マリーナの焦り
夜ふと目を覚ますと、マリーナがベッドにいない。
外に気配がするので心配はないけど、確認しておこう。
「……お兄ちゃんはどこに行くの?」
フィーリアは気付くよな。
「マリーナが外で素振りをしてるから、見に行くんだ。結界があるから心配しないでグッスリ寝るんだぞ」
フィーリアの頭を撫でて毛布を掛ける。
「グッスリ寝る方法が解らないよ?」
「……平和に過ごせば、そのうち解るよ」
夢の中で何かを求めるように手を動かす結衣を、フィーリアの横に移動させる。
フィーリアに抱き付くと安心したように寝息を立てた。
フィーリアは半眼を少しだけ大きくして固まったが、腕を掴んで結衣の体に回させると、キョロキョロ慌てながらも目をギュッと瞑った。
パンツ丸出しでお腹を見せているアリス先生の寝姿を整えて、オレはテントの外に出た。
月明かりに照らされたマリーナが、結界のすぐ外で一心不乱に剣を振る。
汗が光に当たってキラキラしながら飛び散る。
「……マリーナ、無理はするな。昼間の戦いで疲れてるだろう」
オレの声を聞いて、ハッとしたように振り向く。
集中しすぎて気付かなかったようだ。
「はぁはぁはぁ…………旦那様、起こしちゃった?」
「いや、結界があるから音は聞こえないしな。たまたま起きただけだ」
「そっか……よかった。迷惑かけちゃったら本末転倒だもん」
思い詰めてるな。
基本的に同じだけ訓練をしたら、男のほうが強くなる可能性は高いんだから、オレとマリーナに差があっても、それはたんなる性差でしかないだろう。
あとはオレが才能に恵まれただけだ。マリーナだって才能は十分にある。
「違ったら聞き流してくれ。もしオレの役に立ちたいとか考えてるなら、無理をしても嬉しくないぞ。強い仲間が必要なだけなら集めるのは簡単だ」
エメラルドのような瞳がオレを見詰めて言葉を待つ。
オレもしっかりと見詰め返して、素直な言葉を伝える。
「強くなるのはいいことだし、必要な状況だろう。でも、強い仲間よりもマリーナがいいんだ。力だけに拘って自分を見失わないで欲しい。家族みんなで強くなろう。弱いうちはオレがなんとか守ってみせるから」
オレはまだまだ強くなれる。
必ずみんな守れるはずだ。
「……騎士は夢だけど……たまにはお姫様でもいいかな。旦那様の顔を立ててこそ、できるお嫁さんだし……ちゃんと守ってね?」
マリーナを抱き締めようと近付く。
「ダメッ! 汗臭いから!」
ぴゅ~っと逃げたマリーナは、収納の指輪からタオルを出して汗を拭く。
汗を拭き終わると香水を使う。フルーツのような甘い香りがここまで届いてくる。
「……準備完了! さあ、強く抱き締めて!」
ムードがないな~。
甘い匂いに腹が減ってきそうだけど、オレとマリーナは月明かりの下で抱き合った。
マリーナはオレの胸に顔を埋める。こっそりと泣いたのを誤魔化すようなテンションは、オレの腕の中で消えていった。
気持ちが落ち着くまで抱き合っていたオレたちは、マリーナの可愛いアクビを合図にしてテントに戻った。
ベッドに潜り込むと眠気が襲う。マリーナもトロンとした顔で、今にも眠りそうだ。
「……なんか甘い匂いがする……」
アリス先生が眠ったまま鼻をクンクンする。
夢で美味しい物でも食べているようで、口をモグモグし始めた。
少しずつマリーナのほうに寄っていく。
アリス先生が、小さな口を思いきり開けてマリーナのお尻にかぶり付いた。
「きゃあああああ! アリス姉様、寝ぼけないで! 痛い!」
桃の匂いに釣られたか?
「結界があるから大丈夫だけど、夜営中に大きな声を出さないほうがいいよ? マリーナ姉様……」
やはり起きてるフィーリアが、マイペースな発言をする。
「ふぁ~。マリーナ奥さま~。ご近所動物さんたちに、ご迷惑ですよ~」
目を擦りながら、レイラが変なことを気にする。
「……うゆ? ふぁんで、ふぁたしはファリーファのほぉしりに、ふぁみついてふんだ?」
「そう思うんだったら、噛み付いたまま喋らないでよ!」
アリス先生のネグリジェが捲れて、またパンツ丸出しになってる。
「……悪い悪い! 寝ぼけてお尻を食べちゃったな」
「姉様のばかっ!」
眠気も吹っ飛んだらしい。
これだけ騒いでも寝ている結衣に、マリーナは羨ましそうな目を向けた。
結局、お尻の痛みで眠れなくなったマリーナと、お腹が空いて眠れなくなったアリス先生のリクエストで、レイラが夜食を作ってくれた。
落ち着いて眠れたのは、空が白み始めた頃だった。眠い。
翌日もスラッシュスライムを捜して歩き回り、夜には疲れて眠る毎日を過ごす。
マリーナも馴れたのか、簡単にとはいかないものの、初日のようにダメージを受けることもなく倒せるようになった。
途中で魔力が切れることもなく、余裕ができたので、マリーナはご機嫌だ。
依頼以上の数を倒したので、オレたちは街に戻ることにした。
冒険者ギルドで報告をしてから、宿に戻る。
翌日にはスライムの鑑定も終わり、報酬を受け取った。
他の冒険者たちも、オレたちのことを一目置いているらしく、いろんな誉め言葉を掛けられた。
特に興味を引く依頼もなかったので、宿に戻ったオレたちは、今後の予定を話し合った。
「ユートさま~、お城に行かなくても宜しいのですか?」
「そういえば呼ばれてたな……うっかり忘れてたな」
「さすがに顔を出さないと怒られるんじゃないか?」
「そうですね。事の顛末も気になるし、そろそろ王都に帰りましょうか」
捕虜から情報も手に入っただろうし、帝国とのことや、同盟国への使者のことも聞いておきたい。
最悪の事態になるかもしれないし、結衣たちの安全のためにも知っておかないと。
「結衣はもうちょっと居たかったな~。アイドルに会いたかった」
「放送局の前をそれとなくウロウロしてましたからね~、お嬢さまは」
そんなことしてたのか。
会わせてやりたいけど、伝はないしな。
王に頼めばアイドルにも会えそうな気はするけど、王に頼むようなことじゃないしな。
「……王都に戻るの? 何しに戻るの?」
コテンと首を傾げるフィーリアは、少しだけ憂鬱そうに見えなくもない。
「王都は嫌いか?」
「前の仕事の拠点があるよ。好きか嫌いか判らないけど……」
暗殺者をやらせていた貴族の家があるんだったな。
取り潰されたから貴族は住んでないけど、建物自体は残ってるし、売りに出されているだろう。
「フィーリアの前の仕事って冒険者か?」
アリス先生の何気ない一言に、フィーリアは少しだけ悲しそうな顔を見せる。
「……聞いちゃダメだったか?」
「えーっと、フィーリアの前の仕事はですね、貴族の家で働いていたんですけど、貴族が死んじゃって」
「そっか……悪い、フィーリア! 嫌なこと聞いちゃったな」
謝られるのが不思議なのだろう。
フィーリアはどうしていいか判らないような顔で、オレに助けを求めるように目を向けてくる。
「先生、フィーリアは嫌なことを聞かれたんじゃなく、何て説明すればいいか判らないだけですよ。嫌な貴族だったんで」
「そっかそっか、よかった」
安心したように笑った。
「リアお姉ちゃんの働いてたお家の人、悪い人だったの?」
「……うん、そうだよ? お兄ちゃんが退治したんだよ?」
「叔父ちゃんはスゴいね! 悪い人やっつけたんだ」
まあそうだけど、綱渡りな感じで誤魔化すのはキツいな。
「とにかく、王に謁見して情報を貰おう」
これ以上のピンチにならないように、話を戻した。
みんなも反対意見はないようなので、王都に帰ることに決まった。




