第9話 嵐を終えて(前編)
「えーっとどこに置いたっけな…」
あの時は魔物関係でばたばたしてたけど帰った後にきちんと整備をしたはずだ。
確か作業場の方にっと…あ、あったあった。
工具をしまっている場所と同じところに置いてあった。
以前の狩りの時に使った電気を流せる槍だ。
穂先の部分に雷石を付けていたのでこれなら治療に使えるな、と思ったのだが。
「やっぱりこのまま使うと出力が大きくなりすぎるな…」
雷属性はとにかく出力が大きい。
槍は出力を調整出来るように回路を組んであるが出力を絞っても攻撃用だ。
つまり治療用として使うにはこのサイズのままではまずいのだ。
レイカ草が反応する程度の出力にするために小さくしてやる必要がある。
まずは雷石を穂先から取り外して回路は工具箱にしまっておく。
また雷石が手に入った時にでも使おう。
後は外した雷石をヤスリを使って削っていく。
魔法を使えたら削るのも簡単なのだが当然雷石が反応して電気を流すので無理だ。
地道に雷石を削りある程度粉が出来たらそれを瓶に詰めていく。
「3箇所ならこれくらいあれば十分かな」
残った雷石はさすがに回路には組み込めないが、何かしら使い道はあるかもしれないので一応とっておいた。
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瓶を持って診療所の方に戻って来ると、待合室でクリフさんとレノンさんと先生が何やら話しているようだった。
「ええ、患部を反応させて…
「俺にはよく分かんねーな…
「私も魔法関係はあまり…
詳しくは聞こえてこなかったが多分さっきの処置の事だろう。
「ただいま戻りました」
「ああ、ララさんおかえりなさい。
どうですか、必要な物はありましたか?」
「はい、後はこれを使って残りの部分の処置をすれば終わりです。
…あれ?リリナは?」
「妹だっけ?
奥でシアの様子を見てるぞ」
「そうですか、では治療を済ませてしまいますね」
「はい、お願いします。
無責任と思われるかもしれませんが私では足手まといになりそうなので後の事はお任せします」
そんな事はないけどな…
先の治療ではとにかく急いで数を減らしたかったのでレノンさんの手伝いはとても助かった。
まあレノンさんからしたら自分の5倍の早さで処理をするリリナを前にしてそういう感想を持ってしまうのも仕方ないのかもしれない。
診察室の方に入るとリリナがシアさんの顔の汗を拭いていた。
「シアさんの様子はどうだ?」
「もう、遅いよ兄さん。何してたの?」
「すまんすまん、ちょっと加工してたら遅くなった」
「加工?…あーそのままだと使えないからか。
こっちはとりあえず服を着せておいたよ。
今の季節でもさすがに裸のままだと風邪をひくかもしれないしね」
シアさんの様子を見ると服はもう全部着せてあり、残った3箇所がある胸元だけが開いている状態だ。
魔力溜まりの箇所にはレイカ草の粉末が置いてありその上からそれぞれ薄い布が被せてあった。
「準備は出来てるみたいだし早く終わらせてしまうか」
持ってきた雷石の粉末を3等分して、布の上からそれぞれの箇所にのせていく。
余裕を持って多めに用意したのでこれで大丈夫だろう。
両手が使えるので2箇所同時にやっても良いがそれはリリナに任せることにした。
残った1箇所に指を置いて属性の無い魔力を注いでいく。
指先がちょっとぴりぴりするがレイカ草はすぐに反応し始めた。
リリナの方も僕と同じタイミングで処置を終えていたのであとは待つだけだ。
十数秒程で黒い痣のような魔力は全て抜けた。
最初はかなり危ない状態だったがこれでようやく治療完了だ。
「もう大丈夫だね。
後はゆっくり休めば明日には目が覚めるかな」
「そうだな。
先生に今日はここで休ませて貰うようにお願いしよう」
治療を終えたシアさんは安らかな寝息を立てており、治療がうまくいったことを改めて実感することが出来た。
その後、待合室で待っていた3人に後の事を説明し僕とリリナは店に戻る事にした。
クリフさんとレノンさんは何度もお礼を言っていたが僕もリリナもあまり感謝される事に慣れていないので逆に困ってしまった。
その場を辞した僕とリリナは雨があがった帰り道をゆっくりと歩いていた。
「ありがとな、リリナ」
「お礼なんていらないよ。
家族なんだから困っている時に助け合うのは当然でしょ」
リリナの言う通り僕だってリリナが何かに困っていたら無条件で助けるしそれが当然だと思っている。
リリナだけじゃなく父さんや母さんが何かに困っていたとしても同じだ。
「それでもさ、リリナが手伝ってくれて嬉しかったよ」
「兄さんまでさっきの二人みたいな事言って…調子狂うなほんと…」
呆れ半分といった感じの表情だがやはり僕と同じで誰かの役に立てた事は嬉しかったのだろう。
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翌日
昨日の台風の影響もあってか朝からお店は忙しかった。
昨日出来なかった買い物、台風対策で消費した物、台風でケガをした人の薬等。
お昼まではその対応だけであっという間に過ぎてしまった。
お昼を過ぎてからはいつも通りお客も疎らになってきた。
いつも通り手早く食事を済ませ店に戻ってきたが、そのタイミングで丁度クリフさん達がやってきた。
「よっすララ、今は時間大丈夫か?」
「クリフさん、皆さんもいらっしゃい。
今なら大丈夫ですが何かあったのですか?」
「いえ、昨日の事で改めてお礼をと思いまして」
「そうそう、私も帰ってから聞いたんだけどララさんがシアちゃんを助けてくれたんでしょ?」
クリフさんに続いてレノンさんとカレンさんも入って来た。
シアさんの姿は見えなかったがやはり昨日の今日だし安静にしているのだろう。
「そんな、お礼の言葉は昨日も頂きましたしもう十分ですよ」
「まあそう言わないでよ。
クリフやレノンさんはともかく私はまだ何も言えてないんだしさ」
まあそうなのだがこれ以上感謝されると照れ臭くて死んでしまいそうだ。
「そういうわけでだ。
改めてシアの事を助けてくれてありがとう。
お前がいなかったら大事な仲間を失う所だったよ」
「ありがとうございます。
私にとってあの子は何よりも大切な存在です。
それを救ってくれたあなたにはどんなに言葉を尽くしても感謝の言葉を伝えきれません」
「ありがとねララさん。
私にとってシアちゃんは妹みたいな存在だからさ。
大事な家族を救ってくれてとても感謝してるんだよ」
そうぞれ感謝の言葉を口にしながら頭を下げてきた。
やはり照れ臭かったがシアさんの治療を引き受けて良かったと思った。
「お役に立てたようで僕も嬉しいです」
研究の延長でしかなかった僕やリリナのやってきた事が人の役に立った。
僕とリリナが目標にしている事とは少し違うかもしれないが元を正せば人を命を救う事が目的だ。
今回は病気の治療というわけではなかったが、誰かを助ける事が出来たという事実は今後の研究の励みになるだろう。
「それでララさん、私たちはあなたに何かお礼が出来ればと考えています」
「お礼…というと何か品物でという意味でしょうか?」
「はい、品物でも良いですし何か依頼したい仕事があればそれを引き受けるでも良いです」
「要は私たちに出来る事だったら何でもするからって事。
あ、でも私が欲しいとか言ってもダメだからね♪」
「そんなん誰も欲しがらねえよ…」
「なんだとー!」
クリフさんとカレンさんはやっぱり兄妹のように仲が良いな。
「それでどうでしょうか?
何か私たちに頼みたい事があればお伺いしたいのですが」
「うーん…」
急に言われてもなー…別に困っているような事はないし必要な物があれば街ですぐに購入できる。
それに日用品やら仕事の材料みたいな物をお願いするのは何か違うような気もするしね。
「あっ、ではちょっと高額な品なのですが雷石を1つお願い出来ますか?」
思い付いたのはそれくらいだ。
昨日の治療で削ってしまったので代わりの石が欲しかった。
だが1個で銀貨5枚くらいはするのでしばらくは我慢かなーと思っていたのだ。
「それは…シアの治療に使った物ですよね?」
「ええ、まあ」
「それに関してはきちんとした物をお返しします。
なのでお礼はそれとは別にお渡ししたいのです。」
むぅ…困った…。
レノンさんは本気で感謝を示したいと思っているので下手な物を言っても納得してくれそうもない。
だが昨日の治療は僕自身がやりたいと思った事でもあるのでここで要求をするのは気が引ける。
そんな風に迷っていると。
「さっきから騒がしいけど誰か来てるの?」
店の奥の方からリリナが顔を覗かせていた。
「リリナ、丁度いい所に!」
僕はリリナの手を取って3人の前まで引っ張り出した。
リリナは最初えっ?えっ?という感じだったがクリフさんとレノンさんに気付いて露骨に嫌そうな顔をした。
昨日の感謝責めが余程堪えたのだろう。
その後は最初僕にしたようなお礼ラッシュがまた始まったが確かカレンさんとは初対面だったよな?
「初めまして。
シアのパーティーメンバーでカレンと言います。
シアの治療に協力して下さってありがとうございました。
……とてもお綺麗ですね…」
「えっ…?あ、はぁ?ありがとうございます?
治療は兄に頼まれただけなので私は別に…」
うん?リリナはいつも通り0レベルの対人スキルでしどろもどろしているだけだがカレンさんの方はなんだが…。
リリナの方を見つめながら頬を染めていたがはっとしたようにこちらに詰め寄ってきた。
先ほどの僕と同じようにレノンさんからお礼について聞かれているリリナを横目に、
「あの、リリナさんってララさんの妹さんですよね?
いまおいくつなんですか?」
と小声で問われた。
「えっと、リリナは今年の冬に成人だよ」
「今年で成人って事は14!?
あんなに背が高いのに私より年下なんですか!?
……年下か…うーん…でもそれはそれで…」
なーんか不穏な雰囲気が漂ってる気がするがきっと気のせいだろう。
うん…僕は何も聞いていないし見ていない。
その後、僕もリリナもお礼については何も思い浮かばず何かあったらお願いするという事で保留にしてもらった。
レノンさんは納得していないようだったが無理に作ったようなお願いをしても意味がないだろう。
「なあララ、これって何なんだ?」
そんな話をしているとクリフさんが僕の作った魔道具に興味を持ったのか聞いて来た。
あれは一番基本的な火を付ける魔道具だな。
「それは僕の作った魔道具ですよ。
ここのスイッチを入れると…こんな風に火が出ます。
一応商品なんですがさすがに火を付けるだけの物にしては値段が高すぎるみたいです」
ケースから取り出して使い方を実演してあげた。
「おや、ララさんは魔工技師でもあったのですか。
道理で魔力の扱いに詳しいわけだ」
「いえいえ、まだまだ未熟なので技師を名乗るのも恥ずかしいくらいですよ」
レノンさんも興味を持ったのか店の商品を見て回っている。
雑貨や生活用品なんかはどこも変わらないのでやはり目に付くのは薬品や魔道具のようだった。
「これって俺にも使えるのか?」とクリフさんが魔道具を手に取った。
「はい、専門的な物でなければ基本的に誰でも使えるのが魔道具の便利な所ですから」
「へー、便利なもんだな」
火を付けたり消したりしながら、感心したように眺めていたが、
「よし、ララ、これ売ってくれよ」
「えっ、買われるんですか?
ありがたいですが本当に良いんですか?」
「ああ、うちのパーティーは火属性使えるやつが誰もいないからな。
野宿する時にこういうのがあると便利だろ?」
確かに魔法が使えないとなると火付け用の道具が必要になってくる。
下準備もいるし多少の慣れもいるからこの手の魔道具があると便利かもしれない。
「ララさん、私もこれを頂きたいのですが良いでしょうか?」
レノンさんも別の魔道具を持ってきた。
これも同じく火石を使った道具だが用途は灯だ。
火が出る所の周りをガラスで覆っただけの物だがけっこう明るくなる。
「野宿の時にも使えますが夜間に本を読むのにこういうのが欲しかったんですよ。
街にも同じような物は売っていましたが値段が少々張りまして…
ですがこちらなら無理なく買える値段でしたので」
値段に差があるのは当然の事だろう。
こちらが趣味で作った物なのに比べて向こうは本職の魔工技師が作った物だ。
「それではクリフさんの物が銀貨1枚と大銅貨5枚。
レノンさんの物は銀貨2枚になります。
本当に良いんですか?」
「今回の討伐の報酬もあるから大丈夫だって。
情報がほとんどない相手って事もあって普通の倍の額が出るからな」
こっそり教えて貰ったが報酬は金貨20枚、銀貨だと200枚の報酬だ。
確かにそれだけの報酬が出ていればこれくらいは買えるだろう。
購入の手続きを済ませ軽く包んでから二人に渡した。
「ありがとうございます、クリフさん、レノンさん」
「クリフ」
「え?」
「俺もララって呼んでるんだしお前もクリフって呼んでくれよ
あと敬語もやめようぜ」
「それじゃあ、えっと…ありがとう、クリフ」
「おう」
他のお客も来たのでこの日はそのまま解散となった。
カレンさんはリリナを見ながら名残惜しそうにしていたがクリフに引っ張られて渋々帰って行った。




