お願いして異世界転移
「起きなさい、愛し子たちよ」
オレの耳を優しい声が擽る。17歳教のあの人みたいな柔らかな声だ。
「おいおい……と言っておきましょうか? 私は1億歳を超えているので、そんなに若くはありません」
どうやらお茶目な人らしい。心が読めるようだし、ああ女神様なんだろう。
「女神ですけど違います。時間は司っていませんから」
なんにせよ死んでしまったらしい。オレもまだまだ未熟だったか。
「私も想定外の超反応だったと思いますよ」
慰めはありがたいけど、未熟は未熟。戦いは生き残ってこそだ。
いい加減に目を開けると、ピンク色の雲が見える。
可愛いような不気味なようなビミョ~だな。
「食べますか? あの雲は甘いですよ」
「甘くても得体の知れない雲はちょっと」
体を起こしながら答える。
女神様だけあって美人だな~。
「よく言われます。声も綺麗ですねとも」
「意外に図太い性格してますね」
事実なので文句は言えないけど。
「ところで、オレの他に子供に見える2人は居ませんか? 一緒に死んだはずなんですが」
結衣と宮園先生を探すが、見当たらない。
「あの2人なら先に目覚めたので天使に説明させています。あなたは1番酷い怪我だったので回復に時間が掛かりました」
女神様の説明によると、オレの超反応は想定外だったらしく、本来はテーブルの蔭に隠れて助かったらしい。
あの親子は死ぬ予定だったらしいが助かったので2人分の枠がある。そのためオレたち3人は、1人だけ輪廻転生の枠がないらしく、誰を転生させるかで困るらしい。
他の死ぬ予定だった人は普通に死んで輪廻転生するらしい。虫に生まれ変わるかもしれないが。
体を修復したのは、神界で暮らすために体があったほうが人間に生まれ変わる時に便利だからだ。魂だけで長時間過ごすと人間味がなくなるので必要な措置らしい。
「あの親子の輪廻転生の予定もズレてしまいましたし、調整が大変で枠が空くまで誰か1人は何千年と待たせてしまいそうです」
何千年も待つのは嫌だな~。でも結衣と先生に譲ろう。
「3人とも自分は譲ると言っているので困ってるんですよね。2人を呼びましょう」
女神様の錫杖が光ると結衣と先生が転移してきた。キョロキョロして目が合う。
「叔父ちゃん……ごめんなさい。結衣が隠れてなかったから」
遠慮しているのか、いつものように飛び付いてこない。
「アタシも折角助けてくれたのに、無駄にしたあげく足を引っ張るなんて。親御さんに何て言えばいいんだ」
先生は酔いも醒めたのか青い顔をしている。
「まあ死んでしまったのは不可抗力ですよ。女神様も想定外らしいし」
結衣の頭を撫でながら先生に伝える。オレのお腹に顔を埋めた結衣は、泣いているのか、お腹が冷たい。
3人で話し合いをするが、先生が自分が残ると言って聞かない。
オレも譲れないので結衣と2人で輪廻転生するように言うが、結衣もオレと一緒がいいと泣き出した。
「叔父ちゃんと離れるのはイヤッ。パパとママにも会えないし、ひとりぼっちはやだ」
グズる結衣を慰めるも泣き止まない。
「大事な地球の子供を、他の世界に送るのは気が進まないのですが、異世界に行くなら3人とも一緒に行けますよ?」
紛糾する話し合いが喧嘩に発展しそうなのを見かねて、女神様が提案してくれた。
アリス先生はオレたち2人に地球に生まれ変わって欲しいみたいだが、オレたちが嫌がるので渋々だが許してくれた。
生徒を危険に晒すなんて……とブツブツ言っていたけど。
「危ない世界が多いから、愛し子を送るのは嫌なんですけどね。子供たちの純粋な願いは叶えてあげたいので、異世界の神に頼んで来ます。受け入れてくれる神が居ればいいんですが」
そう言って女神様は転移した。
しばらくすると、女神様がニコニコした男性を連れてきた。
「君たちが私の世界に来たいという子供たちか。私はアスティアという世界の神だよ。よろしく」
オレたちは頭を下げてお礼を言う。ニコニコした神様が手を翳すとオレたちの体が青白く光り出した。
「神様、この光りは何ですか?」
暖かな光に包まれながら尋ねると、神様は集中しているのか、女神様が代わりに答えてくれた。
「あちらの世界の人間と同じになるように体を創り変えているんですよ。繊細な作業なので大きく動かないでくださいね」
女神様が言うには、異世界人には大丈夫でも地球人には危ない病気などもあるので、異世界人と同じ体組織にするらしい。
「……ふうっ。これで大丈夫だよ。異世界に行った瞬間に死んだり体調を崩したりはしない。魔力も扱える」
異世界人は誰もが魔力を持っているので別にチートではなく普通の人の範疇らしい。
魔力は個人差があるので調べて貰ったら、アリス先生が人間ではトップクラスの魔力で、結衣も上位の魔力らしい。
「君は残念ながら普通の人と変わらない魔力のようだね。才能なので了承してくれ」
オレは武術で頑張るか。生き返れるだけマシと思うしかない。
「今度はアタシが香月を守るからな! 安心して先生に任せろ!」
可愛らしい見た目と声では、イマイチ安心感がないな。
「それから、自動的に翻訳するようにしておいたから、言葉も通じるし字も読める」
言葉がお互いに翻訳されるらしい。オレたちがリンゴと言えば、向こうの人にはリンゴと同じ味の果物、ピピカという果物だと伝わるらしい。
見た目はリンゴとかけ離れているが、こちらと同じような味の物を求めていることが相手に伝わる。
他の物でも見た目が同じ物ではなく、用途が優先されて伝わるので助かる。
アップルパイを作るのに、味が違う果物を持って来られても意味がない。
字も地球の文字を書けば、向こうの文字として読んでくれるので困ることはないだろう。
「あとは魔法の使い方を教えておこう。と言ってもアスティアの人間は生まれながらに魔力制御の方法を理解している。息をするのと同じようにね」
確かに魔力らしき力が有るのが解る。
「その魔力を制御し、言葉に込めると言霊になって、それが呪文となる。呪文を唱えると魔力が炎や氷などに変換されて魔法が発動するから、簡単だよね」
呪文は何でもいいらしい。魔力さえ込めていれば。
ただし理解していない力に変換したりはできないようだ。炎をよく知らない人には魔力を炎に変換することはできない。
知らない病気や怪我も治らないし、知らない毒にも干渉できないので毒も消えない。
魔力を適切な力に変換して使うために理解と言霊が必要だそうだ。
魔力は体に充満させると身体能力を強化し、瞳の色が赤く変わり、この時の色の濃さで魔力の強さと量が判る。
「それから地球ほど便利じゃないけど、家電みたいな物は有るから、そんなに不便じゃないかな。君たちには煌力製品と聞こえるはずだ」
煌力は神の息吹きなので本来は神力らしいが、向こうの人は煌力と呼んでいる。
「だから正しい使い方じゃなくて、魔力制御機構で無理やり使っているから、理解できない危ない力だと思われてるんだよね。あれはドラゴンとかの巨大な生物の食料のために世界に流しているのに」
でかい生物がいっぱい居ると、食料が足りないから必要なのか?
「そうだよ。別に煌力自体に危険はないけど、煌力製品の使いすぎには気を付けてね」
注意点は伝えたらしく、女神様に任せて集中しだした。
神様の体を青白い光が包み、ビリビリと圧力を感じる。
「さすが神様だな~。アタシも結衣ちゃんも吹き飛ばされそうだな!」
先生と結衣が飛ばされないよう、オレに掴まっている。オレも2人の体を押さえているが、結構キツい。
「愛し子たちよ。あちらの世界に行くと私も干渉できないので、餞別を渡しておきます。向こうの世界でも使われている魔法道具なので、性能さえバレなければ大丈夫です」
そう言って女神様がくれたのはシンプルな指輪3つだった。
物を仕舞っておける収納の指輪だそうだ。普通に売っている物と違って無限の容量なので気を付けて使おう。
「まず誰も居ない草原に送るので魔物に気を付けてくださいね。森だと遭難の危険がありますし、街の中だと不審者扱いで捕まりそうですし。魔物の額にある石は売れますから取っておくといいですよ」
どこに送られても危険だな。力でどうにかなる魔物のほうがマシだな。
「ではいくよ。私の世界を楽しんでおいで」
「死なないように気を付けてくださいね。もう助けてあげられませんから」
2人の神様の声を聞きながらオレたちは、お互いの体を力いっぱい掴んで異世界へと転移した。