母娘
「それでユートさまがご自分の褒美を変えてくれて、いまは楽しく仕事してるの~」
実家で安心しているのか、レイラはいつも以上にのんびりしているようだ。
煌力製品などない家なので、湯を沸かすのにも時間が掛かるため、レイラが得意な紅茶ではなく、ミルクを飲みながら話している。
「そうだったの……手紙じゃ、お城から英雄の所に派遣されたとしか書いてなかったから」
レイラによく似た、30代に見えない顔をホッと緩め、目の前の娘と同じ表情で笑った。
「数日でいろいろあったから~。全部は書ききれないわよ~」
この世界では、一般庶民が手紙など頻繁に出せるはずもなく、親としては心配になって当然である。
それでもレイラは、毎月の仕送りと一緒に手紙を出しているので、他の人間より親孝行しているほうだ。
「……それより~、お母さん。仕送りが届いてないわけじゃないよね~?」
狭い部屋を見渡して、レイラが心配そうに口を開く。
村に行く商人に任せているので、お金を抜き取られるとは思っていないが、あまりにも生活環境に変化が見られないので、レイラは不安になったようだ。
「ちゃんと届いてるわよ。手紙でもお礼を書いたでしょう?」
「そうだけど~。けっこう送ってるのに、生活がラクになってないよ~?」
母の生活がラクなればと送っているのに、まったく役に立っていないのでは、それは不満だろう。口を尖らせて拗ねている。
「レイラの将来のために貯めてあるのよ。娘が働いたお金を無駄遣いできないわ。気持ちだけでいいの」
親の心、子知らずと言うが、子の心、親知らずも世の中多い。
この母子はお互いを気遣ってスレ違うという、ままならない話だ。
「苦労して育ててくれたから、お返しがしたいのに~」
「親なんだから育てるのは当たり前でしょ? 裕福とは言えなかったけど、ちゃんと育ってくれて嬉しいのよ」
この世界では地球の先進国と違い、十分な医療を受けられない。
村では子供が成人する確率は3割程度なので、成人するだけで幸運なのだ。
それが成人しただけでなく、仕送りまで出来るくらいまでになってくれたのだから、親としては感無量といったところだろう。
「それより、レイラ。ユートさまのことを教えてよ。王様に呼ばれるくらい活躍したんでしょう?」
お金の話などつまらない、とばかりに表情を一変させて尋ねる。
レイラは溜め息をついたものの、自身も勇人の話のほうが嬉しいようで、満面の笑顔で話し始めた。
「この前は有名な盗賊団を倒して~、伯爵さまがパーティーを開いてたよ~」
外から聞こえる子供たちの声を聞きながら、母子の会話は途切れることなく弾んでいった。
一方、鬼ごっこを終えた勇人たちは、喉が渇いたので休憩していた。
指輪に入っていた果物を使い、ジュースを作る。煌力製品など見たこともない子供たちは、真剣な顔で凝視する。
「なんかすげー! 果物を入れたらジュースになった!」
「甘くて美味しー!」
「アリス姉ちゃんが作ったのはマズイけど」
「ユイちゃんの作ったのは美味しい!」
子供の素直な評価を聞いて、アリスはショックを受けて地面に四つん這いに崩れた。
「お馬さん!」
それを見た4歳くらいの子供が、アリスの背中に飛び乗った。
「アタシは身体強化してないと貧弱なんだよー」
そう言いながらも、四つん這いのまま歩き出した。教師なので面倒見はいいのだ。
「お兄ちゃんは抱っこしてジャンプ!」
勇人にべったりなのは6歳くらいの子で、抱っこして貰い10mくらいジャンプするのがお気に入りだ。
何度もせがまれた勇人は、変な癖を付けてしまい、やるんじゃなかったと後悔していた。
この男は興が乗るとやらかしてしまう悪癖があるようだ。微妙に常識がないのでやらかしてしまうのだ。
「マリーナお姉ちゃん、動いちゃダメ!」
「休憩中くらい動いていいでしょ!」
マリーナの前には、結衣から貰ったお絵描き道具に夢中な女の子だ。
結衣と同い年なため仲良くなり、結衣のお絵描き道具を譲り受けてから、ずっとマリーナを描いている。
中身はチョロい女の子だが、見た目は幼く見えても美しいのでモデルになっていた。
「旦那様~、助けて欲しいんだけど……」
「オレもっ…………いまはっ…………忙しいっ」
子供を抱えて飛び上がるといった動作を繰り返しながら、勇人はマリーナに答えた。
「ひゃ~~、おもしろ~い! あっ、鳥さんだ!」
疲れる勇人をよそに、子供はそばを飛ぶ鳥に手を伸ばして逃げられる。
鳥の近くに跳んでと、ねだってくる子供に、面倒なので空を飛んでみせると、他の子供たちまで殺到した。
「あんたも行きなさいよ~」
「マリーナお姉ちゃん! 動いちゃダメ!」
絵に夢中な女の子は微動だにしなかったので、マリーナの苦難は続きそうだ。
「もうポーズ取るの疲れたし、喉がカラカラなのよ~」
「描き終わるまでダメ!」
この性格を鑑みると、将来は芸術家になるかもしれないが、今のマリーナにはまったく関係ないので、つらいだけである。
「ユイちゃんの叔父さん凄いね!」
「羨ましいな~」
「えへへ、叔父ちゃんは結衣のことを、いつも大事にしてくれるの!」
身内に凄い人間がいると、人はなぜか羨ましがるが、本人が凄いわけではないので劣等感を感じやすい。
しかし結衣は純粋に喜び、勇人のことを誇りに思っていたのだった。
普段は大人に囲まれている結衣は、同年代の子供たちと遊ぶことで、いつもより楽しそうだ。
基本的に明るい結衣だが、仕事のある勇人たちに心配を掛けまいと気を張っている。
今日は勇人たちは仕事ではなく、周りに子供たちがいるので、結衣は汗だくになるまで遊び回った。
「ユートさま~、ご飯ができましたよ~」
遊び疲れた子供たちを、家まで送っていると、小走りのレイラが勇人を呼びにやって来た。
「アタシはハラペコだぞ!」
「アリス姉様はジュースを飲んだだけマシでしょ!」
しょーもない言い争いをする2人を宥めながら、レイラは食材を使ったことを詫びる。
「すぐに食事ですから喧嘩はダメですよ~。それとユートさま、食事を作るのに食材を使いました。私の家にはいい食材がなくて~」
「預けてある物は自由に使っていいって」
それでも一言断りを入れるのは大事なことなのだ。
特にレイラは生活費も預かっているので、その辺は気を付けていた。
稼げる勇人は無頓着なので、レイラがしっかり管理をしている。
アリスなども無駄遣いには煩いが、間が抜けているので向いていない。
生活に関することはレイラに丸投げが、この家族の当たり前だった。
話をしながらレイラの家に帰ると、ロザーヌが食事を並べている最中だった。
「みなさん、お帰りなさい」
自然にお帰りという言葉が出るところが、レイラの母親らしいと勇人は考えていた。
女性陣がすぐに手伝いを買って出ると、ロザーヌは嬉しそうに笑った。
「子供が増えたみたいで楽しいわ。レイラが出て行ってから1人だったから」
この世界の女の子は、嫁に行く時に家を出るのが常識だが、2人きりの家族だったので寂しいのは当然だ。
その言葉を聞いて、レイラは悲しそうな顔をしたが、勇人たちに見せないようにしていたので、誰も気付かない。
親孝行できなかったアリスと結衣は、自分の親にしてあげられなかった分を、ロザーヌにしてあげようと張りきった。
マリーナも母親を思い出したようで、いつもより更に子供みたいな顔で手伝いをしている。
そんなアリスたちを見て、レイラは新しい家族が出来た幸運を噛みしめていた。




