組み合わせとかもうちょっと色々あるのだが、そちらは私の研究がまだ終わっていないので教える事は出来ない…ちょっとショッキングな素材を使う事もあるし。
「うぅ…やっぱり本当にそれだけなんだ。いや、横で見ていたから嘘じゃないってのは分かるんだけど…うーん…」
納得はしたくないけれど納得せざるを得ない、そんな葛藤を見せながらフローラさんは私の作った物を手に唸っている。果汁や香草を単独で用いてはいけないというのがポイントなのだが、逆を言えば気を付ける点はそのくらいしかないのだ。
さて、他のも作ろうかな。
フローラさんはしばらくあっちを眺めているだろうから私は次の準備を始める。子供たちは先の栄養剤で良いと思うが話にあった赤ちゃんの口には合わないかもしれない。
なので次に作るのは牛の乳を使ったもの、ついでに前に作ったあれも後学のためフローラさんに出してみることにしよう。
「…材料あるかな?」
孤児院の食糧庫内を物色しながら必要な物があるかを確認していく。果汁なんかは果物があれば良いし、香草も料理用に該当する品があったので問題なかった。
でも次に作る物の材料があるかはまだ確認していない、牛の乳はあるけれどもう1つはさすがに無いかもしれ…。
あ、あった、なんであるんだろ?
私が手に取ったこれはシシル草と呼ばれる…薬草の一種だ。深い緑色をしているめちゃくちゃ苦味の強い素材である。
飲み薬の材料になるのだがその味はまさに地獄、多少手を加えた程度では暖簾に腕押しであり、料理に使うなんて冒涜的な発想をしようものなら袋叩きにあうだろう。
「おや、シシル草かい?」
そんな物がどうして調理場に? と疑問を抱いていると背後から声が掛かる、トッシュさんだ。
「えと、診察は…終わったみたいですね」
トッシュさんの用事は子供たちの診察、まあお医者さんの用事となれば他に何があるんだという話ではあるが。ただ実際は健康状態の把握がメインなようで、病気の子もあまりいないので定期的な健康診断のようなものであるらしい。
「とりあえず健康な子たちはね、後は少し病気をしている子がいるからその子たちを診れば終わりだよ。…それでそれは何に使うんだい?」
「これは…」
どうやらトッシュさんは私がシシル草を手にしている事が気になるようだ。栄養剤を美味しくするために来たのにこんな物を手にしているだ、そりゃ気になるに決まっているだろう。
ほんと錬金術って不思議だよね、いくら研究しても終わりが全然見えてこないよ。
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「これは本当に飲ませても大丈夫なのですか?」
「安全は保障します。ん…うん、温度も甘さも丁度良いです」
牛の乳を用いた栄養剤、赤子に飲ませるのだからと念を押されたが私は自分で1口飲むことでこれの安全を保障する。甘さは控えめにして温度は時期が時期なので人肌よりも少し暖かく、仕上がりの口当たりも滑らかとなかなかに上手く出来たのではないだろうか。
「…分かりました、そこまでおっしゃるのであれば」
私を疑いその真偽を確かめようとする老年の院長先生、それは子供たちの命を預かる者として正しいものだと思う。長年付き合いがあるという2人ならともかく、ぽっと出の小娘が作った物を赤子に与えるなど普通は拒否すべき事だからだ。
「…ん、匂いも味も…大丈夫そうですね」
先生は私から受け取った栄養剤をスプーンに取り、匂いや味と念入りに安全性を確かめている。
それでもこうして自ら毒見を行うのは、赤子達にとってこの栄養剤が文字通りの死活問題であるからだろう。
王都がどれだけ豊かな都であろうとも住人全てが同じ生活を送れるなんて夢の国は存在しない。これは差別だとか貧富の差ではなく人の世界のルールのようなもの、それを少しでも是正していくのが王女様たち為政者の役割なのだが…まあエレノア様は頑張り過ぎなくらいに頑張っているが周囲の環境の問題もあるのだろう。
「リノちゃん、ごはんの時間ですよー」
…でも、この栄養剤だけは安心して飲んで欲しいと思う。一部の例外はあるものの錬金術師が作るのは基本的に人を助けるための薬なのだから。
「…あっ、飲んでる、リノちゃん飲んでるよ」
「すごい勢いだな、よっぽどお腹が空いていたんだろう」
「美味しそう…良かった、これでもう大丈夫だわ」
私は人体を害する薬は絶対に作らない。なぜならこの技術は私を、そして兄の命を救ってくれたものだから。これからも私が作る薬は優しく…そしてとっても美味しいものとなっていくのだ。
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「しゅわしゅわー…楽しくて美味しー」
「ほお、これはなかなか。喉を通り抜ける瞬間がなんとも心地良いな」
「錬金術とはこのような飲み物も作れるのですね」
赤ちゃんに栄養剤を飲ませた後、私はあわせて作っておいた飲み物をフローラさんとトッシュさん、孤児院の先生たちに振る舞っていた。レオンリバーに来たころに雛形が完成したものだが、あれからもずっと研究を続けてきたのだ。
「リリナさん、これの作り方も教えて貰って…良いかな?」
フローラさんには先の栄養剤の作り方を、最初の果汁での作り方と、そして牛の乳を使った物もアレンジをしないようにと厳重に言い聞かせてある。今後も子供たちには必要なものなのでフローラさんが作れるようにならないといけないからだ。
「…これは秘密です」
「や、やっぱりダメだよね。でも当然かな、先の2つのレシピだってどれだけの価値になるか分からないくらいだし…」
でもこのシュワシュワの作り方だけは絶対に教える事が出来ない。さきの牛の乳のもだがまだ研究が終わっておらず、作り方や材料を間違えるとどんな問題が発生するか分からないからだ。
「え? いえ、単に危険なので…」
特にこのシュワシュワのやつは材料がやばい、効能が消えるとか体調を崩すとかいうレベルではなく下手をすると命にかかわる危険性があった。もちろんこうして出すのは入念なチェックをしたものだが、現時点でレシピを渡すのは遠回しな殺人になりかねないので断固拒否である。
「危険…え……何を飲んだの私?」
「それは大丈夫ですよ、それは…ね…」
私の言葉を聞いてその場にいた皆が震え上がっていた。うん、洋館最奥の魔女はやっぱり適役かもしれない。




