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スイカズラが匂い立つ部屋

 やわらかなベッドの上で、おもむろに私は目を覚ました。3角形の頭が2つ、ぼんやりと瞳に映っている。草木の葉のような色。


 肌ざわりのよい布団に包まれながら、その色を眺めていると私はなぜか、あたたかい気持ちになった。体の力を自然に抜いていられる安心感の中で、だんだん私の視界は明るくなっていく。


 両脇から2つの頭が私を見下ろしていた。飛び出している目は驚いているわけではない、見慣れた顔。瞳と瞳が合い、私は自分と自分以外のヒトの存在を感じる。私と、私の1番めの神々が、ここにいる。


 そう。私は幼少の頃から、心の中で両親のことを『1番めの神々』と呼んでいる。両親は私にとって、絶対的な存在。私の瞳には、両親の姿がヒトではないように映ることがある。


 私の1番めの神々は、水かきのついた両手で頬の張った口を押さえていた。口の端からは、ふわふわの綿あめがこぼれている。もぐもぐと、神々が口を動かすたびに頰がしぼんでいく。


 辺りには、私の好きなスイカズラの匂いが広がった。だから、甘やかな香りのする綿あめが私の翼であると気づくのに、時間は必要なかった。


 もちろん、私は普通の女子高生だから、物質としての翼は持っていない。この翼は、私と私のことを知る限られたヒトにだけ、感じられるもの。現実のものに言いかえるなら、精神的な自由に近い。


 心に余裕を失った体が、鉛のように重くなっていく。両足が上から抑えつけられているような感じがした。私は抵抗するように、ゆっくりと体を起こす。


 いつもより軽いはずの背中が、けだるそうにシーツから離れた。足元の方に大きな白い残骸があり、思わず目をぎゅっと、つむる。


「どうして、私の翼を食べたの?」


 私には。どこから自分の声が出たのか、わからなかった。それどころか、私の声という認識も、ひどく曖昧なものになっていく。


 何も見えないままに届く、音量が不均一な声も。内側に響く私の鼓動も。雑音ばかりの雨に似ている。アンバランスな音。それに対して、1番めの神々が声をそろえて答える。


「お腹が空いていたからだ」


 無色透明な声は澄んでいて、バランスの取れた音に聞こえた。完璧な声。1番めの神々は、いつだって私よりも正しくて、優れている。そのことが、常識であり、定めであり、同時に神が神たる由縁でもある。


 でも、神々の声音は今。何の感情も伴っていないように、私には思えた。答えも特別なものではない。予想通りのもの。


「お前も食べるか? 私たちの愛しい子」


 布団の上に散らばっていた羽根が、なでるように両腕でかき集められて、1番めの神々によって差し出される気配がした。


 誘いを断っても、何も食べるものはない。十分、わかっている。でも、私は目を閉じたまま、首を小さく横に振った。


 くるくると癖のついた髪が顔の両側で、わずかに揺れる。青ざめた私の顔は、すっかり強ばって硬くなってしまっていた。


 視線を感じて、そっと目を開く。上目づかいに神々の顔色を伺うと、にっこりと神々は微笑んでいた。その表情を目にした瞬間、私は慌てて笑顔を取りつくろう。


「お腹、空いてないの」


 妙に、自分の声が体の中で反響する。気分が悪い。布団の下で握った手が、小刻みに震えている。


 部屋には威圧的な空気が漂っている。神々に嘘をついた罪悪感が私を襲う。いたたまれない気持ちになった。


 せっかく起こした体を、私は再び寝かせた。何も触れないように丸くなって、布団を深くかぶる。もう何も見えないのに、ぎゅっとつむった瞳からは、涙が流れた。


 こうして21度めの翼を失った私は、「私」であるようにも「私」でないようにも思えた。

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