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第75話 治癒術師の卵(前編)

 わ、わたしですか? えっと、名前はマナ・シーズ…です。8歳になったばかりです。

 得意なのは精霊魔法で…あ、でもまだ全然役に立てなくて、未熟だし魔力もほとんどないの、ごめんなさい。


 え、えっと、魔術師ギルドって所に入っていておばーちゃんが、あっ、おばーちゃんって言うのはギルドで一番偉くてギルド長ってみんなに呼ばれていて…。

 あっ、でもわたしは全然だからねっ! 全然偉くなんかないし魔法だってまだ……ごめんなさい。



 …わたし、魔法はまだちゃんと出来ないけど、おばーちゃんみたいに困っている人がいたら助けてあげられるようになりたい。

 精霊魔法をちゃんと使えるようになれば怪我した人を助ける事が出来るんだって、だから…。




 ―――――――――――――――――――――――

 マナ




 私は今、臨時の救護施設とされた中央広場横の劇場に来ている。

 理由はもちろん怪我をした人を私の精霊魔法で癒してあげたいから、ここに大勢の人が運び込まれているのが避難所の中から見えたのだ。


 あう…もう魔力が全然ない…。


 ただ私の魔力量では1人2人の軽い傷を治すのが精一杯で、魔力を消耗しすぎた私の意識は強い睡魔に襲われていた。



「ありがとうお嬢ちゃん、大分楽になったよ」



 軍に所属していると思しき父より年上の男性からお礼を言われるが、私にはそれを素直に受け取れるだけの実力が伴っていなかった。


 体には火の魔法で受けたであろう火傷に打撲、腕には矢が刺さった痕などがあり、それは致命傷とまではいかなくとも決して楽観出来るようなものではない。


 傷…全然治らない…。


 しかし私の残った魔力で出来たのは小さなかすり傷を癒す程度であり、腕に巻かれた包帯には未だに赤い血が滲み続けている。

 魔法薬を使えば治療は出来るだろうが、そちらはより重傷の患者に使用されているようで怪我人が多過ぎる事もありほとんど残っていないようだった。


 やっぱり私なんかじゃあの人みたいには…。


 1ヶ月くらい前に広場で見かけた精霊魔法の使い手、全身がボロボロで片足からたくさん血を流している人を癒したきれいな人だった。同じ事が出来るなんて思っていないけれどそれでも少しは役に立てるのではと思いここまで来たのだけれど…。



「でもお嬢ちゃんみたいな子は避難したほうが良い、お父さんとお母さんは?」


「あぅ…えっと…あっちの方で他の人の治療をしてて…」



 これは嘘で私がここに来ている事は父や母には話していない、話したら間違いなく止められるからだ。

 しかし男性の言葉で自覚してしまう、精霊魔法という一部の魔導士のみが使える特別な力を持っていてもやはり自分はまだ子供なのだと。


 …おとうさんとおかあさん心配してるかな…私全然役に立たないしここに居ても…。


 魔力がなくなってしまえば傷1つ治すことが出来ない私だ、ここに居て何が出来る? 邪魔になるだけじゃないか? ケガ人にまで気を遣わせてしまうなんて情けない。


 避難しよう…。


 私は失意のまま歩き出し、父母の下へ帰るべくこの場を去る…つもりだったのだが。





「おい、魔法薬が大量に届いたぞ!」


「ひゃあ!」



 私が裏口の扉に手を掛けようとした瞬間、バンッ! と響く大きな音と共に勢いよく扉が開かれ驚いた私は尻もちをついてしまう。


 び、びっくりしたぁ。 急になんだろ? 魔法薬が届いたって…?


 声の主だろう男性は尻もちをついている私に気付くこともなく木箱に入った何かを中に運び込んでいる。そしてその声に反応した他の人達も外に出ては驚きの声を上げ、同じように木箱を運び込んで行ったのだ。



「こ、これ全部魔法薬なのかよ! よしっ、これだけあればしばらくはもつぞ」


「ん? こっちのは…解毒薬!? 助かる! 毒の治療も大分遅れていたんだ」



 気になって外の様子を見てみると台車に乗った多量の多分錬金薬だと思われる物がみえた。

 あれが魔法薬ならば確かに驚きだし、私が先ほど治療出来なかった人の治療もすぐに行う事が出来る事だろう。


 良かった、これでみんな助かるんだ……あれ?


 …ただ、その中の1種に強く私の心を惹く物があった。


 あのきれいなの…なんだろ?


 それは他の薬と同じ瓶に入っている無色なのにきれいだと感じる液体。

 なんらかの錬金薬である事は間違いないと思うが、その薬の事がどうしても気になった私は避難所へ向かうべき足を進める事が出来なくなっていた。




 ―――――――――――――――――――――――

 カレン




「あそこに置いたままで大丈夫なの?」


「はい、大丈夫ですよ」



 リリナさんの質問に対し私は自身を持って答えを返す。


 先ほど救護施設として使われている劇場の裏手にリリナさんが持って来てくれた錬金薬を全て置いてきた。中の人には何も告げていないがあの場所であれば必ず見つけて貰えるので無駄になるという事はないはずだ。



「あそこには優秀な治癒術師が沢山いるので。 さ、早く避難所へ向かいましょう」



 もちろんちゃんと伝えた方が良いのだが、私にはそれが出来ない理由があった。


 きっと先の錬金薬も規格外の品だ、リリナさんが作った物だと知れ渡れば絶対にロクでもない事になるはず…こっそり置いておくしかないじゃない。


 リリナさんが作る錬金薬はどれも規格外に上質なものばかりだ。

 お店で販売しているだけでも徐々に噂が広まっているのにここでリリナさんの名を出せばもう止める事が出来なくなるだろう。

 頑張って運んで来たリリナさんには悪いがここは心を鬼にして私の指示に従ってもらう事にする。


 それに避難所にはどちらにしろ行って貰う必要があるのだから。



「…治癒術師?」


「えっ?」


「あ、いや、治癒術師って何かなーって?」



 しかし私の考えていた事は少々的外れだったのかもしれない。

 リリナさんが名声を欲するタイプじゃない事は分かっていたが、あまりにもかけ離れた質問をされて一瞬思考が止まってしまった。


 えっと、治癒術師は治癒術師だし…ああそうか、あまり一般的な職じゃないから知らないのか。



「…とりあえず移動しながら話しますね」




 治癒術師 よく言われるのは医者と何が違うのか? という事。

 簡単に言えば扱う範囲が違うと言えば良いだろうか? 人を癒すという点では同じだが、医者が怪我や病気、健康状態等を全般的に見るのに比べ、治癒術師は外的要因によって不調をきたした者を癒す事を生業としている。

 外的要因、つまり害獣魔獣、最近では魔物もだが、そういったものとの戦闘で負傷した者、あるいは人同士の争いで傷ついた者もか、そういった人達をあらゆる手段をもって治療するという点が医者との違いと言えるだろう。

 ただ、このあらゆる手段というものが…。




 ―――――――――――――――――――――――

 マナ




 劇的な、とはきっとこういう時に使うのだろう。



「すごい、これ1本で5人は治療出来るわ!」


「こっちもだ! 最初のグループがもう終わったぜ、さっきまでの苦労が嘘みたいだ」



 理由は先ほど届いた錬金薬によるもので、それが使用される度に各所で驚きの声が上がっていた。

 治療を終えた人たちも次々と劇場をあとにしており、先ほどまで暗く疲れた顔をしていた治癒術師の人達までもが今は活気に満ちた表情をしている。


 さっきの人は…良かった、ちゃんと治療してる。


 もちろん私が精霊魔法を使った男性にも魔法薬が使用されている。

 あれだけの怪我と火傷だったのにも関わらず今はもう健康そのものといった様子で、少し体を休めたら前線に戻ると意気込む程の回復をみせていた。



「錬金薬ってこんなにすごかったんだ…」



 先に届いた錬金薬によってこれまで滞っていた治療が一気に進展していく…私では小さな傷1つが精一杯だったものをあっさりと癒していったのだ。

 祖母から期待されている精霊魔法を遥かに上回るその性能に悔しいと思う気持ちはもちろんあるのだが、先ほど見た錬金薬の事もあり私はさらに強い興味を惹かれていた。


 あっ、あっちで配っているみたいだ。


 運びこまれた錬金薬は数人の治癒術師が管理し配布しているようだ。

 症状や人数を聞いてそれに合わせた錬金薬を渡していく、いくら数があるとは言えこれだけ怪我人がいればやはり無駄に使う事は出来ないという事なのだろう。


 あれ? さっきの薬もだけど…あっちのも全然減ってない?


 しかしその様子を眺めていると私が先ほど目にしたきらきらしたやつともう1つ、無色の…本当にただの水にしか見えない錬金薬の2種がほとんど手に取られていない事に気付く。


 えっと…これは浄化薬? 『浄化』の事かな? それとこっちは…魔毒用? 魔毒ってなんだろ?


 その誰も手に取らない2本を調べてみたのだがやはり見ただけではピンと来なかった。

 効能が良く分からない物にかまけている時間はなさそうだし誰も手に取らないのは当然かもしれない。


 だから…邪魔になるかもとは思ったが分けて貰えないかお願いしてみる事にした。



「…すみません、これ分けてもらっても良いでしょうか?」


「あ? なんでガキがこんな所に? あっ! こらそっちの奴! 勝手に持って行くんじゃねえ!」


「ひゃう!」


 

 声を掛けた男性は最初こちらを見て怪訝な顔をしたが、後ろの箱から勝手に魔法薬を持っていこうとする治癒術師に対し大声を上げる。

 突然の出来事にビクッと驚いてしまったが落としそうになった瓶はなんとか死守した。



「あ、あの…?」


「なんだお前? …ああそれか、それは良く分からんから欲しけりゃやる、 ああっ! だからそっちの奴も! 勝手に持って行くなって言ってるだろうが!」


「えっと…?」


「お前も邪魔だ! それは良いから持って行け!」


「あ、ありがとうございます」



 そしてこれ以上は邪魔になるので2本の錬金薬を手に私はその場を離れる事になったのだ。




 ―――――――――――――――――――――――




 綺麗…。


 受け取った錬金薬のきらきらした方を眺めて改めて思った。

 無色の透明な液体なのに心が洗われるような感覚、やはり浄化薬という名前通りのものなのだろう。



「すんすん…甘い匂い? ちょっとだけ…」



 さらに瓶を開けて匂いをかいでみるととても甘い香りがしたので浄化薬という名前からしても毒はないだろうと判断し少量を舐めて見ることにした。



「何これ!? すごく甘くて美味しい!」



 浄化薬の味はとても爽やかな甘味、冬の終わり頃から採れる僅かな酸味を持つあの小さな赤い果実を思い起こすようなものだ。


 うん、これは間違いなく飲み薬だ! …むしろ私が飲みたい!


 このまま飲んでみたいという衝動もあるがそれは我慢する、栄養剤とかであればともかくこの場に運び込まれた錬金薬を無駄にするのもどうかと思うからだ。


 …だが、ここで私は唐突にその異変に気が付いた。



 えっ? なに…これ? …見える、黒い空気?



 それは少し奥まった場所に見える通路の先、劇場としての機能を考える観客ではなくスタッフが出入りするであろう場所。先ほどまでは普通の通路にしか見えなかったそこから黒い空気、靄のようなものが漂ってきているのが私の目に映ったのだ。




 ―――――――――――――――――――――――




 …この部屋だ。


 先ほど気付いた異質な空気、それを辿った先にあったのは薄暗い部屋だった。


 扉がなく視界を遮る物もない部屋なのだが、明かりも私のいる通路から差し込むものだけなので中の様子はほとんど分からない。

 入口の上に貼ってある『倉庫』というプレート、付近に置いてある品から劇に使用される大道具などが保管される場所だろう事までは分かるのだが…そんな場所からなぜこんな靄が湧いているのだろうか?


 うっ、なにこれ…気持ち悪い…。


 嫌悪感、離れた位置からでも感じていたがここまで近づいた事でその感情がより強くなっていく。


 私は虫が苦手でその手の生き物を見ると怖気が走る、特にあの黒くて速くてたまに飛んでくるあの…アレは特に苦手だ。

 しかしこの黒い靄にはアレ以上の気持ち悪さを感じていた、少し触れただけでもまるで私という存在そのものが汚れていくかのような、そんな『穢れ』そのものに見えたのだ。


 でも…行かなきゃ…。


 そんな場所になぜ私は近づこうとしているのだろうか? ただの興味本位か? もしくは怖い物見たさというやつかもしれない。

 ただ、理由は分からなかったがこの先に何かがあるという確信と共に、ここで引き返す事は出来ないという強い感情に背中を押されていた。






 やっぱり暗いな…。


 部屋に数歩踏み入った所で靄がさらに濃くなったような気がする。

 視界が悪いため歩を進めるのにも苦労し、少しでも気を抜けば、


「あっ!」


 と、散乱した荷物によって足を取られてしまう程だ。



「いたた…」



 倒れそうになったが正面にあった台につかまりなんとか事なきを得た…が、なんで部屋の真ん中にこんな台が置いてあるのだろうか?


 …これ、台じゃない…ベッド…? それに上に乗ってる黒いのは…違う! 乗っているんじゃなくてこれ!



「ひゃうっ!!」



 そのベッドの上の黒いモノを確認した事で私は悲鳴と共に本日2度目のもちをついてしまう。なぜならそこには…。



「誰か…居るのか…?」



 全身を真っ黒に染めた1人の獣人が寝かされていたのだから。

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