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『未来を夢に忘れて』


「ところで、何読んでたの?」


 机の上に開いたまま置かれているのは、古めかしい本。紙は黄ばんでいて、ところどころ染みに侵食されている。茶系の表紙の色が、本の縁から見えた。


「『未来を夢に忘れて』っていう本なんだけど、なんか、驚くことに読んでるところと、今の状況が似てるんだよね……。こんな偶然って存在するんだな……。読んでみる?」


「ん? どういうこと?」


 私は意味がわからずに、回された本の開かれているページを読む。


「………」


 本の中で、現在ここで私が黙ることになっていた。背筋が寒くなる。


「うわあ……」


 思わず声が出た。パラパラと前のページをめくる。次に後ろのページを熟読する——。


 彼は私に置いてきぼりにされたかのようだったけれど、お構いなしに読み続ける。何も書かれていないページまで読んで、音を立てて本を閉じる。勢いよく扉を閉めた時のような音がした。そして、私は口を開く。


「すばるくん。これ、燃やしておいて」


「え。これ、図書館の本……」


「たぶん大丈夫。弁償してくれって、そもそも言われないし……、言われても本が存在しないから」


「それは……、意味がわからないねえ」


「大丈夫、たぶん。存在しない」


「なんか、りほって、たまに変なことを言うよねえ」


 彼が「〜ねえ」という語尾で話す時はいつも、話をごまかしたい時だった。でも、私は気づいていないふりをして自分の主張を押し通す。


 とりあえず主張しておけば、彼はきっと自分が今、借りている本が図書館で借りられているかを調べてくれる。本が存在していなかったら燃やすし、本が存在していたら燃やさない。そういう人だ。


「後は——、変なことついでにもう1つ」


「な、なに?」


 彼が若干ひるむ。でも、私は取り合わずに言葉を続けた。


「しよっか」


「なにを?」


「だから……、やろっか」


 彼の顔を私は見ることができなかった。淡々と言いながらベッドに向かう。掛け布団の中に入って、彼のために半分スペースを空けた。


「え。結婚するまでしないんじゃ……。結婚する時に処女じゃないと中古だの何だのっていう男が多いから嫌だったんじゃ……」


 彼は私の心中を図りかねているようだった。きっちりカーテンを閉めて、私の横に寝転がってからも会話を続けている。私もそれに合わせた。


「うん。それに、処女の床上手ほど立場がいいものはないとも言った」


「うん。それに、社会も処女の床上手を求めてるとも言ってたねえ。経験がなくても即戦力になる人を欲しがってるって」


「でも、それ、いちゃいちゃした後に、本の中の人が言ってたの」


 ——本の中の人。それは、現状では確かに私自身だった。


 すばるくんが持ってきた本には私のことが書かれていた。それを読んで、私は本に書いてある通りに行動するのはもう嫌だと思った。私は私の意思を持って生きたい。


 本に私という人間を決められたくない。私はマンションの階段と同じように、私の存在を何かに決められたくはない。こういう人だ、って言われたくない。


 他の人に何がわかるの? 私のことは私が1番わかっている。そう。私の中の神よりも……。


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