第11話 大禍
村で死者がでた。
事の発端は一人の行方不明者だった。
行方不明者の名前はネロ。
家族の話によると朝方狩りに出たまま暗くなっても帰って来ないという話だったので、すぐに捜索隊が結成され僕とハンスも参加する事となった。
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これは…。
捜索中、その異変に最初に気付いたのは僕だった。
森の北側を捜索中、以前嗅いだ事のある異臭と共に同じく以前受けた事のある異質な魔力の波動を感じた。
この時点で魔物の存在を確信していた為すぐに引き上げるように進言した。
だがネロさんの発見を優先したリーダー、アルフさんは事もあろうにその場所を捜索すると言い出したのだ。
「あんなガキどもでも討伐出来たんだぞ、この人数で何を怖がる必要があるんだ?」
僕とハンスはもちろん反対した。
危険すぎる、冒険者か軍の人間に頼んだ方が良い、そう説得したのだが聞き入れてはもらえなかった。
直接魔物の脅威を感じていないからか村人の大半は未だに魔物の事をただの獣か何かだと思っている節がある。
大金をはたいて冒険者に依頼をした事を快く思っておらず、自分達だけで退治してしまおうという考えを持つ人もいた。
山に向かってしばらく歩いているとその途中でネロさんは発見された。
何かを引きずったような血の跡があり、それをたどって行った先に居たのだ。
ネロさんが居たのは周りに草木の少ない小高い丘がある場所で、その中央で血まみれのボロボロになった状態で倒れていた。
奇跡的に息はあるようだったがその姿に僕は違和感を覚えた。
おかしい、あの足でここまで来たのか?
這って来たにしてもけっこうな距離があるぞ?
それに…こんな身を隠す場所も無い所にわざわざ来たのか?
様々な疑問が浮かび、それと同時に周囲から漂う異様な魔力が高まった気がした。
「アルフさんこれは罠です、近づくのはまずい」
「罠だと、何を馬鹿な事言っとる。
それよりも早く助けてやらんと命にかかわるぞ」
再度危険を訴えたがやはり取り合って貰えない。
くそっ!あんなにあからさまなのに分からないのか!
「ハンス、これは罠だ。
ネロさんを助けるのは僕らには無理だ」
「ああ、俺も同感だ。
さっきから周りの空気がやばい感じだし間違いなくいるぜ」
「これは1体だけじゃないかも、囲まれたら終わりだ。
すぐに逃げられるように準備だけはしておいて」
ハンスにそう伝えてから僕たちは捜索隊の後方ですぐに逃げられる態勢をとった。
アルフさんはすぐに治療を開始しようとしたが、ネロさんが何かを言おうとしている事に気付いたようだ。
「しゃべるんじゃない!手当が終わるまでは安静に「わ…な……に…げ」
その瞬間、周囲に漂っていた魔力が一気に膨れ上がった。
あの時感じた魔物の脅威、それも1体ではなく複数の気配が感じられた。
「罠だ!!逃げろ!」
叫ぶと同時に駆けだした。
これで少しでも逃げてくれれば…と振り返ったが、予想していた僕とハンス以外は戸惑うばかりですぐには動けないようだった。
丘から飛び出してきた影は4つ。
狼の姿をしたものが2体、鹿と猪のものがそれぞれ1体ずつだ。
どれも一見すると普通の獣のようにも見えるが明らかに普通ではない部分があった。
頭部、腹部、背中、場所は様々だったが気味の悪い触手状のものが蠢いているのが見えた。
「あれが…魔物…」
初めて見るその姿に恐怖を感じたが、同時に不謹慎な興味も抱いてしまった。
「なんだこいぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「助けてくれええええぇぇぇ!!」
「嫌だああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
アルフさんを含む襲われた4人の悲鳴が聞こえたがここで足を止めるわけにはいかない。
止まってしまえば恐怖で動けなくなるかもしれないしそうなればもう助からないだろう。
今は1秒でも早くこの森から抜ける事だけを考えるんだ!
ひたすら森を走り続けていたが気がつくと森の入り口が見えてきた。
山の麓からだとけっこう距離があったはずだが疲れを感じることもなくここまで走る事が出来た。
ハンスは僕よりも足が速いのでもう森を抜けただろうか?そんな事を考えた時。
「うわっ!!なん!?あっ…やめろ…やめてくぎゃああああぁぁぁぁ!!」
後方から悲鳴が上がった。
後ろの様子を見てみると3人の捜索隊メンバーが走って来ているのが見えた。
皆悲鳴などどうでも良いと言わんばかりの必死の形相で走っている。
今のは逃げてきた残りの4人のうち1人が捕まったのだろう、気の毒だが他人の事を気遣ってやれるような余裕はなかった。
自分が助かる為に今はひたすら走る、走る、走る、そして…森を抜けた。
「ララ!無事か!!」
「はぁはぁ、ハンス、はぁはぁはぁ、大丈夫、はぁはぁ、ではないけど、はぁはぁ、なんとか生きてるよ。
はぁ、早くここから離れよう」
森を抜けた所でハンスが待っていてくれた。
僕は呼吸を整えるので必死だったがここも安全であるとは言い切れないので早めに離れたかった。
他のメンバーの様子を確認すると後ろを走っていた3人はどうやら森を抜けることが出来たようだ。
僕と同じように息を切らせているが大きなケガは無いようだった。
魔物はやはり森の外までは追って来ないようでしばらくすると周囲に漂っていた異質な魔力も消えていった。
だが他のメンバーと行方不明だったネロさん、彼らが戻って来ることは二度となかった。
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今回の出来事はすぐにビレムさんに報告された。
亡くなった6人の遺族にも連絡がなされ、集会所には大勢の人間が詰めかけていた。
「冒険者が退治したんじゃなかったのか!」
「何が安全になっただ!」
「夫を…息子を返して下さい…」
遺族の人達は口々にビレムさんを責めていたが、その矛先は僕にも向いていた。
「何でお前みたいなよそ者が生き残って私の夫が殺されなきゃならないのよ!」
「お前が代わりに死ねばよかったのに」
他の生存者それぞれの家族に囲まれて生還を喜ばれていたがよそ者の僕が生き残った事は遺族にとって不快な事だったようだ。
ハンスは済まなそうにしていたが僕を庇う事は出来ない。
それをすればハンスの家族にまで迷惑をかけ、最悪ハンス達までこの村に住めなくなってしまう。
それに僕はこの非難は当然の事だと思っていた。
実際僕は彼らを囮にして逃げたのだ。
先にハンスと二人で逃げても森を抜けるまでに捕まっただろう、もちろん遅すぎても同じだ。
僕が生き残る為には4人が襲われたあのタイミングで逃げるしかなかったのだ。
同じ村の住人とは言っても顔や名前を知っているという程度の関係だ。
命をかけてまで守りたいと思えるような相手ではないし僕だって簡単に死にたくはない。
父さんや母さん、リリナを悲しませたくないし僕自身まだまだやりたいことが沢山あるのだ。
どれだけの非難を受ける事になったとしてもこんな所で命を落としたくはなかった。
「ララちゃん、あなたは悪くないわ」
「ミリアさん…」
僕と遺族との間に入ってくれたのはミリアさんだった。
「他の4人に聞いたわよ、あなたは何度も危険を訴えてくれていたのにあの子が…アルフが聞き入れなかった事。
あなたはちゃんと皆の命を助ける為に頑張っていたのだから悪いことなんてないのよ」
その言葉を聞いて遺族の人達もようやく落ち着きを取り戻してきた。
ミリアさんの説明で一応は納得出来たのか、それともミリアさんには反論出来なかっただけなのかは分からないが、それ以降こちらを責めるような事はしなかった。
「ごめんなさいね、皆もララちゃんが悪いわけじゃない事は分かっていると思うの。
ただやり場のない怒りや悲しみをぶつけるしかなかったのよ。
それにあの子も…アルフも悪い子じゃないのよ。
ただちょっと頑固で周りの事が見えていなかっただけなのよ」
「はい…」
それは僕にも分かってはいた。
アルフさんは僕の言葉を聞いてくれなかったが、行方不明だったネロさんを助けようと頑張っていたにすぎない。
それを止めようとする僕の言葉を聞き入れられなかったのは魔物の脅威を知らなかったからだ。
「私が悪いのよ…あの子達にもちゃんと魔物は怖いものなんだって…決して近づいてはダメだって、そう教えてあげていれば良かったのよ…」
「そんな、ミリアさんは何も悪く…」
泣き崩れてしまったミリアさんに声をかけようとしたが、それ以上の言葉が僕の口から出ることはなかった。
僕にとってアルフさん達は同じ村の住人でしかないが、ミリアさんにとっては生まれた頃から知っている家族に近い存在なのだろう。
両親を魔物に殺され、そしてまた大事な存在を失ってしまったミリアさんの気持ちを理解出来ない僕では、慰めの言葉を掛ける事すら出来なかった。
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魔物の討伐についてはビレムさんがすぐに街へ向かった。
今回確認出来たのは4体だったが他にいないという保証もないので大がかりな討伐作戦になるだろう。
街の領主もさすがに事態を重く見たようで常駐している軍の人間を派遣することを約束してくれた。
冒険者ギルドにも一応依頼をかけたが、大規模な作戦と言う事もあり軍と連携のとれない冒険者の参加は無いかもしれない。
討伐とその後の調査が終わるまでは当然森へ入る事は禁止された。
もっとも6人も死者がでたのだ、禁止されていなくても入ろうと思う人間なんていないだろう。
「ほんとどうしちまったのかねこの村は。
つい一ヵ月前までは平凡な村だったはずなんだが」
いつも明るいハンスですら最近は笑顔をほとんど見せなくなってしまっている。
村全体が暗い雰囲気に覆われており村人同士の関係も良いとは言えない状態だった。
「うん…魔物が現れてから一気におかしくなっちゃったね…。
ミリアさんの言っていた通り魔物は悪意を取り込んだもの…という事なのかな?
近くに居るってだけでこんなにも皆の心が荒んでしまってるんだから」
確証はないがそういう事もありそうだ。
シアさんの治療の時にも感じたがあんな悪意に晒され続けたらまともな人間は正気を保てないだろう。
あの時ほど近くで感じているわけではないが少しずつ影響が出ているのかもしれない。
「クリフ達…また来るかね?」
「どうかな…。
今回は前より危険だと思うし来てくれない方が僕としては安心かな」
「まあ…そうかもしれないな。
軍の人間が来るって話だ。
そっちに任せておいたほうが良いんだろーな」
あの頼もしかったクリフ達が来てくれれば僕たちとしては心強くはある。
だがあの4人に危険な事をして欲しくないという気持ちも僕にはあった。
冒険者をやっている人間に対して思う事ではないのだろうが今回は一冒険者が相手にするような類の問題ではないように思えた。
無力な僕達に出来ることはせいぜい森の入り口を見張っている事くらいだ。
そしてこの事態が早く収まってくれるように、これ以上の犠牲が出ないように、祈る事しか出来なかった。




