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第71話 技師達の戦い(後編)

 よし、これで全部だな。


 およそ1200カウント、20分程を掛けてようやくこの魔導兵器を無力化する事が出来た。


 カウントだけはいまだに減り続けているがこれが0になっても信号が送られる回路は全て切断済み、つまり起動する事の出来なくなったこの魔導兵器はもはや無意味にカウントを続けるだけの置物となったのだ。



 さて、これからどうすべきか…。


 魔導兵器の無力化には成功したがやはりそれなりの時間は掛かってしまった。

 残りの600カウントではここから移動し別の場所…近い方なら北門になるが、そちらの対処まではさすがに不可能、おそらくたどり着く頃にはタイムリミットになるだろう。


 …もともと止めるつもりだったけど一応ブラックさんの要望は叶えたんだ、後はベネギアさんに言われた通り目立たないための細工をしておくかな。


 なのでこの残された時間でちょっとした芝居を打つ事にする。

 回路を切断している時から調査している風を装っていたが、このままカウントが0になればかならず不審に思われるだろう。

 北と西が爆発する中でここだけが無事だったら、なぜここだけ爆発しなかったんだ? 誰かが何かしたんじゃないか? じゃあその誰かとは? …最後まで残っていた僕が疑われるのは間違いない。


 そしてブラックさんが出来なった事をなんでお前のようなやつが出来たんだと問い詰められる事になり、そうなってしまえば前の浄化装置の事までもが芋づる式に明るみに出てしまう可能性もあるのだ。


 ベネギアさんが言っていた王都に軟禁されるって話が現実味を帯びてくるな…よし、やるか。


 実は手段についてはすでに目星を付けている。

 腰袋から取り出すのは小振りなハンマーと小さな杭、あとは補修用のテープだ。


 まずタンクの底に小さな輪を描くようテープを貼り、次にその内側に小さな杭を打ち付ける。

 あまり大きな音を出すと怪しまれるので慎重に行わないといけないが周囲の喧騒が大きいこともありそれほど難しくなかった。


 これで良いかな?


 程なくしてタンクに開けた穴からプラーナが流れて来るのでテープを剥がせば準備完了だ。





 …あれ? このプラーナに籠めてあるのって魔物の魔力か?


 流れ出るプラーナをなんとなしに眺めていたのだが、魔物が用意したものである事が気に掛かったのだと思う。

 意識した訳ではないが、なんとなく魔力に視点を合わせた事で元々透明なはずのプラーナが真っ黒に染まっている事に気がついた。

 もちろんプラーナ自体が黒くなった訳ではなく黒い魔力が籠っているだけなのだが、この黒い魔力は何度も見た魔物のものと同じに見えたのだ。


 設置したのが魔物の集団なんだから別におかしくはないのか……これ、少し貰っちゃダメかな?


 勝手に持ち帰ったらまずいかもしれないが、これがあれば行き詰っているあの小石や魔物の研究が進むかもしれない。


 ちょっとだけ、ちょっとだけ…。


 僕は腰袋から小さな瓶を取り出し少量のプラーナを回収する。

 このままだと魔力が抜けてしまうので、リリナからいくつか貰った凍結草の結晶を1つ放り込んでおいた。 これでしばらく魔力が抜ける事はないだろう。




 ―――――――――――――――――――――――




 さて、残りカウントは200、199…そろそろ避難しておこう。


 忘れ物がないことも確認してから僕は魔導兵器…だったものから離れる。

 周囲には魔道具や魔導士による障壁魔法が所狭しと張り巡らされており、緊張した面持ちでカウントの終了を待っていた。



「おい、さっさと離れろ!」


「は、はい、すみません」



 避難をしているとここの責任者だろう軍の人から怒声を浴びせられる。

 どうやら僕が1人魔導兵器の調査を続けていた事で、いつ爆発するか分からないからと余計な労力を使わせていたようなのだ、申し訳ない。


 だが爆発の危険がもうないとは言えないし言ったところで信じてもらえないだろう、結果として門は守られるのだからそれで許してくれればと思う。


 後はカウントが終わった後に…ん?



〈残り時間はあと僅か、どうやら北と西は早々に諦めたみたいだね。懸命ではあるけれど少しつまらない結果かな〉


 残りカウントが100を切ったところでまたあの声が響いてきた。


〈さて、少し早いけれど次のプログラムの説明をしておこう。

 カウントが0になる十ノ刻に開始、詳しくは実物を見れば分かるが対象を破壊、もしくは無力化出来れば終了だ。これは君達の戦士としての実力が試されるプログラムだ、その力を存分に振るってくれる事を期待しているよ〉



 内容はやはり次の襲撃内容について、確かに時間はもう十ノ刻になろうとしているのでこの魔導兵器の起動が次のプログラム開始の合図になるようだ。


 ならこれが終わったらすぐに避難しないと…っと時間だ。


 カウントが0になった瞬間、北門と西門の方角からズガーーッン! と大きな爆発音が響き、それと同時に真っ直ぐ立ち昇る黒煙がこの場所からでも確認出来た、ブラックさんの言っていた通り魔導兵器を止める事は出来なかったようだ。

 しかし煙が真上に逃げているのは障壁で囲んでいるからであり、門は守れなかったとしても死者はおそらく出ていないだろう事は窺えた。


 そして東門、ここの魔導兵器は…もちろん爆発していない。

 カウントが0のまま動きを止めており爆発する兆候を見せる事もない。


 まあラインは全部切ったから当たり前だよね。


 しかしそんな事は知らない周囲の人達は、いつまで経っても爆発する様子のない魔導兵器に対し困惑の声を上げ始める。



「なんだ? 爆発しないのか?」

「北門と西門のはもう爆発したみたいだぞ」

「おい、障壁はいつまで維持してれば良いんだ?」

「すぐに次が来るんだろ? 早く避難させてくれよ!」



 戦闘の出来ない技師達は避難しないといけないし障壁も維持し続ければどんどん魔力を消耗してしまう、このままという訳にはいかないのだ。



「ま、まずは安全の確認からだ、それまで障壁を維持しておけ」



 徐々に大きくなるその声に対し、先ほど僕に怒声を浴びせた責任者だろう男性が戸惑いながら対応していた。

 魔導士や技師を中心に意見を聞き、魔導兵器が今どういう状態なのか、もう危険はないのか、障壁を解除しても問題ないのか、どのような指示を出すべきかを必死に模索している様子である。



「…誰か、魔導兵器を直接調べる者はいないのか?」



 しかしそれを確認するには誰かが魔導兵器に近づかないといけないのだ。






 ここで僕が行くわけにはいかないからな、誰か…。



「わ、私が行きます!」



 いつ爆発してもおかしく状況で行く人がいるだろうかと思ったが、意外な事に自ら手を挙げる者が1人だけいた。


 あの子は確かさっきの?


 それは先ほど調査をしている時に僕を制止しようとした少女だった。

 あの時には気にしなかったが改めて見ると快活な魅力にあふれた可愛らしい感じの女の子だ、身長は低めだがスタイルがかなり良く、特に胸が…いや、今はそれは良い。

 ただ、そんな年若い少女が危険を承知でこの大役に立候補した事は驚きだった。



「頼めるのか? …いや、では頼む」



 責任者の男性もまさか立候補する者がいるとは思っていなかったのだろう、少女の行動に驚きつつではあるが他に手段はないと判断し少女の厚意を受け入れていた。




 ―――――――――――――――――――――――

 シェリー




 怖くないって訳じゃない、いや、はっきり言えば怖くてたまらないくらいだ、いつ爆発するかも分からない状態の魔導兵器に生身で近づくなんて馬鹿のする事だと思う。


 でも…やっぱり逃げたまま終わりたくない!


 私は先ほどこの古代魔導兵器から逃げた。

 古代の魔道具はほとんど解明されていないんだ、ブラック師匠に出来ない事を私が出来るはずがない、私はまだ1人前の魔工技師じゃないからしょうがない、…間違っているとは思わないがそれを理由に挑戦すらしなかったのだ。


 もちろん下手に触って起動させるよりはマシだが、そうでなくとももっと何か出来る事があったんじゃないだろうか?


 諦めずに調べ続ければ…そう、最後まで残っていた彼みたいに…。


 だからこの役目に立候補した、長年努力してきた私の夢を嘘にしないためにも。





 あれ? これは…?


 逃げたくはないが長々と調査を続けるような胆力は持ち合わせていない。

 魔導兵器に近づいた私はさっそく先ほどまで見えなかった裏側に回ってみたのだが、そこで水浸しになった地面と魔導兵器から漏れ出る液体を発見したのだ。


 これなんだろ? 中から…あれ? ここ取れるのかな?


 最初に見た時には気が付かなかったのだろうか? 兵器下部のカバーが外れそうになっており、その内部から液体が漏れ出ているように見えた。


 …そうだ! 確か魔導兵器の基本構造は下部にプラーナのタンクがあるんだ!


 何百冊と呼んだ魔導技術の本の中にこの光景に該当する図があった事を思い出す。

 古代のではないがそれを参考に作られた魔導兵器の例みたいなものだったと思う。


 つまりこの中にプラーナのタンクがあってそれが漏れ出している…それならきっと!


 思い切った行動ではあったが好奇心に逆らわず思い切ってカバーを開ける。

 この時の私は小さい頃の、お店にあった魔道具を分解して遊んでいたあの時の気持ちを少し思い出していた。




 ―――――――――――――――――――――――




「つまりプラーナが漏れてる状態で動いていたのか?」


「はい、おそらくそういう事ではないかと」



 魔導兵器のカバーを外しタンクからプラーナが空になるまでを確認。

 その事を皆に伝え安全である事が確認されたため、兵器の撤去を行う兵や技師だけがこの場に残っていた。



「なんて人騒がせなの…」

「良いじゃない、おかげでここの門は無事だったんだし」

「でもどうしてここだけ壊れてたのかしら?」

「…偶然じゃないですか? 地中を運んでいる時に割れちゃったとか?」



 私が軍の責任者と話している横ではすでに撤去作業が開始されている。

 安全が確認出来たことで緊張が取れたのか、目の前の魔導兵器を話題に呑気な会話までしている状態だ。


 地中を運んでいる時に…か、まあ可能性はあるかな。


 粗悪な魔道具なんかだと小さな傷1つで動かなくなったりもするので十分ありえる話だと思う。…しかし、



「うーん…これだけすごい魔道具なのにそんなお粗末な事あるのかなー?」

「それはまあ…確かにちょっと不自然は気はするかな」

「…いやあ、偶然ですよ偶然、結果として助かったからそれで良いじゃないですか」

「んー、それもそうか」



 …やけに偶然を主張する人がいるな。


 地中を運んで壊れたという意見は納得出来るものだったが、続けて聞こえて来る偶然を主張し過ぎる声に不自然なものを感じた。

 同じ男性のだと思うその声は確かつい先ほども聞いたような気がして…。


 やっぱり! さっきのあの人だ!


 声の主を確認してみるとやはり最後まで調査を続けていたあの男性だった、撤去作業に参加している男性の中で魔工技師は彼だけなので間違いないはずだ。




 …すごいブラック師匠並みだ…いや、もしかしたらそれ以上?


 その彼の言動が気になり撤去作業を行う姿をしばらく追っていたのだが、よくよく観察しているとかなり異常な行動をしている事に気が付く。



「これどこから外したら良いのかな?」

「えっと、これはこの右のカバーを外した内側に留め具があるのでそれを切ってください」


「ねえ、ここの回路盤はもう取っても大丈夫なの?」

「核とは繋がってないのでそのまま剥がしちゃって良いですよ」


「ここ全然分からないんだけど…」

「ああ…ここは僕がやりますのであちらをお願い出来ますか?」



 彼は自分の作業を進めつつ的確なフォローまでこなし、いつの間にか全体の指揮を執るような立場になっていた。

 その姿は弟子から教えを請われるブラック師匠と似ているようにも見えたのだが、魔導兵器の全てを見透かすようなその指示はもはや神業と呼ぶに相応しいものだ。


 …それに気が付いてしまうと彼の言動がおかしな事だらけなのにも気が付いてしまう。



『内側に留め具があるので』 なんでそんな事を知っているの?

『核とは繋がってないので』 なんでそれが分かるの?

『ここは僕がやりますので』 なんでそれが出来るの?



 それに思い返してみれば先ほど見たプラーナの事もおかしい。

 もし運んでいる最中に壊れたのであれば私が発見するのは空になったプラーナのタンクだったはずだ。しかし私が見たのはプラーナが漏れ出ている最中のタンク、そう、まるでつい先ほど()()の手によって壊されたばかりのようなそれは…。


『偶然じゃないですか?』



 …ねえ、それは本当の事なの?

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