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第120話 潜入作戦 ④

「ふふっ、照れているのかい? 遠慮する事はないんだよ」


「…いえ…私…は…」



 シアさんに顔を近づけて口説いているのはこの国の王子との事だが…さすがに強引すぎだろう。あんな風に迫る男に何十人も恋人がいるだなんて王都の女性はああいうタイプの男性を好むのだろうか?



「美しい髪だ、まるで紡いだばかりの絹糸のような手触り」


「っ!……」



 くっ、良い手は思いつかないがこれ以上は見ていられない!


 あまり感情を表に出さないシアさんだがそれでも彼の言動に怯えているのが伝わってくる。レノンさんが居ればすぐにでも間に割って入るのだろうが近くにいない今その役目は僕にあるという事だ。





「…失礼、私の連れに何かご用でしょうか?」


「おや? 君は…?」



 声に違和感を持たれるだろうがさすがに無言で連れて行く訳にはいかない。精一杯の演技で話しかけるとリック王子はようやくシアさんから意識を外してくれた。



「私の妹が何か失礼でも致しましたか? そうでなければこれ以上はおやめ下さい」


「…ふむ、何か勘違いをしておいでかな? 妹さんは僕と愛の語らいをしていただけさ、そうだろうフロイライン」


「!? い、いや…」



 シアさんの肩に手を回して抱き寄せようとするリック王子。当然抵抗しようとするシアさんだがレベル持ちの冒険者が本気で突き飛ばしたら怪我ではすまないかもしれない、何より作戦が全て台無しになるので弱々しい抵抗しか出来ないようだ。



「ほら、恥ずかしがっているだけさ」


「や…やめ…て…」






 …あ、なんかすごいイラっと来た。


 切っ掛けは何であったのか? 初日に所持金のほとんどを失った事や2日目の広場での出来事、そして手伝うこと自体はともかく女装なんて恥ずかしい真似をする羽目になった事などで自分でも気づかない内に鬱憤が溜まっていたのかもしれない。


 こいつ、何が愛の語らいだ! めちゃくちゃ怯えているじゃないか!


 それがこの王子の言動で爆発したのだ…と言えば言い訳になるだろうか? どちらにしてもこの強引なナンパをする王子の存在を見過ごすことは出来なかった。




 ドンッ!! と少し大きめの音が響く。この音を出したのは僕であり、シアさんに顔を近づけようとする王子の目の前で壁に手を叩きつけてやったのだ。



「なっ!」


「あっ…ララ…?」



 唐突な豹変に驚く王子とシアさんだが僕の鬱憤はこの程度ではまだ収まらない。シアさんの危うい反応は気になったが今はこの王子に言うべき事があるのだ。



「怯える子に迫る愛なんてあってたまるか! 貴方のやっている事はただの恫喝、その程度も理解出来ないのなら私の妹に近づくな!」



 顔を近づけ目の前で文句を叩きつけてやる。

 思わず大声を上げてしまったがさすがにここまでやれば彼も分かってくれるのではないだろうか? もしこれでも迫ってくるようだったら多少強引な手段を取らざるを得ないが。



「……美しい…」


「…は?」



 だが返ってきた反応は想定から180度ずれたものであった。



「失礼、まさかあなたのように凛々しい方がこのような場所に来ているとは。どうでしょう? 妹さんとご一緒に私のエスコートを受けていただけないでしょうか?」



 先ほどの軽薄さは鳴りを潜め、紳士的な振る舞いと共に一人称までもが変わっている。跪いて右手を差し出す姿はまさに絵物語の王子様であり、その目の前にいるお姫様は…僕はただただ困惑するばかりであった。



「な、何を言っているんですか? 私はただ妹に変な事をするなと…」


「それについては謝罪します、怖がらせてしまい本当に申し訳ない。ただ、私はどうしてもあなたをエスコートしたいのです」



 えぇ…? ほ、本気で言ってるの?


 リック王子にふざけた所はなくその態度は真面目な好青年そのものである。

 シアさんに対してはしっかりと頭を下げて謝罪し、僕をエスコートしたいと差し出された手も微かに震えている、演技や冗談にしてはあまりにも必死過ぎるのだ。



「ご存知かもしれませんか私は王太子、リック・カリーナ・ヴェルガンドと申します。よろしければあなたのお名前をお聞かせいただけないでしょうか?」


「え…と、ルルと申します」


「ルル…歌声の様に美しいあなたにぴったりの名だ」



 ひぃっ! や、やめてくれー!


 つい先ほど怒りで震えていた手が今は恐怖で震えている。

 ゾワゾワと強烈な悪寒が走る背筋には嫌な汗が浮かび、逃げろと叫ぶ本能に従いこの場から逃げ出したい衝動に駆られてしまった。



「ではルルさん、改めてエスコートを受けていただけませんか?」


「お、お断りします」


「……理由をお聞かせ頂いても?」



 理由? そんなの僕が男だからに決まっているじゃないか。と言えれば簡単なのだがそういう訳にもいかず、しかしこれだけ真面目な態度でこられるとどう断れば良いのか…あっ、そうだ!



「王子のお噂は聞いております。なんでも20人を超える女性とお付き合いをしているとか…そのような方のお誘いをお受けする事は出来ません」



 咄嗟に思いついたにしてはベストな答えかもしれない、カレンに聞いた通りの人物であれば断る理由としてどこもおかしくはないはずで…。



「分かりました、あなた以外の女性とは全て縁を切りましょう」



 だが返ってきた答えはまたしても…これはもうどうすれば良いのだろうか? いっそのこと一度誘いを受けて適当な所で切り上げるというのもありかもしれない。シアさんが一緒であれば隙を見て逃げる事だって出来るだろうし。



「そうですか、でしたら少しだけ話を…わっ!」


「お姉ちゃーーん! 何してるのー?」



 しかしそこで助け船が入った、先ほど別れたカレンがエレノア様を連れ割って入ってくれたのだ。こちらのピンチを知ってか正面から僕に抱き着きリック王子から引き離してくれたのだ。



「カレン?」


「おや、もう1人妹さんが居たのですね。それと…そちらの男性は?」



 そしてエレノア様の方はなぜか顔を逸らして何かに耐えるように口を押えている。それはまるで笑うのをこらえているかのようで…もしかして今のやり取りを聞いていたのだろうか?



「し、失礼しました王太子殿下、わ、僕は…エヴェル・カーナと、申します」



 そんな状態なのでつっかえつっかえの自己紹介となってしまう。冷静なエレノア様にしては珍しいが、やはり相手が兄である事、そしてその兄が僕に迫っているのを見た後なので動揺しているのかもしれない。



「ふむ、君はルルさんとどのような…いや、今日は引き下がりましょう。妹さんたちもご一緒のようですし横入りはマナーにも欠ける」



 だが、リック王子が何かを悟ったかのように納得したのでようやく解放されそうだ。これ以上騒ぎになると後々の行動に響くので早く切り上げてしまおう。





「ですが私は諦めませんよ、いつの日か必ずあなたを手に入れて見せますから」



 だから本当にやめてくださいよそういうのは…。




 ―――――――――――――――――――――――




「はははははっ、傑作だったねさっきのは」


「ぐっ、王女殿下ともあろう方がはしたないですよ」



 思いがけないトラブルを乗り切り、僕は今エレノア様と2人で会場を回っている。

『エヴェル』はカレンの恋人という事になったので、適度に距離を取りつつ会場内で忙しそうにしているスタッフの動向を観察していた。


 ちなみにカレンとシアさんは少しだけ休憩スペースで休んでいる。

 体調を崩したシアさんにカレンが付いているのだが、やはり慣れない場所で緊張していたシアさんには先の出来事がかなりの負担になったようである。まあシアさんの性格や年齢を考えれば無理からぬ事だが。



「ルル…歌声の様に美しいあなたにぴったりの名だ」


「もう勘弁して下さい…」



 兄妹だからか異様なまでに似ている声真似でからかってくるエレノア様、楽しそうなのは結構だが一体いつから見ていたのだろう?



「ふふっ、しばらくはこのネタで遊べそうね…でも、まさかお兄様が来ているとは思わなかったよ。メイガンの姿も一度も見ていないしやっぱりこのお茶会はどこかおかしいな」


「お兄さんが来ているという事は招待があったという事ですよね? 誰から受けたのでしょうか?」


「さあ? それは夜にでも問い詰めるとして…どうやらそろそろ動けそうだよ」





 時刻にして十四ノ刻を回った頃、会場内に見えるスタッフの数が急に減り始めた、予想していた事だが昼食の時間が終わり交代で休憩に入ったのだろう。



「…そのようですね、では急ぎましょう」



 この後は、夜まで残るお客への対応、そして後片付け等もあるのでこのタイミングを逃すともうチャンスはなさそうだ。カレン達と合流してから外に合図を送り…遂に潜入作戦本番の開始である。





 ―――――――――――――――――――――――

 カレン




「という訳でララお兄ちゃんの妹になったよ」


「…え? カ、カレン…? 急に…何を言ってる…の?」



 あ、混乱してるの可愛い。


 先の出来事から意識を逸らすために振った話題だが、急にこんな事を言われても混乱するのが普通だ。反応はちょっと可愛いが、これ以上困らせるのもあれなので私がララお兄ちゃんの妹になった経緯をシアちゃんにもしっかり説明しておく事としよう。






「そう…なんだ…」



 しかし、状況を聞いたシアちゃんは拍子抜けするくらい簡単に納得してくれた。



「ララ…確かにお兄ちゃんっぽい…し、カレンがそうしたいのなら…良いと思うよ…」


「…シアちゃんは良いの? 私がお兄…ララさんと仲良くしても?」



 ありがたくはあるが、かなり突飛な事を言っている自覚があるだけにシアちゃんが私をどんな目で見ているかと少し気になってしまう。距離もかなり近くなるし、私にその気がなくともシアちゃんとしては気になったりしないのだろうか?



「うん、だってカレン…前からそんな感じ…だったよ…?」


「え? そ、そうだった?」



 うーん、一応ある程度は距離感を保っているつもりだったけど…。


 ララお兄ちゃんも一応男性なのだからとこれまで気を付けているつもりだったが、どうやら知らず知らずのうちに距離が近くなっていたようだ。それだけララお兄ちゃんがお兄ちゃんっぽいという事なのだろうが、今後はシアちゃんのためにも少し自重して…。



「…でもさ、私ががララお兄ちゃんの妹って事はだよ、もしシアちゃんがお兄ちゃんと結婚したらシアお姉ちゃんになるのかな?」


「お姉ちゃ…け、結婚とかは…その…まだ出来ないし…」


「出来るようになったらしたい?」


「そっ…それは…」



 この可愛い妹分が可愛いお姉ちゃんになれるようお手伝いをしたいなと思う。

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