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EX12 ミゼリア・ウォーレット(4)後編

 ミゼリア




 これでひとまず大丈夫かしら?


 確認された敵の集団は10数匹程度のもので、それ以上の人数で連携を取っている私たちの敵ではなかった。


 建物の中とは違い動きを制限される事もなく、視界も開けていた事もあって屋内よりも戦いやすい。

 死角になるような場所もほとんどないので魔導士にとっては最高の条件だと言えた。



「よしっ! 次の敵は…」



 バキッ! バリバリバリッ! ガシャーン!!


 しかし、まだ残っている敵へと意識を向けかけた私の耳に、何かが折れる音、何かが裂ける音、そしてガラスのようなものが大量に割れる音が聞こえてきた。

 


「な、なんの音!?」



 避難所内から聞こえてきたであろうその音に慌てて中の様子を確認する。

 音からして何かしらが破壊された事は察せるが、問題となるのはそれが発生した原因だ。


 あれは…やっぱり魔物か! 天井を破ってきたの!?


 見れば避難所の一角、お店で言うカウンターの内側辺りに魔物の集団が確認出来た。

 天井を破り降りて来たのだと思うが、おそらく空調や換気の構造上あそこだけ他の部分より脆かったのだろう。



「くっ、数が多い!」



 落ちてきた魔物の数はおおよそ10体ほど。屋根の上にも魔物の存在は確認していたが、位置的に下からでは見えにくかった為あそこまで数が多いとは思っていなかった。

 今はまだ落ちてきた衝撃で混乱しているようだが、あの数が動きだしたら避難所内の人員では手が足りないし、そもそも1体1体相手にしていたらとてもではないが避難者を守り切る事は出来ないだろう。


 …いや、あそこなら!


 でもそこで私は気が付いた、あのカウンターの位置は味方からも離れており、あの場所には今魔物の姿しか見えない事に。


 ばらけていない今がチャンス!


 それに気が付いた私はすぐに魔法の準備に入った。


 両手の魔導武具に魔力を送りつつ中級魔法のイメージを固める。魔物が動き始める今であればまだ中級魔法で一網打尽にする事も可能なはずだ。

 武具の補助もあってすぐに準備は完了するし後は狙い放つだけ。敵の様子を見てもまだ立ち上がっている個体が少しなのでこれならぎりぎり間に合うだろう。


 よし、これで!


 そして私は準備の完了した魔法を敵集団へと向け放ち、



「いけーっ!!」


「ダメだっ!」



 その直前に誰か…ララのものだと思われる声が聞こえたが、私の手を離れた魔法は即座に着弾し魔物の群を殲滅する事に成功した。




 ―――――――――――――――――――――――




「素晴らしい活躍ですねウォーレット様!」


「あれだけ見事な魔法の使い手そうはいませんよ!」


「あ、ありがとう」



 天井から侵入した魔物の撃退後、私は増援で到着した味方の部隊と共に避難所周辺の魔物を全て駆逐していった。

 そして魔物の掃討が終わり避難者が別の避難所へ移動するという段階になった所で、私は救援に参加した味方から先の魔法についての称賛を受けていた。



「その歳であれほどの魔法を使えるとは…いや、あれだけの魔法を扱える魔導士に対しこの言は失礼ですな」


「いえ、たまたま上手く出来ただけです。

 私がこうして魔法で戦えるのは前線で敵を抑えてくださる皆が居てこそ、私1人の活躍ではありません」



 それに対し謙遜の言葉と共に全員で功績である事を主張する私、称賛の言葉そのままに天狗になってしまえば印象が悪くなるので当然の対応なのだが…。


 皆が私を、私の力を認めてくれている。


 内心では嬉しくて堪らなかった。



 姉とは無関係に評価される事、それは私がずっと望んでいた事であり私が搾りかすなどではない本物の……私にとって最も大切な人、お母様の娘として力を示せた事が何よりも嬉しかった。



 でも足りない、もっともっと私の力を、そのためにもリミッターを外して貰わなきゃ!

 …あれ? ララはどこに…? あっ、居た!


 そして私はさらなる力をパートナーであるあの男に求める。

 リミッターさえなければあの操作魔法でも魔物を楽に倒せると思うし、そうなればきっと私はこの戦いにおける英雄にだってなれるはずだ。



「ララ! あなたいったいどこに居たのよ? …なんでそんなに汚れているの?」


「えっ…いえ、なぜって…それは…」


「ま、そんな事はどうでも良いわ。

 どう? 私の活躍見てたでしょ? もう必要ないからリミッターは解除し…」



 ………なんでよ?


 しかし私はその求めを最後まで口にする事が出来なかった。


 私の目の前にいるララは先ほどと変わらず弱く情けない…どういうわけか先ほどよりも服がボロボロで全身が汚れているが変わらない姿だ。


 だが私を見るその眼だけは違う、それはこれまでララが一度も見せなかったもの。

 私の事を我儘な領主の娘としてしか見ていない大人たちや私の本気の言葉ですら取るに足らないものと等閑する大人たち、彼らが見せる眼と同じものであった。


 ねえ…なんでよ! なんであなたがそんな目で私を見るのよ!


 その事実は私を酷く動揺させる。

 彼は他の大人とは少し違う、私の力になってくれるし私の言葉をちゃんと聞いてくれる人だ…そう信じていた私の心にひびが入った。



「えっと、リミッターの解除でしたか?」


「そ、そうよ、出来ればすぐにやってもらえると…「すみません、ミゼリア様にはまだ少し早いかと…」



 さらにララは私の求めを拒否しリミッターの解除を断る。



「…えっ? …なんでよ? なんで断るのよ! 私の力が必要じゃないの! あなたは私に助けられておいて…それでもまだ私が無力だとでも言いたいの!」


「…すみません、ですが今のミゼリア様ではリミッターの解除はまだ危険だと思いますので…」



 そんなララの態度を受けた私の心には、もはや失望の感情しか残っていなかった。


 …結局あなたも他の大人と同じなのね。


 私が本気の言葉を話しても「子供だから」と「君にはまだ早い」と言われてきた。

 私が魔導士として力を示しても「さすがは『あの姉』の妹なだけはある」と言われてきた。


 ララと出会うまで私を私として認めてくれていたのは家族やアンナだけであり……まあ私という個人を嫌っているという意味ではブラックとかもそうだったかもしれないが、私の本気を聞いてそれでも味方になってくれた彼は家人以外では唯一の理解者だと思っていた。


 やっぱり私には味方なんていないんだ。


 しかしそれは嘘か? それとも演技? もしくはただの勘違いだったのか? 皆が私を認めてくれた初めての功績を否定する彼はやはり他の有象無象の大人たちと同じ私の本気を聞いてくれる人ではなかったという事だ。



「もう…良いわよ」


「え…?」


「もう良いって言ったのよ! あなたみたいな人には二度と頼まないわ!」



 私は叫ぶように拒絶の言葉を吐き捨てララから逃げるように駆け出した。


 後ろからララの声が聞こえて来るが私はもう彼の言葉を聞くつもりはない。

 もう彼には何も頼む気はないしあのお店にだって行くつもりはない、両手にはめた魔導武具を叩きつけてやりたい衝動を抑えつつ私は中央広場へと向け足を進め続けた。




 ―――――――――――――――――――――――

 ―――――――――――――――――――――――

 ---



《ダメ…それだと彼女は…》




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ミゼリア




 ララの作った魔導武具…叩き付けてやりたい衝動に駆られたがこれは今の私にとって必要な物、それに対価を支払っているのだからこれをどう扱おうとも私の自由だ、だから…。


 そうだ…別に魔工技師はララしか居ない訳じゃない。


 リミッターの解除は断られるかもしれないが一度ブラックに頼んでみても良いし、断られても別の技師に依頼すれば良い。相応の対価さえ払えば受けてくれる職人は大勢いるのだから無理に彼に頼む必要などないのだ。



「そうよ…別に…ララじゃなくたって…」



 避難所から離れ中央広場へ帰投する途中、そんな言葉が無意識に口をついた。





 くっ、なんで…私は…。


 悲しかったのだろうか? 悔しかったのだろうか? それとも裏切られたと感じたのだろうか? 様々な感情がないまぜになり自分の気持ちですら定かではない。


 …しかし、この1つだけははっきりと認識している。

 自然とこぼれ始めた涙を袖で拭いながら走り続ける私は、孤独の中で確かに『寂しい』という感情を抱いていた。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ファム




 ふと作業中の手を止めて周囲を見渡す。


 つい先ほどまでこの作業場では大勢の職員が忙しなく働いており、表の店舗からも接客や注文の声、たまに来る迷惑なお客の怒声など様々な声が聞こえてきていた。



「こんなに広かったかしら…?」



 しかし人の居なくなったこの場はとても静かであり…とても広く感じた。


 全員が居なくなったというわけではないが、残っているのは1割にも満たない人数でありしかも錬金術師は1人もいない。

 おそらく他に行くあてのない者が職を失いたくないという気持ちで残っただけだと思うが、それでも今の状況ではありがたいと言える。



「店長、これで最後の注文です。戦闘が再開したとの事で購入を断念された方は多かったですが…」


「そう、ありがとう。もう出来ているから持って行って頂戴」


「はい、分かりました」



 その中の1人が最後の注文という事で完成した魔法薬を受け取りに来た。

 この状況下でも真面目に職務に励んでくれる彼のような存在はとてもありがた…えっと…?



「…ねえ? あなた…名前はなんて言ったかしら?」



 しかし私はその真面目な中年男性の名前を覚えていなかった。



「ははっ、やはり覚えてはいらっしゃらなかったみたいですね。

 失礼、私の名前はドルク、以前あなたに娘の命を救っていただいた恩がある者です」


「…娘さん?」



 彼の言う娘の事も私は覚えていない。

 今の立場に上り詰める為に様々な依頼を受けてきたが、あまりにも数が多かったため1つ1つの患者や依頼人の事までは覚えていなかった。

 その経験が今の私の力となってくれていると言うのに、私は過程をないがしろにし過ぎていたのだろうか?



「ごめんなさい、覚えていないわ」


「いえ、構いませんよ。それでもあなたは私たちを救ってくれた本物の錬金術師なのですから」



 男性、ドルクはそう告げると商品の魔法薬を手に店舗で待つ最後のお客の下へ向かった。






「本物の錬金術師…」


 父に習い、父を目指して勉強し、私がなろうとしていたのは彼の言う本物の錬金術師だった。

 だがいつからだろう? 偽者を排除する事ばかりに注力するようになり私自身が学ぶことを疎かにしていたのだ。


 今更ながらその事に気が付いたが…もはや全てが遅すぎる。

 この戦いに勝てたとしても『プリン・ファム』を維持する事は難しいし、お店がなくなれば錬金術師として仕事を続けられるかも分からない。

 一度悪い噂が広まってしまえば仮に非が無かろうと簡単には払拭する事は出来ないのだ。


 …でも…それでも私は。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ピッセル




「はふぅ~、こんなに忙しいの久しぶりだなー」



 1つの魔導武具の修理を終え、次の準備が整うまでのわずかな時間で休憩を取っていた。



「お疲れ様ピッセル」


「あ、シェリー、ありがと」



 そんな私にずっとサポートをしてくれていたシェリーが差し入れを持って来てくれる。

 小振りなパンに干したお肉とチーズを挟んだだけの物だが、空腹のピークが過ぎた私にもそれは何にも代えがたいごちそうに見えた。



「ん~、美味しい~」



 先の出来事からお昼を過ぎてもずっと、私はブラック師匠と協力しつつ魔導武具の修理を進めていた。

 1つでも多くの修理をこなす為これまで食事もとらずに続けていたのだが…空腹も過ぎればあまり気にならなくなるとは言え、こうして食べ物を口にするとやはりお腹が空いていたのだなと実感出来た。



「でも、ほんとにすごいねピッセル」


「…ふぇぃー?」


「もうっ、ちゃんと食べてから返事して!」



 怒られてしまった私はむぐむぐと口を動かしつつ、しかしシェリーの言いたい事はなんとなく分かっていた。


 そうだよね、落ちこぼれだった私がいきなり魔導武具の修理が出来るだなんて…私自身が一番信じられないもん。


 ブラック師匠と共同でやっているが修理を終えた品は5…さっきので6かな、私にはまだ難しい物もあったがそれでも以前の私だったら手も足も出ない代物ばかりだ。

 それをブラック師匠と一緒に、簡単な物なら1人でも修理出来るだなんて昨日の私に言っても信じて貰えない事だろう。



「ねえピッセル、こんな時になんだけど…前にお願いした件、本気で考えて貰えないかな?」


「……はぅ、コンテストの事…だよ…ね」



 んん…ちょっと眠くなってきちゃった…な。


 これまで休憩もとっていなかった私は体力や集中力、そしてなにより魔力を大きく消耗していた。

 そこに適度な食事と休憩を入れた事で一気に眠気が膨れ上がってきたのだ。



「うん、お師匠さんの許可があればって話だったけどピッセルだけでも…ピッセル?」


「…うん…うん…参加…したいな…」


「ありゃ、少し休ませた方が良いかな。

 ピッセル、起こしてあげるから少しだけ休んでて。その間は私が頑張るから」



 私に掛けられる包容力のある優しい声、それに甘えるように心地よい微睡に落ちていく中で私はこんな事を思っていた。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~





「それでも私には、もっと力が必要なの! だから…」


 家族を想う魔導士の少女はそう決意し。



「負けない、私は絶対に負けないから…」


 孤独に戦う錬金術師の少女はそう呟き。



「参加…したいな、今の私ならきっと…」


 自信を抱く魔工技師の少女はそう願った。




 それぞれの場所でそれぞれの想いを口にする少女達、私に届くその想いはしかし、届かせるべき相手に届ける事が叶うのだろうか?

 今の私にはまだ、彼女達を信じて見守る事しか出来なかった。

ミゼリア ファム ピッセルの話はここで区切りとなります。

もちろんこれで終わりではありませんが、続きは少し先になる予定です。

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