第12話 軍
魔物による被害があってから4日後の夕刻前。
「おい、ララ、領主の軍が到着したみたいだぞ!」
「えっ、もう来たの!?いくらなんでも早すぎじゃない?」
「ああ、俺も驚いたよ。
全員揃ってってわけじゃないが徐々に増えていってるぞ」
なるほど…ここから街までは馬車で1日くらいとは言え大人数で行動すればその分時間がかかる。
全員同時には馬車に乗れないだろうしね。
ならばいっその事現地集合という形を取ってしまえば結果として早くなるという事だろう。
まあ道中に危険が無い事が前提となるが今回の様な近場への行軍なら問題も無かったのだろう。
だが…それを差し引いても早すぎる気はした。
ビレムさんが魔物の報告に向かったのが4日前だ、仮にその翌日からすぐに準備が始まったとしても準備帰還は1日しかない事になる。
森と山の捜索だけなので人数はおそらく200人にもならないが兵への通達から兵站の準備までを含めて1日で終わるものなのだろうか?
「まあ少し気になるけど早く来てくれた事はありがたいね」
「だな、捜索は明日からになるだろうけど早めに解決して欲しいところだ」
村の中央の様子を伺うと、今も続々と軍の人間だと思われる人たちが増えていっている。
今は30人くらいかな?
部隊のトップだと思わえる男性がビレムさんと話をしつつ今日の宿泊場所の指示を出しているようだった。
「よっララ、ハンス、久しぶり…でもないか?あれからまだ半月も経ってないしな」
「クリフ!お前来てくれたんだな!」
軍の様子を見ていると横から声がかかった。
そこに居たのは先日助けてもらったばかりのクリフだった。
「私もいるよー」
「あ、カレンさんも来てくれたんですね」
クリフの隣にはカレンさんも居た。
半月も経っていないのだから当たり前だが、以前と変わらない二人の姿が僕には嬉しかった。
二人が居るって事はレノンさんとシアさんもいるのかな?と思ったが、そんな僕の様子に気付きクリフが、
「あー、今回レノンとシアは来てねえんだ。
二人はちょっと…まあ用事があって来れなかったんだ」と教えてくれた。
ふむ…レノンさんはシアさんの事を大切な存在だと言っていたし…何かあるのかもしれないな。
「それにしてもまた来てくれるとは思わなかったよ。
今回の依頼は軍も絡んでるから冒険者の参加は難しかったんじゃない?」
「確かにな、連携を取れないって事で軍のやつらも俺らの参加を渋っていたぜ。
まあ最終的には森へ入らず村の警護だけって事で納得してたがな」
「なるほどね、じゃあ二人は村を守ってくれるってことか」
「そゆこと、その分報酬は少なくなっちゃったけど参加者はそれなりに居るみたいだよ」
どうやらクリフ達以外にも冒険者の参加者がいるみたいだ。
どんな人達かは分からないがクリフ達みたいな気の良い人達だったら良いな。
「っと、そろそろ行かないとな」
「もうか?」
「ああ、別行動になるとは言え一応はあの部隊の所属って事になってるからな。
今回の隊長さん、悪い人じゃないんだがちょっとおっかない人なんだよ」
そう言ってビレムさんと話をしている男性に視線を向けた。
やっぱりあの人が隊長さんか。
周囲に人間に対しててきぱきと指示を出しているが…若干焦っているようにも見えるな。
「それじゃ明日はしっかりと守ってあげるから家から出ないように気を付けてね」
「はい、お願いします。
あ、そうだ、魔物の事で二人に伝えておきたいことがあるんだ」
「ん、なんだ?」
「僕たちが森に捜索に行った時の事ですが、人間をわざと生かしたまま罠に使っていました。
もしかしたら人間よりも頭が良い個体がいるかもしれないので十分に注意してください」
「分かった、十分に気を付ける事にするよ」
クリフとカレンさんは真剣な顔で頷いてから部隊の方へ駆けて行った。
中央の広場には今も続々と人が増えていっている。
明日には大規模な捜索が行われ問題の解決に入る事だろう。
不安もあるが、僕に出来ることは彼らの事を信じてあげる事くらいだろう。
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翌日早朝
僕は部隊の様子が気になったので家の中から様子を伺っていた。
森の入り口は店のすぐ近くにあるので中からでも話を聞く事が出来そうだった。
森の入り口に集まった部隊の人間は全部で200人はいないくらいだろうか?
思っていたよりは若干少ないがこの人数でも問題無いのかもしれない。
整列した部隊員を前に隊長だと言われていた人が今回の作成についての説明をしてくれるようだった。
「注目!私が今回の作戦の指揮を行うガーネリフだ。
時間はあまりないから手短に説明するが今回の作戦目標は魔物を生み出している核、魔核の封印になる。
発見した場合はすぐに本部に通達してくれ、封印処理班が現場へ向かい封印処理を行う」
魔物を生み出す核?そんなものが…ミリアさんの言っていた悪意の塊の事だろうか?
「捜索部隊の内訳は私が本体の60を率いて森北部から山に向けて捜索を行う。
北東部と北西部の分隊はそれぞれ30名ずつとしコビとレオーネが担当する」
名前を呼ばれてそれぞれ男性と女性が一歩前に出た
コビと呼ばれた男性は…こう言ってはなんだが特徴がまったくなかった。
30歳前後くらいの見た目をしておりやややせ型の体形で、話す機会がなければ明日の朝には忘れていそうなくらいだった。
もう一人のレオーネと呼ばれていた女性は、逆に印象に残りやすい人だった。
歳は多分25、6くらいだろうか? 身長は女性にしてはけっこう高いがリリナよりは低い。
髪を後ろできっちりとまとめており気が強そうなその表情からは真面目な人なんだろうという印象を受けた。
「細かな指示は分隊長か班長に確認すること。
作戦の開始は分隊長に指示を出すのでそれまでに各々準備を済ませておいてくれ。
説明は以上だが何か意見や質問があるものはいるか?」
「はい!」
説明を終えて意見や質問を確認したところ声が上がった。
挙手していたのは意外な事にクリフだった。
「冒険者か…良いだろう、なんだ?」
「はい! 俺たちは以前この森で魔物討伐を行いました。
その時に得た情報を伝えておこうと思います」
「聞こう」
「はい、まずは魔物の弱点ですが体のどこかに触手状の器官があります。
ここの根本を潰せば魔物は倒せるようでした。
逆にここを残してしまうと心臓や頭を完全に潰しても襲ってきます。
魔物と相対する時は必ず触手の根本を狙ってください。
あと魔物はかなり知能の高い生物です。
罠を張りこちらを待ち伏せている可能性があるので獣だからと侮らないようにしてください」
「ふむ…皆聞いての通りだ、魔物を通常の獣や怪物とは思うな!
3人1組の基本を守り迅速に行動してくれ。
他にはないか?……よし!では作戦開始まで最後の準備に入ってくれ!」
その言葉で各々自分の持ち場へと散って行った。
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部隊長と名乗っていたガーネリフさんは森の入り口前へ、今すぐにでも突入したそうにしていたがやはり焦り過ぎのような気がする。
分隊長のコビさんは少し離れた位置で自分の隊の人と話し合いをしているようだ。
そしてもう一人のレオーネさんはうちの店のすぐ前に陣取って最終確認を行っていたのだが、なんだか隊員の人から文句が出ているようだった。
「レオーネ隊長! 魔法薬が支給されないというのはどういう事ですか!」
「そうですよ! こんな危険な任務で魔法薬が無いなんて無茶苦茶だ!」
「部隊長が決めた事だ。
今回の討伐は急ぐ必要があるから魔法薬の準備が間に合わなかったのだ」
その言葉に「そんな…」とか「なんで…」という言葉が出ていた。
「私も何度も進言した、時間がかかってでも準備をするべきだと。
だが聞き入れては貰えなかった…魔物の増殖が加速してしまうと手に負えなくなるとの事だ。
……なので数は少ないが私が個人的に用意をしたこれで我慢してくれ」
荷物から薬瓶を取り出したが数は2本しかなかった。
それを見て隊員たちは、
「2本だけか…」「でも無いよりはましか…」「攻撃を受けてもその場での回復は無理ってことか…」
と様々な意見があるが安心とは程遠いものだった。
「どこかで魔法薬を調達出来ないのですか?」
「そう言われてもだな…こんな村では…ん?
おいそこの冒険者! お前さっきこの森で魔物の討伐を行ったと言ってたな?」
「はい!? 俺ですか?」
村の警固に当たっているクリフがたまたま通りがかった所、分隊長さんに捕まっていた。
けっこうな剣幕だったのでクリフもたじたじの態だった
「お前はこの村で魔法薬を扱っているような所を知らないか? とにかく急ぎで数が欲しい」
「え…えっと…薬を扱ってる所って事で良いですよね? それなら分隊長さんの後ろに…」
その言葉で分隊長さんはくるっと振り返った。
あっ、目が合っちゃった…
窓からずっと覗いていたのがばれてしまい慌てて部屋の奥に逃げたが遅すぎだろう。
すぐに店の扉がノックされてしまった。
無視するわけにもいかないので扉を開けるとそこには貼り付けたような笑顔のレオーネ分隊長がいた。
「お邪魔しても良いかな?」
めっちゃ怖かった。
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「話を聞いていたのだろう?さっそくだが魔法薬を用意出来ないか?」
店に入ってくるなりさっそく問い詰められた。
まあ確かに話は聞いていたし僕が全面的に悪いのだから仕方ないのだろうけど。
「すみません…
魔法薬ですね。
用意出来ない事はないですが品質には期待しないで下さいよ。
数はどれくらい必要ですか?」
「隊員分で30本用意して欲しい。
品質と言うがそんなに違いが出る物なのか?」
他の隊員も興味があるのか店の中に入ってきて色々と見ていた。
「それは違いますよ。
街で扱っているのは多分プリム草で作られた魔法薬ですよね?」
「うむ確かに買う時もそんな名前を聞いた気がする」
「高級品ってわけでは無いですがうちの店で扱うには少々値段が高すぎますからね。
うちの商品は基本ポポの草で作られたものですよ。
なので魔法薬を作る材料もそれしかありません」
「ポポの草?聞いた事がない名前だな、珍しい物なのか?」
「隊長、ポポの草っていったらそこいらの雑草と同じですよ。
この村に来るまでだってたくさん生えてましたし」
隊員の1人がはてな顔のレオーネさんに教えてあげていた。
ポポの草の名前を知ってるなんて珍しいな。
大抵は雑草と同じ扱いで興味すら持たれないのに。
「雑草って…それは本当に使える物なのか?」
「プリム草と比べると微々たるものですが一応薬効はありますよ。
今用意出来るのはそれくらいしかありませんがどうしますか?」
「うーむ…いや、それで構わない、30本急ぎで用意してくれ」
「分かりました、それではさっそく準備をしますので少々お待ちください」
魔法薬、うちの店では需要がないので作らないが錬金術において最も多く作られている薬だろう。
外傷に効果があるものが主流でこれを飲むだけでたちどころに傷が治ってしまうという代物だ。
人間の自然治癒能力を無視したその効果は絶大だが、反面使用すると極端に体力を消耗してしまうという欠点もあった。
まあ無理やり傷を治しているんだ、当然と言えば当然だろう。
とりあえず魔法薬の作成はリリナに頼もう、急な仕事ではあるがリリナなら問題ないだろう。
薬効の抽出だけなら僕がやっても大差ないが、そこから薬を仕上げるまでの過程でかなりの差が出てしまうのだ。
「おーいリリナ!仕事だぞ…っと着替え中だったのかすまん」
確認をせずにドアを開けたせいで着替え中のリリナの部屋に入ってしまった。
「ん?別に良いよ、で、仕事って何?」
リリナは特に気にした様子もなく着替えを続けている。
気を遣い過ぎなのだろうか?まあ本人が気にしないというのだから別に良いのだろう。
そのまま着替えを続けるリリナに今回の仕事を説明してやる事にした。
「ポポの魔法薬を30本作ってくれ、急ぎになるが大丈夫か?」
「魔法薬か…リッツの実の在庫はある?」
「ああ、ほとんど使わないからいくらでもあるぞ」
リッツの実とは魔法薬を作る際に使用する物の1種だ、うちでは傷薬を作る時に少量使用する程度なので大量の在庫があった。
これを粉末状にした物と抽出液を混ぜ合わせ、最後に魔力を込めた物が魔法薬となる。
後は魔力が抜けないように専用の薬瓶にいれてやれば完成だ。
「じゃあ兄さんはリッツの粉末を作っておいて、後は私がやるから」
「はいよ」
僕と着替えを終えたリリナはさっそく作業に入った。
とは言っても僕のする作業はリッツの実を砕いてからすり鉢で粉にするくらいだ。
大して手間はかからないので久しぶりにリリナの作業を見させてもらおう。
「なんか見られてるとやりにくいんだけど…」
と恥ずかしそうにしていたがそれは普通着替えの時に言うセリフじゃないのかね?
リリナの作業は以前見た時よりもさらに磨きが掛かっている気がした。
材料を混ぜ合わせてから魔力を込める。
ただそれだけの作業なのに洗練されたプロの仕事に見えた。
魔力を込める作業も両手で2本同時にやっており、僕との腕前の違いがこんなところからも窺えた。
「ん?リリナ、それは何を混ぜてるんだ?」
しばらく作業を見ていたら、抽出液とリッツの粉末の他に見慣れない液体を混ぜている事に気付いた。
「これ? うーん、何って聞かれると困るんだけど…、
まあ美味しくなる薬ってとこかな、ついでに体力回復の効果もあるけどね。
こういうの入れておかないと水を飲んでるみたいで味気ないじゃん?」
ついでの部分が逆じゃないか? と思ったが体力を回復出来るというのは画期的な物に思えた。
体力を消耗するのが当たり前の魔法薬に体力回復効果を付与出来るならノーリスクで使う事が出来る。
「味っておまえ…魔法薬を使うような状況で普通味なんか気にしないだろ。
体力回復が出来るって点はすごく良いと思うがな」
「えー、美味しい方が絶対良いって」
そりゃそうかもしれないが…錬金に関することだとリリナの感覚はやっぱりどこかおかしい。
だがこうして話しながらも30本を20分程で仕上げてしまうリリナはやはり優秀なのかもしれない。
「はい完成、抽出液をそのまま使っているからそれなりな値段にしておいてよ」
「急ぎで作らせたしな、ちょっと吹っ掛けてみるよ」
「ほどほどにね」
30本の魔法薬を箱に詰めてから店に戻ることにする。
リリナはまだこれからやる事があると言っていたが何をするんだろうな…そういえばこの時間に起きていたことも珍しいな。
店に戻ってくるとさっそくレオーネさんから声が掛かった。
「どうだ?1本でも2本でも良いから準備は出来たか?」
「えっ?あ、はい、30本完成しましたのでどうぞ…こちらです」
僕が箱を手渡すと、受け取りつつもえっ?えっ?という表情で僕と箱を交互に見ていた。
「なんと、もう全部完成したと言うのか!…私は錬金には詳しくないのだが魔法薬というのはそんな簡単に出来る物なのか?」
「一番時間のかかる材料はストックがありましたので、それにうちの錬金術師は腕が良いですから」
「そうか…だが早く準備出来たのはありがたい、代金はいかほどだ?」
さて、いくらと言おうか。
材料費と薬瓶代で原価は大銅貨1枚くらいかな?
リリナが使っていた謎の薬の価値は分からないがそんな高い物ではないだろう。
これに工賃やら急な仕事であった事を加味していくら上乗せするかだが……
「それでは1本大銅貨4枚でどうでしょうか?」
ちょっと高めに設定してみたがどうだろうか? 急ぎの仕事だったしこれくらい取っても良いかと思うが。
「まて、大銅貨4枚だと、これは本当に効果のある魔法薬なのか?」
ん?どういう意味だ?別に変な品は渡していないが。
「すみません、おっしゃっている意味がよく…。
ポポの草で作った物ですが間違いなく魔法薬ですよ」
「だが魔法薬にしてはいささか安すぎないか? 私が街で買ってきたこの薬は1本で銀貨2枚もしたのだぞ」
高っ! 魔法薬ってそんなにするものなの!? プリム草で作ったにしてもぼったくりすぎだろ…。
「すみません、プリム草で作られた物がそんなに高価な物だとは知りませんでした。
ですがこちらの魔法薬は大銅貨4枚で大丈夫です。
効果に不安があるようでしたら支払いは使ってみてからでも良いですよ」
「そうか…分かった、それで頼む。
どちらにしろ今から他の物を用意する時間は無い。
お前の言葉を信じてこれを使わせて貰おう」
「はい、ありがとうございます」
レオーネさんはようやく納得したようで商品を受け取った。
魔法薬を渡された隊員は少し不安そうな顔をしていたが何も無いよりはましだろうといった感じで懐にしまっていた。
「そうだ、まだ名前を聞いていなかったな。
私の名はレオーネ、知っているだろうが今回魔物の討伐に来た領主軍の者だ」
「あっ、これはどうも、僕の名前はララと言います。
この村で道具屋を営んでいますが錬金術や道具修理等も請け負っています」
「ララか、存外可愛らしい名前をしているのだな…。
いや失礼、世話になったな。
また機会があればよろしく頼む」
その後、出発の時間になったのか大きく3隊に分かれた軍の人達は一斉に森へと入って行った。
あれだけの人数が居れば大丈夫だとは思うが、相手の数や能力が未知数である以上万が一の事態は考えておいたほうが良いだろう。
森から魔物が出て来てしまった場合うちの店は森の入口の近くなのでもっとも危険だ。
クリフ達に守ってもらうだけじゃなく出来る範囲での対策だけはしておこう。




