6章幕間2 家族
その来客があったのはカレンさんが訪れた数日後の事。昼を回ってから数刻、お客さんも減り閉店までの時間をゆったり過ごしている時だった。
「いらっしゃ、あ、レノンさんこんにちは」
「こんにちはララさん、今はお1人ですか?」
やって来たのはレノンさん、少し歳は離れているが…まあ友人と呼ぶのが一番妥当かな? クリフたちと一緒の時以外ではあまり話をする機会はないが、こうして来てくれたという事は何か用事でもあるのかもしれない。
「いえ、ピッセルさんは少し出ていますがリリナは…まあいつも通りですね」
「ふふっ、それはララさんの事をそれだけ頼りにしているという事ですよ」
そうかなー…? あれは頼りにしていると言うより頼りっきりになってしまってると言う方が正しい気がするけど。
「…それでですね、今日はララさんのお願いしたい事がありまして」
「僕にお願いですか?」
しかし、用事があるという予想だけは正しかったようだ。
リリナにではなく僕にと言うのは意外だが、魔法薬以外で何か…でもこんなに改まって言うのだからまた以前のような依頼系の話だったりするかもしれない。
…ん?
「…パパ…どう?」
「シアさん?」
そんな会話をしていると店の入り口になぜか顔だけを覗かせたシアさんが現れる。どうしてそんな所に? という疑問が湧くのだが、なんだかもう1人誰かが居るような気配があった。
「ああ、今から頼むところだよ。 ララさん、前にミルス村で購入した灯の魔道具ですがあれをもう1つ作ってもらえないでしょうか?」
「もう1つですか?」
表に居る人物が誰なのかは気になるがとりあえずレノンさんの依頼を確認してみる。
簡単な造りなので新たに作るのは難しくないが、決して安くはないので何度も購入して貰うのは気が引けてしまう物だ。
「前の物に何か問題でも出ましたか? 修理くらいならタダで…」
「ああいえ、問題なく動いてはいるのですが、なんと言うか…問題は起きたと言えば良いのか…」
しかしレノンさんの返答はどうにも要領を得ないものであった。
前の物が壊れたか、もしくは単に二つ必要になったのかもと思ったがどうもそういう感じではなさそうだ。もしかして外に居る人物が関係しているのだろ…、
「あっ」
その時、シアさんの慌てたような声と共に1人の人物が店内に入って来た。
「へー、君が主人やシアが話してたララくんかー、思ってたよりもずっと可愛らしいわね」
入って来たのは僕よりは少し年上であろう女性だ。
見覚えのない人だが長く伸ばされた銀髪や青い瞳はシアさんと同じものであり、一目見ただけでも彼女がどういう人物なのかを察することが出来る…主人の、という言葉からもまず間違いないだろう。
「…ママ…その、もうちょっと…静かに…」
どうやらレノンさんの奥さん、シアさんの母親のようだ。
考えてみればクリフたち4人と会う機会は多いが家族の話はあまり聞いた覚えがない。特に理由がなければ改めて聞くような事でもないが、半年以上の付き合いがあっても意外と知らない事が多いのだなと思った。
「ミア、良いって言うまで待つように言ったでしょう」
「ごめんなさい、でもあれを作った人って言うから居ても立ってもいられなくて」
そう言いつつ女性は僕を観察するように見てくる。ただ、これまで値踏みするような目で見られた事は何度もあったが、この視線は似ているようで完全な別物であった。
あえて例えるのならば新しいおもちゃを与えられた子供のような感じかもしれない。これは何だろう? 面白いものなのかな? と興味を惹かれているような感じだ。
「…あの?」
「あ、ごめんなさい、自己紹介もまだだったわね。私の名前はミア、レノンの妻でシアの母です」
「えっと…始めまして、ここの店主でララと言います」
落ち着いた…のかは分からないが、ようやく自己紹介に入る事が出来た。
間近で観察されているためこちらからもよく見えるのだが、やはりと言うかシアさんとよく似ており、この積極的な行動を除けばシアさんが成長したらこんな感じじゃないかなと思った。
「あなたと、あと妹さん? には主人もシアもすごくお世話になってるって聞いているわ」
「いえそんな、お世話になっているのはこちらの方ですよ。前に僕が大怪我した時もシアさんの精霊魔法で助けて頂きましたし」
ミアさんはそんな僕に丁寧な挨拶をしてくれるが、やはりお世話になっているのはこちらの方だ。あの時だってシアさん達が居なければゆきのさんを追う事も出来なかったのだから。
「ううん、それは当然の事よ。だってあなた達兄妹がいなかったら娘は…こうして娘が元気で居られるのはあなた達のおかげだから」
…ミアさんはとても優しい人なのだろう。
包容力があるとでも言えば良いのだろうか? 小柄な身長や華奢な体躯はシアさんと同じなのだがその目線や表情からは包み込むような母性が感じられる。そんな優しい母親像を体現しているような人であった。
「それで、と、これ! これは何? なんの魔道具なの?」
「ああはい、それは…」
まあ第一声は少しアレだったし恐らくこちらが素なのだろうけど。
お店に入ってきた時と同じテンションに戻った彼女は、輝いているようにすら見えるキラキラとした目で店内に並ぶ魔道具を見始める。その勢いに気圧され説明を始めたが、結局今日は何の用事で訪れたのだろうか?
「ねえねえ、これ回路とか見せてもらっても良いかな?」
「ええそれは構いませんよ、見かたはご存知ですか?」
「大丈夫! それじゃあ少し見せて貰うわね。ほら、シアも一緒に見てみましょ」
「う、うん…」
シアさんを伴い魔道具の回路までチェックを始めたミアさん。
なんでそんな所まで? という疑問は持ったが、本人の言うとおり危なげない手つきで回路のフタを外す様は魔道具の扱いにかなり慣れた人のものであった。
「はぁ…こうなると思って黙っていたのですが…」
「どういう事ですか?」
そんなミアさん達を眺めながらレノンさんが大きなため息をつく。こうなる、と言うのはミアさんのこのテンションの事を言っているのだろうか?
「えっと、お恥ずかしながらその…妻は魔道具のマニアでして」
「…え、マニア…ですか?」
魔道具マニア、そんな人が居るという話を耳にした事はあったが実際に見るのは初めてである。なんでも色々な魔道具を使えるものから趣味の品、用途不明の物までとなんでも集めたがる人がいるという事なのだ。
決して安くはない魔道具を集めるのはそれなりのお金が掛かってしまうし、それで破産をしたなんて話も聞くので眉唾な話だなーと思っていたのだが…。
「しかも、それが高じて今はミランダ魔法具店に勤めてまして…」
ミランダ魔法具店って確かあのすごく大きいお店だったよな。
ミランダ魔法具店はこの街で最も大きな魔道具専門店だ。工房ではないので製作は行っていないが、定期的にイベントなんかも開催しておりすごく評判の良いお店だと記憶していた。
「な、なるほど、余程魔道具がお好きなんですね」
僕も魔道具は好きだけれど、ミアさんのそれとはきっと少しだけ意味が違う。
何をやりたいか、そのためにはどうすれば良いのかを研究するのが僕で。
何が出来るのか、それにどのような使い道があるかを模索するのがミアさんなのだろう。
わざわざ魔法具店に勤めるあたり魔道具に対する情熱は相当なものだと思うが、やはり少し変な人だなという印象は持ってしまった。
「あの灯の魔道具を見たら暴走するだろうと思い隠していたのですが、魔物騒動の時に仕舞っていた戸棚から落ちてしまったようで…」
「ははっ、思わぬ所で被害が出てしまったという所ですか」
レノンさん本人はやたらと恥ずかしがっているが、これはあまり重く受け止めずに笑い話で済ませてしまっても良いだろう。破産するまで魔道具を買い漁るとかなら問題だが、ミアさんはそんな風には見えないしあくまで趣味の範疇で楽しんでいるような感じであった。
「あ、そうだ、でしたら灯の魔道具だけでなく他にも何か作りましょうか?」
「えっ、ですがそれはさすがに…」
自らが手掛けた物を好きになって貰えるというのは職人にとって最上級の称賛だ。ゆえに楽しそう魔道具を見てくれるミアさんの姿は魔工技師としてとても嬉しいものである。
「これもお二人に助けて貰ったお礼という事で、それにわざわざこうして来てくださったんですから同じ物だけと言うのも…」
「良いの! じゃあじゃああれ、前に1回だけ見たことのあるあれ作れないかな!」
「わっ! ああ、びっくりした」
そんなミアさんになら何かプレゼントしても良いかなと思ったのだが…あれとはなんだろう?
「前に領主様が使っているのを見たことがあるんだけどさ、小さな箱みたいな物から涼しい風が出て来る魔道具があったの。今の時期には合わないけれどあれを作る事は出来ないかな?」
「領主様の…ああ、あれか」
ミアさんの言うあれとはどうやら街に来てすぐにベネギアさんに渡した風と氷の核を使った魔道具のようである。寒いこの季節には必要のない物だがなるほどなかなかに良い着眼点だ。
あの魔道具は僕も上手く出来た物だと思っていたのであれからも改良を施しており、新しく作り直して最近完成したものが…。
うん、丁度良いかもしれないな。
「それなら良い物がありますよ」
―――――――――――――――――――――――
「これがそうなのですか?」
「ええ、試作2号機と言ったところです」
いらないとか気に入らないと言われたらそれまでだが、とりあえず見てもらおうと自室から持ってきた新作をレノンさん達の前に出してみた。
ミアさんのお眼鏡に適うかは分からないが、本人の言う冷風が出る機能はついているし今回の物は追加で温風も出せるようになっているので寒いこの時期にもぴったりの物だと思う。
ま、追加なんて言うほど大したものではないけどね。
ベネギアさんに渡した物は氷と風の核で作られていたのだが、氷の変わりに火の核を用いるだけで温風になるので造りはそんなに難しくない。
ついでだからと1台で切り替えられるようにもしてみたが、機構そのものが単純なのでこれなら小型化もいけるんじゃないか? と考えて完成したのがこの手のひらサイズの魔道具であった。
「かわいい…」
「色合いも良いわねー」
ちなみにピッセルさんの意見を元にデザインしたので見た目も良くなったと思う。前回のようなただの四角い木箱ではなく、角を面取りして滑らかにし淡い暖色系の色で塗装もしたのだ。
「それでは使い方を説明しますね」
基本的にな使い方は前の物と同じなのだが、今回の物には切り替え機能の他にプラーナを使用した高出力モードも搭載されている。これはもちろん部屋全体に効果を及ぼすためであり、一般的な家庭であれば1部屋くらいの範囲はこのサイズでもカバー出来るはずだ。
ずっと使っているとプラーナの消費は多くなるが、この店の店舗部分くらいであれば1度の補充で丸1日は持続出来るだろう。
「すごい…領主様の持っていた物もすごかったけどこれはもう…」
「お気に召したでしょうか?」
どうやらミアさんにも気に入ってもらえたようだ。これならレノンさんとシアさんにも使って貰えるだろうし、二人へのお礼の品としても悪くないだろう。
「もちろん! でも良いの? 私の見立てだとこれ1つでもかなりの額になりそうよ」
「まあ、それなりにはなりますけど…」
ミアさんの言うとおり核を3つ使用しているので安いものではないが、他は木製であり回路と側を作り組み立てて面取りして塗装して…まあ手間はそれなりに掛かったかもしれないが手作りの贈り物としてはありなんじゃないだろうか?
「やっぱりいくらかお支払いして…」
「いえそれは…うーん、でしたら今度感想を聞かせて貰えませんか? まだ試作段階なので実際の使用感なんかが聞ければありがたいです」
「そんな事で良いの?」
「はい、そう言った話が次のアイデアになったりもしますので」
それに使用者の感想云々は思いつきだが魔道具に詳しい人の感想は実際気になる所だ。魔法具店の店員ともなればたくさんの魔道具を日常的に見ているだろうし、それと比べて自分の作品がどう評価されるのかは聞いてみたかった。
「…そう、じゃあこれは貰って行くわね。感想はまた今度、次はちゃんとしたお客として来るからまた面白い物を見せてよね♪」
―――――――――――――――――――――――
「良い人じゃない、それに…シアは特にお世話になっているみたいだし? 是非とも捕まえちゃいなさいよ」
「ママ…そういうのは…その…」
「ミア、そういう話は周りが無理に進めるものじゃないよ。何よりも2人の気持ちが大切なんだから」
「はーい、ごめんなさーい」
仲の良い家族だな…。
別れの挨拶を交わしてからも僕はしばらくレノンさん達を見送っていた。
楽しそうなミアさんと顔を赤くして恥ずかしがっている様子のシアさん、そして2人を見守るレノンさん達からはとても仲の良い雰囲気が伝わってくる。どんな話をしているかは分からないけれどそれがとてもまぶしいものに見えたのだ。
リリナの誕生日も近いし一度帰ってみようかな?
そんな3人を見ていると僕も両親の事を思い出し少しだけ顔を見たくなってしまった。
リリナが成人を迎える誕生日も近いしそれに合わせて帰るのはどうだろうか? 両親もリリナの成人を祝いたいだろうし近況報告を兼ねてというのはありかもしれない。
「うん、そうと決まれば色々と準備をしておかないとな」
ただこの計画を実行に移すとなると事前に色々な準備が必要になってくる。
まずは帰る事を手紙で報せておかないといけないし道中の船も手配が必要だ。店を長期間空ける事をギルドに相談して人を雇う必要もあるし、その間の商品も用意しておかなければならない。
ピッセルさんには負担をかけることになるし…いない間の課題も考えておかないとな。
近況報告にリリナの誕生日…そうだ! ついでにあの薬の事を改めて聞いてみよう。
忙しくなりそうだがあれこれ予定を考えているとなんだか楽しみになってきた。それにこんな機会でもなければ帰る事はなかっただろうし、後はリリナやピッセルさんに相談をしてから…。
「…リリナのやつ、絶対に面倒くさがるだろうな」
相談の前に、まずは説得が必要になるだろうなと思った。




