変わらないもの。
「ねえ、今の若い子って暇な時、何するものなの?」
愛想よく微笑みながら、おばさんは私の目を見て質問をしてくる。
「えーっと……」
正解だと思われる答えがわからなくて、歯切れが悪くなってしまった。
空がどうの、翼がどうの、と悩むことのない普通の子は……、暇な時に何をするものなのだろうか。
両親も先生もクラスメイトも、私のことなんて全く理解していないと思っていたが、私も私でクラスメイトがプライベートで何をしているのか。全く知らなかった。
もしかしたら、私は他人に興味がないのかもしれない。今まで、そうではないと思っていた。でも、実際は秋にも関わらず、私の中では半数以上のクラスメイトの名前と顔が一致していなかった。それは、虚しいことなのかもしれなかった。
「や、高校生の私の姪が、もうすぐ誕生日なんだけど……何をあげたらいいのか。さっぱりわからなくてね」
私が答えに困って黙りこんでしまったからか、おばさんは焦り気味だった。少々、早口になっている。
電車が走る音が、先ほどより大きく聞こえる。何か言わなくては、と私は思った。鞄を抱きしめている腕に力がこもっていた。
「私は空が好きで、空の写真を撮ったりしますけど……」
半分は嘘で、半分は本当だった。もっと気の利いたことが言えればいいのに、と思う。私の答えが参考になるとは思えなかったから。
「そうなんだ。なんで好きなの?」
話している時、おばさんは楽しそうだった。私の気が楽になる。思えば、人と会話らしい会話をするというのは久しぶりのことだった。ほんの少しだけ私は、私の話を聴いてもらいたくなった。
「空は表情がころころ変わって、面白いし、綺麗だからっていうのもあるんですけど」
いざ言葉にしようとすると、まとまらない。でも、耳を傾けてくれる人がいて、私は私なりに考えながら言葉を紡いだ。
「空は変わらないからですね、たぶん。人も風景も多くのものは、いつか形が変わってしまうけど、空は変わらないから」
「変わらないものが好きなの?」
「表情は変わるんですけど……、姿形が変わらないものが好きなんだと思います、たぶん。時間が止まるような感じがして?」
「そうなんだ。なるほど」
おばさんが呟く。納得がいったようで、何度も頷いていた。
会話をしていたら、思いのほか長い時間が経ってしまったように感じた。地下鉄だから、外は見えない。ずっと真っ暗。乗り過ごしたところで、遠くに行けるわけでもなく、たかが知れているけれど……。
行き先を示すはずの電光掲示板には、何も表示されていなかった。いつのまにか1両の車両の中には、おばさんと私以外に誰もいない。
「どこで降りられるんですか?」
私が尋ねると、おばさんは考えるように天井を見つめて、戸惑いを見せた。そして、曖昧に笑って言葉を口にする。
「……どこだったっけ? ちょっとド忘れしてしまったみたい」
「えっ。そうですか。でも、そういうこともあるかも……」
私は思わず驚いてしまった。そういうこともあるかもしれないと言ったものの、地元の人が駅名を忘れるなんてことあるだろうか。いや、たぶん、ない。
言いたくない、ということなのだろうか。私は思考する。とりあえず。次、電車が止まったら駅名を確認しよう、と思った。
座っているのとは反対側の窓に、おばさんと私の姿が映っている。鏡の中の、おばさんと目が合った。
「ねえ、もう少し話さない?」
いたずらっぽく笑う、その表情は若々しい。「おばさん」は見た目よりも、実はもっと若いのかもしれなかった。もしかしたら、「おばさん」は「おばさん」ではないのかもしれない。
私は間違っても「おばさん」を声に出して「おばさん」と呼ばないように気をつけようと思った。そうだったなら、「おばさん」だと思っているという事柄は、かなり失礼なことだな、と思ったので。
また少し親近感を覚えた私は頷いた。おばさんも同じように頷く。
「時間が止まるような感じ、私も経験ある」
「ほんとですか?」
わかってもらえなくても仕方がないと思っていた私は、素直に嬉しいと感じた。自然に頰が緩む。おばさんも微笑みながら、言葉を続けた。
「うん。ちょっと違っているかもしれないんだけど……。私、小さい頃からずっと同じ家に住んでるんだけど、その家がだいぶ古くてね。でも、周りはリフォームしたり新しく家が建ったりしてて。だから、私の家だけ周りから浮いて見える。そこだけ、時間が止まってるみたいな」