第116話 手掛かりを求め 後編
「なるほど、つまりそのお茶会の事を調べて欲しいと」
お店に着いてから半刻ほど、僕たちの説明を聞いたロックさんは一同を見渡し、そして最後にエレノア様の方を見ながらそう告げた。主に説明したのがエレノア様という事もあるが、おそらくリーダーが誰なのかを見抜いた上での言葉なのだろう。
「ああ、調べられるか?」
「そうだね、この程度なら僕が行かなくても十分かな?」
「……報酬をケチる気はない、すぐに始めてくれ」
おどける様なロックさんの口調に十分な報酬を約束するエレノア様、貴族の不正に関わる情報だ、いくら僕との約束があるとはいえタダとはいかないのだろう。
「いやいや、ララには恩があるからそれは遠慮しておくよ」
「ではなんだ? 意味ありげな態度をしてから…」
「…」
うっ……この感じ。
一瞬の沈黙から次の瞬間、ロックさんから発せられた威圧感に一瞬息が止まってしまう。隣のリリナも同様で、恐怖に引きつった表情には寒い店内にも関わらず汗が浮かんでいた。
「下がって! 私が!」
「ははっ、別に争うつもりはないよ勇者殿。ただ、エヴェル様ともあろうお方がどうしてこのような事をなさっているのかなと?」
「な!? あ、あなた…」
これは…もしかしてエレノア様の正体がバレているのか?
ロックさんへ調査依頼をするに当たってだが当然エレノア様の正体を明かしたりはしていない。ラフス・ブレグランと13日のお茶会、伝えたのはそれだけでありそもそも自己紹介すらしていないのだ。
勇者であるゆきのさんの事なら知っていてもおかしくないが、そこから伝うにしても男性冒険者である『エヴェル』とエレノア様を結び付けられるのだろうか?
「おや? もしかしてノア様とお呼びしたほうが良かったでしょうか? ははっ、どちらも良く出来ているじゃないですか」
「ちっ、嫌な奴だな。だがその問いに答えてやる義理はないぞ。腕前は認めてやるが馴れ合う気はないからな」
「そりゃそうだ、僕だってそんなのは御免だね」
な、なんか2人とも怖いな。
睨むエレノア様と受け流すロックさんという構図だが、どうもこの2人はあまり相性が良くなさそうである。片や国の重鎮、片や国の暗部、何事も正面から当たるエレノア様と闇に潜むロックさんでは合わないのかもしれないが…状況次第で仲良く出来そうな気もするけれど。
「そ、それでどうです? お茶会の情報はお願い出来ますか?」
そんな一触即発な空気に無理やり割って入る。
ゆきのさんはずっと警戒しているしリリナも怯えたままだ。さすがに本気で喧嘩はしないだろうが近くにいる人の事も考えて欲しいものである。
「……良いよ、と言うかもう調べてあるからね」
「えっ、いつの間に?」
「そんなに驚く事じゃないよ。ああいう派手な動きをする奴の動きは常に把握しているってだけさ……ほら」
だが当のロックさんは悪びれた様子もなく、そしていつの間にか手にしていた書類をテーブルの上へ置いた。ここまで来るともうどこから出したのかと驚くのも無駄かもしれない、すでに情報があると言うのならありがたく貰っておく事としよう。
「でも分からないなー、なんでララはそんなのに協力しているんだい?」
「…」
「いえ、と、とても素敵な方ですよ」
そしてエレノア様はものすごい怒気を放ちながら無言で青筋を立てている…幻像なのに。めちゃくちゃに怖いので本気でやめて欲しいと思った。
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とりあえず必要な物は手に入ったが情報が情報なので人目のない所、前に入った賭場の部屋で精査するう事となり…。
「べー」
「んべ」
何をやっているのやら…。
もう要らないからと変装を解除したエレノア様がロックさんを嘲り、彼もまた同じようにエレノア様に嘲り返していた。喧嘩は同じレベルでしか起こらないとも言うし性格は正反対ながらも上に立つもの同士似た所があるのかもしれない。
「…仲良し?」
「誰が(よ!)(だい?)……ちっ」
息ぴったりだなー。
リリナの言葉に対し示し合わせたかのような返事を返す二人は少し面白いが…ゆきのさんも呆れた目で見ているしさすがにそろそろ本題に入るべきだろう。
「えーっと…お茶会の場所はロノギアス邸、主催者はそこの当主のようですね」
1枚目には会場の場所とメイガン・ロノギアスという主催者の名前が書いてある。まったく聞き覚えのない名だがエレノア様たちは知っているだろうか?
「ロノギアス家か…繋がりはあるけれど意外な所が出たわね」
「ご存知なのですか?」
「ええ、あそこは…」
ロノギアス家はブレグラン家傘下のほぼ最下級の貴族であるとの事。歴史は長いがこれと言った功績はなく、昨今ブレグラン家の下に付くまではどの派閥にも属さない傍観者であったようだ。
「利用されているとかかな?」
「どうかしらね、結構な歳だけどあのメイガンがそんな耄碌するとは思えないわ」
どうやら名前だけでなく人となりも知っている様子である。エレノア様がそう言うのであればどんな可能性が考えられるだろう? 囮とかスパイとか? 何にしてもこれだけではまだ分からないし次の資料を見てみる事としよう。
「こっちはお茶会の詳細と…わっ、屋敷内の調査資料まであるよ」
2枚目の資料にはお茶会の情報に屋敷内の見取り図、そしてなんと光魔法で写したやたらと厳重な金庫の絵図までもが付いていたのだ。
「…罠でしょうか?」
「どうかな? 罠に見せかけた本命かも?」
「ちょっと、これの中身は調べなかったの?」
確かにこんな気になるものを見せておいて中身の情報が無いというのは困る。屋敷内にここまで入り込めるのであればそれくらい分からないのだろうか?
「自分では何もしてないのにうるさい奴だな、そいつは最近出回り始めた最新式の魔道具なんだよ。下手に触ったら大騒ぎだし、どうしても開けたかったら持ち出してぶっ壊すしか…いや、ララ、君なら開けられるんじゃないか?」
「え、僕がですか?」
開ける? この金庫を? いやさすがに無理じゃないかな。いくら魔道具だって言ってもこんな……「そうだな、ここのボタンで魔力の強弱やタイミングを調整して…同時に…? 鍵があるって事はその正解を見つければ…どうやって? 内側を調べる術は…もしかしてあれが使えるか? 内部に発現が可能?…出来ればそこから伝って…後は……ん? どうかしましたか」
ふと気が付くとエレノア様とゆきのさんが若干引き気味に、ロックさんは楽しそうに、リリナは呆れた目で僕を見ている。
「いや、なんか急にぶつぶつと気持ち悪かったから」
「え、エル! そんな風に言っちゃあ…」
「うーん、実に興味深い」
「また悪い癖が出てたよ」
どうやらまた少しだけ熱中してしまったようだ。しょうがないよね、最新式の魔道具なんて話を聞いたら触ってみたくなるのが男の子ってものだし。
「そうですね…もしかしたら開けられるかもしれません。確実に出来るとまでは言えませんが」
だが貴族の屋敷に置かれている金庫など普通は目にする事すら出来ない物だ。ロックさんのような隠密能力があるなら別だが、僕では屋敷の入り口に辿り着く事すら出来ないだろう。
つまり僕が金庫に近づくためには…。
「んー…ならやっぱりこのお茶会とやらに参加してみるしかないわね、さすがにララをこの場所まで忍び込ませるのは無理があるし」
「参加者としてなら近づきやすいって事?」
「ま、それしかないだろうね」
このお茶会とやらに参加する必要があるわけだ。
「…でもこのお茶会って兄さんじゃ参加出来ないよね?」
しかしこのお茶会、やはりと言うか当然と言うか誰でも参加出来るという訳ではないようだ。お茶会の詳細にはいくつかの参加資格が記載されており、そのいずれかを満たせば良いようなのだが…。
「ああ、僕の場合は招待がないと無理だな」
条件1.招待客である事
これは当然だな、招待されているのだから参加出来ない訳がないし。
条件2.貴族である事
これも分かる、貴族のお茶会なんだし同じ貴族が参加出来るのは普通の事だろう。
条件3.女性である事
…何だこの条件? 女性なら誰でも参加出来るって事か?
最後の条件は些か疑問を感じるものであったが、どちらにしても僕は参加出来そうになかった。
「それに関しては私に考えがあるわ」
「考えですか?」
「ええ、だからあなたは金庫を開ける事だけに注力して頂戴」
「は、はい、分かりました…」
エレノア様がそう言うのであれば僕としては信じるしかないが…なんでだろう? なんだかとてつもなく嫌な予感がする。それは苦々しい記憶が脳裏に焼き付けられているような感覚であり言うなれば羞恥、震える体が今すぐこの場から逃げろと言っているようで…。
「大丈夫よ、あなたでもちゃんと参加条件を満たせるようにするから」
それは本当に大丈夫なのだろうか?




