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結衣が泣いた日

 夜営中とは思えないほど快適な寝床で、みんなグッスリ眠る。

 神様から指輪を貰ったお蔭で、ベッドまで持って歩けるからラクな旅だ。

 強くなって稼いでも、移動速度を犠牲にしないと、ベッドなんて嵩張る物は持ち歩けないからな。神様、感謝します。


「う~、結界があるから大丈夫だと思うけど……見張りが居ないと落ち着かないじゃない……」


 マリーナは1人旅をしていたので、警戒しない夜営は慣れないんだろう。

 寝返りを繰り返しているマリーナに、オレにしがみついて寝ていた結衣を預ける。


「ユイちゃんはプニプニしたホッペで可愛いわね! ありがとう、旦那様」


 結衣を抱き締めて頬擦りすると、他のことは気にならなくなったのか、少しすると寝息を立て始めた。

 アリス先生を見習って、すぐに寝て欲しいもんだ。

 アリス先生は、オレがブレゼントしたヌイグルミを抱いて幸せそうに寝てる。

 パジャマまで着て、これっぽっちも結界を疑ってない。


 戦えないレイラでさえ、ユートさまが大金をはたいて買ってきた物ですし、大丈夫ですよ奥様、と安心しきって寝ている。

 貴族にも物言いをするだけあって、凄い度胸があるな。

 みんなが寝たから、オレもそろそろ索敵は止めて寝るか。何の反応もないし。




 ――――勇人が寝息を立てた頃、夜営地から数百mほど離れた所で、地面が蠢いた。

 その地面の下から、人間の手らしき物が飛び出して、両手で大地を掴むと体を持ち上げた。


「危ねえ危ねえ。まさかアイツの索敵がこんなにスゲエとはな。気付かずに進んでたらバレてたな」


 体に纏わりつく土を払いながら、その男は夜営地のほうをじっと見詰める。

 この男、索敵に引っ掛からないように、魔法で地面の下を進んで来たようだ。

 暗がりの先に目標が見えているかのように、男は楽しそうに笑った。


「あれが煌力を使った索敵か……俺たちの求める奴がようやく見つかった。せいぜい利用させて貰おうじゃねえか」


 野性的な目を細め、口元をつり上げて笑う顔は、邪悪なようでもあり、ヤンチャなようでもある。


「強くなって俺たちの役に立ってくれよ、ユートとやら。…………確認はこれくらいでいいか……冒険者だし捕捉は簡単だろう」


 男は(きびす)を返し暗闇に溶け込んで行く。

 最後に夜営地のほうに振り返り、ニヤリと笑った。


「やっと俺たちの悲願が叶う。ちょっと早いが礼を言わせて貰うぞ、ユート」


 その男は獣さえも真似できないであろう動きで、木々を飛び移って消えて行った。

 男の気配に息を潜めていた動物たちも、命が助かったとばかりに、急いでその場を離れた。






「はふっ、朝はつらいな~」


「アリスお姉ちゃん、顔を洗おう? 叔父ちゃんが買った煌力洗顔器があるよ!」


 アクビをするアリス先生を結衣が引っ張って行く。うんうん結衣、もっとプッシュしてオレが怒られないように頼むぞ。


「朝から訓練なんて、奥さまは元気ですね~」


「毎日の日課よっ! 私は絶対に騎士になるんだから!」


 オレは朝はつらいことも多いから、昼の時間が空いた時か、夜寝る前に訓練をしている。

 たまにはマリーナに付き合って、朝から訓練するのもいいかもしれないけど、旅の最中は体力を温存しておこう。


「マリーナ、朝飯の用意をするから汗を拭けよ。朝は涼しいから風邪引くぞ」


 オレはタオルを持ってマリーナに渡しに行った。


「ありがとう! ……でも汗臭いから近づかれたくないわ」


 女の子は気にするな。別に男は気にならないんだけどな。このへんの気持ちは理解して貰えないな。

 香水の消費量が激しいけど、稼げるので必要経費と気にしないでおこう。オレのほうまで飛び火しそうだし。


 レイラをメインに、結衣が手伝って朝飯が完成した。

 料理ができないオレとアリス先生は、力仕事が(おも)な仕事になるけど、料理をする女の子たちを羨ましそうに見ていたアリス先生は料理を覚えたいようだ。


「叔父ちゃんお皿出して~」


 みんなで食事をしたあと、のんびりお茶を飲み、どんな家が欲しいか話し合った。

 ユアンの街で新生活を始めた矢先に避難することになったからな。家が壊れていたら結衣はショックだろうし、家を買う話で元気が出ればいいな。

 両親を失った結衣は、家族に憧れがあるのか、家を借りた時に大喜びしていたからな。


「あのねあのね、結衣はキッチンが欲しいの! ママみたいに美味しいご飯を作る!」


「結衣ちゃんのご飯、美味しいもんな! いっぱい食べて大きくなるぞ! オッパイもな!」


 ママと言った時に、アリス先生の顔が少し歪んだけど、すぐに笑顔になって暗い雰囲気を吹き飛ばした。

 しかし、大きくなったらアリス先生っぽくないので、そのままでいて欲しい気もする。


 とりあえず立派なキッチンと、マリーナが訓練できる広い庭は決定した。

 アリス先生は大きい家を買って、メイドさんを増やそうと煩かった。(こじ)らせたな~。


「片付けも終わりました。そろそろ出発しませんと、今日の内に伯爵領に着けませんよ?」


 レイラの忠告にオレたちは腰を上げた。

 洗われた食器や煌力製品をしまい、飛行円盤を出すと、伯爵領に向けて出発した。




 領都カレイラに着く頃には夜になり、煌力製品の明かりに包まれた街で、酔っぱらいなどがフラフラする通りを歩く。


「酔っぱらいがいっぱいだな~。アタシも飲み屋に行きたいな~」


「アリス姉様、教育に悪いわ! ユイちゃんの前でダメでしょ!」


「ご、ごめん。……アタシは大人なのにな~」


 マリーナに叱られてシュンとしたアリス先生は可愛いな。まさに子供が()ねているみたいだ。


「なんで撫でるんだ! アタシはお前の先生だぞっ!」


 つい結衣にするように撫でてしまった。


「アリスさま、殿方は魅力的な女性に触りたくなるものです」


「おっ! そうかそうか~、アタシのあだるてぃ~な魅力に負けたのか。もっと触っていいぞ?」


 マリーナに助けられたな。しかしチョロい。大人扱いしてプロポーズすれば受けてくれそうだ。


「ユイお嬢さまも眠そうですし、宿を取りましょうね」


 そう言ってレイラは宿に入り、すぐさま部屋を取った。

 値切りまでして凄いな。金の管理を任せて良かったな。


 料理を自分で作ったり、借りた部屋の掃除などをレイラがすることで値引きして貰ったらしく、宿の人間に(わずら)わされることなく快適に過ごせた。


 翌日、伯爵の屋敷に挨拶に出向いたら仕事を請けた。

 集めた支援物資を運ぶ仕事で、ギルドを通さないので中抜きがない。

 家を買うのに金は必要なので、積極的に仕事を請けたいと思う。

 結衣がお世話になったので、ギルドにも挨拶に行ったら、結衣が囲まれて、あっという間にお菓子だらけになった。


「だからアタシにお菓子をくれるな! アタシは子供じゃないんだからな!!」


 アリス先生も人気だな。たんに冒険者たちが子供に優しいだけかもしれんけど。



 冒険者ギルドを(あと)にしたオレたちは、ユアンの街に向かって飛んだ。

 若い5人組が飛行円盤なんて高価な物を持っていることに、すれ違う商人たちが驚いていた。

 すれ違う時に話てみたら、彼らはユアンの街に資材や食料品を運んだ帰りらしい。

 街の様子を聞いて、結衣も心配になったのか、口数が少なくなった。

 急いで街に向かうオレたちは、ゴブリンの残党などを瞬殺しながら進んだ。


 空を飛んでいるので、夕方にはユアンの街に到着できた。

 壊れた門を修理している人たちに挨拶もせず、結衣は駆け出した。

 結衣を追い掛けると、歩き慣れた街並みは見る影もなく破壊され、こびりついた血の跡などは目を背けたくなる。


 少しだけ迷いながらも、見覚えのある建物の残骸を目印に、息を乱して走る結衣を追った。

 結衣が立ち止まった先には、崩れた建物があった。


「…………お家、壊れちゃった」


「……そうだな」


 建物を見つめる結衣の肩に両手を置くと、手の平から伝わる結衣の体温が熱い。


「……これから家族で暮らすお家だったのに……壊れちゃった」


「短い間しか住めなかったな」


 結衣の体が小刻みに震える。


「…………ぐすっ……うぇ」


 (うつむ)いた結衣の足元を、降り始めた雨のように涙が濡らす。

 オレたちは言葉もなく結衣を抱きしめて、ただただお互いの体温を確かめ合うしか出来なかった。

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