5章幕間4 冒険者(6)
フィン
ガギン! と耳障りな音が響く、腕の防具を犠牲にして無理やり魔物の攻撃を受け止めた音だ。
弾き飛ばされた防具は近くに転がっただけだが、この状況ではとても取りに行く余裕などなかった。
「おっと、ここから先は行かせないよ。
どうしてもって言うなら…そうだな、月並みだけど僕を倒してから行くんだね」
僕がいま魔物と戦っているのは街の北東部。
街中を流れる河沿いの北端で、背後は街の外壁、左手は家屋、右手は河、そして正面には魔物の群と逃げ場の無い場所へと追い込まれてしまっていた。
多勢に無勢って感じだね、さすがの僕もここまでかな。
内心では弱音を吐きつつも僕は迫る魔物へと剣を振るい続ける。
この腕が動かなくなる時こそが本当の最後であり、それまでの時を少しでも延ばせるように身体へと鞭を入れた…僕の後ろで震えながらも気丈に耐える子供達のためにも。
せめてこの子達だけでも逃がす事は出来ないだろうか…。
逃げ遅れたのか、それとも避難所内に魔物が現れて逃げてきたのか、偶然発見した子供達を守りながら逃走を続けていたのだが、あと一歩、河を渡れば味方に合流出来るだろうという直前に受けた奇襲によりこの場所にまで追い込まれてしまったのだ。
この場所に追い込まれた時、最初はかなり焦った。
ここを流れるレオンリバーの支流は街中を流れる河としては結構な幅があるのだが、空を飛んだり魔法を使用したりと高い戦闘能力を持つ魔物にとっては大きな障害にはならないように見えたからだ。
僕1人であればどうとでもやりようはあるが、子供達が敵の攻撃に晒されてしまえば守りようがない状況であった。
…ふむ、やはり河を避けているようだね。
しかし、理由は分からないのだが魔物たちは河の付近へ近づこうとしなかった。
地上を駆ける魔物はもちろんなのだが、空を飛ぶ魔物ですら河の上空を避けるような動きを見せているのだ。
もしかして水が苦手なのか? そんな情報は聞いていないが…まあいい、そんな事はこの子達を守り切ってからあの世で考えても遅くはないさ。
「おっと! ここから! 先は! 通さないって言ってるだろう!」
剣を振るい、魔法を放ち、それでも足りない部分は自らの体をもってカバーする。
傷を付けた魔物から散る体液も完全にはかわせず、それが触れた部分も外傷とは違う痺れとも痛みとも言えない感覚により上手く動かせなくなっていく。
残りはこれだけか…これまではなんとか耐えられたがさすがに限界だな。
懐から例の魔法薬を取り出すがもうわずかしか残っていない。
傷を負う毎に少量ずつ使用していたがここが正念場だと判断し残りをがぶがぶと雑に呷った。
途端に体中の痛みが弱まり、魔物の体液を浴びた部分の黒い痣も薄くなる。そして消耗していた魔力も、さらには重くのしかかっていた疲労感までも解消してくれたのだ。
「ふぅ…やはりこの魔法薬は規格外だな、これならまだ…もう少しは持ちこたえられそうだ!」
だがやはりこの魔物の群を突破するには僕1人の力では難しい。
せめてもう1人、背中だけでも任せられる者が居れば強行するという手段も取れるのだが…。
「おっ! なかなかやる奴がいるじゃねーか!」
だがそんな願いも空しく、現れたのは…どう考えても味方とは思えない存在だった。
「きみは…どうやら味方って訳じゃあなさそうだね」
「はっ? んなの見りゃ分かるだろーが」
見た目は普通の男性のようにも見えるのだが、普通の人間はあのように空中に浮くのは難しいし、なにより多数の魔物を引き連れている彼が味方であるはずはなかった。
あれが話に聞く敵の親玉か、情報では確かコビという名だったかな?
「…それで、その味方じゃない君が僕に何の用事だい?」
「あっ? なんか汚ねえやつが無駄な足掻きをしてやがるから見に来ただけだぜ?」
なるほどね、やはり噂どおりの人物というわけだ。 っと、危ない!
敵のトップが目の前にいるのだから可能であれば攻撃を仕掛けたいところだが、空に浮かぶ彼に対する攻撃手段は限られるし、何より目の前の魔物を置いて攻撃に転じるような余裕はどこにもなかった。
「しかしあれだな、冒険者って奴はどうしてこうも薄汚いのかね? 粗野で乱暴、優雅さの欠片もない、こんな奴らと共闘とか虫唾が走るぜ」
だが…、
「…ふっ、はははっ」
彼の侮辱を聞いた僕の口からは自然と笑い声が溢れていた。
「あっ? 何笑ってやがるんだてめえ!」
「ははははっ、いやいや済まない、別に君の事を笑った訳じゃあないんだよ」
でも僕が笑ってしまったのは魔物となりレオンリバーの敵となってしまった彼が無様だとか滑稽だとか思った訳ではない。ただ彼が、僕の事を見て汚く粗野で乱暴と評価した事が僕の美意識とあまりにも乖離していたため少しだけおかしく思っただけなのだ。
「…君があまりにも面白い事を言うものだから思わず、ね」
「馬鹿にしてんのかてめえ!!」
彼の叫びと共に4体の魔物が同時に襲いかかってくる。
これまでは単騎で攻めてくる事が多かったがやはり直接指揮を執る者がいると違うのだろうか?
「おっと、怒らせちゃったみたいだね」
そんな事を考えつつも僕は切り札である風の魔導武具を手に、プラーナだけではなく僕自身の魔力も限界まで籠め渾身に一撃を放つ。
「おぉぉぉらぁぁーーー!!!」
かなり無理のある攻撃だが4体が同時となるとまともな方法では対処しきれないと判断したのだ。下品にも聞こえる雄叫びと共に僕は迫り来る4体の魔物に強烈な斬撃を打ちつけた。
よし! 上手く当たった!
パンっ! と風魔法独特と大きな音が響き、4体の魔物は大きく弾き飛ばされる。
その4体のうち2体は上手く弱点を潰せたようで動かなくなり、残りの2体も半分になった体と大きく損傷した弱点部位が露出しておりもう脅威とはならないように見えた。
「…どうかな?」
「はっ! だからなんだってんだよ? これだけの数に囲まれてる状況で4体を倒した所でなんの意味があるって…」
僕の問いかけに対し、やはり理解出来ないとばかりに暴言を続ける彼であった…が、
「お兄ちゃんがんばれー!!」
「が、がんばってー!!」
僕の戦いを見ていた子供達からの声援が彼の言葉をかき消す。
この声を聞いているとこんな状況だと言うのに諦めようという気にならない、何が何でも戦い抜くのだと全身に力がみなぎってくるのだ。
確かに今の僕は魔物の体液を浴び装備だってぼろぼろだ。格好良いとは言えないし汚いという彼の言葉も間違ってはいないのだろう。
「どうかな? 今の僕は最高にいかしてると思わないかい?」
でも、これこそが僕の目指している美しい者が戦う姿なのだ。
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「……けっ、くだらねえ。まあてめえが死のうが生きようが知ったこっちゃねえ、好きにしやがれ」
僕の言葉を聞いたコビはそう吐き捨てて目の前から去っていった。
僕に対する興味を失ったのか、それとも…いや、彼がどう思ったのかなど今はどうでも良いことだ。
「さて、どうしたものかね?」
コビと彼が連れていた魔物は居なくなったが元から居た魔物はそのまま残っている。
つまりピンチはいまだに継続中であり、さらに無理をさせたせいか風の魔導武具の刀身がぼろぼろになってしまっていた。
これはもう修理ってレベルじゃなさそうだね。
魔工技師ではない僕でもこの武器が二度と機能しないだろう事が分かる程であり、奥の手を失った事でさらなる窮地へと追い込まれているのだ。
子供達を連れて河に…は、さすがに無茶か? でもこのままだと勝ち目はな…、
その瞬間、バアアァァーンっ!!と大きな音が響いてくる。
「な、何だ!?」
それは何かを破壊したような音であり、同時に僕を追い詰めている魔物の背後で土煙が上がっていた。
どうやら脇道から何かが吹き飛んできたようであり、その何かがそのままレオンリバーの河へと落ちて行ったようなのだ。
「まったく、この街はどうなっちまってんだか。魔物だかなんだか知らないがえらく物騒じゃねえか」
それに続くようにして響いてくる声、そして脇道から現れた人物は大柄な男性であり…それは僕にとってはあまりにも意外すぎる人物であった。
「お前…ギラン!」
ギラン、彼は僕と同時期に冒険者ギルドに入った冒険者…元冒険者だ。
ライバルのような関係ではあったがお互い上級の冒険者を目指しておりPTを組んで依頼をこなした事もある、そんな間柄であった。詳しい理由は知らないが何かの仕事を失敗した事で冒険者を辞めたとだけは聞いていたのだが…。
「あ?…って、フィンかよお前!」
「はは、そんな露骨に嫌そうな顔をしないでくれよ。共に上級を目指した戦友じゃないか」
「誰が戦友だアホ! てめえとそんな仲になった覚えはねーよ!」
僕の軽口に応えてくれる彼はあの頃とあまり変わっていないように見えた。
噂では東区画を根城にしている者達と行動を共にしていると聞いていたが、どうやら本質的な部分は僕の記憶にある粗野でぶっきらぼうな彼そのままのようだ。
でもなんでこんな所にいるんだ? …いや、そんな事はどうでも良い、今はそれよりも彼の力が必要だ。
「相変わらずだな君は。ならそうだね、冒険者らしく依頼をするから助けてもらえないかな? さすがにこの数は僕1人じゃ無理そうだからさ」
「…ちっ、いいだろう、俺としても街中にこんなのがうろつかれちゃたまらねえ」
彼が一緒に戦ってくれればこの窮地を脱する事も可能、前方だけに集中出来るのであれば橋を渡り中央区へ逃げ込むくらいまでは十分に戦える事だろう。
ははっ、ちょっと楽しくなってきちゃったな。
ただ、こんな状況下だと言うのに僕は少しだけ楽しいな、と感じていた。
久しぶりに彼に出会えたからか、それともこの窮地に最高の援軍として来てくれたからか、
「じゃあ商談成立って事で」
「とりあえず酒は奢れ! とびっきりのやつをよ!」
「ああ、今日と言う日を生き延びられたらいくらでも」
どうやら僕は彼の事を案外気に入っていたようだった。




