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無意識の中のカナリア

 明くる日の放課後。窓の外では、今にも泣き出しそうな曇り空が広がっていた。日の当たらない教室。私は独りで、私の顔を手鏡に映していた。


 左目が大きく膨れ上がっている。左目に脈打つような流動を感じた。熱がこもっている。視界が時折、揺らぐことによって私の顔が醜く歪む。


 不意に、クスリ、という女の笑い声がした。急に人の気配を感じて私が目を向けると、私が座っている席の横に艶やかな黒髪のクラスメートが立っていた。


 幼い子に目線を合わせるかのように、膝を少しだけ曲げて私の顔を見る……。その仕草がいつかの、青磁色の着物に身を包んだ美しい女の姿と重なる。


 あまりにも突然、クラスメートが現れたので私の体は驚き、固まってしまっていた。女は私の見開かれた瞳を真っ直ぐ見つめながら言う。


「妊娠したのね、あなた」


「えっ」


 言葉の意味が理解できずに、さらに私は混乱した。


「本当になあんにも知らないの? あなたの左目、妊娠してるの」


 自分の妊娠にさえ気づかないなんて、と女は言う。クスリ、クスリ、とおかしそうに笑っている。それから急に、無表情になった。


「それで、その子どうするの? 産むの?」


 私に問う声は思わず身震いするほどに冷たく、凍てついていた。訳がわからなくて、私が何も言えずに黙っていると再び、クスリ、クスリ、女性らしく丸みを帯びた肩が揺れる。


「えっと……、どういう」


 逃げたくても机と窓とクラスメートに四方を塞がれている私は、愛想笑いを作りながら意味のない言葉を発してしまった。私の声をさえぎるようにして、艶やかな黒髪の女は話し始める。


「あなた、ご存知? 『ビールス』の血が流れている者の処女喪失の時にのみ、目から授かることのある子どもは十月十日よりもずっと早く生まれてくるの。生まれてすぐの姿は……、そう。小蝿のような昆虫に似ているわ。でも、少し成長した姿はちょうど黒ゴキブリを大きくして触覚を取ったものに似ているの」


 漆黒の瞳が、私の瞳を捉えていた。


「想像できるかしら? あなたの目からゴキブリの姿になるものが生まれるのよ」


 小蝿の姿の時に大半が潰されて死んでしまうのだけれどね、と口にする女の顔は悲しみに満ちていた。


「『ビールス』……?」


 無意識に私は呟く。それは途方もない話に思えた。気が狂っているとしか思えないのに、しっとりとした声が心に響く——。


「成長しきれば、目から生まれた子どもは美しい人間の姿になるわ。でも、その多くは居場所がなくて人間の向こう側の世界で『ビールス』として生きるの。親に捨てられたり、人間からぞんざいに扱われたりした記憶を持ったままね」


 漆黒の瞳の、黒が濃くなる。


「あなた、かわいそうだと思いませんこと?」


 そう言って、形のよい唇が閉じられた後。容姿端麗な女は制服のポケットから素早くナイフを取り出す。そして、鋭い刃の先端を私に向けた。


「えっ」


 恐怖に私の体がすくむ。予想もしなかった展開に、頭は完全に置いてきぼりだった。それでも、死にたくはない。


「待って、待って、待って、待って」


 両手を胸の前に掲げて、私は口早に言う。


「えっと、もうちょっと話し合いませんか?」


 必死に笑顔を作って、クラスメートを見る。顔に表情はなかったけど、それでもナイフの先端は床に向けられていた。

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