殺人の重み
「叔父ちゃん、おはよう!」
朝起きると、結衣がオレの上に跨がりながら顔を覗き込んでいた。
昨日の涙が嘘のように、ほわっとした笑顔で元気に笑っていた。
「おはよう……もう大丈夫か?」
「うんっ! 結衣は大丈夫! だって叔父ちゃんたちがいるもん」
元気になったのは嬉しいけど、無理してるんじゃないかと逆に心配になるな。
心配するオレをよそに、結衣がにへっと笑って嬉しそうに尋ねてきた。
「新しいお家を買うんだよね?」
「ああ、立派な家を買って、結衣をお姫さまにしてやるからな!」
ビックリするくらいデカい家を買って、賑やかな家にしてやろう。
アリス先生もメイドがいっぱい欲しいみたいだし、結衣も寂しくないだろ。
「結衣はね、おっきなベッドがあれば嬉しいの」
「ここで買ったベッドより、倍くらいの大きさのベッドを買おうな」
オレの言葉に大喜びで抱き付いてきた。
グリグリと顔を擦り付けると、オレの服がじんわりと熱を持った。
泣いてるけど安心な反応だな。強がったり、安心させようと泣かないほうが困る。
静かに泣く結衣の頭を、アリス先生たちが起きるまで撫でていた。
メイドのレイラは実は起きていたみたいだけど、言い出し難かったようだ。
あとで謝ってくるあたり、とても律儀で信用できる娘だ。
「設備がなくても、ユートさまが買った煌力製品のおかげで苦労がありませんね。さすがです。これがユートさまの言っていた投資ですね!」
「あ、ああ、まあね。だから言っただろ?」
完全に無駄っぽい物もあるけど、レイラのお蔭で誤魔化せそうだ。もっと言ってやれ。
「ほんとにな~。勇人には深い考えがあったんだな!」
深い考えはあるけど、それに関しては別にないです。乗せられて買っただけだから。
でも、そんなチョロいアリス先生がオレは好きです。
「旦那様は生粋の戦士だもん。準備は万端に決まってるわ!」
「そんなに誉めないでくれ」
心が痛むから。
見た目はアレだけど美味しい朝飯を食べたあと、オレとアリス先生は支度を始める。
「あれ? 叔父ちゃんたち、どっか行くの?」
そういえば結衣は寝てたから知らないんだった。
「ユイお嬢さま、ユートさまたちはお仕事に行くんですよ。お嬢さまも街の皆さんのお手伝いをしましょうね?」
「街を直すの?」
「はい。皆さんのためになる立派なお仕事ですよ~」
どう説明して留守番を頼むか悩んでたけど、レイラが上手く誘導してくれた。
「えへへ、結衣が街を直すんだ。みんなのお家を……」
ほっぺに手を当てて上気している。
よかった、乗り気だな。自分で街を直すのが琴線に触れたらしい。
「オレたちは街の再建を邪魔する悪者を倒してくるから、頑張るんだぞ……マリーナは2人の護衛を頼むな」
「任せて! 指一本だって触れさせないから!」
支度が終わったので、盗賊が仕事に出掛けないうちに行くか。
扉を勢いよく開けた結衣を、レイラがさりげなくピッタリ後ろに付く。
マリーナは慌てて追い掛けるあたり、2人の技能の違いが見えるな。
オレとアリス先生は、元気に走って行く3人とは逆のほうに歩き出した。
結衣たちは街の中心にある臨時市庁舎に、オレたちは街の外での仕事だ。
森に行くので、アリス先生も普段着ているお洒落な服ではなく、森の木々で体を引っ掻かないように厚手のローブを着ている。
足元もトレッキングブーツで固めていて、デコボコした道でも捻挫したりする可能性は低いだろう。
オレ自信は動きやすさ重視なので、武道着の上に厚手のマントを羽織っている。
ヒラヒラしているので、戦いの時には目眩ましにも使えるし、膝下まで隠しているので動きが読まれにくい。
「盗賊とはいっても人を殺すんだから、つらいならアタシがやるからな! 先生に頼るんだぞ!」
「大丈夫ですよ。これでも戦争経験者に子供の頃から心構えを叩き込まれてますから……それに、オレは大事な人を最優先しますから、先生の命に比べたら蚊を潰すのと変わりません」
「なっ、何言ってんだ! アタシを見詰めるな! 恥ずかしいだろ! 慣れてないんだぞ?!」
さすが彼氏いない歴27年。迂闊に真面目な話もできないな。
「先生、謝るんで静かにしてください。まだ反応がないとは言っても、魔物や猛獣の反応はありますから」
「ご、ごめん…………何でお前だけ冷静なんだよ、戦闘バカっ」
小さい声で呟いても、オレは耳がいいから聞こえてるよ。
戦闘バカなんじゃなく、慎重派なんだよ。守るものがあると慎重にならざるをえない。
まだ索敵には引っ掛からないが、見つからないように静かに歩く。
薄暗い森なので、静かだと少し怖いらしく、アリス先生が心なしか近付いて来ている。
オレは、怖いんですか? なんて聞いたりはしない。アリス先生のプライドを傷付けるからな。
「先生、そろそろ人間の反応が近いですから、足跡を残さないように歩きたい。オレの背中に乗ってください」
少し言い訳が入っているが、斥候役の盗賊らしき反応が、集団を中心に何人かバラけているので、足跡に気付かれると奇襲にならない。
「わ、わかった。別に怖くないからな! 作戦だから仕方なくだぞ?!」
テンパってるからといって、自分で言ったら気遣いが台無しだよ。
まあ薄暗い森で盗賊もいて、なおかつ魔物もいるし変な鳴き声の動物もいる。
オレは煌力のお蔭で、近付いてくる反応が分かるから大丈夫だけど、先生には分からないから怖いのは当然の反応だ。
「じゃあ、おんぶしてくれ。アタシは足跡を残さない歩き方なんか知らないから仕方ないし」
アリス先生をおんぶして歩く。
実際にこのほうが動きやすい。いちいち先生に指示しなくていいから、すぐに動ける。
オレは草を踏んだり軟らかい地面を避けたりしながら、軽快に歩いた。
斥候役に見つからないように近付いて、1人ずつ斥候を倒していくつもりだ。
「お前の体は鍛えててガッシリしてるな~。すごく心強いぞ?」
怖さがなくなったのか、先生はご機嫌だ。オレの首に短い腕を回し、小さな顔を向けてニコニコ笑っている。
やっぱり先生の目って綺麗だな。見てると照れるからあまり見ないけど。
「ありがとうございます。もう5分くらいで斥候の1人と接敵するので気を付けてください」
「わかった」
アリス先生が息を呑む音が耳元で聞こえる。
腕にも力が入って、緊張しているのが手に取るように伝わってきた。
オレは木を盾にしながら進み、斥候の盗賊に近付いた時には、すでに木の上に陣取っていた。
それから1分ほどで斥候が歩いてくる。
2人で組んで周りを警戒して睨み付けている。気を抜いたりしてないな。練度は高いみたいだ。
集団のほうは数の反応も多いし、大規模な盗賊団みたいだ。
オレたちが居る木の下を通り過ぎた敵の背中に、まずはアリス先生が魔法攻撃をする。
事前の話し合いで、アリス先生が譲らなかったからだけど、気遣いだと思うので何も言えなかった。
「……ラ、ライトニング!」
小さな手の先から稲妻が迸る。
まさに横から雷に打たれるようで、不意を突いたのもあって普通の人間に避けられるはずもない。
命中精度の低いアリス先生が考えたのは、予測して撃つよりも、速い攻撃なら当たるという単純なものだった。
背中に雷撃を食らい、悲鳴すら上げる余裕もなく倒れる2人。
焦げ臭い匂いが辺りに漂う。アリス先生はガタガタ震えていて、やっぱりオレが殺るんだったと後悔した。
「アリス先生、大丈夫です。アリス先生のお蔭で被害が減るんですから」
「や、やっちゃった……人殺しだ」
オレの声も聞こえていないようだ。顔面蒼白で死体を見ている。
その死体から視線を遮るように、アリス先生を抱き締めた。
必死でしがみついてくるアリス先生の背中を撫でて、オレたちはお互いの温もりだけを頼りにしていた。




