アリス先生たちのピンチ
目の前のアークデーモンの圧力に、構えたはいいが動けないマリーナ。
アリスは魔力を高めているが、いま撃っても簡単に避けられてしまう。
アークデーモンが一歩近付くと、恐怖のために一歩下がってしまう。
「小娘ども、たっぷりと遊んでやるから喜ぶがいい。大人として子供の遊びに付き合うのが、人間の流儀らしいからな」
威圧的と言うよりは、優しい声音で静かに話している。
だが、その場にいる人間たちには恐怖でしかない。
味方であるはずの帝国兵士たちですら、怯えて距離を取っている。
マリーナは、震える体を無理やりに奮い立たせ、剣を握り直した。
「いくわよ! 姉様は魔法の準備を!」
「魔力はもう十分だ! 半分くらいしか残ってないけど1発で決めるぞ!」
アリスの言葉に勇気付けられたマリーナが、アークデーモンに向かって走り出す。
全力の身体強化で走るマリーナは、15mほどの間合いを、まばたきするほどの時間で侵略した。
「閃光雷神突き!」
魔力を纏った剣が放電しながら、アークデーモンの体に吸い込まれるように命中した。
「……人間の攻撃にしては中々だったぞ」
「そんなっ! 全力の一撃なのに!」
マリーナの剣は、魔力に覆われたアークデーモンの皮膚にすら刺さらず、簡単に防がれてしまった。
その圧倒的な力の差に、マリーナが茫然となるのも無理はない。
幼い頃から毎日のように鍛えた剣、勇人に出逢って、少しでも助けになりたいと身に付けた必殺技が、傷一つ付けられないのだ。
「悲観することはない。後ろにいる連中なら確実に死んでいるからな。ゴブリンロードにもダメージくらい与えられるだろう」
「はぁ! やぁ!」
諦めずに連続で斬り続けるマリーナだが、その攻撃が効果を発揮することはなく、マリーナの体力と魔力を削るだけだった。
「マリーナ、下がれ! アタシの魔法を食らわせる! おい悪魔! 怖いからって避けるなよ!」
人間を甘く見て、自分を傷付けられるはずがない。
その態度に傲慢さとプライドを感じたアリスは、挑発をして避けないように仕向けようとした。
「ヴォルテックス・ブラスト!」
マリーナが離れると同時に魔法を放つ。
強烈な竜巻がアークデーモンを包み込み、切り刻みながら炸裂する。
四方八方から風が炸裂するたびに、アークデーモンの体が弾かれる。
周囲の被害も相当なものだ。風が地面を削り取り、岩のような塊が空中に吹き飛ばされ粉々になる。
吹き付ける暴風はアリスやマリーナ、そして帝国兵士たちをジリジリと後退させていった。
「魔力が尽きるまで食らわせてやる!」
この魔法は、ゴブリンの群を吹き飛ばした炎のルイン・サンフレイムや、氷のエターナル・グレイシアと同じく、風の必殺魔法だ。
消費魔力が大きく、1日に2発が限界という、アリスの切り札の1つだった。
これが効かなければ、アリスとマリーナに打つ手はない。
副次効果で、吹き飛ばされた岩などが敵に直撃して倒しているので、数を減らすことには効果があったが、アークデーモンを倒せなければ意味はないだろう。
「はぁはぁ、もう魔力がない。ポーションを飲もう」
アリスの魔力量では気休めにしかならないが、回復しないよりはマシである。
魔力がなければ、アリスの身体能力は小学校高学年の少女と変わらない。
そんな状態ではアークデーモンはおろか、帝国兵士にすら敵わない。
2人は祈るように、竜巻で巻き上げられた砂埃が晴れるのを見つめた。
「これで倒せたとは思わないけど、かなりのダメージはあるはずだ」
「相手の魔力はだいぶ減ってるから、姉様の攻撃なら通じるわ! もう一発撃てる?」
「ポーションで回復したけど、必殺魔法を撃てるほどの魔力はないぞ」
2人の会話が聞こえたわけではないだろうが、召喚士の男が勝ち誇った。
「私のアークデーモンがこの程度でやられるか! 私をバカにした報いを受ける時だ!」
砂埃が晴れると、無傷とはいかないものの、大してダメージを受けた様子のないアークデーモンが現れた。
あちこちから血を流しているが、どの傷もそれほど深くないのは、アリスたちにも理解できていた。
「少々痛かったが、人間の魔力ではこんなものだ。だが我に傷を付けたことは誇るがいい」
ダメージを受ける前とまったく変わらない足取りで、一歩一歩悠然と近付いてくる。
ジリジリと後退していくアリスたちを、愉悦の表情で追い詰めていく。
「人間をいたぶるのは悪魔の遊戯だ。付き合って貰うぞ?」
「かはっ」
言うが早いか、マリーナの体にアークデーモンの拳がめり込んでいた。
マリーナの魔力に覆われているはずの胸当てが砕け、マリーナは血を吐いて倒れた。
「マリーナ! このっ!」
アリスが魔力を纏い飛び蹴りを放つが、アークデーモンに足を掴まれて頭上で振り回された。
「きゃあああああっ」
遠心力で勢いよく投げつけられたアリスの小さな体は、数十m先の岩に叩き付けられ、岩を砕いた。
「ね、姉様……食らいなさい!」
アリスのほうに向かうアークデーモンの足止めのために、マリーナが立ち上がり、アークデーモンの目に突きを放つ。
しかしアークデーモンは手の平で受け止め、剣を握り締めるとへし折った。
「お前の攻撃では我に傷は付けられん。おとなしく寝ているがいい」
「うっぐっ」
マリーナの首に手を伸ばしたアークデーモンは、首を掴み持ち上げた。
息が出来ずに意識が薄れながらも、蹴りを放って抜け出そうともがく。
「離せぇぇぇ!」
頭から血を流しながらも、目には力強い赤い光が宿り、アリスは叫びながらアークデーモンの腕に蹴りを当てた。
ダメージがあったわけではないが、横からの衝撃に腕を離した。
「ケホッケホッ」
「マリーナっ、大丈夫か!」
「だ、大丈夫よ、姉様。ありがとう」
2人で距離を取りお互いの状態を確認する。
「あとどのくらい持ちそう?」
「アタシは魔力が3割くらいしか残ってないから、あいつにダメージを与えられそうな魔法を2~3発で終わりだ」
必殺魔法を放つ魔力はないが、かすり傷でもダメージを与える威力の魔法なら数発撃てるようだ。
「私は魔力は半分くらい残ってるけど、もともと姉様より魔力が低いから、姉様の魔力のほうが多いと思うわ」
2人して覚ったのは、勇人が来るまで逃げるしかないということだ。
そう理解した2人は、相手との距離を取り、自分からは仕掛けず回避に専念した。
大きな翼で空を舞い、急降下からの一撃で大地を砕いていくアークデーモンに、アリスとマリーナはどんどん追い詰められていく。
足場が崩れて回避しづらくなったために、完全に回避できなくなった。
砕けた大地の欠片が、避け損ねた2人の体に細かな傷を付けていった。
「……はぁはぁ……もうダメ、避けきれない」
「しっかりしろ! 勇人がもう少しで来るはずだ!」
アリスを庇いながら避けているマリーナは、特に傷が多くなり、最初に食らった一撃も尾を引いていた。
絶体絶命かと2人は諦めかけていた。
(誰だか知らんが味方を放っておいていいのか?)
その時、どこからともなく頭の中に声が響いた。
「なんだこの声は! 小娘ども、何をした!」
急に頭に響いた声に驚いたアークデーモンは、2人を問い詰めた。
「勇人の声だ! もうすぐ助けに来てくれるぞ!」
「や、やっと旦那様が来る……」
(ゲオルギウスの槍!)
「なんだこの声は!」
いきなりの念話に混乱していると、勇人がアジトの中から敵の反応に向けて、必殺技を放った。
その技は貫通力を高めていたため、アジトの壁を全てぶち抜いて飛び出してきた。
「しまった! 主!」
壁を貫いて飛ぶ青い光の槍は、召喚士の男に狙い違わず向かった。
それに気付いて、アークデーモンは全力で主の下へと向かうが、このスピードで突っ込むと自らの主人を傷付けてしまう。
その躊躇いが仇となり、主人を抱えて避けることが不可能になった。
仕方なしに盾になる。光の槍と主人の間にギリギリで割って入ることに成功した。
しかし、アークデーモンの背中から光の槍が刺さり、腹まで貫通していた。
「グオオォォォォォォォォ!」
獣のような叫びが響き渡り、アークデーモンは膝を突いた。




