第99話 王都③
さてと、それじゃあ今度こそ宿に向かおう。
エレノア様との話は終わったので僕はこれから宿に寄ってから皆と観光へ向かう予定だ。少し待たせてしまっているがまだ日差しは低いので時間は十分あるだろう。
「ではエル様、僕はここで失礼します」
「ええ、明日は私も付き合うからまたその時に会いましょ」
「はい、楽しみにしています」
今日は仕事があるらしいが明日の観光にはエレノア様も参加を予定している。僕達はクリフ達の褒賞受け取るがある明後日までは暇だが、王女であるエレノア様はそうもいかないようなのだ。
その時に歌姫としての姿を見せてくれるとの事だが、あの時の歌声をまた聞ける事はとても楽しみであった。
「あら? 珍しいですねエル、こんなに早い時間からお客様ですか?」
しかし、部屋を出た所で今度はエレノア様が呼び止められる事となる。声のした方を見るとたまたま通りかかったという感じの騎士が3名おり、話しかけてきたのはその中で唯一の女性、他の2人を従えているように見える人物であった。
年の頃は僕よりも少し若く恐らくエレノア様と同じくらいだろう。重そうな鎧を身に付けていてもそれを苦にしている様子がなく、僕では良く分からないがかなり強そうに見えた。鮮やかな金髪に整った顔立ちと見目も麗しく…、
あれ? この人誰かと似ているような?
「ええ、前々から約束をしていた相手でね。アリシアは今日も朝から訓練かしら? あなたの実力ならもうそこまでしなくても十分でしょうに」
「こういうのは毎日の積み重ねが大事なのですよエル。…それで、そちらはどなたですか?」
「あ、僕は…」
そのアリシアと呼ばれた人物に視線を向けられた僕は言葉に詰まってしまう。見た目は穏やかな印象を受ける女性なのだが、どうしてか苛烈なイメージが思考を過ぎり身構えてしまったのだ。
「彼の名前はララ、あなたの故郷であるレオンリバーの魔工技師よ。まあレオンリバーに来たのは半年前だから会った事はないでしょうけれど」
「そう…ですね。 初めまして、私はアリシア・ウォーレット。レオンリバーの出身でここでは騎士隊長を任されています」
「あっ、ララです、こちらこそ初めまして。レオンリバーでは魔法薬や魔道具を扱うお店を営んで…」
ん? ウォーレット? それにアリシアって名前確か…。
「もしかして、ミゼリア様のお姉さんでしょうか?」
アリシア・ウォーレット、確かミゼリアさんが初めてお店に来たときに口にしていた名だ。
文武両道の優秀すぎる姉でありそれゆえに負けられないと意気込んでいた人物、その事を意識して見ると目の前の女性は確かにミゼリアさんと似ており、先ほど感じた苛烈なイメージもそれが理由なのだなと納得出来た。
「…え? あなた妹を知っているの?」
「はい、魔…仕事の依頼を受けた事がありましてその時に」
魔導武具の件は当人の許可なしに話すべきかと迷ったので一応伏せておく事にする。
「へー、あなたミゼリアちゃんと知り合いだったのね。仲は良いのかしら?」
「そうですね…」
仲か…うーん、魔物騒動の時に怒らせちゃったんだよね。でもいきなりそんな話をしても困らせるだけだしここは…。
「悪くはないと思いますよ。お店には何度も来てくれてますし懇意にして貰えているかと…わっ!」
しかし次の瞬間、僕の体はいつの間にか廊下の壁まで追い詰められていた。
ドンっ! という大きな音が響いた直後、僕の目の前にはアリシアさんが立っておりその右手がすぐ真横の壁に打ち付けられていたのだ。
「ララさんあなた、妹が可愛いからって手を出したりはしていないでしょうね?」
…これはあれだ、話に聞く壁ドンというやつじゃないかな? あー、でもあれは確か男性の方がやってたし違うのかな?
その行動に驚きのあまり僕は変な事を考えてしまう。
それくらいに唐突な出来事であり、僕はいつ壁際まで移動したのだろうか? なぜアリシアさんがこんな事をするのだろうかと困惑し…しかし目の前の彼女はとても怖い笑顔を僕に向けていた、いわゆる目が笑っていないというやつだ。
「いえいえ、さすがにミゼリア様に手を出したりなんて事は…」
「何ですか? あなた妹に何か不満があるとでも?」
…どう答えても駄目なやつだこれ。
「アリシアあなた、ミゼリアちゃんが可愛いのは分かるけれどちょっとシス…過保護が過ぎるんじゃないかしら?」
「あなたがそれを言いますか…。私としてはあなたにも出来る限り近づかないで欲しいと思っているのですよ?」
「ふふっ、酷い言い草ね」
確かにエレノア様の趣味…好みを考えるとミゼリアさんのようなタイプが一番危ないかもしれない、失礼かもしれないがその点だけは僕もアリシアさんの意見に同意であった。
「そ、それでは今度こそ僕は失礼します」
「ええ、長々と引き止めて悪かったわね。ゆっくりと観光を楽しんできなさい」
エレノア様が止めてくれたおかげでなんとか事なきを得たが、アリシアさんはまだ僕の事を疑いの目で見ているしシオンさんからはまるで汚物でも見るような目で睨まれている。
ミゼリアさんとはもちろんそんな関係ではないのだが言葉でいくら説明してもこの場で弁明するのは難しいだろう。エレノア様だけはなんだか同族を見るような目をしているが、僕にはそのような趣味はないとだけは明言しておこう。
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「おー! やっぱ王都は広れえな!」
「レオンリバーの約10倍って話だからね、さすがに全部は見て回れないだろうなー」
僕達はいま王都中央に設えられた高台から周囲を見下ろしている。これから王都の観光に向かうのだが、この広大な都市全てを回ることは不可能なのである程度候補を絞らなければならないからだ。
「人口も50万人以上だって聞いたよ? レオンリバーが4万人くらいだから規模が全然違うよね」
「…すごい…たくさん…」
「うう…広いし人も多い」
先ほど王城を出た僕はすぐに宿へ向かいすでに準備を終え待っていたクリフ達と合流した。荷物だけを適当に部屋へ放り込んですぐに出発となったのだが、ここまで広いとどこを回るべきなのかと迷ってしまう。
それぞれの特徴としては、
北部
王都の玄関口となっている人の流れが最も多い区画だ。当然ながら多くの商人が行きかっておりその商人と取引を行う商店が軒を連ねている。利便性を考えてか冒険者ギルドもこの区画に配置されているようで、遠目ながら人族以外の姿もちらほらと見えていた。
東部
ここは明日エレノア様と回る予定なので候補からはずれるが、劇場や医療施設、教会などがある住人が快適に生活するための施設をメインとする区画だ。中央にはかなり大きな学舎も建っており、広大な敷地内には揃いの服を着た学生の姿が多く見られた。
西部
こちらは一目見ただけでも分かる。整然と並んでいる建物は工業区画独特のものであり、この広い都市全てを賄えるだけの規模であらゆる物が製造されているようだ。職人ギルドも当然この区画に配置されており、魔道具の工房も数え切れないくらいにあるとの事。僕としては最も興味を惹かれる場所である。
南部
先ほどまで居た王城や僕たちが泊まる宿がある居住区画。王城が都市の中央寄りにそびえ立っており、その周囲から南方にかけ大小様々な家屋が数え切れないほどに建ち並んでいる。貴族が住んでいるであろう大きな屋敷もあればレオンリバーと同じでスラムとなっている箇所もあるとの事で、やはり王都と言えど誰もが裕福とはいかないようであった。
もちろんこれは大まかに分けただけでどの区画にも一通りの施設は揃っているようだが、事前に調べた情報とリオンさんからの説明だとそんな感じであるようだ。
「案内をお願いするとしたら北部かな?」
お昼までの時間で回れそうなのは1箇所くらいだがこの中で案内を頼むとしたらやはり北部1択ではないだろうか? 東部は除外、南部は観光には向かないとしても、西部の観光も楽しめるのは僕くらいなので行くなら午後からの自由行動で十分だと思う。
ちなみにロメットさんは調べ物をするとの事ですでに東区画にある王立図書館へ向かっている。少しくらい観光をしてからでもと思わなくもなかったが、別行動は最初から予定していた事なので引き止めても邪魔になるだけだろう。
「だな、こっちの冒険者ギルドにも顔を出しておきたいしそれで良いんじゃねえか?」
「私もさんせー、美味しいものもいっぱいありそうだしさ」
「うん…」
「まあ私は付いて行くだけだからどこでも良いよ」
ふむ、特に反対意見はなさそうだな。
「では、さっそく向かいますか?」
「はい、お願いしますリオンさん」
「…」
それから僕たちはお昼の時間まで北部の主要施設を見て回った。とりあえずは場所の確認がメインとなるが、冒険者ギルド以外には大きな店舗を中心に、後は帰る前に寄るだろう土産物を扱っているお店も教えて貰えた。
「そういえばリオンさん達はいつ頃からノア様のお側付きになられたのですか?」
「…正式に認められたのは8歳の頃ですが…そんな事を聞いてどうするのですか?」
「いえ、お二人とも成人もまだなのにすごいなと…思いまして…」
「そうですか、ありがとうございます」
しかし、リオンさんもシオンさんと同じで態度も口調も冷たいままである。2人と出会った覚えはないので恨まれているという事ではないと思うが…一体何が理由でここまで嫌われているのだろうか?




