過去と、今と、夢と、現実と
——場面が切りかわる。
場面が切りかわったので、私は夢の中で「これが夢であったということ」を認識した。でも、すでに見た夢の内容は忘れ去られてしまっていて、「これが」が何を示していたのかはわからない。
そうして、ただ真っ白な空間に取り残されて、夢の中の私は焦っていた。どうも夢を見ている時間が長い気がする。つまり、盛大に寝坊してしまっている気がする。
——起きなきゃ、起きなきゃ。
そう思う。でも夢の中の私には、私の起きる方法がわからない。
どうすればいいのかわからなくて。途方に暮れてしまったところで、まぶたの裏に赤い光を感じて……、おもむろに私は目を開けた。
見慣れた天井が私を見下ろしている。窓から差し込む夕日の色が、薄暗い影のついた天井をほのかに染めていた。
やっぱり寝過ごしている、とすぐに私は認識したけれど、もう焦らない。今さら焦ってもしょうがないくらいの潔い寝坊だった。ベッドに重く接着している背中を起こす。
私の部屋には、彼がいた。さらさらの黒髪、眼鏡をかけた切れ長の目と長い睫毛。にきびの痕が残る鼻、かさかさした荒れ気味の唇。そして、今は見えないけれど綺麗な歯をしている——元12番めの死神の子。
「えっ。……すばるくん」
元12番めの死神の子と、現在の私は付き合っていた。昔、私の手を踏んだ彼。いじめっ子で無表情だったすばるくんは今、穏やかで優しい人になり死神の子の影は微塵も感じられない。今となっては1番、信頼している人だ。
でも、今まで1度もいきなり私の部屋に彼がいたことはない。すばるくんは丸テーブルの上で読んでいた本から目を離して、私を見た。
「おはよう。なんか、今日タクシーと事故っちゃって、体丈夫だから怪我はなかったんだけど、自転車が大破しちゃって前輪部分がぐしゃぐしゃで……。その自転車、放置するわけにもいかないから引きずって歩いてたんだけど、さっき下でおばさんに会って……、ここにいったん、自転車を置かせていただくことになりました。で、りほがもう帰ってきてるって聞いたから、部屋上がらせてもらったらなぜか寝てた……」
——りほ。莉帆。
久しぶりに、その低音で少しぽそぽそとした話し方で、自分の名前を聞いたような気がする。優しくて甘い声音。すばるくんは私と2人でいる時だけ、普段とは違う話し方をする。
だから、私も気持ちが子どもに戻ったみたいになって、声や口調や態度までもが変わってしまう。他の人からしてみれば、すばるくんは私の前では別人で、私もすばるくんの前では別人に見えると思う。
いくらでも聞きたいことがあった。それを頭の中で順番に並べながら私はベッドを降りて、すばるくんとテーブルを囲む。
「ほんとに大丈夫だったの?」
「うん。なんか、びっくりした。柔道なんてやったことないのに、柔道の受け身とるみたいになんか、綺麗に手をついて腕と肩でザザーッて移動したんだけど、パーカーが黒ずんで使えなくなっただけだった」
ザザーッて移動したところを再現する手の動きがシュールで、思わず吹き出してしまった。彼も口を押さえて笑っている。
確かに、白いパーカーは左肩から左腕にかけて黒ずんでいた。心なしか、布地も薄くなっている。
「それで、どっから歩いてきたんだっけ?」
さりげなく聞いてみると、空気が一瞬だけ固まった。彼の口から告げられる言葉は、予想通りの答え。
「わりと、大学から近く……」
「お疲れさま」
「うん……」
疲れを思いだしたのか、彼の表情が暗くなる。質問を変えて空気を入れかえよう、と私は思った。




