オレの恋心にケチをつけたのはゴブリンでした
広い草原に光が溢れた。その眩しさに小動物が逃げ出していく。
光が収まったあとに現れたのは勇人たち3人である。
目を開けた勇人たちは、景色が変わったことに気付いて、自分たちが異世界に来たことを実感したようだ。
「叔父ちゃん、みんな一緒だね」
「……ああ、そうだな。みんな一緒だから大丈夫。頑張ろうな」
結衣の言葉に緊張を解き、勇人は改めて周囲を警戒をし始める。
「魔物ってどんなだろうな~。出てきたら先生に任せるんだぞ!」
小さな拳を握りしめたアリスを見た2人は、妙に不安な気持ちになったようで、結衣が勇人にしがみつく。
「な、なんだよ~。そんなに先生は頼りないのか? 魔力は1番強いのに」
頬を膨らませて拗ねるアリス。このような仕草が子供っぽいのだ。
「まずは1番魔力の低いオレが戦うよ。オレの攻撃が通じるなら、2人の攻撃も効くはずだ」
「むー、まあいいか。でも危なくなったら逃げるんだぞ? 先生が守ってやるからな」
勇人は黙って頷き、背の高い草むらを睨み付ける。
「結衣、石を拾ってオレにくれ。それから離れてるんだ」
「う、うん。……はい、叔父ちゃん」
勇人の雰囲気から、2人とも何かあるのを覚り言う通りにする。勇人は結衣から石を受け取り、構えた。
アリスは結衣を背中に庇い、草むらから距離を取っている。
勇人が振りかぶって石を投げると、草むらから結衣と同じくらいの大きさの人型生物が5体飛び出した。
「叔父ちゃん、恐いよ……変な生き物が」
子供が恐れるのも無理はない。餓鬼のような不気味な生物に遭遇すれば、相手が弱かったとしても、地球人なら大人でさえ怯えるだろう。
「話が通じるとは思えないから、容赦なく殺すぞゴブリン」
勇人が右足を後ろに引いた構えから殴り掛かろうとすると、ゴブリンたちが騒ぎ出した。
『人間が攻撃してくるぞ』
『あの足の長さを見ろよ。変わった生き物だな』
『ホントだな! 腹も出てないし』
『後ろにいるチンチクリンは、ゴブリンだとしても腹も出てなくて色気がないな』
『肌も滑らかでザラザラしてないしな!』
神様のお蔭か言語があるなら魔物の言葉でも解るらしい。ゴブリンの言っていることを聞いて解るのは美的感覚の違いだろうか? と勇人が冷静に考えていると、アリスの瞳が上質なルビーのように真っ赤に染まっている。
尋常ではない気配に思わず勇人は振り返ってしまい、敵から目を逸らすというミスをおかす。
「ゴブリンにだけはチンチクリンなんて言われたくねぇぇぇぇぇぇ!!」
勇人が止める間もなく、アリスがマフィアも逃げ出しそうな迫力とチーターのようなスピードでゴブリンに殴り掛かった。
『ぶふへぇぇっ!』
骨の砕けた音とゴブリンの断末魔の叫び、そして風の吹く音が草原に響き渡る。
『レオナルドがやられた。メスが怒ったぞ! ドブネズミの肉で機嫌を取れ!』
「そんなもの食べるかぁぁぁぁ!」
跳び蹴りをくらったゴブリンの首が変なほうに曲がった。聞こえる声は可愛らしいのに、聞こえる音がエグい。
勇人は戦うことを諦めて結衣の目と耳を塞ぐことにしたらしい。やりきれない表情でアリスの暴虐を見ている。
その顔は、定年間際まで1日も休まずに働いたのに、嫁には逃げられ、子供はグレたサラリーマンのようだ。
ゴブリンの首が飛んできた時は、おまけに会社が倒産したと、社長の話を神妙に聞いている感じだ。
爆発音と共にゴブリンがバラバラになった瞬間、まるで全てを失った哀愁すら感じる。16歳の表情ではない。
お前のためなら死んでもいい! と言った男でさえ、自分で何とかできるんじゃね? と言いそうだ。
結衣に至ってはゴブリンが出た時よりも怯えて、勇人に抱きついていた。じんわりお漏らししている。
「はぁはぁはぁっ…………、ビクトリィィィィ!!」
突き上げる腕の先に赤く輝く2本の指は、勝利のVサインなのか。
魔力が強すぎて体から溢れ、覆っている。穴だらけのゴブリンの死体があるので、あの指すら凶器になるようだ。
「先生、オレが戦うって言っただろ?」
「あはは…………ごめん。ついカッとなっちゃったんだよ。異世界に来てまで、しかもゴブリンなんかにバカにされてさ~。チンチクリンって言われたんだぞ?」
怒るのも当然といえば当然だが、魔力の低い人間でも戦えるのかということは判らない。
「ねえねえ叔父ちゃん、怪物の頭にある石を取ろうよ。女神様がお金になるって言ってたし」
言い争いになる前に、結衣は勇人の服を引っ張って話を逸らした。
「それもそうだな。お金は必要だし、街に着いたら情報も集めないと」
「それも必要だけど街に入れるのか? このくらいの文明だと税の取り立てとか心配だぞ。通行税とか必要かもしれないしなぁ」
アリスの言うことも、もっともだ。神なのでその辺りの事情を、まったく知らないのか気にしていないのか判断が付かない。
勇人とアリスは、もう少し聞いておけばよかったと早くも後悔している。結衣は税金など理解していないようで、ポヤ~っとした顔で見ている。
難しい話に飽きたのか、花を見ることにして、離れそうになると勇人に捕まった。
「身分証とかってどうなるんだよ? アタシは居酒屋で止められるみたいなのはイヤだぞ」
居酒屋以前に街に入れるか怪しい。
「取り敢えずは、服をボロボロにして落としたことにでもするしかないんじゃないですか?」
「服を破るのは困るぞ。一張羅なんだからな! 服なんて買うような余裕ないし」
緊急時にもワガママを言う女性の気持ちは勇人には理解できないものだったが、兄と義姉を見ているので素直に認めておく。
「それなら、2人は子供なのでオレがまとめて持っていたことにしますか?」
「子供のふりはイヤだけど、服を破るのはもっとイヤだから仕方ないか~」
そこで駄々をこねないだけの理性はあるらしい。ゴブリンと戦った時は理性の欠片もなかったが。
「それならアタシをアリスと呼ぶんだぞ? 子供相手に先生なんて呼ぶのは変だからな」
誤魔化すために、お互いに名前で呼ぶことにして、ゴブリンの魔石を取り外す。
破った勇人の服に包んで持つことに。アリスたちは触るのを嫌がったためだ。
「それじゃあ、出発しようか、結衣、アリス。道っぽいのを進んで行けば街に着くだろう」
「そうだな~。歩くのは結衣ちゃんにはキツいだろうから、アタシが身体強化でオンブしてあげる」
「結衣も強くなるのできるよ?」
「ハハハッ、この中で1番魔力が低いのはオレだからな」
アリスは余計なことを言った! と口を押さえて誤魔化している。
結衣が元気付けるように勇人の手を握る。
「まあ、勇人は元々強いからな! 魔力が少なくても強いのは変わらないって」
話をしながら道を探すと、轍の跡を見つけた結衣が走り出した。
3人ともホッとしたように表情が明るくなって話も弾んでいる。
道に沿って歩いていると、近くの森から木を倒しながらオークが出てくる。
血の付いた斧をぶら下げて、荒い息を大きな鼻から吐いている。
「これはヤバそうだしオレが戦う。結衣とアリスは見晴らしのいい草原に逃げるんだ。そこなら不意打ちは受けない」
「アタシも魔法の準備はしておくぞ。勝てないと思ったら豚から離れろよ。魔法で倒すから」
勇人は頷いて構えを取る。右半身を引き、少しだけ前傾姿勢になる。
オークが斧を振り上げ雄叫びと共に走り出した。オークが武器を降り下ろす瞬間に、勇人は左足で地面を蹴り飛び込んだ。
タイミングを外されて斧が空振りすると同時に、勇人の右フックがオークの顎を打った。
ダメージはないものの、脳が揺れてフラついている間に、勇人のラッシュが顎に決まる。
体勢を崩したオークの右腕を掴み、足を掛けながら重心をずらし、地面に倒した。
斧を奪い取った勇人は、そのままオークの首筋に降り下ろして命を奪った。
「魔力なしでもイケるな。身体強化すれば素手でも倒せるかもしれない」
オークが倒れたのを見た結衣とアリスが駆け寄った。
「やっぱ強いな~勇人!」
「叔父ちゃんカッコいい!」
勇人も戦闘の緊張を解いて笑顔を見せると、オークの額から魔石を取った。
「そういえば女神様から収納の指輪を貰ったんだから、ゴブリンの死体も持ってくればよかった」
勇人はそう呟きオークの死体を収納してから街に向かって歩き出した。